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第二章 — 眠れる跡継ぎ

last update Data de publicação: 2026-10-19 20:55:03

〜 アイラ 〜

形式的な儀式が終わると、母は多くを語らなかった。

助言もなければ、別れの抱擁すらない——ただ、素早く頷き、心のこもっていない挨拶を口にしただけだった。

そして母は、去っていった。

そうよね。二人はもう、望んでいたものを手に入れたのだから。今さら演技をする必要なんて、どこにもない。

廊下の奥へ母の背影が完全に消え去ると、家政婦のシャアが一歩前に踏み出した。平静で、礼儀正しい振る舞いだった。

「若奥様、大奥様より、旦那様の寝室へご案内するよう仰せつかっております」

私は最後の一息を深く吸い込み、かすかに首を振った。

「こちらへどうぞ、奥様」

私はモンゴメリー邸の長い静かな廊下を、彼の後に続いて歩いた。磨き上げられた床に、私たちの足音がかすかに響く。見上げた天井には、これまで見たこともないような巨大なシャンデリアが眩い光を放っていた。屋敷全体が、権力と気品を雄弁に物語っている。ここに存在するすべてが触れることすら憚られるほど高貴で——まるで自分のような人間が足を踏み入れるべきではない世界に、不法侵入しているような気分だった。

廊下の突き当たりにあるエレベーターに到着すると、家政婦のシャアが4階のボタンを押した。

「このフロア全体が、アリスティア旦那様専用の空間となっております」エレベーターが上昇する中、彼は説明を続けた。「旦那様がお目覚めになるまで、奥様はこちらでお過ごしいただくことになります」

チーンという柔らかい電子音と共に、扉が開いた。

4階は、屋敷の他の場所よりもさらに静まり返っていた——冷ややかで、けれどどこまでも贅沢な空間。重厚な沈黙が漂う廊下には、高級な調度品がずらりと並んでいる。

「このフロアには、旦那様の書斎、ジム、ラウンジエリア、書庫、エンターテインメントルーム、そして主寝室に続く広大なバルコニーがございます」歩を進めながら、シャアが説明を重ねる。

私はただ、頷くことしかできなかった。スケールの大きさに圧倒されっぱなしだった。私たちの実家など、おそらくこの1フロアだけにすっぽり収まってしまうだろう。高くそびえる観音 tyrant の大扉にたどり着く頃には、足の奥が重く痛んでいた。

「主寝室の準備は既に整っております。お召し物は今朝ほど運び込まれました。身の回りのお品もすべてアン・スィートの洗面所に揃えてございます。本日より、アリスティア旦那様とお部屋を共にしていただきます」彼は言葉を選びながら言った。

私は生唾を飲み込んだ。「彼が……そのような状態であっても、ですか?」

「昏睡状態であっても、です」彼は穏やかに答えた。「ですが、夫婦としての体裁は整えておかねばなりませんので」

頷く以外に、返せる言葉はなかった。

シャアが重厚な扉を押し開けた。「では、これより先は奥様にお任せいたします」

深く一礼すると、彼は滑るようにその場を去り、私は主寝室の開いた扉の前に一人取り残された。

大きく息を吸い込み、足を踏み入れる。

部屋は息をのむほど豪華だった——広く、細部に至るまで緻密に設計されている。壁紙からドレープ、贅沢なソファに至るまで、白とグレーのトーンで統一されていた。エレガントだが、氷のように冷たい雰囲気が漂っている。そして部屋の中央には、キングサイズのベッドが鎮座していた。

そこに、アリスティア・モンゴメリーが横たわっていた。まるで眠れる一族の跡継ぎのように——誰も触れられず、時を止め、運命の人が自分を呼び覚ますのを待っているかのように。

ただ……その運命の人は、私ではない。

上質なグレーのシーツを腹部までかけ、シルクのパジャマを身に纏った彼は、微動だにせず眠っていた。午後の光が顔に降り注ぎ、人間離れした彫りの深い顔立ちを浮き彫りにしている。

まるで絵画のようだった——異国の古典画から抜け出してきたかのような。漆黒の髪は整然とバックに流され、今すぐにでも目を覚まして取締役会へ歩き出しそうだった。肌は青白いが、生気を失ってはいない。鋭い顎のライン、長く濃いまつ毛、そして規則正しい呼吸に合わせてわずかに開く完璧な形の唇。

意識を失ってなお、息をのむほど美しかった。

胸が押し潰されるような重圧を感じながら、私はさらに部屋の奥へと進んだ。管やコードの類は一切接続されておらず、衰弱した様子もない。医師としての経験から、彼のバイタルが極めて安定していることは一目で分かった。

私は何分もの間、ただ立ち尽くして彼を見つめていた。この男こそが、連日ニュースのヘッドラインを飾り、ビジネス界を支配してきた人物……そしてかつて、私の姉を愛していたと噂される男。それなのに今……私はこの男の子供を産む存在になろうとしているの?

