Masuk卒業写真を撮る日、ゼミごとに並んで撮影することになった。 私が恋人の江口洸平(えぐち こうへい)の隣に立つと、すぐに周りから囃し立てる声が上がった。 「晴奈を洸平の隣に立たせようよ!」 「そうだよ。晴奈は学科一の美人なんだから、学科一のイケメンと並ばなきゃ!」 私――高梨琴音(たかなし ことね)が戸惑っているうちに、幼なじみの長谷川陽介(はせがわ ようすけ)が私の腕をつかみ、小川晴奈(おがわ はるな)と立ち位置を入れ替えた。 「琴音、晴奈と代わって。卒業写真くらいなんだから、譲ってあげなよ」 洸平は笑ったまま、断ろうとはしなかった。 ただ少し横へずれ、晴奈のために場所を空けた。 私はその場に立ち尽くし、無意識に髪につけた髪留めへ触れた。 洸平が初めてプレゼントしてくれたものだった。 鏡の前で何度もつけ直しながら、洸平と一緒にきちんとした写真を一枚撮りたいと思っていた。 撮影直前、洸平がふいに私を呼んだ。 「琴音」 胸が跳ねた。 次の瞬間、洸平は手を伸ばし、私の髪から髪留めを外した。 「晴奈の髪が乱れてるから、ちょっと借りるな」 周囲から、また囃し立てる声が上がった。 晴奈はうつむいて笑った。 洸平も何も説明しなかった。 カメラマンが声を張り上げた。 「はい、卒業おめでとう!」 全員が声をそろえる中、私は一番端に立っていた。 その瞬間、自分がこの場に必要のない存在なのだと、はっきり分かった。 洸平の卒業写真に私の居場所がないのなら、これから先の私も、もう洸平には関係ない。
Lihat lebih banyak晴奈は泣きそうな声で尋ねた。「琴音、洸平はそっちにいるの?」私は答えず、逆に尋ねた。「どうしたの?」「どうしたのって?」晴奈の声が鋭くなった。「洸平がどれだけ仕事を放り出して琴音を捜しに行ったか、知ってる?私と陽介がどれだけ尻拭いしてると思ってるの?琴音、言いたいことがあるなら話し合えばいいじゃない。こんなやり方で洸平を苦しめて、何がしたいの?」私は黙って最後まで聞き、急におかしくなった。「晴奈は、ずっと私に消えてほしかったんでしょう」電話の向こうが突然静かになった。「私……そんなこと……」「そうだったかどうかは、自分が一番よく分かってるでしょ」私は穏やかな声で続けた。「でも、もういいの。洸平は晴奈に返してあげる」「琴音!あんた――」私は電話を切った。夜になって、その出来事を笑い話として日和に聞かせた。日和は腹を立ててテーブルを叩いた。「よくそんな電話をかけてこられるね!」向かいに座っていた湊は、口を挟まず静かに話を聞いていた。日和がひととおり怒りをぶつけ終えると、湊が尋ねた。「俺が間に入ろうか?」私は首を振った。「大丈夫。自分のことは自分で片づけるから」湊はうなずき、それ以上何も言わなかった。湊はいつもそうだった。私の代わりに何かを決めることはなかった。ただ、必要ならそばにいると伝えてくれた。さらに2日後、洸平がまた私の前に現れたとき、その様子は明らかに変わっていた。ひっきりなしに電話がかかってきて、出るたびに眉間のしわが深くなり、口調も荒くなっていった。「晴奈、こっちで何とかしてるって言っただろ。何度も急かすなよ。仕事は陽介に任せておけ。今は帰れない。もう泣くなよ。こっちだって十分大変なんだ!」電話を切り、顔を上げたところで、少し離れた場所に立つ私に気づいた。洸平は一瞬固まり、疲れた笑みを無理に浮かべた。「琴音……」疲れ切った洸平を見ても、心は少しも揺れなかった。「洸平、もう帰ったほうがいいよ」「帰らない。琴音が一緒に来ないかぎり、俺は帰らない」「私は一緒に行かない」私は洸平の目を見つめた。「洸平も分かってるでしょう。私を捜しに来たのは、私を愛してるからじゃない。私がいることに慣れてただけ。私がいつまでもその
洸平が手を伸ばし、私の手をつかもうとした。私は一歩下がり、手を引いて、静かに洸平を見つめた。「勝手に触らないで」洸平は固まった。宙に伸ばされた手は、行き場を失った鳥のようだった。「琴音?」洸平はためらいながら私を見つめた。まるで、知らない人間を見るような目だった。私は何も言わず、その場に立っていた。この距離がちょうどよかった。近すぎず、遠すぎない。二人の間に引かれた一線が、はっきり見える距離だった。洸平の顔から高揚が少しずつ消え、代わりに、これまでほとんど見たことのない戸惑いが浮かんだ。声を和らげ、懇願するように言った。「琴音、今までは俺が悪かった。ごめん。お前をほったらかしにして、ちゃんと大事にできてなかった。怒ってるのも、俺を恨んでるのも分かってる。全部俺が悪い。俺と一緒に帰ってくれないか?東央市へ帰って、全部やり直そう」イチョウの葉が回りながら舞い落ち、洸平の肩に止まった。洸平はそれを払い落とそうともしなかった。私は充血した洸平の目を見つめた。そこに、想像していたような、胸のすく気持ちはなかった。未練もなかった。胸の内は、薄いガラス一枚を隔てたように、ひどく静かだった。「洸平」私は事実を告げるような口調で名前を呼んだ。「私は怒ってない。ただ、もう洸平を必要としてないだけ」洸平は強い衝撃を受けたように、よろめいた。「琴音……」「帰って」私は教科書を抱え、洸平の横を通り過ぎた。洸平は背後から私の名前を呼んだ。その声は次第に涙で震え、最後には縋るような響きに変わった。「琴音、話を聞いてくれ――」私は振り返らなかった。その夜、どこから事情を聞いたのか、日和が心配そうに私のベッドのそばへ座り、「話したくなったら聞くよ」と声をかけてくれた。私はベッドにもたれ、スマホを横に置いた。「元彼なの。海外へ来る前、何も知らせなかった」日和は目を見開いた。「何かひどいことをされたの?」私は少し考え、ふいに笑った。「何もされてないよ」本当に、何もされていなかった。浮気も、暴力も、嘘もなかった。ただ、私が話しているときに、ほかの人を見ていただけ。私が必要としているときに、別の人のそばにいただけ。私が何度待っても、その人
