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今さら愛してるなんて、遅すぎる

今さら愛してるなんて、遅すぎる

Por:  葉山みぎわCompletado
Idioma: Japanese
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夏の連休、婚姻届を出す約束をしていた彼女が突然、連絡を絶った。 その日の夜、何気なくSNSを開いた俺は、彼女が俺を公開対象から外し忘れて投稿した記事を目にした。 【20歳から28歳まで。私たちの青春が、ようやく実を結ぶ日が来た。】 添えられていたのは、一対の指輪と婚姻届の写真だった。 もう一枚の写真には、見知らぬ男の肩に寄り添い、晴れやかな笑顔を浮かべる彼女の姿が写っていた。 怒りに任せてコメント欄を開き、問い詰めようとしたそのとき、親友の書き込みが目に飛び込んできた。 【長い遠回りの末、ついに結ばれた二人に祝福を!】 胸騒ぎを覚えた俺は、震える手で親友に電話をかけた。 長い沈黙の末、あいつはようやく真実を打ち明けた。 「……ああ。二人はもう8年も付き合ってる。仲間内ではみんな知ってたよ。 わざとお前を騙してたわけじゃない。ただ、知ったらお前が騒いで面倒なことになると思ったんだ。 お前より悠真のほうが美雪にはお似合いだったし、ここまで来るのも簡単じゃなかったんだ。みんな仲間なんだからさ、お前も二人のこと、認めてやれよ」 冷たい涙が頬を伝う。それなのに、胸の奥には焼けつくような穴がぽっかりと開いていくようだった。 俺が入江美雪(いりえ みゆき)と付き合っていた12年間、そのうち8年もの間、彼女は別の男を愛していたのだ。 しかも、そのことを仲間はみんな知っていた。 知らなかったのは、みんなが口裏を合わせて騙していた俺だけだった。

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Capítulo 1

第1話

俺は自分を痛めつけるかのように、そのままコメント欄を読み続けた。

親友の森川拓海(もりかわ たくみ)だけではない。ほかにも、俺と美雪の共通の友人が大勢、二人に祝福の言葉を送っていた。

【悠真は私が今まで会った中で一番いい男なんだから、もし泣かせたりしたら、親友の私が真っ先に許さないからね!】

美雪の一番の親友だ。つい先週俺に会ったときも、「冬弥さん」と親しげに呼んでいた女だ。

【一番愛してる人と結婚できるなんて、美雪、本当によかったな!今夜はみんなで朝まで飲み明かそうぜ!】

こいつは大学時代、俺と同じ部屋で暮らしていたルームメイトだった。

【集まるのはいいけど、姉ちゃんと悠真さんの幸せのためにも、みんなちゃんと口裏を合わせといてよ。絶対に「あの人」にバレないようにね】

美雪の弟だ。数年前、商売を始めるために金が必要だと俺から160万円を借りたことがあり、そのときは「俺が義兄さんって呼ぶのは、一生冬弥さんだけだ」とまで言っていた。

【任せとけって!王子様とお姫様の幸せのために、悪いドラゴンには絶対バレないようにするから!】

これは美雪の会社に入ったばかりの若いアシスタントだった。要領が悪く、何度もクビになりかけていたのを、俺が口添えし、仕事のやり方まで一つひとつ教えてやったからこそ、どうにか試用期間を乗り切れたのだ。

俺は意地でも泣くまいと顔を上げ、こぼれそうになる涙を必死に堪えた。

美雪が8年も別の男と付き合っていたことを、みんな知っていた。それなのに、誰一人として俺には教えなかった。

彼らが隠れて交わす会話の中の「あの人」とは俺のことだった。王子様とお姫様の幸せを邪魔する悪いドラゴンも俺。

俺はただの笑いものだったのだ。

画面を更新すると、美雪の投稿は消えていた。

その直後、スマホの着信音が鳴った。丸一日連絡がつかなかった美雪からだった。

「ごめんね、冬弥。今日、会社のシステムで大きな不具合が起きちゃって、ずっと対応に追われてたの。今までスマホを見る暇もなくて。

最近仕事も忙しいし、入籍のことは……ひとまず延期にしない?

