最後に修哉と喧嘩した時、彼は怒ってドアを叩きつけるようにして家を出た。 私は怒りと悲しみで心臓発作を起こし、そのまま命を落とした。 彼は気分転換と称して初恋と子供を連れて観光旅行に出かけていた。 その間、幼い娘は一人きりで家に残され、私の遺体を七日七晩見守り続けた。 ようやく私たちのことを思い出した時、彼が見たのは冷たくなった私の体だった。 娘は病弱で顔色も悪く、今にも倒れそうな状態だった。 目が覚めた修哉は、娘を抱えて私の墓前で崩れ落ちるように泣いた。 しかし娘は彼の腕から必死に逃れ、私の墓碑の後ろに隠れた。 目をぱちぱちと瞬かせながらこう言った。 「おじさんは誰?ママの眠りに邪魔しないで」
View Moreその後、修哉家の者たちが舞の養育権を争うために私の両親を訪ねてきた。私の両親はよろよろと足を引きずりながら包丁と棒を玄関先に置き、それで彼らを追い返した。五十を超えた二人の老人は断固とした態度を示し、母は怒りに満ちた声で叫んだ。「百合は生まれても死んでもうちの人間よ!あんたたちとは何の関係もないわ!」その言葉の後半、母はすでに涙で声を詰まらせていた。「あんたたちが娘を殺したんだ。まだあんなに若かったのに......どうしてそんなに酷いことができるのよ!」母の口から「娘」という言葉が再び聞こえた時、私は悲しみで胸が張り裂けそうだった。父は悲しみに暮れる母を支えながら、濁った目で空を見上げた。「百合、見えているか?父さんと母さんは責めたりはないよ。ただ、幸せでいればよかったのに」「あなたという子は、本当に馬鹿だわ。あの時あんな決断をして、結局自分を犠牲にすることになってしまった......」母は舞の手をしっかり握りしめながら、私の遺影を何度も丁寧に拭いた。夜、母は私の写真をそっと枕元に置いた。「百合、来世でもまた私たちの娘になってくれる?その時は、必ず百合を助け出して、家族みんなで幸せに暮らすから」私が死んでから一年、舞がまた私に会いに来た。彼女はずいぶん背が伸び、以前より元気そうだった。鮮やかなひまわりが風に揺れ、舞は静かに私のそばに座った。帰る間際、彼女は突然振り返り、真っ直ぐ私の魂の奥深くを見つめた。彼女は笑顔で私に挨拶した。「ママ、見えたよ」太陽の光の下で、彼女は顔を上げ、眩しいほどの笑顔を見せた。その瞬間、私の魂が薄れていくのを感じた。これは私がこの世に未練がなくなったということだ。ついに、去らなければならない時が来た。最後の一片の魂が消え去る直前、舞の小さな姿が私に向かって手を振った。彼女はこう言った。「ママ、さよなら。でも、来世はもうママじゃなくてもいいよ」「だって今度は、舞がママを守るから」
私の死因は検死報告で心臓発作による突然死と断定された。悦奈が私の死に間接的な原因を与えたことは否定できず、最終的に彼女も法の裁きを免れることはできなかった。唯一ほっとしたのは、舞が無事だったことだ。だが彼女の顔からは以前の輝きが消え、瞳は暗く、しばしば何を考えているのかわからないことが多くなった。私が火葬されてから、修哉は私の骨壷を抱えて七日七夜、憔悴しきった姿で過ごした。彼は私の墓碑を日夜見守り、それが彼の唯一の生きる理由であるかのようだった。私が埋葬されて七日目、舞が山にやって来た。舞が無事な姿を目にした瞬間、修哉の目には再び生気が戻った。「そうだ、百合。俺たちにはまだ娘がいるんだ。このまま落ち込んでいる場合じゃない」彼はふらふらと歩み寄り、舞をぎゅっと抱きしめた。「舞、これからはパパと一緒に暮らそう。パパが絶対にママの代わりに舞を守り抜くよ」彼は幼い娘に約束し、それが彼の新たな生きがいとなったかのようだった。しかし、舞は彼の腕の中から身をよじって逃げ出した。涙に潤んだ大きな目を輝かせながら、私の墓碑の後ろに隠れた。「おじさんは誰?ママの眠りに邪魔しないで」修哉が手にしていた酒の瓶が地面に落ちた。彼はぼんやりとした表情で言った。「舞、俺だよ。パパだ。パパのことを忘れちゃったの?」舞はきっぱりと首を横に振った。「違うよ。おじさんはパパじゃない」「ママが言ってたの。パパっていうのは、ママを悲しませたり、娘をつらい気持ちにさせたりしないんだって」「楽しい時は一緒に喜んでくれて、困った時は迷わず私たちを守ってくれる人だって」「でも、おじさんはどれも違うでしょ?だからパパなんかじゃないよ」舞は前に進み出て、私の墓碑の前にあった花束を修哉の手に押し返した。「おじさん、帰ってよ。もう来ないで。ママはおじさんが嫌いだし、持ってくる物も嫌いだって」舞の言葉を受け止めながら、修哉は花束を握りしめ、その場に崩れ落ちた。震える手で硬い墓石を掴み、滲む血が刻まれた文字を赤く染めた。彼は目を虚ろにさせ、口の中で繰り返した。「そうだ、俺はパパなんかじゃない。パパに呼ばれる資格がないんだ。ハハハ、俺が父親だなんて......」舞は山を下って行った。そこには私の両親が待っていた。
