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8話. 雨のテラス

Author: 6jay
last update publish date: 2026-10-05 23:50:34

カチャリ。

玄関が開くと同時に、濡れた傘を持つ蓮司が、中へ滑り込んできた。

彼の硬い手が紗月の手首をとらえ、玄関の鍵をかける。

スリーピースの肩も、黒い髪も、冷たい秋の雨で濡れていた。

雨を含んだシダーウッドと、冷たい水の匂いが、静かな玄関を満たす。

「黒瀬さん、だめ……早く出て! リビングにも廊下にも、夫がカメラをつけたんです……!」

紗月は恐怖に顔をこわばらせ、その胸を必死に押し返そうとした。

けれど蓮司は、手にした小型の妨害装置のスイッチを、軽く切り替えた。

天井や廊下のカメラは、まだ光っていた。

彼はレンズではなく、手元の機器を確認した。

「無線接続は遮断しました。常務のスマートフォンから、今この場所の映像を見ることはできません」

低く落ち着いた声が、紗月の耳へ深く届く。

「ただし、接続が切れたことは気づかれる可能性があります」

大きな手が、薄いシルクのナイトガウンの紐を、するりとほどいた。

そのまま片腕で腰を抱き上げ、リビングの向こう、45階の屋外テラスへ続くガラス戸を開け放つ。

ザアアア――ッ!

耳がふさがるほどの豪雨と、冷たい風が、夜空から降り注いでいた。

港区の高層ビルの光が、激しい雨の向こうで宝石のようににじむ。

雨の吹き込まない庇の奥、その深い影へ入り、蓮司は紗月の身体を手すり壁へ押しつけた。

冷たい大理石に背中が触れた途端、息が詰まった。

「ここ、外です……っ! 誰かに見られたら……!」

冷たい風に震え、紗月は濡れたシャツの襟を必死につかんだ。

蓮司は細い両脚を、自分の腰の両側へ強く引き上げた。

秋雨の冷気と、やけどしそうな体温がぶつかる。紗月は息をすることさえ忘れかけた。

肌の触れ合う音が、雨音に溶けていく。

しっかりしたベストの生地が柔らかな素肌をこすり、目がくらむような熱を生んだ。

「誰にも見えません。それに、この雨音が……奥様のお声を、すべて隠してくれます」

引き締まった顎が、首筋へ深く下りてきた。

熱い舌と歯が、鎖骨から胸元へ、かみしめるように触れていく。

風に運ばれた冷たい雨粒が、ほてった二人の肌を流れ落ちた。

冷たさと、煮え立つような悦びがぶつかり合う。かつてないほど背徳的な快感が、全身をのみ込んだ。

「は……あっ……蓮司、さん……!」

夫の監視網のただ中で。夫のペントハウスのテラスで。

紗月は、突き上げてくる本能の声を、もう抑えられなかった。

爪が折れそうなほど濡れた背をかき抱き、細い腰が弓なりにしなる。

3年間縛りつけられていた感覚の枷が、砕け散ったようだった。

熱い呼吸が首筋を湿らせる。二人の危うい結びつきは、嵐の中で、果てしなく長く、深く続いた。

最初の頂を越えた荒い呼吸が、少しずつ静まってきたころ。

蓮司は紗月を抱いたまま、濡れたポケットから防水のスマートフォンを取り出し、目の前へ差し出した。

画面の青い光が、暗がりで二人の濡れた顔を照らす。

そこには、東城グループと東城物産が隠していた架空口座の追跡記録や、スイスの銀行への送金明細が、びっしりと並んでいた。

紗月は画面をのぞき込んだ。

長く続く取引履歴の中に夫の名を見つけると、目を離せなくなった。

自分の暮らしを締めつけていた金が、どこから来ていたのか。ようやく、その正体をつかめた気がした。

彼の顔を見上げ、何から尋ねるべきか考える。

【鷹宮直哉常務/海外ペーパーカンパニーを通じた裏金40億円の資金洗浄帳簿、および買春支出原簿】

蓮司は濡れた唇に口づけ、低く、ひそかに告げた。

「帳簿をご確認ください。証拠を奥様のお手元に置いてこそ、次にどうするか、お決めになれます」

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