そういえば今日、SNSで何か面白い投稿とか見なかった?」

その声には緊張が滲み、見え透いた探りを入れているのが、ありありと分かった。

俺は必死に平静を装って答えた。

「今日は電話してもつながらなかったし、俺も病院で母の付き添いをしてたから、SNSなんて見る暇なかったよ。

仕事があるなら、そっちを優先してくれ。入籍のことは……また時間ができたときでいい」

母は昔から体が弱かった。

そして去年、胃がんが見つかった。それも末期だった。

医者からは、治療が順調に進んでも、余命はあと3年ほどだろうと言われている。

そんな母のたった一つの願いは、俺が30歳になる前に美雪と結婚することだった。

今日は8月13日。そして、俺の30歳の誕生日でもある。

母は今も病室で、俺たちが婚姻届受理証明書を持って帰るのを心待ちにしている。

けれど、そのたった一つの願いを叶えてやることは、もうできない。

美雪はすでに、ほかの男の妻になってしまったのだから。

俺は廊下の隅にしゃがみ込み、力なく髪をかき上げた。

こぼれ落ちた涙がスマホの画面に当たり、黒い文字が滲んで見えた。

俺は画面を拭うと、彼らが結婚祝いをするという店と個室の名前を黙って頭に刻み込んだ。

【レストラン・ルミエール 個室「桔梗」】

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第1話
俺は自分を痛めつけるかのように、そのままコメント欄を読み続けた。親友の森川拓海(もりかわ たくみ)だけではない。ほかにも、俺と美雪の共通の友人が大勢、二人に祝福の言葉を送っていた。【悠真は私が今まで会った中で一番いい男なんだから、もし泣かせたりしたら、親友の私が真っ先に許さないからね!】美雪の一番の親友だ。つい先週俺に会ったときも、「冬弥さん」と親しげに呼んでいた女だ。【一番愛してる人と結婚できるなんて、美雪、本当によかったな!今夜はみんなで朝まで飲み明かそうぜ!】こいつは大学時代、俺と同じ部屋で暮らしていたルームメイトだった。【集まるのはいいけど、姉ちゃんと悠真さんの幸せのためにも、みんなちゃんと口裏を合わせといてよ。絶対に「あの人」にバレないようにね】美雪の弟だ。数年前、商売を始めるために金が必要だと俺から160万円を借りたことがあり、そのときは「俺が義兄さんって呼ぶのは、一生冬弥さんだけだ」とまで言っていた。【任せとけって!王子様とお姫様の幸せのために、悪いドラゴンには絶対バレないようにするから!】これは美雪の会社に入ったばかりの若いアシスタントだった。要領が悪く、何度もクビになりかけていたのを、俺が口添えし、仕事のやり方まで一つひとつ教えてやったからこそ、どうにか試用期間を乗り切れたのだ。俺は意地でも泣くまいと顔を上げ、こぼれそうになる涙を必死に堪えた。美雪が8年も別の男と付き合っていたことを、みんな知っていた。それなのに、誰一人として俺には教えなかった。彼らが隠れて交わす会話の中の「あの人」とは俺のことだった。王子様とお姫様の幸せを邪魔する悪いドラゴンも俺。俺はただの笑いものだったのだ。画面を更新すると、美雪の投稿は消えていた。その直後、スマホの着信音が鳴った。丸一日連絡がつかなかった美雪からだった。「ごめんね、冬弥。今日、会社のシステムで大きな不具合が起きちゃって、ずっと対応に追われてたの。今までスマホを見る暇もなくて。最近仕事も忙しいし、入籍のことは……ひとまず延期にしない?そういえば今日、SNSで何か面白い投稿とか見なかった?」その声には緊張が滲み、見え透いた探りを入れているのが、ありありと分かった。俺は必死に平静を装って答えた。「今日は電話してもつながらなかったし、
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第2話
