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第4話

Autor: 安田徹
七海の瞳から、最後の光が静かに消えていく。

麻衣との関係を知られる前から、祐希は彼女を外で囲っていただろう。そして秘密が露見した今は、もう隠す気すらなく、家へ迎え入れたいと言い出した。

祐希からのメッセージは相談などではなく、ただの、一方的な通告だけだった。

中絶手術は、その日の午後に行われる。七海は家へ戻ることなく、そのまま病院へ向かった。

術前の休憩室で順番を待っていると、千鶴からメッセージが届いた。

【七海。祐希さんから聞いた。麻衣は退院したら、しばらくあなたたちの家で暮らすことになるんだって。麻衣の赤ちゃんが亡くなったのはあなたの責任なんだから、その償いとして、麻衣に優しくしてあげて。もう意地悪しちゃだめだから】

文字を追うたび、目の奥が熱くなる。胸を鋭い刃でえぐられるようだった。

七海は震える指で返信を打つ。

【千鶴が心配してるのは麻衣だけ?私は?】

【七海には今まで十分優しくしてきたでしょ?麻衣がこの数年、どれだけ我慢してきたか知ってるの?あなたにバレないように、祐希さんとはいつもこっそり会っていた。去年の誕生日だって、本当は祐希さんと丸一日を過ごしたかったのに、やっぱり七海に気を遣って、祐希さんを夜中まで待ってから映画だけを観に行ったの】

さらに続く。

【七夕も、クリスマスも、お正月も……私たちは毎年、先にあなたと過ごしてから麻衣に会いに行ってた。麻衣がどれだけ寂しい思いをしてきたか、あなたには分からないよ。彼女が赤ちゃんを失った今くらい、祐希さんを少しの間譲ってあげてもいいんじゃない?本当に親友なら、それくらいできるはずだよ】

七海は画面を見つめたまま、力なく笑った。

――私たちは、もう親友なんかじゃない。

そう返信しようとしても、指は動かなかった。

もう、何を言っても無駄なのだ。

思い返せば、祐希は祝日や記念日を一緒に過ごしたあと、決まってこう言っていた。

「悪い、急ぎの仕事が入って、帰ってくるのは明日になりそうだ」、と。

本当に仕事だと信じていたが、まさか麻衣のもとへ向かっていたとは。

そういえば、いつ頃からだっただろう。

麻衣がオーダーメイドの服を着るようになり、数量限定のバッグを持ち歩くようになったのは。

あれも全部――祐希が買い与えたものだった。

自分は何も知らず、夫と親友を信じ続けてきた。だが騙され続けた挙げ句、責められるのは自分。

あまりにも滑稽だ。

「北原様、お時間です」看護師が静かに扉を開ける。

七海は我に返り、スマホをしまった。

「手術の準備を始めます。ご主人に声をかけましょうか?ご家族のサインが必要になりますので」

七海は顔を上げる。

「……夫が、この病院にいるんですか?」

「はい。入院病棟でお見かけしました」看護師は何気なく答える。「若い女性を囲んで、皆さんとても慌ただしくされていて――」

そこまで言いかけて、七海の表情に気づき、慌てて口をつぐんだ。

七海は静かに首を振る。「結構です」

そして、自ら同意書へ署名した。

同じ病院にいながら、祐希は別の女性のそばに寄り添い、自分は一人で中絶手術を受ける。

皮肉にもほどがある。

もっとも――

もうすぐ他人になる相手なのだから、今さら期待する方が間違っている。

「では、麻酔を入れますね。少し痛みますよ」

冷たい針が腕に刺さる。薬が体の中へ流れ込み、意識がゆっくりと遠のいていく。ぼんやりとした意識の中で、看護師たちの話し声だけが耳に届いた。

「ご主人、この手術のことはご存じなのかしら」

「たぶん知らないんじゃない?妊娠が分かった日は、あんなに嬉しそうだったのに……急に中絶なんて、どうしてだろう」

「そんなの決まってるでしょ?ご主人が不倫してたのよ。さっき、その相手の流産手術を担当したの。彼女はなんと、奥さんの親友らしいわよ」

「本当?嫌だね……ご主人、中絶に立ち会いもしないなんて……結局、あの人が一番大事なのは不倫相手の方なんでしょうね」

……

閉じた瞼の隙間から、一筋の涙だけが静かに流れ落ちる。そのまま七海の意識は、深い眠りへと沈んでいった。

目を覚ますと、すべて終わっていた。

七海はそっと下腹部へ手を当てる。もう、そこには何もない。

小さな命は、この世から消えてしまったのだ。

鼻の奥がつんと痛み、こみ上げる涙を必死に飲み込む。

「……退院は、いつできますか」

「一晩お休みいただいても構いませんし、ご希望でしたら本日退院されても大丈夫ですよ」

「今日、帰ります」

七海はゆっくりと病室を出る。

数歩進んだその時、廊下の向こうから歩いてきた祐希たちと真正面で鉢合わせた。

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