その考えが脳裏をよぎり、肌に悪寒が走った。

吸い寄せられるように、私は無意識のうちに彼の手首へと手を伸ばした。けれど、私の肌が彼の肌に触れた瞬間——バチッと弾けるような衝撃が全身を駆け抜けた。まるで電流が走ったかのように。

私は息を呑み、心臓が跳ね上がって激しく脈打ち始めた。

「な……なに、今の……?」一人、呟く。

動揺を隠せないまま慌てて手を引き、ベッドの縁に腰を下ろした。長い間その顔を見つめ直したあと、私はついに口を開いた。

「どうしてあなたに話しかけているのか、自分でも分からないわ」静かに告白する。「……誰も、私の話なんて本気で聞いてくれなかったからかもしれないけれど」

声がかすかに震えた。「私の名前はアイラ。……あなたには、知る由もなかったでしょうね。私なんて、あなたの人生の物語に登場するはずのない人間だった。そこに立つべきだったのは、いつだって姉の方だったのだから」

自嘲気味な笑いがこぼれた。

リアナがなぜ彼と別れたのか、私には分かっていた。彼女は我がままで、常に「もっと上」のものを追い求める人だった。当時、アリスティアはモンゴメリー家の非嫡出子として軽視されていたのだ。姉はファッションデザイナーになる夢を追ってフランスへ旅立った。アリスティアは彼女を追ったけれど、彼女は彼のために戦うどころか、あっさりと彼を投げ捨てた。

その1年後、彼は権力を掌握し、モンゴメリー・グループの頂点に君臨した。もはや彼を疑う者など誰一人いなくなった。それ以来、彼の名は冷酷非情の代名詞となったのだ。

私は不安をごまかすように、指をきつく絡め合わせた。

「私の声が聞こえているのかは分からないわ」私は囁いた。「でも、聞こえているといいな。……そして、謝らせて。姉があなたにしたことについて。あなたがいつか、傷から癒やされることを願っているわ」

本当を言えば、二人が付き合っていた頃でさえ、私は彼とまともに会ったことなどなかった。私とリアナは違う大学に通っていた——彼女は華やかな世界に身を置き、私は奨学金で医学部に通いながらバイトに追われ、街の郊外でおばあちゃんと暮らしていた。

私がアリスティアの姿を見たことがあるのは、SNSの画面越しだけだった。

——あの日を除いては。二人が別れた、あの日。

路地裏で一人、打ちひしがれて立ち尽くす彼の姿を、私は見たのだ。駆け寄って、何か言葉をかけたかった。どんな言葉でもよかった。けれど、私は臆病だった。そして相手は、あのアリスティア・モンゴメリーだった。だから私は固まったまま、遠くから彼を見つめることしかできなかった。

私は静かにため息をついた。「とにかく、自己紹介くらいはしておこうと思ったの。どうやら私たち、これから『夫婦』になるみたいだから」

再び、乾いた笑いが漏れた。そこにユーモアの欠片もなかった。

微動だにしない彼に視線を戻し、一定のリズムで上下する胸元を見つめる。頭の中にはいくつもの思考が渦巻いていた。そして一つの恐怖が心を支配する——彼が目を覚ましたら、一体どうなってしまうのだろう? 考えるだけで恐ろしかった。

二度目の長い溜息を吐き出す。

「この状況にあなたがどう反応するのかは分からないけれど……早く目を覚ましてほしいと思っているわ」胸の奥底から溢れ出た言葉を、そっと呟いた。

今度は、迷いながらも意を決して再び手を伸ばし、彼の鼻腔から漏れる息確かめようとした。

その瞬間——。

強い力で手首を掴み上げられた。

続いて開かれた、冷たく射抜くようなグレーの瞳が、私の目を激しく焼き付けた。

「——お前は、誰だ?」

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