FAZER LOGIN「青森様、『デス・メモリアル』のお申し込みが完了いたしました」 スタッフは契約書を青森琴羽(あおもり ことは)の前へ差し出しながら、説明を続けた。 「本日以降、当社の記録スタッフが常時お客様を追跡し、映像を撮影いたします。行動や居場所を問わず、人生の最期を迎えるその瞬間まで、すべてを記録させていただきます」 琴羽は黙ってペンを手に取り、ためらうことなく署名欄に自分の名前を書き記した。 彼女がこの「デス・メモリアル」を申し込んだ理由は単純だ。末期の癌が見つかり、医師から告げられた余命はわずか一か月だからだ。
Ver mais薫の顔から血の気が引いた。「智則くん……何を言ってるの?」まるで壊れた機械のように、同じ言葉を繰り返す。だが返事をするより早く、その場にいた健志の顔色が一斉に変わった。突然、胃の奥を鋭い痛みが貫いたのだ。何かを言おうと口を開いた健志だったが、言葉の代わりに大量の血を吐き出した。続いて静子も正樹も苦しげに身体を折り曲げ、その場に崩れ落ちる。腹の中を刃物でかき回されているような激痛が全身を駆け巡り、助けを呼ぶことすらできない。三人が床の上でもがき苦しむ姿を見下ろしながら、智則は静かに笑った。「ここまで色々あったのに、まだ薫のことを信じるんだね。スープに毒が入ってた。気づかなかったのか?」苦痛にのたうつ三人を見て、智則は堪えきれずに笑い声を漏らした。「本当に馬鹿だったよね、僕たち。こんな女に振り回されて……そのせいで琴羽は、死ぬ間際まで痛い思いをした。そう……僕たちは全員、死ぬべきなんだよ」その言葉が放たれた途端、智則の笑みが消え、代わりに、目の奥にどす黒い憎悪が滲んだ。腰が抜けて床に座り込む薫を振り返るが、彼女は恐怖で顔を歪めた。「智則くん、お願い……私を傷つけないで……私が悪かった。全部私が悪かったから……!」彼女は床に膝をつき、震える声で泣きながら何度も額を床に打ち付けた。「智則くんが言ってくれたでしょ?みんなに毒を盛ったら一緒にここを出ようって……でも、私といるのが嫌だったらそれでもいい。私、もう二度とあんたの前に現れない!自首だってする!だからお願い、許して……!」だが次の瞬間、冷たい手が彼女の手首を掴んだ。顎を強引に持ち上げられ、無理やり前を向かされる。そこには血を吐きながら倒れている三人の姿があった。命の灯が消えていく光景を見せつけられたあと、智則は薫の身体を乱暴に突き飛ばした。彼女はまだ温もりの残る三人の傍へ投げ出される。白いワンピースは瞬く間に鮮血に染まった。薫は泣き叫びながら逃げようとしたが、恐怖で足に力が入らない。智則はテーブルの上の果物ナイフを手に取った。片手で薫の両腕を押さえつける。圧倒的な力の前では抵抗など無意味だった。次の瞬間――刃が振り下ろされる。「琴羽の腎臓は使い心地が良かったか?返せよ、今すぐに!」真っ赤に充血した目で薫を見下ろしながら、智則はナイフ
受付係から浴びせられた容赦のない言葉に、三人は最後まで何一つ言い返せなかった。追及されるたびに顔色は青ざめていき、やがて全員が口を閉ざしたまま、その場を後にする。打ちのめされたような足取りで建物を出た彼らは、そのまま病院へ戻る気にもなれなかった。今の彼らには、薫のあの作り物めいた涙や弱々しい表情を見ることさえ苦痛だ。結局、三人は連れ立って青森家へ向かう。正樹は、久しぶりに琴羽の部屋を見てみたいと思った。だが玄関の扉を開けた瞬間、その思いは凍りつく。キッチンから現れたのは、包帯を巻き、真っ青な顔色をした薫だった。三人の表情が一斉に険しくなる。そして静子は冷たく言い放った。「どうしてここにいるの?荷物をまとめて、今すぐこの家から出て行きなさい」薫は目の奥に浮かんだ憎悪を必死に押し隠しながら、無理やり笑みを作る。「お母さん。私がたくさんひどいことをしたのは分かってる……もう許してもらえないことも……でも、こんなに長く一緒にいたんだもの。やっぱり、簡単には割り切れなくて……お父さん、お母さん、正樹さん……最後に、一緒に食事だけしてもらえないかな」瞳には涙が滲んでいる。だが三人は、その演技を見慣れすぎていた。冷え切った視線を向けたまま断ろうとしたその時、薫は慌てて言葉を重ねる。「琴羽がよく作っていたスープ、私も何度も飲んできたから、少しは作れるようになったの。最後の一回だけでいい。食べ終わったら、智則くんと一緒に出て行くから」その一言に、三人は口にしかけた拒絶を飲み込み、やがて重苦しい空気のまま食卓につく。ほどなくして智則が料理を運んできた。その表情には何の感情も浮かんでいない。彼は、琴羽の遺骨がどうなったかを尋ねなかった。聞くまでもなく、取り戻せなかったことが分かっていたからだ。食事が始まっても、誰も口を開かない。重苦しい空気だけが漂っていた。薫は目を赤くしながら、三人の前にスープを置いていく。「お父さん、お母さん、正樹さん……琴羽のことを全部忘れて、やり直せないの?こんなに長い間一緒にいた私を……追い出しちゃうの?」正樹は無言でスープを口に運び、それから静かに顔を上げた。「薫。今の俺には、お前の言葉のどこまでが本当で、どこからが嘘なのか分からない。正直、お前のすることも言うことも、全部気持ち悪い。
