君と風のリズム

君と風のリズム

last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-04
Oleh:  いなば海羽丸Baru saja diperbarui
Bahasa: Japanese
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舞台はイギリス、湖水地方のウィンダミア。 主人公、オリバー・トンプソンは、湖のほとりにある、ウィンダミア乗馬クラブで住み込みで働くことになり、ロンドン郊外から一人、やってきた。 のどかな地で出会ったのは、美しい暴れ馬、スノーケルピー。オリバーはその馬に魅せられるが……。 イギリスの湖水地方に伝わる馬の妖精、ケルピーと、傷を抱えた新米厩務員のファンタジーBL。 番外編・後日譚もあります! illustration/ぽりぽぽ様❤ design/もみあげ様❤

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Bab 1

***

 ケルピー(kelpie)。

 妖精界に存在する幻獣で、美しい馬の姿をしている。彼らは水辺で待ち伏せ、気に入った人間を見つけると、背に乗せようと誘惑する。無防備な人間が背にまたがると、たちまち豹変ひょうへん。池や湖、川の深みをめがけて疾走し、その人を沈めて命を奪い、魂を妖精界へ連れていってしまう。一度、妖精界へさらわれた人間は、二度と元の世界に戻ることができない。スコットランドでは、ケルピーは邪悪な妖精馬だと言い伝えられてもいる。

***

 イングリッシュ・ブルーベル(学名・Hyacinthoides non-scripta)。

 花言葉は「変わらぬ心」。見た目がとても可愛らしいこの花は、実は毒性が強く、スコットランドでは「死者の鐘」という異名があるほど。このベル型の花が風に揺れ、鐘の音を鳴らせば、それは死を告げるものだと考えられている。

 もしも、森や野原の茂みでブルーベルの花を見つけたら、決して摘み取らず、そうっとその場を離れること。どんなに魅惑的でも、ブルーベルが咲く場所には、必ず妖精たちが潜み、魔法が溢れているという。一度、そこへ踏み込んだ子どもは二度と家族のもとへは戻れず、おかしな世界へ連れていかれる。大人であっても油断は禁物だ。彼らの魔法はどんな人間にもかなわない。永遠に、森の中をあてどなくさまようことになるだろう。

