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第869話

Author: 夜月 アヤメ
数日後―

西洋料理のレストラン。

光莉と侑子は、テーブルを挟んで向かい合っていた。

ウェイターがメニューを手に、二人の席にやってくる。

侑子は少し緊張していた。

光莉と直接話すのは、あの電話以来だった。

あの時、光莉は修が大変なことになったと電話をかけてきて、すぐに病院へ行くように言った。

慌てて駆けつけたものの、光莉とは顔を合わせず、ただ電話越しに話しただけだった。

それから一週間。まさかまた連絡が来るとは思わなかった。しかも、今回は直接会う約束までして。

侑子にとって、こんな高級なレストランに来るのは初めてだった。

けれど、それ以上に緊張するのは―目の前の女性が、修の母親であることだった。

光莉は美しかった。

その所作の一つひとつが優雅で、洗練されている。

―なるほど、だから修はあんなに整った顔立ちをしているんだ。

こんなに完璧な母親がいるのだから、息子があの容姿になるのも当然かもしれない。

侑子は、ふと考える。

歳を重ねることを恐れる必要なんてないのかもしれない。

光莉を見れば、たとえ四十歳、五十歳になったとしても、美しさは変わらないとわかる。

年齢を重ねることで生まれる魅力があるのだと―

そんなことを考えていたせいか、侑子の緊張はますます強くなっていった。

そんな様子を見て、光莉は微笑みながら言った。

「山田さん、好きなものを遠慮なく頼んでいいのよ。私の奢りだから」

「そ、そんな......気を遣わせちゃいます」

「いいのよ。それに、前回はすぐに修の様子を見に行ってくれてありがとう。そのお礼も兼ねて、今日はご馳走するわ。もし特にこだわりがなければ、私が選んでもいい?」

「えっと......じゃあ、お言葉に甘えてお願いします。このお店のメニュー、なんだかすごく高級そうで、私、料理名がよくわからなくて......」

「ふふ、じゃあ決めるわね」

光莉は数品を注文し、ウェイターにメニューを返した。

料理を頼んだ後、光莉は侑子の顔をじっと見つめた。

まるで、彼女の表情から何かを読み取ろうとしているかのように。

視線を受けた侑子は、居心地が悪くなり、思わず目を伏せた。

顔が熱くなる。

―嫌われてるのかな?

そんな不安がよぎる。

もしかして、
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nami
この馬鹿な母親 余計なことをする
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