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第5話

Author: 曽谷しずは
安藤が羊小屋のドアを閉めると、中からすぐに耳を覆いたくなるような汚い言葉と、羊の高低差のある悲鳴が聞こえてきた。

心臓が激しく跳ね上がって、恐くて耳をふさぐしかなかった。

安藤は、うちの羊の毛並みが本当に綺麗だとよく言ってた。これまで長生きしてきたけど、こんなに瑞々しい毛を見たことがないって。

村の男たちも彼のそんな話を聞きつけて、羊を見たいと家に押し寄せた。家は人でいっぱいで身動きが取れないくらいだった。

父と母は大喜びだった。男たちを長い列に並ばせ、母が金を受け取ると、一人ずつ4時間羊を「見学」させるってルールを作った。

庭では7日7晩、羊の悲鳴が響いていた。でも正直なところ、みんな毛並みを見に来ていると言うのなら、ただ見てるだけで、どうして羊はあんなに鳴くのかさっぱり理解できなかった。

8日目、両親が羊を1日休ませると言い、最高級の餌をやりに行くように頼まれた。

羊小屋に入ると、羊はベッドに横たわってピクリとも動かず、私が入るのを見ると、軽蔑の眼差しが柔らかくなった。

不思議だったのは、体の傷が跡形もなく消えていて、体がずっしりとふくよかになって、毛並みも艶やかになっていたことだ。見た目まで美しさを増していて、羊でなければ、絶世の美女と言ってもいいくらいだった。

餌を羊の碗に入れると、つい感情が溢れ、鼻がツンとして泣き崩れてしまった。「苦労したね。しばらくしてから、なんとかして君を連れ出して、街に住む羊の子たちに会いに行こう。どんなふうに暮らしてるのか見てみようよ、どう?」

羊は起き上がって、素直に頷き、頭を下げて餌を食べ始めた。

うちの羊を見に来る男たちは後を絶たなかったが、村の女たちはそんな様子を見て、口々に非難してきた。

「あんたんちの羊は妖怪なんじゃないの?村の男たちを虜にしてるじゃないか!」

さらに、「あんたらの両親は羊が悪いことをするのを黙認してる、そのうち酷い目に遭うだろう」とまで言った。

父と母はお金を数えながらニコニコで、そういう話なんて全然気にもしていない様子だった。

そんな彼らは私が羊小屋のある離れに近づくのを厳しく禁止した。まるで何かを隠しているみたいで。でも、そう言われると、不思議とどうしても中で何が起きてるのか知りたくなってしまう。

それで、家が忙しくてみんな私に気を配れないタイミングを狙って、羊小屋
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