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***
 ケルピー(kelpie)。 妖精界に存在する幻獣で、美しい馬の姿をしている。彼らは水辺で待ち伏せ、気に入った人間を見つけると、背に乗せようと誘惑する。無防備な人間が背にまたがると、たちまち豹変。池や湖、川の深みをめがけて疾走し、その人を沈めて命を奪い、魂を妖精界へ連れていってしまう。一度、妖精界へさらわれた人間は、二度と元の世界に戻ることができない。スコットランドでは、ケルピーは邪悪な妖精馬だと言い伝えられてもいる。*** イングリッシュ・ブルーベル(学名・Hyacinthoides non-scripta)。 花言葉は「変わらぬ心」。見た目がとても可愛らしいこの花は、実は毒性が強く、スコットランドでは「死者の鐘」という異名があるほど。このベル型の花が風に揺れ、鐘の音を鳴らせば、それは死を告げるものだと考えられている。  もしも、森や野原の茂みでブルーベルの花を見つけたら、決して摘み取らず、そうっとその場を離れること。どんなに魅惑的でも、ブルーベルが咲く場所には、必ず妖精たちが潜み、魔法が溢れているという。一度、そこへ踏み込んだ子どもは二度と家族のもとへは戻れず、おかしな世界へ連れていかれる。大人であっても油断は禁物だ。彼らの魔法はどんな人間にもかなわない。永遠に、森の中をあてどなくさまようことになるだろう。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-01
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プロローグ
 スノーケルピーという名前には、雪の妖精という意味があるらしい。勝手につけられた偽りの名前の中に、偶然にも真実が混在しているのは皮肉なものだった。「さっさと馬房に戻らないか! 肉にされたくなきゃ言うことを聞け!」 しなる鞭はくり返し体を叩く。激しい痛み。乾いた音。響く罵声。狭く汚れた馬房。ここはまるで牢獄――いや、地獄なのかもしれない。窓から日が差したとしても、温かさや眩しさは微塵にも感じられず、使い古した冷たい藁もひどく心地が悪かった。 毎日、毎晩。確かめるように周囲を見渡す。ここにはほかに動物はいないようだ。ネズミ一匹、見当たらないのも妙だが、この世界の動物たちはみんな、知っているのかもしれない。ここは地獄だということ。そして地獄には、悪魔のような人間がいること。「まったく、いい馬だと思ったが姿ばかりだったな。明日、お前をよそへ預ける。そこは私よりも厳しい厩務員たちが大勢いるから、お前も少しはまともになるだろうよ」 「旦那さま、まだよくなられたばかりなのですから、あまり無理をされませんよう……。大きなお声は体にも障ります……」 「あぁ、わかっている。私の杖は」 「ここにお持ちしました」 「すまないね。しかし、こいつのおかげでえらい目に遭ったもんだ。いいか、スノーケルピー。アジアで肉にされたくなきゃ、更生しろ」 そうか。ぼく、よそへやられるんだ……。 二つの足音が遠ざかっていくのを確め、傷だらけの体をそっと藁の上に倒す。そうしながら、男の言葉をぼんやりと思い返した。不思議だ。そこがどんな場所かもわからないのに、ぼくは安堵している。 もっとも、この地獄から出られるのなら、どこへ連れていかれたって構わなかった。その先が再び地獄であっても、今、この場所から逃れられるのなら、それは一筋の希望の光ですらあった。ただ、苦しかった。ここは、ぼくに孤独と恐怖を強く感じさせる。 あぁ、誰か、誰か。ここには光がない。お願いだ。助けて――。 一刻も早くここを出て自由になりたい。しかし、どれだけそう願って嘶いてみても、小鳥すら、トカゲすら、ここへはやって来てくれない。あの男が去ったあとの
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1 ウィンダミアへ
