登入病院を出たあと、スカーレットはそのままスカー・バイアス・ホールディングスへ車を走らせた。
彼女は、トビアスと二人で会社の名前を決めたときのことを今でも覚えていた。
あの頃は、ただの夢に過ぎなかった。
けれど、彼女の経営手腕と鋭い戦略のおかげで、会社は急速に成長し、トビアスを一気に上流階級の仲間入りへと押し上げた。
ゼネラルマネージャー室へ近づくと、廊下にくぐもった笑い声が漏れてきた。
明るく楽しげな笑い声に続いて、女の甘くからかうような笑い声まで聞こえてくる。
スカーレットはノックする気にもならなかった。
そのままドアを大きく開け放った。
そこには、トビアスの前でヴァーニスが膝をついていた。
何をしているのか、想像するまでもない姿だった。
スカーレットの姿を見た瞬間、ヴァーニスは慌てて立ち上がり、急いで後ろへ下がった。
ブラウスは途中までボタンが外れていて、大きく開いた襟元から胸元が露わになっている。頬は赤く染まり、髪は乱れていた。
それでも彼女は、甘ったるい笑みを浮かべた。
「アルダマ夫人、いらしたんですね」
その声には、わざとらしいほど甘く、媚びた丁寧さが滲んでいた。
トビアスは勢いよく妻へ振り向いた。
顔から血の気が完全に引いている。
「ハ、ハニー?」
スカーレットはドアのところで立ち尽くしたまま、冷たい目で目の前の光景を見つめた。
胃の奥から、強い嫌悪感が込み上げてくる。
「何か邪魔しちゃった?」
乾いた声で尋ねる。
「二人が終わるまで、あとで出直したほうがいい?」
「え? いや、違う。ペンを落としただけだ。彼女は拾おうとしていただけだ」
トビアスは慌てて前へ出ると、ヴァーニスへ振り返った。
「出ていけ。さっき言った仕事を終わらせろ」
ヴァーニスはそれ以上何も言わなかった。
スカーレットの横を通り過ぎると、彼女の後にはどこか聞き覚えのある香水の香りが残った。
ここ数週間、トビアスから何度も感じていた、あの花の香りと同じだった。
その意味は、あまりにも明白だった。
トビアスは何事もなかったように振る舞おうと、グラスを手に取り、水を注いだ。
「ハニー、来てくれて嬉しいよ。実はすごく腹が減ってるんだ。君のお気に入りの店で昼食を食べよう。話したいことがたくさんあるんだ」
「昼食を食べに来たんじゃないわ、トビアス。離婚について話しに来たの」
トビアスは息を呑んだ。
その手からグラスが完全に滑り落ちた。
ガラスはタイルの床に激しくぶつかり、粉々に砕け散り、水があたり一面に飛び散った。
彼は突然の頭痛をこらえるかのように、こめかみに手を当てた。
「スカーレット、いつまでこんなことを続けるつもりなんだ? ほら、最近君の機嫌が悪いのは分かってる。でも、ヴァーニスのことなら、俺たちの間には何もない。君が誤解してるだけだ。さっき見たことだって何でもない。そんなに気になるなら、今すぐ彼女をクビにする」
スカーレットは瞬き一つしなかった。
言い争いをするためにここへ来たわけではない。
バッグに手を入れると、ファイルを取り出し、机の上へ強く叩きつけた。
「あなたと喧嘩しに来たんじゃないわ、トビアス。離婚が成立したら、スカー・バイアス・ホールディングスはあなたが持っていけばいい。私は異議を唱えないし、会社を巡って争うつもりもない。でも、私のお金は返して。お願いだから、ザ・Cアライアンスを私に渡して。あれは、母が私に残してくれた唯一の遺産なの」
トビアスの表情が険しくなり、怒りが目に浮かぶ。
「俺たちは夫婦だ。愛し合ってる。それなのに、どうして離婚なんて話ができるんだ!」
「愛?」
スカーレットは苦く、力のない笑いを漏らした。
これのどこが愛なのだろう。
自分には心を捧げると言いながら、裏では別の女とこそこそ関係を持っていた。
「私はずっと前に決心したの。今まで何度も離婚したいって話した。でも、あなたは聞こうともしなかった。ただ書類にサインして、トビアス。これ以上引き延ばさないで」
彼女はファイルを彼のほうへ強く押しやった。
トビアスは書類を見つめた。
その険しい目に、わずかな絶望が滲んだ。
「スカーレット、何をしてるんだ? 本当に俺たちが築いてきたものを全部捨てるつもりなのか? 今まで一緒に乗り越えてきたことまで忘れたのか?」