「琴音も俺と同じです」「琴音は内向的なんです」「琴音は気にしないよ」一度も私に尋ねなかった。「琴音は気にする?」と。そして私自身も、いつの間にかそれに慣れていた。何もかも決められることにも。無視されることにも。聞き分けがよく、面倒を起こさない彼女でいることにも。温かいココアから立ち上る湯気が、私の視界を曇らせた。「どうしたの?」隣から湊の声が聞こえた。私は首を振り、少し笑った。「何でもない。ただ……ここはいいところだなって思って」……時間は思っていたよりも早く過ぎていった。新しい大学は授業の進みが速く、課題も多かったが、私はこの充実した毎日が好きだった。日和は毎朝、私のベッドに枕を放りながら大声で叫んでいた。「琴音、起きて!授業に遅れるよ!」それから二人で慌ただしく身支度を整え、パンをかじりながら校舎へ走った。湊が校舎へ向かう途中で待っていることもあった。手には3人分のコーヒーを持ち、私たちが走ってくるのを見ると、それぞれに手渡して笑った。「今日も二人が一番遅いな」私は肩で息をしながらも、笑わずにはいられなかった。こんな毎日はにぎやかで、確かな温かさがあった。私は必要とされ、きちんと見てもらえていた。もう、いてもいなくても変わらない脇役ではなかった。その日は午後の授業がなく、私は日和と寮の部屋でレポートに追われていた。湊から、これから一緒に図書館へ行かないかとメッセージが届いた。返信しようとしたとき、突然スマホが鳴った。知らない番号だった。電話に出ると、私が何も言わないうちに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。「琴音」全身がこわばった。洸平だった。何日もまともに眠っていないのか、その声は疲れ、かすれていた。「琴音、今どこにいるんだ?ずっと捜してた」スマホを握る指に、ゆっくりと力が入った。「どうしてこの番号を知ってるの?」「いろんな人に聞いて、あちこち捜したんだ……」洸平は私の質問に答えず、焦った声で続けた。「琴音、どうして海外へ行くって教えてくれなかったんだよ。俺が空港でどれだけ待ったと思ってる?俺がどんな――」「知らない」私は言葉を遮った。電話の向こうは、しばらく沈黙した。「琴音、そんな言
入学して最初の週、日和に誘われて留学生の交流会へ参加した。本当は行きたくなかった。私は昔から、ああいう場が苦手だった。本国にいた頃も、洸平に似たような集まりへ連れていかれたことがあった。そのたびに私は隅に座り、洸平と晴奈が皆の注目を集めるのを眺めていた。陽介が時々私に気づき、「琴音、どうして黙ってるんだ?」と聞くこともあった。けれど私が答える前に、陽介の注意は晴奈の笑い声へ引き戻された。いつしか、私は何も話さないことに慣れていた。自分の考えをのみ込むことにも。自分がいてもいなくても変わらない、ただの脇役でいることにも。けれど、今回は違った。交流会で、何人かの学生が私もちょうど観ていたドラマについて話していた。私は無意識に口を開き、何か言おうとしたが、いつものように言葉をのみ込んだ。隣に座っていた小林湊(こばやし みなと)という男子学生がそれに気づき、ごく自然に尋ねた。「琴音、さっき何か言おうとしてなかった?」私は戸惑った。「別に……何でもない」「気にしないで、言ってみなよ。ここには誰も、君を取って食おうとする人なんていないから」湊は笑ったが、口調は穏やかで真剣だった。日和も隣から促した。「そうだよ、琴音も話して。琴音のドラマの考察、いつも鋭いんだから」二人の期待に満ちた目を見て、私はしばらく迷った末、ようやく自分の考えを口にした。途切れ途切れにしか話せず、流暢に意見を述べる人たちには遠く及ばなかった。けれど話し終えた瞬間、真っ先に拍手をしてくれたのは湊だった。「ほら、ちゃんと話せてたじゃないか」日和は「やっぱりね」と言いたげに、私へ目配せした。私は俯いた。急に鼻の奥がつんとした。悲しかったからではない。誰かにきちんと見てもらえるというのが、こういうことなのだと初めて知ったからだった。その後、湊は誰に対しても細やかに気を配る人なのだと、少しずつ分かってきた。意識して世話を焼いているのではなく、生まれつき優しい人だった。グループで話し合うとき、誰かの発言が遮られると、湊は皆が静かになるのを待ってから、その人に声をかけた。「さっき、まだ話の途中だったよね。続きを聞かせて」誰かが出した意見を皆が聞き流したときも、少し考えてから言った。「