個室のドアを押し開けた瞬間、細かなラメの入った華やかな紙吹雪が舞い、俺の顔いっぱいに降りかかった。色とりどりの紙吹雪の隙間から見えたのは、あの男の腕に抱かれ、足の力が抜けるほど激しくキスを交わしている美雪の姿だった。周囲には見慣れた友人たちが集まり、スマホを掲げて、二人の幸せそうな瞬間を楽しげに撮影している。けれど、その幸せな空気は、俺が現れた瞬間に消し飛んだ。俺の姿を目にした途端、その場にいた全員が息を呑んだ。慌てたように視線を逸らし、誰一人として俺と目を合わせようとしない。男は美雪をちらりと見て、不思議そうに尋ねた。「美雪、彼も君の友達?なんだか彼が来た途端、みんな急に静かになったけど」「悠真、彼は――」美雪に最後まで言わせることなく、俺は神谷悠真(かみや ゆうま)をまっすぐ見つめた。「俺は美雪の彼氏だ。お前たちが8年間付き合っていたことは知ってる。でも、俺と彼女は12年付き合ってきた。信じられないなら、スマホに残ってる動画を見せる」アルバムを開き、12年間積み重ねてきた思い出の動画を、その場にいる全員に見せた。大学入試を前にした受験生の激励会では、生徒代表として壇上に立った美雪が、スピーチを終えたあと、大勢の前で俺に告白していた。「実は、私の夢は青陵大学に入ることだけじゃありません。瀬川冬弥さん(せがわ とおや)と付き合うことも、私の夢です」大学のキャンパスでは、俺と美雪が手をつないで歩いていた。すると彼女は突然、手品でもするように車のキーを取り出し、頬を赤らめながら俺の手のひらに載せた。「毎日バスで病院までおばさんのお見舞いに行くの、大変でしょ?これからは車で行って。今は中古車しか買ってあげられないけど、いつか絶対もっといい車に買い替えてあげるから」60万円の中古車は決して高価なものではなかった。それでも、その金は美雪が幼い頃からずっと貯め続けてきた、彼女の全財産だった。狭い賃貸アパートでは、酔っ払った美雪が俺にしがみついて離れず、無理やりスマホを持たせて自分を撮らせながら、カメラに向かって誓っていた。「私、絶対に冬弥と幸せになる!結婚するのも、一生冬弥だけだから!」美雪の会社の上場を祝うパーティーには、友人たちも全員集まっていた。俺と美雪は大勢に囲まれ、次々と囃し立てられていた。「美雪、お前ら
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第3話
「冬弥!」美雪が切羽詰まった声で俺を呼んだが、俺は足を止めることも、振り返ることもなかった。タクシーで病院へ向かうと、今日の母はいつもより少し顔色がよく見えた。皮を剥いたリンゴを俺に差し出し、嬉しそうに尋ねてくる。「冬弥、今日、二人で記念写真を撮るって言ってたでしょう?ちゃんと撮れた?お母さんにも見せてよ」喉が詰まり、鼻の奥がひどくつんとした。どう説明すればいいのか分からなかったし、何より母に真実を知らせるのが忍びなかった。ようやく覚悟を決めて打ち明けようとしたそのとき、突然病室のドアが開き、美雪が入ってきた。彼女はベッドのそばに腰を下ろすと、この10年間ずっとそうしてきたように、甲斐甲斐しく母の肩を揉みながら、優しい笑みを浮かべた。「冬弥ったら、今日撮った写真が気に入らなかったみたいで。せっかくなら、ちゃんとした写真を残してから婚姻届を出したいって言うんです。それで、入籍は2日後に延ばしました。今度こそきれいに撮って、お義母さんにも必ず見せますね」これまでずっと「おばさん」と呼んでいた美雪が、突然「お義母さん」と呼んだことに、母は目に涙を浮かべるほど感激し、俺たち二人の様子がおかしいことにも気づかなかった。俺は険しい顔のまま美雪を病室の外へ引っ張り出した。「俺はもう身を引くって言っただろ。これ以上、俺にどうしろっていうんだ?」美雪はいつものように、ごく自然な仕草で俺の腰に腕を回し、ため息をついた。「冬弥、私たちは12年も付き合ってきたんだよ。今さら別れるなんて、本当に平気なの?」平気なわけがない。けれど、平気じゃなかったところで何になる?彼女はもう、ほかの男の妻なのだ。俺は目を赤くしながら彼女を突き放し、冷たく笑った。「平気だろうが平気じゃなかろうが、別れるしかないだろ。俺は人の夫婦関係に割り込むような真似はしたくない!」背を向けて立ち去ろうとすると、美雪は自分の体で俺の行く手を塞いだ。そして突然、感情を抑えきれなくなったように強く抱きついてきた。「でも、私はあなたと別れたくない」小柄な体で必死にしがみつき、振りほどこうとしても離れようとしない。「大学の頃、あなたに車を買うために貯金してたとき、バイト先のバーで悠真と知り合ったの。あの頃の私は人見知りで、誰かと話すだけですぐ顔が赤く
