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11ー4

last update Last Updated: 2025-10-04 06:58:43

「オリバーは変わった奴に好かれる体質なのかもな」

「そう……かもしれません」

「それじゃ、良かったら晩酌ばんしゃく楽しんで。おやすみ」

「おやすみなさい」

 そう言って、扉を閉め、ふうっと息をく。

 よかった……。なんとかなった……。

「オリバー……」

 弱々しい声でハーヴィーが僕を呼ぶ。振り返ると、彼はシャワールームからひょっこり顔を出していた。だが、その髪はびしょびしょに濡れている。僕は慌ててシャワールームに駆け込んで、シャワーの栓を締めた。

「オリバー、ごめんよ。ぼく、静かにしようとしたのに、ちょっとさわったら栓がくるんって回っちゃったんだ……」

「ううん、いいんだよ。ごめんね、僕こそシャワールームに押し込んじゃって……あぁ、服がびしょびしょだ……」

 僕はハーヴィーのシャツを脱がせて、バスタブの中でぎゅっとしぼると、それを広げて部屋の中へ干した。それから、急いでバスタオルを取ってきて、彼をベッドに座らせて、髪を拭いてやった。だが、そのうちにハーヴィーはくすくす笑い出す。

「ハーヴィー? どうしたの?」

「前もさ、突然の雨でここへ来たよね。あの夜も、びしょびしょに濡れちゃって、君はこんなふうに髪を拭いてくれた」

「そうだったね」

 雷雨の夜――。僕はハーヴィーとふたりきりで夜を過ごした。それからベッドでじゃれ合って、彼の体温を感じながら眠りに落ちた。穏やかで、温かな夜だった。

「君の匂いのするベッドで、君に寄り添って眠った。幸せだったな……」

「僕も、ハーヴィーと一緒に眠れて、すごく幸せだった……」

「本当に?」

「うん……。ねぇ、ハーヴィー。今夜もここで、僕と一緒にいて……」

 僕がそうねだると、ハーヴィーは顔を上げる。僕は彼の髪に掛けられたバスタオルを退けて、彼の瞳をうっとりと見つめた。すると、ほどなくして、ハーヴィーは僕を優しく抱き寄せる。距離が一気に近くなって、トクトクトク……と、心臓が高鳴っていく。そうして、彼の唇に誘われるように、そっとそこへ口づけた。

「ん……、んぅ……」

 優しいキス。だが、触れるだけのキスでは終わらない。そのまま僕たちは、どちらともなく、柔らかな感触を丁寧に味わうように唇をんだ。ぎゅっと腰を抱かれ、重なり合う唇からは、ちゅ、ちゅ……と音が鳴る。だんだんとふたつの唇は甘く、深く、触れ合
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