スカーレットの中では、二人の結婚に対する希望は何週間も前に死んでいた。
彼が自分ではなく別の女を選んだ、あの夜。
結婚式の夜だった。
そしてその夜、彼女は偶然にも彼の叔父のベッドへ入ることになった。
「サインして、トビアス。もう終わりにしましょう」
「終わりにする?」
トビアスの声が震えた。
「そんな簡単に? 何年も一緒にいたのに、そんなふうに立ち去れるのか? 俺は君を愛してる、スカーレット。君を大切にすると誓ったんだ」
スカーレットは目を閉じ、ゆっくりと息を吸ってから口を開いた。
その声は静かだったが、決意に満ちていた。
「そんな言葉はもういい。あなたの口から出てくる言葉なんて、もう一つも信じてない。私には、何も感じられない空っぽの約束にしか聞こえない。もう決めたの。ザ・Cアライアンスを返して」
トビアスの顔が再び険しくなった。
「ザ・Cアライアンスは君自身が俺に渡したんだ。今、会社は苦しい状況にある。口座も赤字で、俺は何とか立て直そうとしてる。大きなプロジェクトが通れば、君に返す。だから待ってくれ。それに、離婚なんて馬鹿げた話はやめろ。何をされても、俺は同意しない」
恐ろしい現実が、スカーレットの胸に重くのしかかった。
最悪の予想が現実になっていた。
夫は、亡き母が残してくれた会社をもう手元に持っていなかった。
トビアスはザ・Cアライアンスを担保に入れていた。
そして、それを取り戻すのは簡単ではない。
「トビアス、恥知らずね! どうしてそんなことができるの?!」
怒りで声が震えた。
ザ・Cアライアンスが自分にとってどれほど大切なのか、トビアスは知っている。
それなのに、まるで何でもないもののように投げ捨てた。
「スカーレット、俺たちは二人でスカー・バイアス・ホールディングスを築いたんだ! これを最優先にするべきだろ? 俺たちが今まで頑張ってきたものを全部壊したいわけじゃないだろ? ザ・Cアライアンスを使ったのは一時的なことだ。俺が必ず取り戻す。心配するな。頼むから、もう離婚の話はやめよう。他に欲しいものなら何でもやる」
トビアスは彼女の後ろまで歩み寄ると、腰に腕を回した。
そして彼女の髪に顔を埋め、その香りを吸い込んだ。
強い嫌悪感が全身を駆け抜けた。
スカーレットは彼を突き飛ばし、勢いよく振り返ると、その頬を思いきり平手打ちした。
その勢いでトビアスの頭が横へ跳ね、頬にはすぐに赤い跡が浮かび上がった。
彼はゆっくりと手を上げ、自分の頬に触れた。
細めた目でスカーレットを睨みつけ、その瞳には怒りが渦巻いていた。
「何なんだよ、お前は?! 俺は全部を何とかしようとしてるんだ! これ以上、何が欲しいんだ?!」
「問題は私じゃないわ、トビアス! あなたが……あなたが全部を壊したのよ! この結婚には、もう何も残ってない! 終わりよ……私たちはもう終わったの!」
使用人が淹れてくれたコーヒーのカップを手に、私はベランダに静かに座っていた。マリエルはローワンと一緒に会社へ出かけたばかりだった。庭の植物を見つめながら、ローワンが先ほど口にした言葉を繰り返し思い出してしまう頭を必死に鎮めようとする。彼は離婚を望んでいた。胸の重苦しさは相変わらずだったが、私は規則正しく呼吸しようと自分に言い聞かせた。その時、門の外から車の音が聞こえてきた。最初はローワンかと思った。しかし、大きな門が開き、1台の黒いスポーツカーが入ってきた瞬間、カップを落としそうになった。なぜこれほど緊張しているのか自分でも分からなかった。車は邸宅の目の前に止まり、ドアが開いた。威厳を纏った長身の男が降りてきた。彼だ……私が一緒に夜を過ごした男だ!頭から氷水を浴びせられたような感覚だった。喉がカラカラに乾き、心臓は? 胸から飛び出してしまうのではないかというほど激しく脈打っていた。それが不安や恐怖のせいなのか、あるいはもう名前すら分からない複雑な感情のせいなのか、自分でも判別がつかなかった。ただ分かっていたのは、息ができないということだけだった。彼はゆっくりと正面玄関へと歩いてきた。袖をまくった黒いポロシャツにダークなジーンズ、高価な腕時計を身につけている。息を呑むほどハンサムでありながら、同時に圧倒的な威圧感を放っていた。