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第4話

Autor: チビッコ
平手打ちの乾いた音がまだ廊下に響く中、千景は社長室を後にした。

両側のデスクにいた社員が一斉に顔を上げた。無数の視線が千景にまとわりつき、ひそひそと囁く声が絶えなかった。

周囲の目など意に介さず、フロアの奥にあるデザイン資料室へ向かった。

そこには、デザイナーとして歩んできた千景の原画がすべて保管されていた。幾晩も机に向かい、磨き上げてきた仕事の結晶だった。

奥の扉を開けると、湿気と黴の臭いが鼻を突いた。

日当たりの悪い資料室は冷え切っていた。長年の雨漏りで、壁には水が伝い、隅に積まれた何束ものデザイン画を濡らしていた。

紙は水を吸って膨れ、手描きの線も彩色も滲んでいた。過去に受賞した作品の原画も、未発表のオリジナル案も、その大半が台なしになっていた。

若いインターンが、おどおどしながらそばに来た。

「三枝先生、申し訳ありません……少し前に安西さんから、先生の原画を全部この資料室へ移すように言われたんです。どれも古くて役に立たないし、会社ではもう使わないからって……」

千景は水に濡れて崩れた紙を見下ろし、胸の奥に込み上げる痛みを押し殺した。

インターンを責めることなく、淡々と言った。

「もう出ていいわ」

相手はほっとした様子で、足音を忍ばせて部屋を出た。

ほどなくして足音が近づき、宗介が扉を開けて入ってきた。

床に散らばる無残な原画を見回し、ほんの一瞬ためらいを浮かべたが、すぐに口を開いた。

「この件で、朋花を必要以上に責めないでくれ。俺たちは10年も夫婦だったんだ。朋花が不安になって、考えすぎてしまうのも無理はない」

千景はその偽善的な顔を見上げたが、話をする気にはなれなかった。

かがみ込み、まだ修復できそうな原画を集め、胸にしっかり抱いて立ち去ろうとした。

外では雨脚が急に強まり、激しい雨粒が大きな窓を叩いていた。

宗介は千景の華奢な背中を見つめた。少しためらった末、手を伸ばした。

「雨がひどい。送っていく」

千景はその手をきっぱりと払いのけた。

ちょうどそこへ、朋花が宗介を捜しに来た。

朋花は入口で足を止めた。たちまち目に涙をため、唇を震わせた。何も聞かず、顔を覆って走り去った。

ほどなくして、ビル中に噂が広まった。

面白半分の社員が、廊下や社長室での言い争いを撮影し、SNSに投稿していた。動画は瞬く間に拡散された。

反応は真っ二つに分かれた。事情を知らず、千景がいつまでも宗介につきまとっていると責める者もいた。一方で、朋花が人の家庭に入り込んだ不倫相手だと指摘する声も多く、コメント欄は荒れに荒れた。

朋花は宗介に支えられ、休憩スペースでスマホを見ていた。次々と飛び込んでくる辛辣な非難に、息もできないほど追い詰められていった。

画面に並ぶ「不倫女」という言葉を見つめているうちに、張りつめていた糸が切れた。視界が暗くなり、そのまま宗介の腕の中に崩れ落ちた。

宗介は慌てて抱き留め、腹をかばいながら、社員に水を持ってくるよう厳しく命じた。

しばらくして、朋花はようやく目を覚ました。顔は真っ青で、目は泣き腫らしていた。

宗介の袖を強く握り、涙声で訴えた。

「宗介、私が何を言われても構わないの。少しくらい傷ついたって平気。でも、私たちの子はまだ生まれてもいないのに、ネット中から好き勝手に叩かれて、勝手なことを決めつけられてる……」

涙で潤んだ目を上げ、少し離れた場所に立つ千景を見た。

「私は不倫なんてしてない。宗介とは、あなたたちの関係が破綻して離婚が決まったあとに付き合い始めて、妊娠したの。お願いだから、子どものことまで悪く言わないで」

宗介はわずかに体をこわばらせた。無表情な千景を見上げ、その目で同意を迫った。

千景は目の前で繰り広げられる見え透いた芝居に、冷ややかに鼻を鳴らした。

不倫などしていない?

家庭に入り込み、千景のすべてを壊した女が、今になってよくも平然と被害者を装えるものだ。

その反応を見た朋花は、また目を赤くし、今にも泣き出しそうな顔をした。

次の瞬間、宗介が大股で近づき、千景の手首をつかんだ。振りほどけないほど強い力だった。

「千景、頼む。補償の条件はすべてのんだ。その代わり、誤解を解くコメントを出してくれ。この1年、別れようとしなかったのはお前だ。お前がいつまでも引き延ばさなければ、俺と朋花はとっくに堂々と結婚できていた。こんな噂も立たなかったんだ」

手首に痛みが走り、千景は必死に振りほどこうとした。だが宗介の手はびくともしなかった。

周囲の視線が、すべて千景に集まっていた。探るような視線も、憐れむ視線も、嘲るような視線も、四方から千景に突き刺さった。

積み重なった疲労が、抗う力まで奪っていった。

長い沈黙の末、千景は目を伏せた。

「分かった。コメントを出す」

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