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二度と、約束はしない

二度と、約束はしない

By:  キララCompleted
Language: Japanese
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結婚式の前日、婚約者の山崎哲也(やまざき てつや)が突然、私にこう言った。 「結婚式は一週間、延期しよう。急な出張が入ったんだ」 哲也の冷たい態度を見ていると、私は昨日の夜、彼の秘書から届いたラインが頭をよぎった。 【結婚式の前に、哲也さんと一緒に世界一周旅行に行きたいの。綾菜(あやな)さん、許してくれるよね?】 そう思いながら私は哲也の言うことを受け入れ、黙って結婚式をキャンセルした。 次の日、哲也と青木莉子(あおき りこ)は、エッフェル塔の下で情熱的に抱き合っていた。 その頃、私は一人で病院へ行き、お腹の子どもをおろした。 3日目。哲也と莉子は、ブルジュ・ハリファの大きな窓の前で肌を重ねていた。 そして私は、哲也の母親の山崎久美子(やまざき くみこ)に、もう哲也とは二度と会わない、と告げた。

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Chapter 1

第1話

結婚式の前日、婚約者の山崎哲也(やまざき てつや)が突然私に言った。

「結婚式を、一週間延期させてくれないか。急な出張が入ったんだ」

哲也の冷たい態度を見ていると、私は昨日の夜、彼の秘書から届いたラインが頭をよぎった。

【結婚式の前に、哲也さんと一緒に世界一周旅行に行きたいの。綾菜(あやな)さん、許してくれるよね?】

そう思いながら私は哲也の言うことを受け入れ、黙って結婚式をキャンセルした。

次の日、哲也と青木莉子(あおき りこ)は、エッフェル塔の下で熱く抱き合っていた。

私は一人で病院へ行き、お腹の子を堕ろした。

3日目、哲也と莉子は、ブルジュ・ハリファの大きな窓の前で肌を重ねていた。

私は哲也の母親の山崎久美子(やまざき くみこ)に、哲也とはもう二度と会わないと伝えた。

すると、「綾菜、哲也はきっと仕事が忙しいだけよ。

彼が帰ってきたら、私からきつく言っておくから。ちゃんとあなたに謝らせるわ」

そう言いながら、久美子は振り返りもせずに、意識をしてもらっているネイルに集中させていた。

久美子にしてみれば、私ひとりが騒いでも大したことではない。どうせお腹にはもう子供がいるのだから。

むしろ莉子の存在は、久美子にとって好都合なのだろう。

だって、莉子は私よりずっと前から、久美子のことを「お母さん」と呼んでいるのだから。

彼女にとって、籍も入れていない嫁の私は、ただの子どもを産むための道具、というわけだ。

それを見て、私は力なく笑うと、静かにその場をあとにした。

「もう、哲也と青木さんの好きにさせてあげることにしたんです」

だが、久美子は、私がそこを離れたことにまったく気づいていないようだった。

それどころか、私が何を言ったのかさえ、耳に入っていなかった。

「綾菜、哲也は社長なんだから、仕事上の付き合いだってあるのよ。

それもぜんぶ、あなたたちの将来のためなんだから。

あなたも分かってあげなきゃ。そうでなきゃ、莉子がいなくなっても、また次の女が出てくるだけ。いちいち怒ってたら体がもたないわ。

それに、あなたにはお腹に赤ちゃんがいるのよ。哲也以外に、誰があなたをもらってくれるっていうの?

