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第9話

Author: 小燈
その瞬間、彼女は確信した。

残業ではなく、病気の美咲の看病に行ったのだと。

あの夕方の庄司の断言的な口ぶりを思い出し、友梨は苦笑した。

彼女のために三十分も割けないのか。

庄司、これが最後の時間だと知っていたら、約束を破ったことを後悔するのかしら。

答える人はいない。もう答えも気にならなかった。

山本弁護士にメッセージを送った。

「山本先生、今日が熟慮期間最終日ですが、手続きは必要でしょうか」

「不要です。宮本さん、これで全ての手続きは完了です」

「新たな人生の始まり、おめでとうございます」

そう、新たな人生。

今日から、庄司を愛さない日から、庄司のいない日から、

友梨の人生は、もっと輝くはず。

気持ちが晴れ、家に戻った。

残り三時間、自分の残り物を全て処分し、一人でソファに座り夕陽を眺めた。

残り二時間、写真を編集してビデオにした。

残り一時間、ビデオを確認し、もう一度カメラを向け、録画を始めた。

庄司への別れの手紙を録る。

最後に、SDカードをカメラに戻し、離婚協議書と共にベッドサイドに置いた。

庄司。

これで私たち、離婚ね。

おめでとう、

そして私にも。

全てを終え、最後の荷物を持って、この家を、この街を去った。

行き先を知る人はいない。

未練も後悔もなく、振り返らなかった。

一方。

美咲の病状が落ち着いてから、庄司は彼女の家を出た。

車を走らせながら友梨に電話をかけ、約束を果たそうとした。

十回以上かけても「電源が入っていません」の音声ばかり、メッセージも返信なし。

結婚して三年、初めて連絡が取れなかった。

前回の事故を思い出し、不安になって家に戻った。

新居は整然としていたが、違和感があった。

友梨の物が一つもない。

心臓が跳ね、旧居に急いだ。

空っぽの家を探し回り、寝室でカメラと書類を見つけた。

笑顔で撮影していた彼女を思い出し、電源を入れた。

明るい音楽と共にS大の風景が流れ、文字が現れる。

「庄司、広場にはスケボーの学生がいるわ。初めての告白の場所。断られて一日中泣いたっけ」

「図書館は相変わらず人気ね。静かにしなきゃ、だから遠くから撮ったの。あなたの好きな場所よ」

「バスケのコート。私、四年間ここであなたを見てたの」

......

六年前の青春時代が蘇った。

あの頃の友梨を思い出し、つい微笑んだ。

BGMが終わっても、映像は続いた。

サプライズを期待して周りを見たが、友梨はいない。

疑問を抱えたまま再生すると、疲れた表情の友梨が映し出された。

「庄司、出会って十年。片思いも十年よ。信じられない?私も信じられない。人生に十年なんて、何回あるのかしら」

「七年の片思い、三年の夫婦。ずっとあなたの心に入ろうとして、たくさん努力した。でも思い通りにはいかない。好きじゃないものは、三年でも七年でも十年経っても、変わらない」

「だから今日、決めたの。この想いを手放して、美咲への思いを応援することに。これを見ているあなたに、伝えたいこと......いえ、通知があります」

「庄司、私たち、離婚しました」
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Comments (4)
goodnovel comment avatar
mei
本として発売してくれませんか?
goodnovel comment avatar
寺田まゆみ
続きが早く読みたいと思います
goodnovel comment avatar
藤嵜 房子
続きはいつでますか?
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