彼が歩みを進めるたび、その足音が私の胸に直接響くような気がした。震える手を止めようと、私は固唾を呑んで喉を鳴らした。彼の到着を処理する間もなく、使用人の一人がすでに彼を邸宅の中へと招き入れていた。「ローワンはどこだ?」彼が尋ねる声が聞こえた。「おはようございます、お客様。旦那様はただいま出かけられたところでございます」マナンが丁寧に応対した。ローワンが不在なのだから帰るだろうと思い、私はホッと胸を撫で下ろした。しかし、それは間違いだった。「彼の妻を呼んでくれ。話がある」彼は使用人に命じた。言葉自体は簡潔だったが、その声に宿る絶対的な権力が、従うほかないことを物語っていた。「かしこまりました。お待ちの間、どうぞおかけになってお待ちください」マナンがそう言って、私のほうへとやってきた。心臓の鼓動がさらに激しくなった。あまりの緊張感に、今にも気を失ってしまいそうだった。「奥様、ローワン様をお尋ねのお客様がいらっしいます。奥
ドアを開けると、目の前にマナン(家政婦)が立っていた。私がどれほど身なりを乱しているかを目にして、彼女は驚きでパチパチと瞬きをした。「ソフィア様……?」彼女は私を上から下までじろじろと見つめ、私は緊張のあまり息を呑んだ。私は頷き、身なりを整えようと努めた。「ローワン様は……どこ?」「奥様、昨夜はローワン様と一緒にいらっしゃるものと思っておりましたのですが……」私は固まった。「え……っ?」声を必死に押し殺しながら静かに答えた。「どう……いうこと?」マナンは掃除用の布を手に持ったまま、一歩近づいてきた。「ローワン様も昨夜はお戻りになられませんでした。お二人ご一緒だと思っておりましたので」急に自分の世界が狭まったかのような感覚がした。何を言えばいいのか分からなかった。心臓が激しく脈打ち、その音が耳の奥まで響いてくる。「帰ってきたのは……私だけなの?」視線を意識的に逸らしながら尋ねた。「ローワンは……まだ戻ってないの?」マナンは顔に心配の色を浮かべ、首を横に振った。「ええ、まだでございます。お電話もメッセージもいただいておりません」頭から氷水を浴びせられたようだった。昨夜、ローワンが私と一緒にいなくて、目を覚ました時に隣にいたのが彼ではなかったのだとしたら……それって、つまり……私の手の震えはさらに大きくなった。そんな……神様、昨夜一体何があったというの?「奥様、何かお召し上がりになりますか? お疲れのようですが……」マナンが言葉を続けた。彼女がなぜ私がこれほどボロボロの姿をしているのか疑問に思っているのは分かっていた。タクシーを降りる前に少し身だしなみを整えようと努力したものの、それでもひどい有様だったのだ。私は首を横に振った。「いいえ。ただ……休みたいの」私は階段を駆け上がり、自分たちの寝室へと向かった。一歩踏み出すたびに、胸に針が突き刺さるような痛みが走る。あまりにも多くの疑問が頭を巡り、それらは増える一方なのに、答えは一つもなかった。ドアを閉めた瞬間、私は床に崩れ落ちた。起きたことすべてを何とかして消し去ろうとするかのように、自分自身を強く抱きしめ、声を殺して泣いた。嫌悪感と恥ずかしさで悲鳴を上げそうになるのを、唇を噛んで耐えた。けれど全身の痛み、腫れ上がった唇、そしてあの部屋を飛び出す直前に目にした、共に夜を過ごした男の影……そのど
ソフィア・アラゴンとタイラー・サンティバニェスは、幼い頃から親同士が決めた許嫁の関係だった。タイラーは決して魅力的とは言えない男で、太っている上に分厚い眼鏡をかけていた。両親が亡くなると、ソフィアはその婚約を破棄した。二十歳になったとき、彼と結婚する代わりに彼女は遠くへ去った。そして、ローワン・トラハーノに出会うまで。彼と結婚した時、ソフィアはついに幸せな結末を手に入れたのだと思っていた。しかし、たった一晩ですべてが崩れ去った。夫であるローワンに連れられて参加したパーティーで、彼女は薬を盛られ、乱暴されたのだ。実の夫が、数十億ペソ規模の巨大プロジェクトと引き換えに彼女を売り払ったのだった。そして、ソフィアを買い取った男こそ、他ならぬタイラーだった。だが、今の彼はもう、分厚い眼鏡をかけた太った男ではない。オリンポス山から舞い降りたギリシャ神話の神そのものの姿となっていた。「めまいがするのかい?」