「デス・メモリアル」の運営会社へと急いだ三人は、病院で起きている出来事など知る由もなかった。彼らの頭にあるのはただ一つ――琴羽の遺骨を取り戻すことだけだった。亡くなってからすでに日数が経っている。遺体はもう戻らないだろう。それでも、遺骨ならまだ海へ散骨されていない可能性がある。あの日、薫のそばを離れられず、琴羽の最期の姿を霊安室へ見に行かなかったことを思い出し、三人の胸には重い後悔が広がっていた。会社の受付へたどり着くと、柔らかな笑顔を浮かべている受付係の女性が、三人の顔を見た途端に表情を曇らせた。「ご用件をお伺いします」声こそ事務的だったが、その目には明らかな嫌悪感が宿っている。勤務中でなければ、今すぐにでも彼らを怒鳴りつけていただろう。彼女も「デス・メモリアル」の最新回を見ていた。見れば見るほど琴羽が不憫で、最後に彼女が一度も振り返らず手術室へ入っていく場面では、ティッシュを丸ごと一箱を使ったほど泣いた。出勤した日の目は腫れ上がったままだった。そんな彼女にとって、目の前に立つ三人は、琴羽を追い詰めた張本人でしかなかった。「琴羽は……私たちの娘なんです……」静子が震える声で切り出す。泣き腫らした目は真っ赤で、その姿だけを見れば、愛娘を失った母親そのものだった。「娘の遺骨がこちらにあると聞きました。あの子を……返していただけませんか」だが受付係の表情はさらに冷え込んだ。腕を組み、三人を見据える。「証拠はありますか?青森家がこれまで一度でも、青森琴羽さんを自分たちの娘だと公表したことがありましたか?」その言葉に、静子は顔を赤くして口を開きかけたが、何も言えなかった。実際、証明できるものが何もなかったからだ。薫に余計な気を遣わせないためという名目で、琴羽の戸籍は最後まで青森家へ移されなかった。親子鑑定書も、今となってはどこにあるのか分からない。健志がかすれた声で言う。目尻も赤く染まっている。「琴羽自身が、動画の中で私たちを親だと話していました」受付係は鼻で笑った。もっとも、接客中であることを思い出し、辛辣な言葉はどうにか飲み込む。「それなら私だって、自分は世界一のお金持ちの娘ですって言えますよ」正樹は怒りを抑えきれない静子と健志をなだめながら、一歩前へ出た。その声には懇願にも似た響きがあった。「これ
【涙が止まらない。こんなにも優しい子が、どうしてあんな目に遭わなきゃいけなかったの?】【人生の最後に受け取った優しさが『デス・メモリアル』のスタッフからのものだったなんて……彼女がずっと大切に思っていた人たちは、誰よりも彼女を傷つけ続けていた。あまりにも残酷すぎる】【手術室に入るとき、一度も振り返らなかったんだよね。きっと振り返ったところで、自分を見てくれる人なんて誰もいないって分かっていたんだ】【ああやって亡くなったんだね。本当ならもう少し生きられたのかもしれないのに。でも、あれ以上生き続けても苦しみが長引くだけだったと思うと、何とも言えない気持ちになる】【琴羽の視点で全部見せられると本当に息が詰まる。こんなこと言いたくないけど、死が彼女にとって救いだったんじゃないかと思ってしまった。あんな人たちに囲まれて生きるのは、あまりにも辛すぎる】【来世では幸せになってほしい。今度こそ愛してくれる人たちに囲まれて、穏やかに笑っていてほしい】動画は終わった。だがコメントの流れは止まらない。むしろラストが公開されたことで世間の怒りはさらに加速し、関連ワードは次々とトレンド入りしていた。#青森琴羽のデス・メモリアル#史上最悪のデス・メモリアル#来世の琴羽には愛される人生を#青森グループ藤井グループ西沢グループ不買運動病室には重苦しい沈黙が落ちていた。正樹は真っ青な顔のまま震える手をポケットへ突っ込み、何度も取り落としそうになりながらようやくスマホを取り出した。「……『デス・メモリアル』の会社、どこにある?琴羽の遺骨を……迎えに行かなきゃ」ずっと俯いて泣いていた静子も、その言葉を聞いた瞬間に立ち上がる。「私も行くわ」健志は何も言わなかった。だが複雑な表情のまま二人の後ろにつき、病室を出ていく。残ったのは智則と薫だけだった。「智則くん……」三人の背中が見えなくなった途端、薫の胸に溜まっていた不満が一気に噴き出した。「やっぱり智則くんが優しいね……みんなひどすぎる。たかがあんな動画一つで、急に私を悪者みたいに扱うなんて……」智則は伏せたままの視線を上げない。表情も読めなかった。「とりあえず傷の手当てをしてもらおう。君が死んだら、困る」感情の見えない声音に、薫は違和感を覚えなかった。今の彼女にとって智則は最後