 空は晴れ渡り、心地のいい風が吹く。なだらかな丘はどこまでも続いている。僕はひとり、列車に乗り、湖水地方の玄関口であるウィンダミア駅を目指していた。 おろしたての服を着て、おろしたての帽子をかぶり、祖父からプレゼントされた腕時計をして、まるでこんな列車には、乗り慣れているという素振りで、窓から景色を眺める。だが、内心はそわそわして落ち着かない。何度も何度も腕の時計に目を落とし、静かにため息を吐く。もうすぐだ。もうすぐ、この列車はウィンダミア駅に到着する。 緊張するなぁ……。 ロンドンから約四百キロ離れたウィンダミア。僕――オリバー・トンプソンは、今日から、その湖のほとりにある乗馬クラブに、住み込みで働くことになっている。 ウィンダミアには馴染みがなく、友人も親戚も、誰ひとりいない。そこへ行けば、僕はひとりぼっちだ。勤務先の乗馬クラブのオーナーからは「到着時間には迎えを出すよ」と言われているものの、その人がどんな人なのかも、僕はあまりよく知らなかった。 ただ、祖父の昔の知り合いの、そのまた知り合いで、トーマス・ウィリアムズという名前であること。猫の手も借りたいほど忙しい乗馬クラブを経営しているということ。それから「若い男の手があるならぜひ欲しいね」と言って、ふたつ返事で僕を雇ってくれた男の人、ということだけだ。 声だけ聞けば、彼は善人であるような気がしたが、本当にそうなのかどうかもわからない。ただ、優しい祖父の知り合いのそのまた知り合いだ。きっといい人に違いない。今はそう信じるよりほかなかった。 僕にとって家族は、一緒に暮らしてきた祖父母だけ。祖父母はとても優しく、愛情をめいっぱい注いで僕を育ててくれた。おかげで、父や母がいなくて寂しいと思うことはあっても、愛情に飢えるということは一度もなかったように思う。 もちろん、生まれたときからそうだったわけではない。昔は父と母がいた。聞きわけのいい、かわいい弟もいた。僕にとって彼らは、なによりも大事な宝物だった。だが、彼らはある日突然、いなくなってしまった。*** あれは、僕がまだ十二の頃。誕生日の夜だった。夜中に起きた火事で、僕は父と母、そして弟を亡くした。それはたったひと晩のこと。たったひと晩で、僕は大事な家、大事な人、すべてを失ってしまった。 当時、消防関係者の調査では
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1-2
 父は生前、家の一階で小さな馬具屋を営んでいた。地下には工房があって、店は一階。二階は住居で、僕たちはそこで暮らしていた。店ではおもに鞍を売っていて、父は工房でそれを作っていた。オーダーメイドで丁寧に作られる鞍は、多くの人に求められ、店は子どもでも理解できるほど、繁盛していた記憶がある。 火事で家はすっかり焼けてしまったが、地下の工房だけはわずかに残り、作りかけの鞍がいくつか遺されていた。それが父の唯一の遺品だ。それもあって、僕は自然と馬に興味を持つようになり、祖父に「馬の仕事ならなんでもいい、携わってみたい」と話して、運よく紹介してもらった。そうして、今に至った――というわけである。 約数十分ほど経ち、列車が駅に到着する。予定時刻の十二時きっかりだった。だが、しっかり停車しても、僕はなかなか立ち上がることができない。極度の緊張のせいだ。まずは深呼吸をする。それからわかりきっているのに、腕時計で時間を確認し、荷物を持ち、ようやく立ち上がった。 明らかに観光客と見られる人の波に揉まれて、列車を降りる。フェリーがどうのとか、トレッキングコースがどうのとか、彼らの暢気な会話や笑い声が少しだけ羨ましかった。 足早に改札を出ると、ちょうど目の前には一台の車が停まっていた。黒いワゴン車だ。車体はピカピカに磨かれて、太陽の光に反射し、眩しいほど光っているが、足回りには泥が付着している。 ピカピカに磨かれた車体のせいで、余計にそれが目立ってしまって、お世辞にも綺麗な車とは言い難い。目を細めていると、運転席にいた男も目を細めながらこちらを凝視して、車から降りてきた。「やあ!」 背丈は僕と同じくらいだろうか。細身で、背すじがピンと伸びている。身なりはずいぶんと着古したブルゾンにジーンズを穿いていた。足下はスニーカー。だが、黒い車と同様、所々に土汚れがついている。それを見れば、彼が乗馬クラブの人かもしれない――と、僕は自然と察することができた。「もしかして……、君がオリバー・トンプソン?」 「はい……」 僕が彼を乗馬クラブの人間だと察したように、彼もまた僕を見て、新人厩務員だと察したようだ。僕はドキドキしながら手を差
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1-3
