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第563話

Author: 青山米子
一葉はそんな彼の姿を見ていると、どうしようもなく胸が苦しくなった。

どうして、私たちはこんな風になってしまったのだろう。

かつての彼が、今の彼の半分でも優しさを見せてくれていたなら、二人の関係がこんな結末を迎えることは決してなかったはずなのに。

彼に与えられた傷は、あまりにも深く、いついかなる時も忘れることなどできはしない。

だから、あれほど彼が目覚めることを願っていた。

それなのに、いざ彼が目を覚ました今、何を話せばいいのか、どう向き合えばいいのか、一葉には全く分からなかった。

若い看護師は、すぐに担当医たちを連れて戻ってきた。

植物状態と診断された言吾が、本当に目を覚まし、自力でベッドに座っている姿を見て、医師たちは誰もが信じられないといった様子で目を見開き、「これは……まさに奇跡だ!」と口々に声を上げた。

それはかつて、一葉自身がICUで奇跡的に意識を取り戻した時、救命に当たった医師たちが全く同じような反応を見せた光景と重なった。

医師たちによる合同の診察が行われ、その結果、言吾の身体機能に大きな問題はなく、体力が回復すれば後遺症も残らないだろう、という見解で一致した。

医師たちを見送ると、病室には一葉と言吾の二人だけが残され、息が詰まるほどの静寂が辺りを支配した。

彼が眠り続けていた頃は、毎日毎日、それこそ午前中いっぱい話し続けることもあったのに。

いざ彼が目を覚ました今、一葉は何をどう話せばいいのか、言葉が見つからなかった。

言吾もまた、すぐには言葉が出てこないのか、ただ静かに彼女を見つめるばかりだった。

この重苦しい沈黙に、一葉は耐えきれず、喉は渇いていないか、水を飲むかと尋ねようとした、その時だった。彼が不意に口を開いた。

「……一葉。俺はずっと眠っていたが、お前が毎日話してくれていたこと、全部聞こえていた」

この数ヶ月、言吾は身体を動かすことも、どれだけ必死にもがいても瞼一つ開けることもできなかった。

だが、外の音はすべて、彼の耳に届いていたのだ。

とりわけ、愛する一葉の声は、はっきりと。

自分がなぜあれほどまでに目を覚ましたいと渇望し、必死に生きようとしたのか。その理由を思い出し、ベッドの脇に投げ出されていた彼の手が、シーツを強く、強く握りしめた。

「一葉……お前は言ったな。お腹の子は、桐生慎也の子じゃないと
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