夫のローワンが優しく尋ねてきた。私は頭を押さえた。視界が次第に霞んでいくのを感じる。周りの景色すべてがぐるぐると回っているようだった。倒れないよう、私は慌てて彼にすがりついた。「う、家に帰ろう……お願い……」「でも、パーティーはまだ終わっていないよ。今帰ったら失礼になる」彼はそう答えた。カクテルジュースをグラスに一杯飲んだだけなのに、どうしてバケツいっぱいの酒を煽ったかのような感覚に襲われているのだろう?「ほら。少し横になったほうがいい」ローワンは私を支え、テーブルから連れ出した。視界がほとんど利かないため、どこへ向かっているのか皆目見当がつかなかった。けれど、エレベーターの扉が開く音が聞こえたとき、最上階のペントハウスへ向かっているのだと分かった。「ど、どこへ……行くの?」「上の階だよ。そこで少し休むといい、ソフィア」ローワンが言った。気のせいかもしれないが、彼の声には不自然な興奮が混じっているように思えた。そして、彼がなぜ私を急いで部屋に入れようとしているのか、私には分かっていた。私という邪魔者を取り払い、愛人のマリエルと再び好きなように過ごすためだ。結婚生活の数年間、彼は私の陰で元カノであるマリエルと密会を続けていたのだから。4階に到着した。視界はさらに霞み、意識が完全に白く染まっていくようだった。私は冷ややかな空気の漂う部屋を見渡そうと必死
半月後――エロワーズとアイビーは、シャングリ・ラ・ホールの広大な芝生の上で、同時に合同結婚式を挙げた。二人は息をのむほど美しい白いウエディングドレスを纏い、完璧にメイクされた顔立ちのまま、青々とした芝生の上を手をつないでゆっくりと歩みを進めていた。芝生の反対側では、タナーとウェイドがそれぞれブーケを手に持って待ち構えていた。彼らの瞳は、自分たちにとって世界のすべてである愛しい女性たちの姿を捉え、とめどない愛おしさで満たされていた。神父が聖書を手に持ち、タナーへと向き直った。「タナー、あなたはエロワーズを妻に迎え、病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しいときも、彼女を愛し、敬い、残りの人生のすべてを捧げて共に寄り添い続けることを誓いますか?」タナーは一切の迷いもなく、はっきりと大きな声で答えた。「誓います。彼女を妻に迎えます」その力強い返答を聞き、エロワーズの口元に思わず笑みがこぼれた。それから神父はウェイドへと視線を向けた。「ウェイド、あなたはアイビーを法的妻に迎え、残りの人生のすべてを捧げて彼女を守り、決して見捨てず、慈しみ、永遠に愛し続けることを誓いますか? あなたの答えを聞かせてください」ウェイドは普段は物静かで厳格な男だったが、その日はタナーの先例に倣い、全身全霊を込めて答えた。「誓います。間違いなく、誓います」あまりにも真面目すぎる彼の返り方に、アイビーは思わず吹き出した。彼女は笑い声が大きくなりすぎないよう、両手で自分の口元を慌てて押さえた。式典は滞りなく進行し、参列者たちが次々と新郎新婦の元へ歩み寄って温かい祝福の言葉を贈った。芝生の片隅では、サイラス、ターニャ、そしてリリスの三人が仲良く並んで腰掛けていた。彼らは楽しそうにおしゃべりをしながら指を折り畳んで何かを数えていたが、ふとリリスが首をかしげて尋ねた。「ねえサイラス、ターニャ、ママとパパが結婚したでしょう? アイビーおばさまとウェイドおじさんも結婚したよね。……この中で、一番最初に赤ちゃんが生まれるのは誰だと思う?」ターニャは可愛らしく眉間をひそめ、一生懸命に思案した。そして、彼女は結論を出した。「きっとママとパパだと思うな。私たち、もうすぐ幼稚園に入るでしょう? 私たちが学校に行っちゃったら、お家で二人きりになって寂しくなっちゃうもん。だから、お相手
