เข้าสู่ระบบ裕子もまた、傷害教唆と詐欺の容疑で、昨夜のうちに逮捕状が執行されていた。そこで、担当の刑事から電話が入った。「大崎さん。入江裕子が取調室で泣き崩れていまして……一度だけでいいから百華に会って謝りたい、どうか告訴を取り下げてほしい。そう伝えてくれと」「会いません。あとは法に従って進めてください」それだけ告げて、私は通話を切った。その日の夜8時、私の絵本が、全世界のプラットフォームで一斉に配信を開始した。アトリエのモニターの前で、雅哉が声を弾ませて教えてくれた。配信からわずか1時間で、この業界における初日売上の世界記録を更新したのだと。「大崎百華」という名前が、初めてはっきりと世に刻まれた瞬間だった。アトリエの2階の窓際に立ち、夜の街を叩きつける豪雨を眺めていた。そのとき、真下から、タイヤが水を跳ね上げる耳障りなブレーキ音が響いた。タクシーが路肩に停まり、助手席のドアが開く。真宙が車椅子に座ったまま、運転手に手を貸してもらって路上へと下ろされた。病院の薄っぺらい患者服をそのまま着て、彼の頭には分厚い包帯が巻かれている。無理やり点滴を抜いてきたらしく、手の甲の包帯から、じわじわと赤黒い血がにじんでいた。集中治療室から一命をとりとめたばかりの体で、この土砂降りの中を、ひとりで追いかけてきたのだ。車椅子からずり落ちた真宙は、残っていたわずかな気力だけで車椅子を押しのけ、豪雨のアスファルトの上を這うようにして、アトリエの入り口へと向かってくる。泥と、自分の血が、全身にぐっしょりと絡みついていた。私は傘を広げ、ゆっくりと階段を下りて、エントランスのドアを開けた。真宙は私の足元にすがりつき、血まみれの両手を、祈るように頭上へと掲げた。冷たい雨が青ざめた頬を叩く中、必死に顔を上げて私を見る。その瞳にあったのは、純粋で、絶望的な哀願だった。「百華……俺の命をやるから。だから、もう一度だけ、振り向いてくれ……」喉が潰れているのか、声はひどくかすれて、空気の漏れる音にしか聞こえなかった。「俺が間違っていた。本当に、全部わかったんだ。お前がいないと……俺にはもう、何もないんだよ」私は傘を差したまま、ただ冷めた目で、足元にすがる男を見下ろした。かつてはあれほど愛おしかったはずの輪郭が、今はただ、道端の汚れたゴミにし
私は一歩足を引いた。バッグから婚約解消の合意書を取り出し、容赦なく、真宙の胸の上へと叩きつける。「今すぐ拇印を押して」真宙の顔から、微かな笑顔が消えた。信じられないという顔で書類を見つめ、みるみるうちにその目が赤く染まっていく。「サインするわけないぞ!百華、何を言ってるんだ。俺が何かしたか?行かないでくれ。お前しかいないんだ。そんな残酷なことをしないでくれ!」真宙は勢いよく体を起こし、自分の手の甲から点滴の針を引き抜いた。鮮血がすぐに溢れ出し、真っ白なシーツに落ちる。私はその手首を掴んで動きを止め、冷めた目で真宙を見下ろした。「その同情を誘う芝居、本当に見苦しい。記憶喪失のふりなんて、もう見え透いてるから。安っぽい演技はやめて」目も合わせないまま真宙の手を押さえつけ、朱肉をつけ、そのまま書類に拇印を押させた。私は一度も振り返らずに病室を出た。病院の正面玄関ホールへ出た途端、外で待ち構えていたカメラマンと記者たちが数十人、どっと押し寄せてきた。何本ものマイクが、顔の前に突き付けられた。「大崎さん!梨愛さんが留置所から声明を出しました。入江さんの子を妊娠していたのに、あなたが無理やり中絶させたというのは事実ですか!」「嫉妬に狂っての犯行ですか。お答えください!」「お母様に多大な借金があると聞きます。入江家に嫁いで借金を帳消しにしようとしていたんですか!」容赦のない質問が次々と浴びせられる。裏取りすらしていないデマを撒き散らすメディアだった。そこへ、雅哉が黒服のボディーガードたちを引き連れて人混みを割って入ってきた。自分のジャケットを私の肩にかけ、私の前に立ちはだかった。ボディーガードたちが、群がる記者を力づくで押し返した。そして彼は、海外の医療機関が発行したカルテのコピーを、最前列にいた記者の顔めがけて叩きつけた。「ちゃんと読め。上杉梨愛は、長年の薬物依存と荒れた生活が原因で、5年前に『妊娠は難しい』と診断されてる。留置所で職員を買収して虚偽の情報を流したことは、先ほど県警本部の確認が取れた。今、ネット上でデマを拡散したアカウントには、全件、発信者情報開示請求と内容証明を送っているところだ」わずか十数分で、ネットの世論が完全にひっくり返った。梨愛と入江家への批判が爆発的に溢れ返り、さっきまで