これは、経験者からの助言よ」

久美子は一方的に話し続けていたけれど、私はもうとっくにその屋敷を出ていた。

そして、私は、そっと自分のお腹に手を当てた。

私をまるで鎖に繋がれた籠の鳥のように扱っているのも、子供がいるから、彼らは何をしても許されると思っているからだろう。

いくらもがいても、彼らの手からは逃れられないとでも思っているんだ。

でも、その彼らが頼りにしている鎖を、私は今まさに断ち切ろうとしている。

そう思いながら家に帰り、ベッドに横になって静かに泣いていると私は、いつの間にか眠りについてしまった。

夢うつつの中、哲也が帰ってきた。彼は私を優しく抱きしめると、ネックレスを取り出して私の首にかけてくれた。

「プレゼントだよ。気に入った?」

ネックレスに目をやると、それは確かにとても綺麗なものだった。

もし、莉子のインスタでこれと同じものを見ていなかったら、素直に喜べていたはずだ。

莉子のインスタには6つものネックレスが写っていて、哲也が私にくれたのは、その中で一番安く、莉子自身が一番気に入らないと言っていたものだった。

莉子はインスタのコメントで、友達とこんなやり取りをしていた。

【この360万円のネックレス、『サファイアの想い』のおまけなの。哲也さんが取っておけって言わなかったら、捨ててたかも】

そう。このネックレスは、2億円以上もする名匠の作品、「サファイアの想い」に付いてきた、ただのおまけなのだ。

私は黙ってネックレスを外した。

「青木さんへのおまけを、わざわざ私のために持ち帰ってくれるなんて。ご丁寧にどうも」

すると、背後にあった哲也の体が、ぴくりとこわばった。そして、彼の口調は一気に冷たくなった。

「ただの付き合いだ。そんな細かいこと気にするなよ」

それを聞いて、私も冷ややかに言った。

「ただ別に、そんなに気を遣ってもらわなくてもいいと思っただけよ。あなたが何をしようと、もう私には関係ないから」

その言葉に、哲也は怒りをあらわにした。

「もうすぐ結婚するっていうのに、どうしても事を荒立てたいんだな。

なんだ、結婚したくないのかよ」

私が妊娠する前、哲也は決してこんな話し方をしなかった。

でも今は、その言葉を聞けば、裏に隠れる本心がすぐに読めたのだ。

子供ができたんだから、大人しく言うことを聞いていればいい。

他に、こんな私をもらってくれる男なんているはずがない、とでも言いたいのだろう。

そう思うと私はカッとなって、すべてをぶちまけてやろうと思った。

しかし、先に哲也が荒々しくドアを閉める音が、部屋中に響き渡ったのだった。

次の日の朝。目を覚ますと、哲也がベッドのそばに座っているのが見えた。
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第1話
結婚式の前日、婚約者の山崎哲也(やまざき てつや)が突然私に言った。「結婚式を、一週間延期させてくれないか。急な出張が入ったんだ」哲也の冷たい態度を見ていると、私は昨日の夜、彼の秘書から届いたラインが頭をよぎった。【結婚式の前に、哲也さんと一緒に世界一周旅行に行きたいの。綾菜(あやな)さん、許してくれるよね?】そう思いながら私は哲也の言うことを受け入れ、黙って結婚式をキャンセルした。次の日、哲也と青木莉子(あおき りこ)は、エッフェル塔の下で熱く抱き合っていた。私は一人で病院へ行き、お腹の子を堕ろした。3日目、哲也と莉子は、ブルジュ・ハリファの大きな窓の前で肌を重ねていた。私は哲也の母親の山崎久美子(やまざき くみこ)に、哲也とはもう二度と会わないと伝えた。すると、「綾菜、哲也はきっと仕事が忙しいだけよ。彼が帰ってきたら、私からきつく言っておくから。ちゃんとあなたに謝らせるわ」そう言いながら、久美子は振り返りもせずに、意識をしてもらっているネイルに集中させていた。久美子にしてみれば、私ひとりが騒いでも大したことではない。どうせお腹にはもう子供がいるのだから。むしろ莉子の存在は、久美子にとって好都合なのだろう。