三ヶ月後――タナーはエロワーズと三人の子供たちを連れ、街で最も高級なブライダルショップへと足を運び、彼女のためのウエディングドレス選びを進めていた。子供たちはエロワーズの周りにわいわいと群がり、どれを着るべきか熱心に意見を出し合って盛り上がっていた。その傍らで、タナーはひっきりなしにかかってくるビジネスの電話の対応に追われていた。電話の相手とやり取りしながらも、彼の口元から笑みが消えることはなかった。彼は時折エロワーズや子供たちの方へ優しい視線を走らせ、その瞳に宿る幸福の色は隠しようもなかった。ターニャはきらびやかなプリンセスラインのドレスを指差して、目を輝かせながら言った。「ママ、パパと結婚する時は絶対これを選んでよ! すごく綺麗だもん! まさに本当のお姫様みたいに見えるよ」しかし、リリスはそれとは全く違う意見を持っていた。彼女は上品で身体のラインに沿ったスレンダーなウエディングドレスを指差した。「ううん、ママにはこっちのドレスの方が絶対似合うと思う。ママはもともとスタイル抜群だし、首も肩のラインもすごく綺麗だから、このドレスならその美しさがもっと際立つよ。世界で一番エレガントな女性になれること間違いなしだもん」ブライダルショップのスタッフたちは、ターニャとリリスの微笑ましいやり取りを温かい笑みで見守っていた。正直なところ、この二人の小さな女の子たちは、その年齢にしては抜群に洗練されたセンスの持ち主だった。彼女たちが選んだドレスは、店内で最も高価で美しい極上の逸品の数々だったからだ。どちらを選んでも、エロワーズが身に纏えば息をのむほど美しく映えるに違いなかった。スタッフたちは、エロワーズとタナーのように美男美女のカップルだからこそ、これほど愛らしくて賢い子供たちに恵まれたのだろうと心底感心していた。そんな中、一人のスタッフが、リリスやターニャが熱心に意見を出し合っている傍らで、タブレット端末に夢中になりながら静かに座っているサイラスの姿に気づいた。スタッフは彼の前にしゃがみ込み、微笑みかけながら尋ねた。「お坊ちゃまは、どう思う? お姉ちゃんたちはもう意見を言ってくれたけれど、ママにはどのドレスが一番似合うと思う?」サイラスは顔すら上げなかった。彼の意識はタブレットの画面に釘付けになったままだった。彼が何も答えなかったため、スタッフは
ローレンスはエロワーズを指差しながら、冷酷な笑みを浮かべた。「いい度胸だな。で、今日は生きて帰りたいのか、それとも地獄行きを希望するのか? 最後に私へお金の無心に来た人間は、今頃この地面の下で骨を晒しているよ。……お前も、彼の哀れななれの果てを見学に行かせてやろうか?」ローレンスは顎をしゃくった。「そのドクター・グティエレスをここからつまみ出せ」彼の部下たちが、即座にエロワーズへと掴みかかろうと動き出した。病室の中にたった一人で取り残されたエロワーズは、その瞬間になってようやく、自分の軽率な決断を激しく後悔した。どうしてスカーレットの言うなりになって、こんな単身で敵陣へ乗り込んできてしまったのだろう? これではまるで、自ら進んでトラの口に飛び込んだようなものじゃないか。護衛たちがまさに彼女の腕を掴もうと手を伸ばしたその時、エロワーズは必死の形相でドアの外に向かって絶叫した。「スカーレット叔母様! 助けて! ローレンスが私を殺そうとしているわ!」その悲鳴を耳にするやいなや、スカーレットは猛烈な勢いで病室へと突撃してきた。その時にはすでに、二人の護衛がエロワーズの両腕をしっかりと掴み上げていた。その光景を目にした瞬間、スカーレットの胸の中は凄まじい怒りの炎で真っ黒に爆発した。一切の躊躇もなく、彼女は大股で突進すると、エロワーズを押さえていた二人の男たちを力任せに激しく突き飛ばした。そして、その両頬を容赦なくビシッ!ビシッ!と立て続けに張り倒したのだった。二人の護衛たちは何が起きたのか理解できず、呆然と固まった。彼らが体勢を立て直すより早く、スカーレットは手にしていた重いハンドバッグを振り上げ、ローレンスの肩へと思い切り叩きつけた。その衝撃で、ローレンスの手の甲に固定されていた点滴の針が激しく外れ、血が飛び散った。ローレンスは身をかわす暇すらなかった。彼の濁った瞳が怒りで大きく見おろされた。この無礼な老婆を今すぐ血祭りに上げて思い知らせてやろうと身構えたその時、スカーレットはスッと容赦のない人差し指を彼の鼻先へと突きつけた。「ローレンス! あなた、いい加減にしなさいよ! 何年経っても、その悪党根性は一ミリも変わっていないじゃないの!」ローレンスはピタリと動きを止めた。彼はスカーレットの顔を穴が空くほどじっと凝視した。そして、彼女の正体を完全に認