 湖のほとりを沿うように、北へ向かって車は走っていく。ちょうど三、四十分ほど経ったころだろうか。風に乗って漂ってくる獣臭に、僕は気付いた。これは馬房の独特な匂いだ。獣と、草と、土と、馬の糞の混ざった匂い。ふと見れば、湖のほとりには開けた草原と古い石垣が広がっていた。遠くに小さく、馬の姿がちらほら見える。「さぁて、到着」 「ありがとうございます……」 車はだだっ広い砂利の駐車場で停まった。「すぐ事務所へ行こう。ついてきて」 ライルさんはそう言うと、車のエンジンを切り、ドアをバタン、と閉めて、歩いていく。僕も慌てて車を降りた。周囲の景色を気にする余裕もなく、ライルさんの背中を追って、荷物を引きずりながら、彼の少し後ろを歩く。駐車場から砂利道を歩き、馬房のすぐそばを通る。開いている窓のすき間から、ほんの一瞬、馬の背が見えて、胸が高鳴った。 馬だ……。「おーい、こっち! 早く」 「あっ、はい!」 ライルさんに呼ばれ、返事をする。事務所はそのさらに先にあるようだった。ライルさんは小さな建物のドアを開けて、中へ入れ、と言うかのように顎をしゃくっている。 僕はおそるおそる、その扉の中へ足を踏み入れた。中にはふたつの黒い革のソファが向かい合って置かれ、その間には大きな木製のローテーブルが置かれている。大きな木の切り株を薄く切って、そのままテーブルに加工したような、しゃれたテーブルだ。 その奥には小さなカウンターがあり、部屋の棚には鞍や馬着、それから数々の写真が飾られていた。写っているのは、美しい黒い馬と若い男性だ。どれもすっかり日に焼けてしまって色褪せているが、その馬が美しいことは確かにわかる。写真立てには「名馬ゴールドティターニアとトーマス」と書かれていた。「トーマス……」 ぽつりと呟く。そうして、しばらく写真を見つめていると、不意にバタン! と音がした。直後、野太い声が耳に飛び込んでくる。「やあやあ! ようこそ、ウィンダミアへ!」 「あ……っ」 「君がオリバーくんだね。よく来てくれた!」 カウンターの奥からやってきたのは、鼻の下にちんまりした髭を蓄えた、ふくよかな男性だった。チェックのシャツに土汚れのついたジー
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1-4
 事務所の外に出て気付く。すぐそばで水の流れる音がしている。湖の波音とは、少しだけリズムが違うその音に耳をすまし、周囲を見渡してみる。――だが、湖以外に水辺らしきものは見当たらない。もしかたら、近くに小川でもあるのかもしれない。 辺りに植えられた植物の色は濃く、日差しに照らされ、眩しいほど輝いていた。あちらこちらに可愛らしい花も咲いている。青い絨毯のように見えるのは、ブルーベルだ。ブルーベルの花畑の向こうには、野菜畑らしきものも見える。「ここには畑もあるんですね」 「あぁ。ちょっとだけどね。ボロを肥やしに使ってさ、有機農業をやってるんだよ。よく聞くだろ」 「はい」 ボロとは、馬の糞のことだ。乗馬クラブや牧場などで、毎日、大量に出る馬の糞を肥料として使い、花や野菜、果樹などを栽培するというのはよく聞く話だった。僕の母校にも乗馬部があったので、そういった光景には馴染みがある。「うちの野菜、格好がよくないのもあるんだけど、割と人気があるんだよ。収穫時期は、クラブの入り口に小さな売り場を作って、朝に採ったのをそこで売るんだ。昼にはほとんどなくなっちゃうんだよ。時々、わざわざ遠方から、野菜だけ買いに来る人もいるくらいでさ」 「へえ……」 しばらく木々の間の細道を歩いていくと、やがて古い石造りの建物が見えてきた。二階建てのアパートメントのようなそれが、おそらく宿舎なのだろう。僕は胸を高鳴らせる。「あれが、宿舎ですか」 「そう。おんぼろだから幽霊が出るぞ」 「え――……」 「冗談だよ。でも、この辺には本物のケルピーが出るっていう噂があるんだ」 そう言って、ライルさんはくすくす笑う。ケルピーという名は聞いたことぐらいはあるものの、それがどんなものなのかわからず、僕は首を傾げた。「ケルピーって……?」 「知らないのか? 水辺に現れる馬の妖精だよ。水辺で人間を待ち構えて『背に乗らないか』って誘うんだ。乗ったら最後、あっという間にあの世行きさ」 「妖精……」 「そう。決まって水辺に出るんだって。このウィンダミアでも会ったことがあるって人がいるよ。まぁ、その人は今もピンピンしているから、ガセだろうけどね」 「はぁ……」 ライルさんは狭い階段を上がり、奥から二番目の部屋の前で立ち止まると、「二〇
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1-5