だって、莉子は私よりずっと前から、久美子のことを「お母さん」と呼んでいるのだから。彼女にとって、籍も入れていない嫁の私は、ただの子どもを産むための道具、というわけだ。それを見て、私は力なく笑うと、静かにその場をあとにした。「もう、哲也と青木さんの好きにさせてあげることにしたんです」だが、久美子は、私がそこを離れたことにまったく気づいていないようだった。それどころか、私が何を言ったのかさえ、耳に入っていなかった。「綾菜、哲也は社長なんだから、仕事上の付き合いだってあるのよ。それもぜんぶ、あなたたちの将来のためなんだから。あなたも分かってあげなきゃ。そうでなきゃ、莉子がいなくなっても、また次の女が出てくるだけ。いちいち怒ってたら体がもたないわ。それに、あなたにはお腹に赤ちゃんがいるのよ。哲也以外に、誰があなたをもらってくれるっていうの?これは、経験者からの助言よ」久美子は一方的に話し続けていたけれど、私はもうとっくにその屋敷を出ていた。そして、私は、そっと自分のお
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第2話
ベッドサイドのテーブルには、朝食が置いてあった。哲也はいつもこうだ。私がどんなに怒っても、適当にあしらえばすぐに機嫌が直ると思っているようだ。多分それは彼の中では、当たり前のことになってしまっているのだ。もしかしたら、これまでの私が寛容すぎたのかもしれない。哲也もそれを当然だと思い、少しも大切にしなくなるほどになってしまっていたのだろう。そう思って、私は哲也を無視して、黙って起き上がり服を着た。すると、哲也の表情が、わずかにこわばった。「これが莉子だったら、どんなに喜ぶことか」そう言いながら、哲也は一人で朝食を手に取り、味わい始めた。いつからだろう、哲也は私が彼から離れられないと思い込むようになってしまい、私が何をしても、哲也からしてみれば、莉子と張り合って自分の気を引こうとしているだけに見えるらしい。確かに、この数年間、私は驚くほど哲也にのめり込んでいた。今思えば本当に、笑ってしまう。でも、もうこれからは違う。……麻酔が切れ、私は一人ぼっちで病室のベッドに横たわっていた。周りを見渡せば、どの女性にも誰かが付き添っているのだ。みんな一番弱っているときに、優しい言葉で慰めてくれる人がいて、お茶を運んでくれる人がいる。それなのに私は、トイレに行きたいだけでも下腹部の痛みをこらえ、ふらつきながら一人で行くしかなかった。こうして、よろめきながら歩いていると、机に置かれたスマホが鳴った。なんとかたどり着いたときには、電話が切れかかっていた。そして電話に出ると、いきなり部長の怒鳴り声が聞こえてきた。「和田(わだ)さん、どこをほっつき歩いてるんだ!いいか、30分以内に会社に来い。さっき社長が見回りに来たとき、会社にいなかったのは和田さんだけだったんだぞ。そのせいで、部署全員のボーナスがカットされた。もし30分以内に来なければ、今月、全員の休みが取り消しになるからな」電話の向こうの声を聞きながら、私の心は冷え切っていくのだった。哲也はかつて、「毎日顔が見たいから」という理由で、私を自分の会社に入れた。でも、これだけ長い間、社内には大勢の人がいるのに、私と哲也の関係を知る者は一人もいなかった。こうなったからには今日、哲也が何をしようと、もう私には関係ない。そう思って私は落ち着い
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第3話
