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第199話

Author: かおる
なおも口を開こうとした綾子を、雅臣が制した。

「母さん、翔太はまだ病室でひとりだ。

雨音と一緒に見てきてくれ」

綾子は怒りを収めきれなかったが、雅臣の言葉に反論できず、ただ星を鋭く睨みつけてから翔太のもとへ向かおうとした。

その時、星の声が響いた。

「待って」

一同の視線が彼女に集まる。

星はゆっくりと言葉を継いだ。

「この方は私が子どもの実母だと知りながら虚偽通報を行い、私の名誉を傷つけただけでなく、軽犯罪法にも違反しています。

お巡りさん、このままでは済ませられません。

罰を与えなければ、私の大切な演奏会の最中にまた虚偽通報で妨害されるかもしれないでしょう」

警官が確認するように問う。

「星野さん、この件を正式に追及なさるおつもりですか」

この種の虚偽通報は、当事者が追及しなければ不問に付される。

だが追及されれば、処罰は免れない。

「はい」

星は淡々と答える。

「私への中傷に対して、公に謝罪していただきます」

その言葉を、綾子が烈火のごとく遮った。

「星!

夢でも見てなさい!」

星は一瞥もくれず、静かに続けた。

「謝罪に応じないのなら、私は法的措置を取ります。

この方を名誉毀損で訴えるつもりです」

警官がすぐに口を挟んだ。

「奥様、謝罪された方がいいです。

もしこの方が公的に知られた人物であれば、事態は重大と見なされ、拘留の可能性もあります。

裁判になれば、当事者が和解に応じない限り、勝ち目はまずありません」

綾子は打ち据えられたように息を荒げる。

「私はあの女の姑よ、彼女の義母なのよ!

その私が謝罪する?

あり得ない、絶対に!」

星は冷ややかに告げた。

「綾子さん、先ほど自分で言ったじゃないですか。

私は雅臣と離婚の最中だと。

離婚すれば赤の他人です」

雅臣は堪らず口を挟む。

「星、正式に籍を外すまでは、母さんはまだお前の母親でもある。

どうしてそこまで敵対する必要がある」

星は薄笑いを浮かべた。

「雅臣、彼女はあなたの母親であって、私の母親じゃない。

あなたの母が私を警察に突き出そうとした時、あなたは何も言わなかったじゃない。

今になって庇うなんておかしいでしょう。

それに、あなたの母は過ちには代償が必要と理解している。

私はその言葉に従っているだけ。

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