裕子の顔が青ざめた。さっきまでふんぞり返っていた態度は、もう見る影もない。真宙の肩を掴み、爪をスーツに食い込ませる。「真宙!今すぐ入江家の力を使ってメディアを抑えて。うちをこんなことで終わらせるわけにはいかない!」真宙は、ゆっくりと彼女の手を払いのけた。「母さん。入江家はもう、とっくに腐りきってたんです。抑えられるものじゃないです。これは当然の報いですよ」真宙が振り返り、私を見る。その目には、言葉にできないほどの痛ましさがにじんでいた。「百華。俺の名義にある入江グループの株式を全部、本日付けで無償譲渡する。せめてもの償いとして受け取ってくれ……今まで、俺は目が曇っていた。お前を裏切った。全部、俺がお前に作った借りだ」「気でも狂ったの!」裕子が怒り狂って叫んだ。もう完全に理性を失っている。彼女は振り返ると、路肩の花壇から、抱えきれないほど大きな陶器の植木鉢を掴み上げた。「死んでしまいなさい!全部、あんたみたいな泥棒猫のせいよ」鬼のような形相で、重い植木鉢を、私の後頭部めがけて振り下ろした。かわす間などなかった。大きな影が飛び込んできて、私に体ごと覆い被さるように抱え込む。植木鉢が真宙の後頭部で砕け散り、泥と、鋭い陶器の破片が辺りに飛び散った。生暖かい血が、私の頬に跳ねた。真宙はひと声も上げないまま、力を失い、どさりと私の足元に倒れ込んだ。救急車が駆けつけ、救急隊員たちが血まみれの真宙を担架に乗せる。私はバッグからティッシュを取り出して頬の血を拭い、一度も彼を振り返らなかった。「行きましょう」ホテルの廊下に戻った瞬間、鼻を突くガソリンの臭いが漂ってきた。部屋のドアを押し開けると、濃い黒煙が一気に流れ込んできて、目が焼けるように痛んだ。梨愛が、部屋の中央に立っていた。警察署で気絶したふりをして逃げ出してきたらしく、顔は土気色に変わっていた。片手に、防風ライターを掲げていた。非常口のドアは内側から固く施錠され、床一面に、刺すような臭いのガソリンが撒かれている。「やっと帰ってきたね。ハハハハッ!」梨愛が狂ったように笑った。「絵本の一発逆転を狙ったって無駄よ。私が手に入れられないものは、あなたにも渡さない。今日はここで、あなたの大切な原稿と一緒に燃えてしまいましょう!」
窓の外の雨は、いつまでも止みそうにない。最終原稿の入ったUSBメモリを手に、アトリエのドアの前に立った。ドアには「泥棒」「返せ」といった中傷の張り紙がびっしりと貼られ、壁には見るに堪えない罵詈雑言が書き殴られていた。梨愛が、刺青だらけの男たちを四、五人ほど連れて、街角から現れた。「バッグからUSBを奪いなさい。逃がさいでよ」男たちは鉄パイプを手に、まっすぐ突っ込んできて私を取り囲んだ。ざらついた大きな手がバッグのストラップを掴み、引きちぎらんばかりに引っ張った。私はバッグを死に物狂いで抱え込んだ。半年をかけた渾身の作だ。一筆一筆、自分で描き上げた原稿のデータがすべて詰まっている。真宙が勢いよく飛び出してきて、私を一気に腕の中へと引き込んだ。鈍い衝撃音が響いた。背中を鉄パイプで強く殴られ、彼はくぐもったうめき声とともに片膝をついた。「真宙さん!」梨愛が駆け寄り、私を突き飛ばして真宙に縋りついた。地面に膝をつき、真宙の腕を抱きしめて泣き叫んだ。「ごめんなさい、借金取りに追われて、もう限界で……助けて、今回だけにするから。もう絶対に迷惑かけない!」真宙は顔から血の気が引いていたが、それでもポケットから小切手帳を取り出した。金額を書き込み、リーダー格の男に差し出した。「これを受け取ったら、さっさと消えろ」数台のパトカーが、けたたましいサイレンを響かせながら路肩に滑り込んだ。警官たちが飛び出してきて、男たちと梨愛を次々とパトカーのボンネットへ押しつけた。警官が手錠を取り出し、梨愛の手首にかけた。真宙は立ち上がり、私のジャケットに貼りついた破れた張り紙の端を取ろうと手を伸ばした。「梨愛への恩義は、今日ですべて返した。これからの俺には、お前しかいない。一緒に帰ろう。結婚式は予定通りやる」私は一歩後ずさり、その手をかわした。「私たちの婚約は、これで完全に終わりよ。新居のデザインと私物については、弁護士を通じて正当な評価額での損害賠償を請求する。あなたと私の間には、もう何もない」真宙の目が赤くなった。その瞳に、あからさまな恐怖の色が広がっていく。彼は慌てた手つきでポケットからベルベットのケースを取り出し、婚約指輪を差し出した。大勢の目の前で、膝の力が抜けたように、アスファルトの上へ両膝