中絶手術の後で、体がひどく弱っていた私は荷物をまとめる気力もないほどだった。それで、しかたなく、もう一晩家で休むことにした。深夜、哲也が帰ってきた。酒の匂いをぷんぷんさせながら、彼は莉子を抱きかかえていた。私がベッドに横になっているのを見て、哲也は鼻で笑った。「出ていけ。今夜はここは莉子の部屋だ」それはまるで家政婦に命令するかのような、見下した口調だった。一方、莉子はいつもの清純な姿とは違い、セクシーな可愛い服を着て哲也の胸に体をすり寄せていた。「綾菜さん、ごめんなさいね。今日は哲也さんと飲みすぎちゃって。もう移動するのも面倒だから、あなたの寝室、借りるわね。そうだ、綾菜さん。哲也さんから聞いたんだけど、ベッドではあまり……なんだってね。よかったら、ここで勉強していけば?」それを聞いて私は怒りで我を忘れそうになり、体をわなわなと震わせていた。すると、哲也も傲慢な目つきで、おちゃらけるようにこちらを見てきた。「哲也さん、綾菜さんは怒ってるみたい。私、何かまずいこと言っちゃったかな」それを聞くと、哲也は莉子を抱き寄せた。「お前が間違ってるわけないだろ?綾菜はいつも反応が薄いんだ。やっぱりお前とのほうが相性がいい」そう言われ、耐えかねた私は怒りにまかせて立ち上がり、二人を突き飛ばして部屋を出ようとした。すると「きゃっ、綾菜さん、力が強いのね」莉子は、ぶりっ子な声を上げた。「それにしても、すごい腰回りね。だからそんなに力があるんだ」それを聞いて、妊娠で太くなった自分のお腹を見て、悲しい気持ちになった。一方で、哲也は莉子を抱き寄せ、深くキスをした。「まあ、そう言うな。妊娠すれば腹もでかくなるだろ。これからは、お前が綾菜の代わりに俺を満足させてくれよ」「綾菜さんったらひどいわ。私が代わりに尽くしてあげてるのに、感謝されるどころか嫌われてしまったみたいじゃない」それから、閉まっていない寝室の中からすぐにあえぎ声が響き渡った。聞きたくなかったけど、私は体が弱っていて動けないので、仕方なくゲストルームで横になった。しかし、厚い壁も、二人の嬌声を遮ることはできなかった。そのいやらしい声が、いつまでも耳に突き刺さった。どれくらいの時間がたっただろうか。背後から、哲也に抱きしめら
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第4話
翌朝、ようやく痛みが引いたようで、私はベッドで航空券を予約してから、適当に服を着替えて、階下のリビングへ向かった。本当は体がひどく弱りきっていて、数歩歩くだけで座り込みたくなってしまうほどだったが、それでも、私はなんとか体を動かしていると、ちょうど、莉子が二階から降りてきた。彼女が華やかに着飾って、若々しく活き活きとしているのに対し、私は、今にも死んでしまいそうなくらい衰弱しきっているのだった。同じ歳のはずなのに、彼女と比べて私はまるで年老いた老人のようだ。たった一人の男のせいで、自分が彼女とこれほどかけ離れてしまうなんて思っていると、莉子も私に気づいたようで、ずかずかと目の前までやって来て言った。「あら、まだここで哲也さんに慰めてもらうのを待ってるの?哲也さんはもう仕事に行ったわよ。なにか用があるなら、この私が特別に伝えてあげてもいいけど?」その言葉を聞いて、私は冷たく莉子を一瞥した。どうしてこの人まで、私が駄々をこねて、哲也の気を引こうとしているだけだと思っているんだろうと不思議でならなかった。「なに?あなたに哲也の代わりが務まるって言うの?」私が冷たく言い放つと、莉子は勝ち誇ったような顔をした。「もちろん。私は哲也さんの秘書で、愛する人よ。仕事も、好きという気持ちも、夜の営みも、私は全部彼を満足させてあげられるけど、あなたは所詮、ただ子供を産むためだけの道具でしかないわ」それを聞いて、私はただ、冷めた目で莉子を一瞥した。「あなたもどうせすぐに、新しい女に取って代わられてしまうのがおちよ」それを聞いた莉子は、お腹を抱えて笑い転げた。「私とあなたの最大の違いが何か、教えてあげようか?そもそも哲也さんは女に困らないタイプよ。だから彼は誰かと一生連れ添えるわけじゃないということを私はちゃんとわきまえているの。彼と人生を共にしようなんて夢見てるのは、あなたみたいなバカくらいよ。いい加減、目を覚ましなさいよ。不細工でスタイルも悪いのに、よくもそんな夢みていられるわね」それを聞いて、私はふん、と鼻で笑った。こうなったのは一体いつからだろう。昔は莉子みたいな人が私の前で顔を上げることさえできなかったのに。あんなに尽くしてきた結果が、これだなんて。多分私が鼻で笑ったのが、莉子をカチンとさせたのだろう
