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第7話

Penulis: ゴブリン
詩音は顔色一つ変えずに答えた。「私は二十年以上も耳が聞こえないのよ。どうして急に聞こえるようになるの?」

「じゃあ、どうやって一人でタトゥーを消したんだ?」

「お店の壁に料金表が貼ってあったからよ。『タトゥー除去』の文字を指差したら、店主が頷いたの。あとはお金を払って施術を受けただけ。会話なんて一言もしてないわ」

樹は少し考え込み、やがて納得したように頷いた。

確かに以前、二人でタトゥーを入れに行った時も、店には大きな料金表が貼ってあった。デザインの大きさや複雑さ、除去費用まで一目瞭然だったはずだ。

指差しだけで注文は可能だ。

それに詩音の言う通り、二十年来の聴覚障害が、何の前触れもなく突然治るなんてことはあり得ない。

樹の胸から疑念の重石が取れた。

彼は機嫌を直し、笑顔で提案した。「そうだ、詩音。結婚式までの残り一週間、あえて会わないようにしないか?『会えない時間が愛を育てる』って言うだろう。寂しさを募らせておいて、久しぶりに顔を合わせるのがバージンロードの上なんて、最高にドラマチックじゃないか。当日は最高に格好良く迎えに行くから」

詩音にとっても好都合だった。

この家を出て行く準備をするのに、彼にうろつかれては邪魔になる。

もっとも、この「古い言い伝え」を持ち出したのは、十中八九、姉の玲奈の差し金だろうけれど。

案の定、樹が帰った直後に玲奈からLINEが届いた。

今回は画像だ。

拡大してみると、それは産婦人科のエコー写真だった。

診断書には【妊娠十週・発育順調】の文字。

【樹との赤ちゃんができちゃった。彼、お祝いにハワイへ連れて行ってくれるって】

【どっちに似るかな?樹に似ればいいけど、私に似たらあんたにも似ちゃうから最悪よね。ほんと不吉だわ】

【どうしよう、また私の『勝ち』が決まっちゃったみたい】

詩音は動じることなく、一言だけ返信した。

【お姉ちゃんは結婚式に来てくれるの?】

返信はすぐに来た。

【当たり前でしょ。今の樹は私と一時も離れたくないんだから。あんたとの結婚式でも、私のことは一番目立つ席に座らせてくれるはずよ。彼は片時も私を離したがらない人なの】

【なら、よかった】

あなたが会場に来てくれさえすればいい。

私が用意した特大の舞台装置を、一番いい席で見届けてもらえるのだから。

結婚式まで、あと三日――

詩音はNPO法人のスタッフを呼び、自分の衣服をすべて貧困地域への支援物資として寄付した。

寄付できない細々とした日用品や思い出の品は、ゴミ処理場へ持ち込み、金を払って跡形もなく焼却処分してもらった。

結婚式まで、あと二日――

指定していた「荷物」が届いた。

司令官に頼んでおいた、詩音と瓜二つの外見を持つ身代わり用ロボットだ。

詩音は手際よくロボットを起動し、ある特定のプログラムをインストールした。

【指令:明日の結婚式、会場が満席になった時点で、スクリーンに藤堂樹と江原玲奈の不貞動画を再生すること】

設定を終えると、ロボットにウェディングドレスを着せた。

さらに、ネット掲示板で募集した「ブライズメイド」たちに高額の報酬を前払いし、明日の式でロボットの花嫁をサポートするよう手配した。

これで準備は整った。

明日の会場がどんな地獄絵図になるのか、想像するだけで胸がすく思いだ。

結婚式まで、あと一日――

今日は、基地からの迎えが来る日だ。

詩音は久しぶりに熟睡し、清々しい気分で目覚めた。

約束の時間より早めに空港へ向かい、待機している間に最後の身辺整理を行う。

SNSのアカウント、メールアドレス、連絡先。

ネット上に存在する「江原詩音」という人間に関するすべてのデータを、完全に削除した。

これで、この世から江原詩音という人間はいなくなった。

午後9時。司令官から着信が入った。

「江原、迎えの機体が到着した。第五滑走路へ急げ」

「了解です!」

夜の闇に紛れるように、第五滑走路には一台の小型ヘリコプターが駐機していた。

機体のそばに立つ人影に向かって、詩音は敬礼した。「司令官!江原詩音、ただいま到着しました」

司令官は厳格な眼差しで彼女を見つめ、告げた。「今日から、江原詩音という名は捨ててもらう。君の新しいコードネームは『リリィ』だ」

詩音は眉をひそめた。「司令官。コードネームの変更を希望します」

「理由は?」

「百合の花は嫌いです」

「……ならば、君のコードネームは『アイリス』とする」

「了解です!」

司令官はニヤリと笑い、機体を指し示した。「搭乗する前に、あと3分だけ時間をやろう。今ならまだ引き返せる。このヘリに乗れば二度と戻れない。後悔しないよう、自分で選べ」

言い終わるが早いか、司令官は身を翻して機内へと乗り込んだ。

だが、彼が席に着くよりも早く、背後から凛とした声が響いた。「報告します!アイリス、搭乗準備完了!いつでも出発できます!」

漆黒の闇の中、黒塗りのヘリコプターが轟音と共に浮上し、彼方へと飛び去った。
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