あんなに彼のことを想っているのに、早く会いに来てくれないなんて。テントの外で誰かが呼ぶ声で、凛はようやく目を覚ました。状況を理解する間もなく、瑶子は目の前に現れ、有無を言わさずベッドから引っ張り上げた。暖かい布団から突然引き剥がされ、凛は寒さで身震いした。眠気は一気に吹き飛び、激しい頭痛に襲われていることに気づいた。テントの外に出ると、遠くの砂丘で焚き火が勢いよく燃えていた。空気に肉の焼ける匂いが漂い、凍えるような暗い夜に温もりを与えている。空には満天の星が広がっていた。撮影クルー全員がそこに集まっていて、笑い声が砂漠の風に乗って遠くまで聞こえていた。「今夜は私の誕生日パーティな
電話を切った途端、聖天から着信があった。凛は再びスマホを耳に当てた。「霧島さん、こんな時間にどうしたんですか?」「では、夏目さんはこんな時間にどうして電話に出られるのか?」お互い、忙しさをそれとなくアピールしている。凛は微笑んだ。「志穂と電話してたところですよ。これから仕事に出かける準備をしてきます」「辞職の件か?」聖天は尋ねた。「ええ」凛は軽く息を吐いた。「最初は家族に無理強いされてるんじゃないかって心配してたんですけど、どうやら本人の意思みたいです。それに、電話の声を聞いたら、案外元気そうで、楽観的でした」そう言ってから、凛はついでに尋ねた。「何か用事ですか?」「いや」
「志穂、退職するなんて大事なことを、どうして私に黙ってたの?」「大したことじゃないわよ......」志穂は少しばつが悪そうに言った。「ネットの噂は大げさよ。ただ、もう辞めたかっただけなの」「ずっと会社を継ぎたいと思ってたんじゃないの?雑誌を作るのも、家族に認められたかったからでしょ?雑誌も無事に創刊されたのに、どうして......」「違うの」志穂は静かに言った。「会社を継ぐのは確かに家族に認めてもらうためだった。でも、雑誌作りは、本当にやりたいことなの。凛、辞めるってことを言わなかったのは、心配させたくなかったから。撮影で忙しいだろうし。でも......健太ったら、メンツにこだわる
一方、聖天は窓辺に立ち、眼下に広がる華やかな都会の景色を眺めていた。高橋グループのオフィスビルは北都の新しい地区に位置し、霧島グループ本社ビルのある旧市街とは全く異なる雰囲気だった。どの建物も真新しく、活気に満ち溢れ、新しい時代の夢がこの地に根を下ろし、芽を出し、次々と建ち並んでいた。聖天は考え事をしていたため、背後に明彦が近づいてきたことに気づかなかった。「契約書はもう霧島グループに届いているはずだが」明彦の声に、聖天ははっと我に返り、小さく「ああ」と返事した。「新しい契約書では利益分配と技術提供の割合が変わっているが、恒夫は納得するだろうか?」明彦はポケットに片手を入れ、意味
「お前たち......本当に霧島家に戻らないつもりか?」慶吾は歯を食いしばりながら問いただした。「霧島家がそんなに大切な場所かしら?」雪は不機嫌そうに言い返した。「お前......」怒りがこみ上げてきて、慶吾は急に胸が苦しくなった。体がふらつき、とっさにテーブルの縁に手をかけ、どうにかこうにか立ち直った。それを見て、雪は驚き、「慶吾、大丈夫?」と声をかけた。慶吾は彼女を無視し、聖天をじっと見つめた。怒りに燃えるような目で、年老いた顔がより鋭く見えた。「彼女には手を出さない。だが、霧島家の敷居をまたがせるつもりもない。死んでも、霧島家の嫁として認めるつもりはない」後半の言葉を、慶吾
慶吾は思わず目を逸らした。「まだ俺が決められることだ」「わかった」聖天はそれ以上聞かなかった。慶吾がほっと息をつこうとした瞬間、聖天が静かに言葉を付け加えた。「引き続き協力する条件は、俺のすることに一切干渉せず、夏目さんには指一本触れないことだ」慶吾は激怒した。「公私混同するつもりか?」「それはお父さんが教えたことだろう?」聖天は無表情で言った。「仕事で私生活に妥協させようとした。今、俺はただ同じことをしているだけだ」「お前......」慶吾は机を叩いて立ち上がった。「お前を追い詰めたのは、目を覚まさせようとしたからだ。なのに、お前は家族の利益を全く考えずに......全く、身勝