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第4話
日々は、まるで以前に戻ったかのように過ぎていった。俺は相変わらず、かつて俺たちの新居として用意した家に住み、昼は仕事へ行き、夜は病院で母の世話をしていた。美雪は新婚の夫と過ごすのに忙しいらしく、俺に連絡してくることはほとんどなかった。むしろ連絡がないほうが、俺にとっては気が楽だった。仕事を終えた俺は、母の大好物であるたまごサンドを買い、病院へ持っていった。病室に入ると、なぜかベッドの前に二人の若い男が座っていた。驚いた俺は慌てて駆け寄ったが、振り返った二人の顔を見た瞬間、足が止まった。拓海と悠真だった。声まで震えた。「拓海、なんでこいつを連れてきた?」母は俺を見て笑いながら説明した。「拓海がね、私が退屈してるだろうからって、お友達を連れてきて、二人で話し相手になってくれたのよ。悠真くんとは今日初めて会ったけど、私、この子のこと気に入ったわ。こんなに優しくていい子なのに、奥さんは外でほかの男と浮気してるんですって。本当にひどい話よね。悠真くん、よく聞いて。人の家庭を壊すような人間には、いつか必ず罰が当たるものよ」悠真はゆっくり立ち上がり、俺の前まで歩いてきた。薄ら笑いを浮かべて俺を一瞥すると、母に向き直り、穏やかな笑顔のまま残酷な言葉を吐いた。「おばさんの言うとおりですね。人の家庭に割り込んだ人間には、いつか必ず罰が当たる。じゃあ、おばさんの息子にはいつ罰が当たるんでしょうね?ああ、もう当たってましたね。ただ、その罰がおばさんに降りかかっただけで。末期の胃がんですか……まあ、俺としてはそれなりに満足かな」母の顔から一瞬で血の気が引いた。弱った上体を必死に起こしながら、悠真を睨みつける。「何を言ってるの……!」すると拓海は乱暴に婚姻届受理証明書を取り出し、母の前へ投げつけた。「悠真は嘘なんか言ってない。冬弥こそ、恥知らずな横恋慕をしてる男なんだよ!見ろよ。悠真と美雪はもう正式に結婚してる。二人は法律上の夫婦なんだ。それなのに冬弥は、美雪に夫がいると知っていながら、いつまでも彼女の家に居座って、彼女の金でおばさんの治療費まで払わせてる。いつまで人の嫁の金を当てにするつもりなんだよ!」8月13日、夏の連休の初日。俺の誕生日。母は婚姻届受理証明書の日付を食い入るように見つめた。次の瞬間
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第5話
目を覚ますと、胸の傷がひどく痛んだ。ほんの少し動くだけでも、傷口が裂けてしまいそうだった。それでも無理に起き上がろうとすると、ベッドのそばに付き添っていた美雪が慌てて俺の体を支えた。「冬弥、何かしたいことがあるなら私に言って。傷口だってまだ塞がってないんだから、無理に動いたら痛むよ」彼女は俺が少しでも楽な姿勢になれるようベッドの角度を調整すると、俺の身の回りの世話をしながら会社へ電話をかけた。「冬弥が怪我をしたの。看護師さんに任せきりじゃやっぱり心配だから、私が自分で付き添うことにする。佐藤さん、ここ数日は会社に行けそうにないから、ほかのマネージャーたちと連携して、よろしく頼むね」美雪が何を話しているのかなど、俺にはどうでもよかった。俺が知りたいのは、母がどうなったのか、それだけだった。母さんは助かったのか?胸を襲う激痛に耐えながら、俺は必死に起き上がろうとした。そのとき、母の主治医である高橋先生が突然病室へ入ってきて、怒りを滲ませた顔で言った。「何度も申し上げたはずです。お母様は病状が非常に重く、いつ容体が急変してもおかしくありません。異変があればすぐにナースコールを押すよう、何度もお願いしていましたよね。どうしてこんな状態になるまで誰も知らせなかったのですか?私たちが病室へ駆けつけたときには、すでに心肺停止の状態でした。懸命に蘇生処置を行いましたが、残念ながら……」美雪は呆然と医師を見つめ、言葉を失った。あのときはあまりにも切迫した状況で、冬弥を助けることしか頭になく、おばさんのことをすっかり忘れていた。