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第4話

作者: 三葉ふたば
ドアが閉まる音を聞きながら、星奈は右腕に残る長い傷痕へ目を落とし、しばらくぼんやりしていた。

星奈と征臣が結婚するきっかけになったのは、ある事故だった。

3年前、征臣は何者かに仕組まれた交通事故に遭い、生死の境をさまよった。偶然通りかかった星奈は、征臣を車内から引きずり出し、119番通報した。

助け出す際、右腕に車のドアで長く深い傷を負った。そのときの傷痕は、今も消えずに残っている。

退院した征臣はあらゆる手を尽くして星奈を捜し出し、それから1年もの間、熱心にアプローチを続けた。

星奈が仕事で行き詰まると、真っ先に何が問題なのかを整理し、必要な資料を探して、何度でも根気よく教えてくれた。

父・藤沢正志(ふじさわ まさし)が転んで脚をけがしたときも、征臣はすぐに背負って病院へ運び、病室につきっきりで世話をした。

星奈がただの風邪で熱を出しただけでも、普段は冷静な征臣が取り乱した。熱が下がるまで一晩中そばを離れず、心配で眠ることさえできなかった。

結婚を鷹取家に認めてもらえなくても、征臣が大切にしてくれたから、幸せに暮らしていた。

夏帆が帰国するまでは。

夏帆の一言で、征臣が星奈を残して出ていくことは、もう珍しくなかった。夏帆に濡れ衣を着せられ、そのたびに征臣と喧嘩になる。そんなことも、すっかり日常になっていた。

星奈はため息をつき、気持ちを切り替えて2階へ上がると、早々に休んだ。

うとうとしていると、突然、ドアが勢いよく開いた。驚いて顔を上げると、怒りで目を血走らせた征臣と目が合った。

征臣は星奈の腕をつかみ、そのまま外へ引っ張っていく。

「来い!」

星奈は転ばないよう必死に足を動かし、よろめきながら引っ張られていった。

「征臣、何があったの?どこへ連れていくつもり?」

征臣が冷たく笑った。

「何があったか、本当に分からないのか?」

星奈を車内へ無理やり押し込んだ。

車は一気に速度を上げ、矢のような勢いで道路を駆け抜けていく。

星奈は恐怖で心臓が縮み上がり、片手でお腹をかばいながら、もう片方の手で車内の手すりを強くつかんだ。

「征臣、正気なの?車を止めて!降ろして!」

征臣は聞く耳を持たず、そのまま鷹取家の本邸まで車を走らせた。

征臣と付き合い始めてから、星奈がここを訪れたのは一度きりだ。

征臣の母・鷹取佳乃(たかとり よしの)は星奈を露骨に嫌い、何かとつらく当たった。あのとき征臣は母と激しく言い争い、もう二度と来なくていいと星奈に告げた。

今は怒りに任せて星奈の手をつかみ、屋敷の中へ引きずり込んでいく。

屋敷へ入って初めて、鷹取家の親族が大勢集まっていることに気づいた。夏帆の顔には赤い発疹がいくつも浮かび、泣いている。佳乃がそばで優しく慰めていた。

星奈が姿を見せた途端、全員の刺すような視線が一斉に向けられた。

佳乃は星奈へ詰め寄り、いきなり頬を平手で打った。

「この卑しい女が!征臣が夏帆ちゃんを家族の食事会へ連れてきただけでしょう。それなのに、わざと夏帆ちゃんにアレルギーを起こさせるなんて!」

星奈はよろめき、頬が痺れるように痛んだ。

反射的に征臣を見る。

「私じゃありません!ここへ来たのは一度だけで、道さえ覚えていません。今日の食事会についても何も知らないのに、どうやって夏帆にこんなことができるんですか?」

それでも征臣は、ただ冷たい目で星奈を見ているだけで、少しも信じてはいない。

背筋が冷えた。

佳乃が鼻で笑った。

「ずいぶん大したものね。あなたにできないことなんて、あるのかしら?」

夏帆も顔を押さえ、恨みがましい目で星奈をにらんだ。

「星奈、まだ言い逃れするつもり?使用人が全部認めたのよ!あなたがその使用人を200万円で買収して、私が食べるケーキをマンゴー入りのものに替えさせたんでしょう!私がマンゴーアレルギーだと知っていたくせに、殺すつもりだったの?」

星奈は唇をかんだ。

「私がやったと言うなら、証拠はあるの?」

夏帆は冷たく笑い、スマホの画面を星奈に突きつけた。

「この使用人が、200万円を受け取った記録を見せてくれたの。振込元は、征臣が星奈に使わせている口座よ。まさか、征臣が使用人を買収して、濡れ衣を着せたとでも言うつもり?」

星奈は言葉に詰まりながらも、必死に否定した。

「私じゃない!その口座は、赤ちゃんに必要なものを買うとき以外、一度も使ってない!」

佳乃は星奈の言葉を無視し、征臣を見た。

「征臣、家柄の釣り合わない女はやめなさいと、あれほど言ったでしょう。それでも結婚すると言い張って、結局こんなことになったじゃない!

ちょうどアレルギーの薬があったからよかったものの、下手をすれば夏帆ちゃんは救急搬送されていたわ。もしものことがあったら、夏帆ちゃんのご両親に何と説明するつもり?

星奈はあなたの妻でしょう。どう責任を取らせるの?」

征臣はわずか2秒黙ったあと、口を開いた。

「やったことの責任は取ってもらう。門の前で正座していろ。夏帆ちゃんの発疹が引くまで、立ち上がるな」

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