彼はリビングの玄関を通り抜け、ソファにもたれかかる私の背中と、その胸に寄り添う舞の姿を目にした。ソファを回り込むようにして数歩近づき、媚びるように問いかける。「まだ怒ってるのか......」次の瞬間、修哉の足がその場で止まり、体が激しく震えた。冷や汗が噴き出す。私が亡くなってから、すでに七日が経過していた。いまの私の遺体は、とても「綺麗」とは言えなかった。青紫色の死斑が全身に広がり、体の下には薄く層をなすように死後硬直の液体がにじみ出ている。その私の傍らで、舞は真っ赤な顔をして力なくもたれかかり、小さな手で私の服の端をぎゅっと掴んでいた。修哉の下唇が震え、声にならない音を発した。彼は乾いた笑みを浮かべて問う。「百合、何をしてるんだ?どうしてこんなところで寝てるんだ?」手にしていた紙袋を放り投げると、修哉は寝室に駆け込み、厚手の布団を抱えて戻ってきた。「こんなところで寝てたら寒いだろう?ほら、もっと温かくしてやるよ。風邪を引いちゃいけないからね」彼は舞をそっと抱き上げ、私の体を布団でしっかりと包み込んだ。それから浴室へ向かい、モップを手に取って戻ってきた。私の体の下に染みた液体を拭き取るためだ。「百合って、本当に不注意だよな。でも大丈夫、これからは俺が全部やるからさ」そう言いながら修哉は、私の体を平らに寝かせようと動かし始めた。「君が寝坊するのも構わない。でもな、絶対に目を覚ましてくれよ。俺たち、まだ長い道のりを一緒に歩くんだ」「舞が学校に通い始めるのも、高校受験を迎えるのも、二人で見届けるって約束しただろう。将来、彼女が結婚するときだって、俺たち二人でちゃんと見守るんだ。舞に、舞に......」修哉が私を寝かせ直そうとしたとき、私の体はすでに硬直していて、動かすたびに骨が軽い音を立てて折れた。その感触が修哉の手のひらに伝わり、彼は思わず手を引っ込めた。そして、その場に崩れ落ちた。全身を丸め、死にかけのエビのように縮こまる。額を床に打ち付けた音が、部屋に鈍く響く。その瞬間、彼はすべてを失った子供のようだった。感情が一気に崩壊し、号泣し始めた。涙が次々と床に落ち、言葉にならない叫びを漏らす。やっとのことで絞り出した声は、もう涙にまみれていた。「俺みたいな最低な男と結婚しな
舞は静かに私の体に伏せ、小さなハンカチで体を拭きながら、私の真似をしていた。彼女は私の体にある汚れた死斑を拭き取ろうとしていた。修哉の言葉を聞いた舞は、長い睫毛を伏せた。「ママはしんだの」幼い声で淡々と語るその言葉には、無視できない悲しみが含まれていた。彼女は続けて言った。「話せないし、動けないし、体がカチカチ」修哉はスマホを持つ手を激しく震わせた。タクシーが突然ブレーキを踏み、大きな慣性で彼は前方へと投げ出された。顔が座席に激しくぶつかり、立て続けに鼻血が噴き出した。修哉は手で拭い、真っ赤な血が彼の頭を真っ白にした。運転手が連続して謝る中、耳にはさまざまな雑音が響き渡った。彼は必死に頭を振り、それらの乱雑なものを振り払おうとした。運転手が尋ねた。「お客さん、大丈夫ですか?病院に行きますか?」狭い後部座席で修哉は体を丸め、胸を押さえながら荒い息をついた。まるで激しく鼓動する心臓を取り出したいかのようだった。その後、低い声で言った。「大丈夫だ、早く空港に向かってくれ」自分の感情を整えた修哉は、床に落ちたスマホを拾い上げた。そして、舞に毅然と言った。「ママは死んでいないよ。舞はまだ小さいから、死ぬっていうことがどういう意味かわかってないんだ」「この言葉の本当の意味をわかったら、もうこんな冗談は言わないでね」しかし、この時の舞には、修哉の無意味な説教に答える力が残っていなかった。生まれて初めて、彼女は自分で電話を切ることを学んだ。電話の向こうで、騒がしくて役に立たないと思えた男。それが自分の父親だなんて。修哉は切れた電話の「プープー」という音を聞きながら、心の中の張り詰めた糸が突然切れた。彼は抑えきれない叫び声をあげた。「舞、なぜ答えないんだ!返事をしてくれ!」「ママは寝てるだけなんだろ?前に言ってたじゃないか、ママを寝室に運んでほしいって」「頼むから、こんな冗談を言わないでくれ。電話をママに代わってくれ、お願いだ」しかし、彼のヒステリックな叫び声が応えを得ることはなかった。長い道中、修哉の気持ちはどんどん苛立ちを増していった。彼は震える指で、何度も何度も江ノ城の被災状況を検索した。救援フォーラムで私たちの住むマンションが災害のリストに載