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第5話
私がそう言うと、哲也と莉子は二人とも呆然としていた。莉子は顔にこそ出さなかったものの、その目は、隠しきれない喜びで輝いていた。それを見て、私には、莉子の考えていることがはっきりと分かった。子供がいなくなったから、哲也の妻の座を自分が射止められるかもしれない、って彼女は思っているだろう。たとえそうならなくても、彼女はもっと長く哲也のそばにいられるはず。そうすれば、哲也からもっとお金を引き出せるようになる。哲也の地位や財産は、確かに多くの女にとって抗いがたい魅力があるんだろう。でも、そんなもの私にはどうでもよかった。私が大事にしてきたのは、哲也自身だった。でも、私が愛した哲也はもうどこにもいない。そう思うと私は背を向けて出て行こうとした。でも、数歩も歩かないうちに哲也に腕を強く掴まれた。彼はまるで怒り狂った獣のように目を真っ赤にして言った。「綾菜、今なんて言ったんだ?嘘なんだろ?どうやら本当にお前を甘やかしすぎてきたようだな。俺の気を引くために、そんな嘘までつくなんて」しかし、私は冷たい目つきでバッグから中絶の診断書を取り出し、哲也の顔に叩きつけた。一方で哲也は珍しく私の態度を気にすることなく、慌ててその書類を受け止めた。そして、その書類を掴む彼の指は白くなり、体は小刻みに震えていた。その隙に、私はありったけの力を振り絞って外へ向かった。それを見た莉子は慌てて駆け寄り、哲也を慰めようとした。これは莉子にとって絶好のチャンスだ。ここでうまくやれば……もしかしたら山崎家の子供を身ごもれるかもしれない。そうなれば、哲也が他の女に目移りしたって、どうでもいいという思いがあったのだろう。所詮莉子は、金と贅沢な暮らしだけを手に入れたかったわけだ。そう考えると、本当に哲也にお似合いの女だ。だが、私が荷物を手に、玄関のドアを開けようとした、その時だった。哲也は取り入ろうとする莉子を突き飛ばし、私を追いかけてきた。「綾菜、行かないでくれ。子供がいなくても、お前と結婚する。俺たちはまだ若いんだ。時間はまだある。だから行かないでくれ、綾菜」それを聞いて、私も子供を下したことを知ってから、哲也がこんな反応をするなんて思わなかった。一方、莉子は床に強く打ち付けられていた。でも今
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第6話
これまでずっと、私は哲也に尽くしてきて、もうどうしようもないくらい、彼のことを愛してきた。ここまで青春を捧げたのに、結末がこんなにみすぼらしいなんて。でも、これからは新しい人生を始めるんだ。昔の自分、本当の自分を取り戻すんだ。こうして、私は過去の全てにきっぱりと別れを告げ、実家に戻ると、哲也に関わるものも、一つ残らず処分したのだった。それから半年間、私は心と体を休めることに専念した。あの時の私は、医者が驚くほど危険な状態だった。もう少し無理をしていたら、一生子供が産めない体になるところだったらしい。その後、実家で紹介してもらった新しい仕事に就くと、私はまた新たな運命の荒波へと引きずり込まれてしまったのだ。ただ、今回は今までとは少し違うみたいだ。ただ、今回は今までとは少し違うみたい。私が入社して間もなく、松本真司(まつもと しんじ)という名の新しい社長が就任したのだ。当時同僚たちは、真司のことを陰でこう呼んでいた。「鬼上司」と。それは多分、真司のハイスペックな仕事ぶりからきているのだろう。彼はいつも午前中に下された決断を、午後には着地させるようにと要求していたのだ。そして彼自身もまた、いつも人を身震いさせるほど冷酷な面持ちなのだ。それによって、全社員の仕事量は急激に増えた。もちろん、それと同時に給料も上がったけど。そうして、私が入社して一ヶ月ちょっとで、会社は赤字から黒字に転換した。