 僕は息を呑む。落馬の経験はないが、その瞬間を見たことはあった。馬から落ちたのは乗馬部の先輩で、腕も経験もそれなりにあると言われていたが、僕の目の前で落馬したのだ。 そのときの馬も、サラブレッドだった。いつも乗っている馬で、よくなついていたにもかかわらず、その馬は突然、本当になんの前触れもなく立ち上がり、相棒であったはずの乗り手を振り落とし、走ってしまった。その日、僕が初めて馬という生き物に対して、恐怖を覚えたのは言うまでもない。「大変だったんですね……。その馬主さん……」「どうだか。暴れ馬でも持ち主との相性はあるから、なんとも言えないね。まぁ、今のところは聞いていた通りだけどさ」 そう言って笑みをこぼし、ライルさんは窓を開けた。夏らしい、爽やかな風が入ってくる。眼下には湖のほとりを歩く馬が数頭見える。背には観光客らしき人を乗せている。ライルさんはその人馬の一行を指差して言った。「ああやってさ、馬に乗ってる人を見ると、まるで一体化してその馬とひとつになったみたいに見えるだろ。でも、本当はそうじゃない。人はただ馬の背に乗っかってるだけで、バラバラなんだよ。落馬しようと思ったら簡単さ。ひとつになるには、強い繋がりが必要なんだ」「強い、繋がり……」「そう。馬と心を通わせること。そうじゃなきゃ、オレたちは不安定な動物に本当にただ、跨ってるだけ。馬は利口だからね、意思疎通ができてないのに、背中に乗って、無理やり指示を出そうとすると、すぐバカにする。落とそうとしたり、反抗したり……特に悪い馬はそうだよ」「悪い馬?」「頭がいい馬ってことさ」 ライルさんはそう言うと、いたずらっぽく笑みをこぼし、窓を閉めて、こう続けた。「動物ってのは、ちゃんと見てるからね。相手がどういう奴か」「じゃあ、僕のことも……」「もちろん、見てるよ。――おっと、いけない。おしゃべりはここまでにしよう。着替えを済ませたら馬房で早速、仕事だ」 僕は急ぎ着替えを済ませ、部屋の外で待っていてくれたライルさんのあとについて、宿舎を出た。そのまま馬房へ向かう。近づくにつれて、馬の糞の匂いが強くなる。僕は入り口で長靴の消毒を教わって済ませると、そのまま馬房の中へ入った。「あ……」 見れば、入り口のすぐ近くの|馬
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 これが……、スノーケルピー……。 その暴れ馬は葦毛であるが、まだ若いのだろう。薄い灰色がかった色をして、どこか銀色にすら見えた。筋肉隆々な体つきに、濃い灰色のたてがみを持ち、尻のあたりでは同じ色の、ふさふさとした尾が揺れている。なにより印象的なのは、左右とも色の違う瞳だ。左はラピスラズリのように深みのある青い色。右は琥珀のような褐色。「きれい……」 思わず呟く。すると、スノーケルピーと目が合った――ような気がした。灰色の、長いまつ毛が被さった大きな瞳が、こちらをじっと見つめている。 ――助けて。「え……?」「あ……っ、オリバー! 馬房の掃除、終わったのか?」 僕が声を上げたせいで、ライルさんが気付き、声をかけた。僕はハッとして姿勢を正し、答える。「は、はい……! 終わりました!」「そしたら……、ほかにも空いている馬房があるから、そっちも全部やっておいてくれる? 終わったら、また声かけて」「はい!」 僕は慌ててその場を去り、しかし、立ち止まった。今、頭の中に響いた声はなんだったのだろう。誰だったのだろう。若い男の声だった。確かに「助けて」と聞こえた。ふと、目の前にいたスノーケルピーの顔が、宝石のような瞳が浮かぶ。「……まさか、ね」 そんなはずはない。馬に声をかけられたなんて、馬が人間の言葉を喋ったなんて、絶対にあり得ない。きっと目の前に馬がいて、じっと見つめられていたから、ライルさんか――あるいは、一緒に世話をしていたもう一人の声が、まるで馬の声だったように聞こえたに違いない。 僕はそう自分に言い聞かせながら、かぶりを振り、馬房の中を見て回る。そうして、馬のいない場所を見つけると、ロリポップの部屋と同じように、汚れた寝藁やボロを取り除き、黙々と掃除をした。 やがて、馬房には外乗を終えた馬が厩務員とともに戻ってくる。その後も、ライルさんはスノーケルピーに付きっきりだった。くつわをやっと嵌めて、鞍の装着を済ませても、スノーケルピーはなかなか馬房を出ようとしないようだ。 仕方なく、僕はほかの厩務員の先輩たちとすれ違うたびに、自己紹介をして、彼らに仕事を