修哉は風衣を羽織り、急ぎ足で江ノ城へと向かった。彼が去ると、ホテルの部屋にいた悦奈は本性を剥き出しにし、崩れたように叫んだ。「百合、憎いわ!骨も残らず消え失せてしまえばいいのに!」タクシーで空港へ向かう途中、修哉は何日間もためらっていた初めての電話をかけた。私たちが住むマンションは耐震構造がしっかりしており、震源地からも離れていたため、大きな被害は受けていなかった。舞はまだ昏睡状態にあり、突然響き渡る電話の音にもほとんど反応を示さなかった。電話が繋がらず、修哉は明らかに焦り始めた。震える指で何度も何度も根気よく電話をかけ続ける。やっとのことで、連続する呼び出し音に舞が目を覚ました。彼女は画面に表示された発信者の名前を見ても、瞳にもう一片の光も宿っていなかった。以前、舞にとって電話の向こうのこの人は家族であり、母と自分の頼りであった。幼い心で「パパ」として必死に守り、彼が少しでもかけてくれる言葉を大切に胸に刻んでいた。だが、幼い舞も心を持っている。小さな希望が次第に大きな失望へと変わる中で、舞の心の中に存在した「パパ」という役割は泡のように儚く消えてしまった。舞は私に寄り添いながら、ぼんやりと電話に出た。か細い声で静かに問う。「パパ?」舞の声を聞いた瞬間、修哉はようやく安堵の息を漏らした。失って再び得たような感情に包まれ、彼の声は自然と明るさを取り戻した。「舞、パパはもうすぐ家に帰るよ。欲しいものはあるかい?パパが買ってきてあげる」「この前、商店街にあった人形はどう?それに、エルサのドレスも!今回はセットで買うから、舞は毎日幼稚園で着替えて楽しめるよ」「もうおやつを食べ過ぎたって怒らないから。帰ったらハンバーガーとピザを一緒に食べに行こう」舞は力なくスマホを握り、話すのも辛そうだった。修哉は少し戸惑った様子で、以前なら舞はこれを聞いて大喜びで跳びはねていたはずなのに。だが今は死のように静まり返り、彼を「パパ」と呼ぶ声すら聞こえない。時が一刻一刻と過ぎ、返事を待ち続ける修哉は少し落胆したようだった。きっと彼はこれまでの争いや、最近の自分の行動を思い返していたのだろう。修哉は罪悪感からか、恐る恐る問いかけた。「ママが舞に、パパを無視しろって言ったの?ママは.....
私が死んで五日目、舞はついに耐えきれなくなった。連日の高熱で彼女は咳が止まらず、私のそばに居続けるために、眠ることさえ恐れていた。濃い睫毛が元気なく垂れ下がり、小さな手で顔を叩きながら無理に目を覚まそうとする舞。それでも眠気に勝てないと悟った彼女は、唇を軽く噛みしめ、再び修哉に電話をかけた。すると今回はすぐに相手が応じた。心に希望が灯った舞は、掠れた声で懇願する。「パパ、舞、もう眠っちゃいそう。ママのことをお世話できなくなるの。だからお願いパパ、早く帰って、舞を助けて」電話の向こうから聞こえてきたのは、低く抑えた女性の声。まるで夜闇に潜む蛇のようだった。修哉が電話に敏感であるように、悦奈もまた注意を払っていた。彼女の狙いは、私と修哉の繋がりを完全に断つことだった。修哉の実の娘からの電話だと分かるや否や、彼女は憎々しげに吐き捨てた。「百合を世話する?なんで私がそんなことをしなきゃいけないの?どうせ死ぬんじゃないの?」「死ぬ」という言葉を初めて聞いた舞は、戸惑いがちな大きな瞳で尋ねた。「死ぬって、なに?」「死ぬってのはね、もう喋れなくて、動けなくて、体がカチカチになって、この世界から永遠にいなくなることだよ」悦奈は面倒臭そうに説明し、興を削がれたように不機嫌になった。その時、扉を開ける音が聞こえ、悦奈は慌てて電話を切った。舞はぼんやりとその場に座り、私の硬直して黒ずんでいく顔を見つめていた。かつて柔らかかった肌はすっかり失われ、代わりに広がる青紫色の死斑。彼女は私の口元を指で軽く押し、「喋れない」とつぶやく。そして力を込めて私の体を動かしながら、「動けない」と確認する。最後に小さな顔を私の額に押し付けたが、冷たく硬い感触に驚いてすぐに離れた。舞の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。彼女はぽつりと言った。「体がカチカチ......」舞の幼い頭では、「永遠にいなくなる」という意味を理解することはできなかった。ただ、私が永遠に眠って、もう目を覚まさないことだけは分かった。それに気づいた舞は、涙を止め、小さな手でソファの縁を掴む。幼い年齢には似つかわしくない悲しみに耐えきれず、彼女はえずき始めた。何度も「ママ」と叫びながら、恐怖と悲しみで震え続ける。心と体の両方が限界に達し
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