私も多くのことを学び、社内で確たる地位を築けたのだった。そしてついに、社長秘書にまでなったのだ。一方で、哲也は私が秘書になったことが知れたからか、会社の住所を突き止めて、乗り込んできた。「綾菜、やっと見つけた。俺が悪かったよ。お前と離れてみて、ようやく気づいたんだ。俺に対して本気だったのはお前だけだって。俺が心から愛すべきなのは、お前だけなんだ」哲也は私を見るなりそう言いながら、片膝をついて、持っていた花束と指輪を差し出してきた。「綾菜、許してくれ。もう一度やり直そう、な?」そんな哲也の行動は、当然、同僚たちの注目を集めた。「あれ、山崎グループの山崎社長じゃない?うちの会社とはライバル関係だから、ずっとマークしていたのよ」「すごくロマンチック……和田さんって本当に幸せ者だね。私だったら、絶対プロ
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第7話
「もうわかったから、俺が悪かった。戻ってきてくれ」しかし、私は哲也のその自信に満ちた姿に吐き気を覚えた。「哲也、まさか私があなたじゃなきゃダメだとでも思ってるの?私の彼氏と比べて、あなたに勝ち目なんてあるかしら。家柄?能力?一途なところ?それとも、ベッドでのテクニック?はっきり言わせてもらうわ、あなたは真司さんの足元にも及ばない」そう言われて、哲也の顔はみるみるうちに暗くなったけど、それでも歯を食いしばって強がって言った。「信じない」そんな彼を見て、私は呆れて言葉も出なかった。哲也のそのふてぶてしい態度には、本当に嫌気がさしてならないのだ。私がどう言い返そうか考えているうちに、腰に回された手にぐっと力が入ったのを感じた。次の瞬間、真司が唇を重ねてきたのだった。私は一瞬きょとんとしたけど、すぐに胸が高鳴って、そのキスに応え始めた。そして、一分ほどキスを続けたあと、私たちはようやく離れた。それから、私はその場にひざまずいている哲也を冷たく一瞥して、真司の腕に手を絡め、社長室に向かって歩き出した。それを見て、哲也はかすかに震えていた。でも、まだしつこく食い下がろうと追いかけてきて、私の腕を強く掴んだ。あまりの痛さに、私は思わず声をあげてしまった。すると、真司は眉をひそめ、哲也の手首を掴んで言った。「山崎、彼女が痛がっているのが見えないのか?」そして真司が力いっぱい腕を振り払うと、哲也は勢いよく地面に尻もちをついた。でも、哲也はそんなこと気にも留めない様子で、また駆け寄ってきた。「綾菜、嘘なんだろ?なあ、綾菜。お前がこいつと一緒にいるなんて、ありえない。綾菜、俺は本当に間違ってた。あれから、ずっと反省していたんだ。莉子もクビにしたから。今、俺の心にはお前しかいないんだ。戻ってきてくれないか?すぐにでも結婚しよう。俺のすべてをお前にやるから」しかし、私は哲也が手にしている指輪を見て、鼻で笑った。「哲也、あなたって本当に面倒くさがりね。その指輪、青木さんのために用意したものだって、私が知らないとでも思ってるの?」そう言って、私はまた真司の腕を取り、社長室の中へと向かった。哲也はまだ諦めていなかったけど、真司を前にしては、彼も何もできなかった。真司は哲也を押しとどめると警備員を呼び
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第8話
それを聞いて、私も怯んでしまい、ただ黙って、真司から宣告されるのを待つしかなかった。ところが、真司はまた電話に出た。話の内容はよく聞こえなかったけれど、私の頭の中は「もう終わりだ」という言葉でいっぱいだった。どれくらいの時間が経っただろう。真司がようやく電話を終えた。彼は振り返ると、氷のように冷たい視線を私に向けた。「昨日の件で、会社は大きな損害を被った。よって……」その言葉を聞いて、私は一瞬凍りついてしまいそうになった。この仕事は本当に好きで、自分の居場所を見つけられたと思っていたのに。そう思って、私は慌てて、真司に必死で頼み込んだ。「社長、すみません!こうなるとは思いませんでした!