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第7話

Author: 雷鳴の虎(らいめいのとら)
晴美と怜を乗せた救急車は、サイレンを鳴らして別荘を離れていった。怜の友人たちも、彼の後を追うように次々と姿を消していく。

いつもなら「奥さん!」と声高に千尋に呼びかけ、親しげに振る舞っていた男たちも、今はまるで彼女がそこにいないかのように、笑い声を交わしながら素通りしていった。一瞥さえくれないままに。

賑やかだったホールは、あっという間に静まり返り、千尋はぽつんと中央に立ち尽くしていた。目の前にはまだ切り分けられていない五段重ねのバースデーケーキ。

彼女はゆっくりとその場にしゃがみ込み、顔を両手で覆った。嗚咽が、指の隙間から漏れ出した。

しばらく泣いていた千尋は、ふらふらと立ち上がり、外へと歩き出した。

外に出ると、怜の友人たちの車はすでに一台も残っていなかった。別荘は山奥にあるためタクシーも呼びづらく、そこへ追い打ちをかけるように、ぽつぽつと雨が降り始めた。

軒下に立ち尽くし、千尋は振り返って豪奢な別荘を見つめた。

たしかに美しい場所だった。でも——ここは、彼女のものではない。怜がどれほど優しくしてくれたとしても、彼そのものが千尋のものだったことは一度もなかったのだ。

「ここには泊まらない」

そう心に決めた千尋は、雨の中へと駆け出した。

容赦なく叩きつける雨が、肌に冷たく、痛かった。彼女は記憶を頼りに、国道を目指してひたすら歩いた。

どれほど歩いたかもわからない頃、やっと車のヘッドライトが見え始めた。千尋は何度も手を上げ、ようやく午前二時過ぎ、一台の車が停まってくれた。

びしょ濡れのまま帰宅したとき、千尋の体はすでに限界を迎えていた。頭はぼんやりと重く、手足には力が入らない。

ふらふらとベッドに腰掛け、スマホを手に取って長い間スクロールした。でも、怜からのメッセージは一通も届いていなかった。

視界が二重になり、手は震え、体は小刻みに震え出す——これは、熱が出る前の兆候だと分かった。

助けを呼ぼうと、千尋は震える手で「119」を押すつもりだったが、間違えて怜に電話をかけてしまった。

……プルル、プルル……

わずかな期待が、胸の奥で微かに芽生えた。

一度でいい。怜が電話に出てくれれば、誤解を解くチャンスがあるかもしれない——そんな小さな望みだった。

だが、返ってきたのは冷たい機械音だった。

『おかけになった電話番号への通話はお繋ぎできません』

「……もう、いいよ」

ぽつりとつぶやいた千尋の涙が、スマホの画面にぽつぽつと落ちる。

意識がぼやけていく中、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。

——ねえ、千尋。あんた、誰にも必要とされてないわけじゃない。少なくとも……救急車は、あんたを迎えに来てくれるじゃない。

そんな皮肉めいた思いが脳裏をよぎり、千尋の意識はそこでぷつりと途切れた。

次に目を開けたとき、窓の外はすでに昼下がりの光に包まれていた。

点滴の交換をしている看護師の声が耳に入る。千尋は上体を起こし、スマホに目を落としたが、そこにもやはり、怜からの連絡はなかった。

それどころか、彼の友人たちとのグループチャットからも、千尋の名前は削除されていた。

——そういうことなんだろう。

きっと怜は、もう離婚するつもりなのだ。

スマホを握りしめながら、千尋はかすかに笑った。乾いた、苦い笑みだった。

三日間、病院のベッドにいた。けれど、その間一度も、怜からの連絡はなかった。

退院の日、会計窓口で怜の姿を見つけるまでは。

怜は相変わらずの怜だった。ただ、目の下の隈と赤く充血した眼が、疲労の色を物語っていた。

彼女の姿に気づいた怜は、驚いたように目を見開いた。

「千尋……?なんでここに?」

「ちょっと体調が悪くて。薬をもらいに来ただけ」

千尋は静かに頷き、怜に背を向けてその場を立ち去ろうとした。

だが、その腕を怜が掴んだ。

「晴美の子は無事だった。……千尋、お前、晴美に謝るべきだ」

……謝る?

千尋の唇がかすかに震えた。あの日、彼女は何もしていない。ただ、晴美が勝手に転んだだけだ。

なぜ一度も、自分の言葉を信じてくれないのか——怜に問いただしたい思いが込み上げる。

だが、すべての想いは喉の奥に沈み、一言だけになった。

「……わかった。謝るよ」

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