まさか、おばさんがこんなにも突然亡くなってしまうとは思ってもいなかった。美雪は全身を震わせる俺を強く抱きしめ、何度も背中を撫でながら慰めた。「冬弥、自分を責めないで。おばさんが亡くなったのはあまりにも突然だったんだから、あなたのせいじゃないよ。泣きたいなら、私の胸で思いきり泣いていいから」このときになっても、美雪は母の死を付き添いのいなかったための不慮の出来事だと受け止めているようだった。怒りと悲しみが一気に込み上げ、俺は残った力を振り絞って美雪を突き放した。その拍子に胸の傷が開き、目の前が真っ暗になるほどの激痛が走った。危うくそのまま意識を失いそうになった。それでも俺は美雪を睨みつ
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第6話
ノックの音が響き、美雪が立ち上がってドアを開けると、その向こうには悠真が立っていた。悠真の目は赤く、うっすらと涙が滲んでいた。その姿はどこか傷ついた大型犬を思わせた。それを見た途端、美雪の心は揺らぎ、声も無意識のうちに柔らかくなった。「悠真、どうしてここに?」悠真は小さく息を漏らすと、美雪の腕を引き、そのまま強く抱き寄せた。「俺が来なかったら、瀬川に何を言われてたか分からないから!あいつ、おばさんを死なせたのは俺だって言ったんだろ?違う、俺は何もしてない!おばさんの体調がよくないって聞いたから、拓海に頼んでお見舞いに連れていってもらっただけなんだ。病室の前まで行ったとき、たまたま彼とおばさんが話してるのを聞いたんだ。二人は、おばさんが死んだことにして、俺に罪を着せようと相談してた。そうすれば君は俺のことを完全に嫌いになって、二人はこれまでどおり君に頼って暮らしていけるからって……美雪、君はあの二人にあんなによくしてきたのに、二人は裏で君を利用することばかり考えてる。君がそんなふうに利用されてるのが許せなくて、病室に飛び込んで瀬川を問い詰めたんだ。そしたら企みがバレたからって、あいつはいきなり俺を殺そうとした!美雪、怖かった……本当に怖かったんだ。あと少しで死んでた。もう二度と君に会えなくなるところだった……!」悠真は美雪を強く抱きしめた。その力は、まるで彼女を自分の体の一部にしてしまおうとしているかのようだった。美雪はしばらく黙っていたが、結局はそっと悠真の背中に腕を回し、静かになだめた。「私がきちんと調べる。あなたが何もしていないなら、必ず潔白を証明するから」そう言って、美雪は振り返り、複雑な眼差しで俺を見た。俺は、美雪と12年間愛し合ってきた男。悠真は、美雪と8年間関係を続け、今では彼女の夫になった。美雪の視線は、俺と悠真の間を迷うように揺れていた。そのとき、悠真の後ろにいた拓海が突然口を開いた。「美雪、俺が悠真のために証言できる。病室の前で、冬弥とおばさんが、おばさんが死んだことにして悠真に罪を着せようと相談してるのを、俺も確かに聞いた。さっきここに来て、おばさんが亡くなったって言った医者も、冬弥が前もって金で買収してたんだ。おばさんは本当は死んでない。冬弥が別の場所に移して、隠してる
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第7話
病院に迷惑をかけたことを詫びて電話を切ると、美雪は険しい顔で俺を見た。そして失望しきった目で俺を見つめた。「冬弥……あなたがこんな人だったなんて、知らなかった。いつからそんな卑怯なことをするようになったの?おばさんに死んだふりまでさせて、悠真に罪を着せようとするなんて!死んだふりなんて縁起でもないことをして、本当に罰が当たって、おばさんに何かあったらどうするの!」悠真は俺を横目で見ると、口元に勝ち誇った笑みを浮かべた。拓海も腕を組み、得意げな顔をしている。けれど、もうどうでもよかった。悠真とどちらが正しいか言い争うことも、美雪に俺を信じてもらうことも、今の俺には何の意味もなかった。ただ、母の遺体がどこへ消えたのか、それだけが知りたかった。母の主治医である高橋先生は、患者思いで誠実な医師だ。悠真や拓海に買収されるような人では絶対にない。その高橋先生が母が亡くなったとはっきり告げたのだから、母が本当に息を引き取ったことだけは間違いない。それなのに、病院には母の遺体がない。