真宙の言葉を受け取らず、ペン立てから1本ペンを抜き、最後の署名欄を開いて自分の名前を書いた。真宙にもう一言も言わせる間もなく、ズボンのポケットの中で、スマホが激しく震え始めた。画面に映し出された名前は、梨愛だった。「あっ、梨愛が……その、ちょっと状況が良くなくて、見に行かないといけない。片づいたらすぐ戻るから、ちゃんと話そう、いいか?」「私はどこにも帰らないし、何も話すことはない。あなたは、あなたの行くべきところへ行って」真宙は口を開いたまま、その場に立ち尽くしていた。何か言おうとして結局何も言えず、深く私を見つめてから、よろめくような足取りでアトリエを出ていった。……雅哉に、できる限り早く契約書に押印して手続きを進めてほしいと頼んだ。それからホテルを探してチェックインし、ルームキーを受け取る。部屋は広くはなかったけれど、清潔だった。窓の外には、雨に濡れた石畳の道が見えた。ドアを閉め、背中を預けたまま、ようやく、床にゆっくりと崩れ落ちた。ずっと張り続けていた力が、ひゅっと抜けた気がした。しばらく、その場から動けなかった。窓の外がすっかり暗くなってから、ようやく立ち上がり、スーツケースを開けた。明日、雅哉にバックアップとして渡す原稿の最終データを整理しておくためだった。手を伸ばすと、先にスケッチボードに触れた。その裏の収納ポケットに、何か硬いものが当たる。動きが止まった。ゆっくりとスケッチボードを裏返し、そっとポケットを開ける。そこには元々、白紙の画用紙が数枚入っていたはずだった。画用紙はまだあった。ただその間に、細かく引き裂かれた紙片が、1束挟まれていた。母が、世に出さなかった幻の手稿だった。ずっとアトリエの棚の一番奥に施錠して保管してきた。真宙でさえ、正確な場所を知らなかったはずなのに。それが、粉々になっていた。そのとき、スマホが光った。知らない番号からのメッセージだった。【今日中に入江家に帰らなければ、次は紙切れじゃ済まない。棚の中の大切なもの、ちゃんと預かっておいてあげるからね】差出人の名前はなかった。でも、その悪意は言葉の端から端まで、はっきりと伝わってきた。梨愛だ。スマホを握りしめたまま固まっていると、突然、部屋のチャイムが鳴った。眉をひそめてドアに近づき、
タクシーが古い街並みが残るエリアの入口で停まったとき、細かい雨が降っていた。スーツケースを引きながらスマホのナビ通りに5分ほど歩くと、古びた小さなビルの前で足が止まった。2階に、木製の看板がかかっていた。【初心を忘れず】深く息を吸い、スーツケースを持ったまま階段を上る。木の踏み板が1段1段、ギシギシと鳴った。2階は仕切りのないワンフロアで、デスクがいくつか並び、壁にはさまざまなスタイルのイラストが所狭しと飾られていた。古い本と、コーヒーの香り。静かな空間だった。部屋の隅にいた男性が立ち上がり、こちらへ歩いてくる。背が高く、シンプルな白いシャツと落ち着いた色のズボン、金縁の眼鏡をかけた、穏やかな印象の人だった。私の顔を見て一瞬きょとんとし、それから、何かに気づいたような笑みを浮かべた。「武内雅哉(たけうち まさや)です」眼鏡を押し上げ、笑顔が温かくなる。「武内教授の息子です。覚えていませんか?子どものころ、向かいに住んでいて、よくご飯をご馳走になっていたんです。ここは、僕のアトリエです」脇に寄って中へ通しながら、スーツケースを受け取り、壁に立てかけてくれた。「投稿を受け取ったとき、原稿を見て、どこかで見たことがあると思って。本名を確認して、君だとわかりました」出されたカップを両手で包む。指先に、じんわりと力が入った。「そういえば、あの頃、君のお母さんが……」雅哉が少しだけ間を置いた。「うちに、とても良くしてくれました。母が逝った冬、父はほとんど立ち直れなくて。大崎さんのお母さんが毎日ご飯を持ってきてくれて、話し相手になってくれて、僕を美大まで通わせてくれた。ずっと恩に感じていました」立ち上がり、奥の部屋の金庫からファイルを取り出して、私に差し出す。「用意した出版契約書です。目を通してください」開くと、条項はどれも詳細で明確で、ほとんどが私に有利な内容だった。印税率はあり得ないほど高く、宣伝費は全額アトリエの負担になっていた。「これは……」「そんなに恐縮しなくていいですよ」雅哉は穏やかだが、揺るがない目で私を見た。「大崎さんのお母さんが僕を助けてくれたとき、見返りなんて何も求めなかった。これが、僕にできる唯一の恩返しです。君への、そして、お母さんへの」鼻の奥がつんとした