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初めての海へ

Author: 中岡 始
last update Huling Na-update: 2025-09-21 16:44:44

車窓に差し込む光が、緩やかに揺れる海面のように拓海の頬を撫でていた。

午前中の各駅停車は空いていて、向かいの席には誰も座っていない。電車はゆっくりと、いくつかの町を抜け、郊外へ向かっていた。

宏樹は窓の外を眺めていた。肘を膝にのせ、視線は遠くの山並みに向けられている。何かを考えているようで、けれど拓海には、それが「仕事」ではないとすぐにわかった。日常の枠を外れた場所に、ふたりでいること。それだけで、何もかもが少しずつ違って見える。

「…乗り換え、次の駅だよ」

拓海が声をかけると、宏樹は小さく頷いた。

「降りたら、バス乗り場すぐ見えるはずだ」

「うん」

返事をしながら、自分の指先が少しだけ震えているのに気づく。緊張ではなく、むしろ高揚に近いものだった。

“旅”という言葉には、どこか浮き立つ響きがある。

それを初めて“宏樹と共有する”ことが、心の奥でじんわりと熱を持っているのだった。

バスは一時間ほどかけて、海辺の町へと向かった。

窓の外、遠くに水面がちらりと見え始めたとき、拓海の心は不思議なほど静かだった。

ああ、本当に来たんだ。

そう思った瞬間、胸の奥にあった何かがふわりとほどけるのを感じた。

宿は、海を望む小さな旅館だった。観光地といっても、今は完全なオフシーズン。

チェックイン時、ロビーにはふたりしかいなかった。

「お部屋、海側になります。ごゆっくりどうぞ」

宿の女性スタッフが笑顔で手渡してくれた鍵を受け取り、ふたりで廊下を歩く。

畳の香りが鼻をくすぐり、靴音が控えめに反響する。旅館の中もまた、どこか非現実のような静けさを帯びていた。

部屋の引き戸を開けると、真正面に広がる海が目に飛び込んできた。

灰青の水面が、風にたわむ草のように揺れている。音は静かだった。遠くから打ち寄せる波の響きが、部屋の中まで届いてくる。

拓海は窓際まで歩いて行き、ふうっと息をついた。

「すごい…誰もいないんだね」

「この時期

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