俺は憎しみを込めて拓海と悠真を睨みつけた。立ち上がる力さえ残っていなかったことが悔しかった。もし体が動いたなら、今すぐにでも二人ともこの手で殺してやりたかった。――死んだ人間にまで手を出すなんて。母さんの遺体を盗んだのは、きっとこいつらだ!母さんを返せ!俺はベッド脇に置かれていた木製のティッシュケースをつかむと、怒りに任せて悠真へ投げつけた。「この卑怯者!母はもう死んだんだぞ!俺を陥れるためなら、遺体まで冒涜するのか!そんなことをして罰が当たるのが怖くないのか!母を返せ!」木製のケースが悠真の額を直撃する寸前、美雪が素早く手を伸ばし、素手で受け止めた。硬い木でできていて、そのうえ角も鋭い。木製のケースをまともに受けた美雪の手の甲は、見る見るうちに大きく腫れ上がった。それでも彼女は悠真を庇うように前へ立ち、俺を見つめた。その瞳からは、俺に向けられていた最後の情さえ消え失せ、残っているのは凍りつくような冷たさだけだった。「いい加減にして!冬弥、こんな状況になってまで悠真を陥れようとするなんて、私がまだあなたの言うことを信じると思ってるの?これまでの情に免じて、悠真を傷つけようとしたことは警察には届
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第8話
あの日以来、美雪が俺の見舞いに来ることは一度もなかった。美雪から出ていた治療費も、悠真に止められてしまった。金がなくなった俺は特別室から個室へ移り、さらにそこから大部屋へ移ることになった。設備も以前ほど整っておらず、十分に休める環境とは言えなかったため、体はなかなか回復しなかった。1か月後、とうとう手持ちの金も底をつき、これ以上入院を続ける余裕がなくなった俺は、退院するしかなくなった。胸元に残った、長く醜い暗赤色の傷痕を指でなぞる。その瞬間、すべてを呑み込んでしまいそうなほど激しい憎しみが胸の奥から込み上げてきた。退院した俺が真っ先に向かったのは、警察署だった。「通報したいんです。母の遺体が盗まれました」警察の動きは早かった。1日も経たないうちに病院の防犯カメラを確認し、母の遺体がどこへ運ばれたのかを突き止めた。少し調べれば簡単に分かる真実だった。それなのに美雪は、悠真の言葉を少し聞いただけで、あっさりとそちらを信じた。なんて馬鹿馬鹿しいんだろう。防犯カメラの映像を追った結果、母の遺体は悠真と拓海が二人で運び出した可能性が高いことが分かった。警察はさらに、二人が購入したものについても調べた。悠真はフリマアプリで中古の大型冷凍庫を購入していた。警察の見立てでは、母の遺体はその冷凍庫の中に隠されている可能性が高いという。「瀬川さん、ただちに捜査員を向かわせます。ご遺体の発見と、関係者の確保を急ぎます。しばらくお待ちください」俺は拳をきつく握りしめた。爪が掌の肉に食い込むほどに。ただ逮捕されるだけでは、悠真には生ぬるい。SNSを開くと、悠真が最高級ホテルで結婚式を挙げることを得意げに投稿していた。それを見て、俺の口元に冷たい笑みが浮かんだ。あいつが人生で最も幸せな瞬間だと思っているその日に、すべてを失わせてやる。「刑事さん、神谷悠真の結婚式が3日後にあります。その日なら、森川拓海も出席するはずです。二人が確実に揃う機会ですし、会場で身柄を確保できれば、逃げられる心配もないと思います」警察はさらに捜査を進める一方、結婚式当日の身柄確保に向けた準備も始めた。「分かりました。引き続き捜査を進めたうえで、当日は会場で二人の身柄を確保する方向で動きます」そして3日後。
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第9話