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「白い悪魔?」「スノーケルピーのことだよ。どうせ、競技用サラブレッドの落ちこぼれなんだろうけど、あれはうちじゃ無理だろうね。今日はやっと馬場に出られたみたいだけど、全然、調教が入らないらしいから。ライルさんたちも相当、手を焼いてるんじゃないかな」 そう言うと、ルークさんは肩をすくめて見せ、笑った。僕も釣られて苦笑いをする。「ライルさんも、さっきそんなことをおっしゃってました」「そうでしょう。あんなの、僕たちがやるような仕事じゃないよ」「でも、すごいですね、ここは。ちゃんと馬場があるなんて」 このウィンダミア乗馬クラブは、おもに観光客に向けた外乗、つまりホーストレッキングの体験を提供する乗馬クラブのはずだ。施設に競技乗馬で使用する馬場があるのは珍しいことではないものの、サラブレッドがスノーケルピー以外には一頭もいないこの場所に、それがあるのは少し妙だと思った。すると、僕の疑問を見透かしたように、ルークさんが答える。「あの馬場はね、社長の趣味なんだよ。今じゃ想像もつかないだろうけど、若い頃は馬術とか、障害の大会に出たこともあったらしいから」「へえ、すごい」「あの人はその頃の栄光をいまだに追いかけてるんだ。事務所の写真を見ただろ?」 そう言うと、ルークさんはくすくす笑った。あの写真のトーマスさんと今の彼を比べて見ると、いくら名前が書かれていても、同一人物だとはとても思えない。それほど彼は体型が変わってしまっている。ルークさんはひとしきり笑ったあと、「さてと。今のうちにスノーケルピーの部屋も掃除しちゃおうか」と言って、顎をしゃくった。*** ルークさんの後を追い、僕はリヤカーを押して、スノーケルピーの馬房までやってきた。部屋の中は荒れに荒れている。藁もほかの馬房と比べるとずいぶんと汚れていた。ただし、汚れているといっても、それは見る限り、ほこりや土汚れのようで、ボロはひとつも落ちていない。僕はひとまず、それをみんな取り除き、ルークさんはフォークを手にして、話し出した。「あいつの馬主、社長の昔の知り合いなんだって。社長ってば、あの馬を預かってくれって頼まれたときは『ここには前にポニーもいたし、気の強い馬は慣れてる』とか言っちゃって、自信満々だったんだよ。それなのに、初日にちょっと|触
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2 白夜の晩酌
 初めて宿舎で迎える夜はとても静かだった。――といっても、空は白夜のせいでまだ昼のように明るいが、外に人の気配はほとんどない。ロンドンの町では今頃、サマータイムで賑やかさが増しているに違いないのに、ここは真夜中のように静まり返っている。 虫たちの声。湖で魚が跳ねる音。聞こえてくるのはそれだけ。これは、厩舎の朝が夜明けよりも早いせいもある。僕は窓を開けて風を感じながら、ベッドに寝転がり、昼間、頭の中で突然、響いた「誰かの声」を思い出していた。『――オリバー、君は優しくしてくれる?』 あの声、誰だったんだろう……。 優しい口調の、たぶん――青年の声だった。どう考えても、僕にはその声がライルさんやルークさんのものだったとは思えない。ふたりの声とは明らかに違っていたのだ。また、今日の歓迎会に参加したのは、ほとんどが男性だったが、その中にもあの声の主はいなかったし、思い当たる人物もいなかった。何度思い返してみても、声が頭の中に響いた瞬間、目の前にいたのはスノーケルピーだけだ。 不思議だけど、本当に聞こえた……。あのときの声は、確かに僕に語りかけていた。だけど、まさか……。本当にスノーケルピーが……? 馬の声が聞こえる? そんなことが本当に現実にあるのだろうか。学校での馬術の授業でも、そんな体験をしたことはなかったし、そんな話は聞いたこともない。ルークさんは「馬と仲良くなりたいなら、話すことだ」と言っていたが、ぺちゃくちゃおしゃべりをするということではない、とも言っていた。「やっぱり、幻聴だったのかなぁ……」 緊張しすぎていたせいだろうか。そう思い、独り言を呟いたとき。不意にコンコン、とノックの音がした。僕はベッドから起き上がり、部屋のドアを開ける。「やあ」 「こんばんは。なにか……ありましたか?」 「いや。最初の夜は心細いだろうと思ってさ。よかったらこれ、飲んで」 やって来たのは、ライルさんだった。ライルさんはそう言って、一本の酒瓶を僕に手渡してくれる。僕は入り口の灯りを点けて、ラベルを確認した。「……ジン?」 「ああ。実家の母が時々、送ってくれるんだけど、たくさんあるからさ」 「ありがとうございます。ビーフィーターは祖父もよく飲んでいたやつです」 ビーフィーターという銘柄のそれは、ロンドンでは誰もが知るジ
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