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第1462話

Author: 夜月 アヤメ
昼食の時間、二人は穏やかに食事を終えた。

初希がいたおかげで、言いたいことはたくさんあったはずなのに、口に出すことができなかった。

食事が終わり、修が箸を置いて口を開く。

「今回戻ってきたけど、またいなくなるつもりじゃないよな?」

久しぶりに若子と会えたものの、修は全てを信じきれずにいた。彼女はまた突然、自分の世界から消えてしまうかもしれない。

「今回は仕事の異動で、ここで長期勤務になる予定。もし何もなければ、しばらくはこのままいるつもり」

「じゃあ、仕事の都合がなければ戻らなかったのか?」

修の声は平静だったが、内心では複雑な感情が渦巻いていた。

若子は胸が痛む。「本当は子どもにも会いたかった。仕事がなかったとしても、きっと......きっと帰ってきたと思う」

「きっと、か」修はその言葉をかみしめる。「よくわかった」

若子は自分の行動を弁解できず、ただ尋ねる。

「修、この何年か......元気にしてた?」

「俺がどう過ごしてきたか、お前が本当に知りたいのか?あの時突然いなくなって、俺と子どもだけ残されて......俺たちがどう生きてきたか、考えたことある?」

若子はうつむき、深くうなだれる。「ごめんなさい」

「謝らないでくれ。謝罪されてもどうにもならない。こんなふうになった今、お前が突然戻ってきても、どうしていいかわからない。前みたいに愛していいのか、恨むべきなのか......」

初希がきょとんとした目で見つめる。「叔父さん、怒ってるの?」

修は深呼吸して答える。「怒ってないよ、初希」

若子は、修がそう言っても、きっと本当は怒っているんだろうと察していた。

「修、私......何かできることがあれば、償いたい。なんでも言って」

「償いなんていらない。お前は子どもを俺の元に残してくれた。それだけで十分だ」

この五年間、子どもがそばにいてくれたから、修は壊れずに済んだ。

「修、卓実が私に会いたくないのは、私がいなくなったからよね。母親を欲しがらなくなったの?それとも、新しいお母さんでもできたの?」

若子は修をじっと見つめて言った。「あなたも新しい人を見つけたの?」

その問いかけには嫉妬はなく、ただ静かに確かめるような口調だった。修は背もたれに寄りかかる。

「この前、家に来ただろう?執事から聞いたよ。誰か女性を見たんだろ?
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