それは、悠真が悪友たちと集まって話している様子を撮った動画だった。悠真はソファに深く腰を沈め、煙草を吸いながら、うんざりしたように何度も目を逸らしていた。「拓海の馬鹿、車を買いたいから金貸してくれって言ってきたんだぜ。俺が金を貸してやるほどの相手だとでも思ってんのかよ。俺があいつとつるんでるのは、瀬川冬弥の秘密を聞き出すためだけ。しかも、顔も冴えないし金もないから、隣に置いとけば俺が余計に成功者に見えるだろ。あんな奴が俺の友達になれるわけないじゃん。美雪のあの親友も、金はないしセンスもないし、一生誰かの取り巻きで終わるタイプだよな。それに美雪の弟、ほんと図々しいよな。毎日ろくに働きもしないで姉の金にたかってばかり。完全に姉に寄生してるじゃん。美雪の金は、俺たちが結婚すれば俺の金も同然なんだぞ。なんであいつに使わせなきゃいけないんだよ。俺たちが結婚したら、すぐ追い出してやる」……悠真は、その場にいたほとんど全員を陰で散々こき下ろしていた。そして最後は、悠真の取り乱した叫び声とともに動画が終わった。ついさっきまで悠真の味方をしていた者たちは、揃って顔を引きつらせていた。普段はあれほど礼儀正しく穏やかに見える悠真が、陰ではここまで人を見下し、悪意に満ちたことを言っているとは、誰も想像していなかったのだ。美雪さえ、信じられないものを見るような顔で何歩も後ずさった。手にしていたブーケが床に落ちた。その瞳に浮かんでいたのは、悠真に対する戸惑いと恐怖だった。「悠真……この人たちはみんな、私にとって大切な仲間で、友達で、家族なのよ。どうしてそんなふうに言えるの?あなた……怖いよ」悠真は必死に首を振り、何か説明しようとした。だが、その前に拓海が飛びかかり、彼を床へ押し倒した。拓海は悠真の上にまたがると、怒りに任せて頬を何度も叩き、首元をつかんだ。「俺はお前を親友だと思ってたんだぞ!それなのに、裏ではそんなふうに思ってたのかよ!ふざけんな!誰が顔も冴えなくて金もないだと?この裏表のある最低野郎が!ぶっ潰してやる!」美雪の弟や友人たちも、その光景を見てせいせいしたような顔をしていた。中には袖をまくり、今にも加勢しようとする者までいた。このままでは本当に大怪我人が出かねない。俺はすぐに、イヤホン
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第10話
警察は美雪に、これまでに集めた一連の証拠と逮捕状を提示した。美雪はすっかり取り乱した悠真を怒りに満ちた目で見つめ、全身を震わせていた。自分は騙されていたのだ。嘘をついていたのは冬弥ではない。悠真だった。おばさんは本当に亡くなっていた。それも、悠真と拓海に追い詰められた末に命を落としたのだ。二人はさらにおばさんの遺体まで盗み出し、自分たちがやったことを隠すために、すべての罪を冬弥になすりつけた。自分に信じてもらえなかったとき、冬弥はいったいどれほど絶望したのだろう。私は、冬弥に取り返しのつかないことをしてしまった……悠真と拓海は警察に連行されていった。俺の前を通り過ぎるとき、いつも軽薄な笑みを浮かべていた拓海が、今ではすっかり取り乱し、泣きじゃくっていた。「冬弥……ごめん。お前は本気で俺を親友だと思ってくれてたのに、俺はずっとお前に嫉妬して、勝手に張り合ってた。そのせいで悠真に手を貸してお前を傷つけて、俺のことまで可愛がってくれたおばさんを死なせてしまった。本当に……ごめん……」俺は冷たい目で、手錠をかけられた二人が連れていかれるのを見送った。今さら謝って何になる?母さんはもう戻ってこない。どうせ後悔しているのも、重い罪に問われると分かったからだろう。拓海。お前には、俺の友人を名乗る資格すらない。パトカーのサイレンが次第に遠ざかっていった。俺は騒然としたままの披露宴会場を一瞥し、その場を立ち去ろうとした。警察が、ようやく母さんの遺体を見つけてくれたのだ。母さんを迎えに行かなければならない。しかし、目の前にいた者たちは示し合わせたように俺の行く手を塞いだ。その先頭に立っていたのは、やはり美雪だった。彼女は後悔に満ちた目で俺を見つめ、その瞳には懇願するような涙が滲んでいた。「冬弥、ごめん……私が人を見る目を誤ったせいで、あなたを傷つけてしまった。おばさんを迎えに行くんでしょう?私も一緒に行く。これだけ長く一緒に過ごしてきたんだもの。私にとっても、おばさんはずっと母親同然だった。行こう、一緒に」美雪の弟も涙を拭いながら、俺を説得するように言った。「姉ちゃんだけを責めないでやってよ。全部、あの最低な男が卑怯すぎたんだ。みんな騙されてたんだから。冬弥さん、過ちに気
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