どんな仕事でもやりますので、どうか、クビにだけはしないでください!」「クビにするとは言っていない。ただ、会社からの指示に君が従えるかどうかを聞きたいだけだ」その言葉を聞いて、私は天にも昇る気持ちだった。「もちろんです。どんなことでも、喜んでお受けします」私がそう答えると、真司の瞳の奥に、ほんの一瞬、喜びの色がよぎったのが見て取れたようだった。けれど、その氷のような表情は変わらないままだった。「そうか。では、今から君は俺の恋人だ。来月、俺の実家に挨拶に来てもらう。婚約をしよう」「はい、もちろ……えっ?社長、今、なんとおっしゃいました?」思わず反射的に答えてしまったけど、その言葉の意味を理解した瞬間、私はその場で固まってしまったのだ。一方で、私が固まっているのを見て、真司がこちらへ歩み寄ってきた。「何をぼうっとしている。何か不満でもあるのか?」私がなんとか気を取り直して、顔を上げて真司を見ると、彼は私の様子に眉をひそめているのだった。「会社の評判を回復させるためだ。君が俺の恋人ということになれば、今回の騒動も自然と収まるだろう」言われてみれば、確かにその通りかもしれない。「つまり、恋人のフリをするということですね、社長?それでしたら、私に異存はありません!」私は慌てて背筋を伸ばして答えた。そして、とんでもない勘違いをしてしまった自分を少し恥ずかしく思えた。すると真司は冷たく「ああ」とだけ答えた。だけど、その表情には何か特別な感情が隠れているようだった。こうして、私は真司の恋人役として、様々なパー
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第9話
それを聞いて、私はとっさに体がこわばった。もう完全に吹っ切れたと思っていたのに……哲也を見た瞬間、抑えきれない怒りがまたこみあげてきたのだ。真司はそんな私の様子に気づいたのか、そっと私の手を叩いた。「大丈夫、俺がいる。それに今日こそ、そろそろけりをつけないといけないからな」そう言って、真司は私の目をじっと見つめてくれた。その眼差しは、今まで感じたことのない力を与えてくれた。真司の言いたいことが分かって、私は静かにうなずいた。それから、真司は私を連れて哲也の前に立った。哲也は私の姿を見ると、慌てて叫んだ。「綾菜、やっと会ってくれたんだな。俺が悪かった。本当にずっと後悔していたんだ。もう心を入れ替えたんだ。これからはお前だけに愛情を注ぐから、どうか俺を許して、そばに戻ってきてくれないか。綾菜、お前がいないと俺はだめなんだよ!」その耳障りな言葉に眉をひそめ、私が口を開こうとしたその時、真司が割って入った。「山崎、君のお父さんに免じて山崎家を見逃してやったのに、よくも綾菜の前に顔を出せたな。君が綾菜を傷つけたせいで山崎家がこうなったんだと、俺は警告したはずだがな。俺の警告を忘れたのか」真司のたった数言に、私の心は激しく揺さぶられた。私を傷つけたせいで、山崎家が今の状況になったって、どういうこと?ふと、あることを思い出した。私が入社して間もなく、真司が突然現れたことを。「山崎、これが最後の警告だ。今後、俺の婚約者に二度と妙なことを口にしたら……その時は山崎家を跡形もなく消してやる」そう言う真司の言葉には、紛れもない殺気がこもっていた。すると、哲也は思わず身震いし、何かを言おうと口を開いた。しかし、結局何も言えず、彼はすごすごとパーティー会場を後にしていくしかなかった。哲也が去った後、真司は再び私に視線を向けてきた。私がその場で呆然としているのを見て、真司の瞳に一瞬、焦りの色が浮かんだ。「綾菜、どうしたんだ?大丈夫か?」そんなに心配そうに尋ねる真司の声は、少し震えていた。「社長、さっき、私のために山崎家をここまで追い詰めたって……言いましたよね?」すると、真司は、急に黙り込んでしまった。その時、後ろから誰かが近づいてきた。なんと、長年海外で暮らしていた親友だったので、私は
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