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第381話

Author: かおる
悠の難癖に対して、星は決して忍耐を選ばなかった。

正面から力強い反撃を放ち、そのうえ実力でも彼の顔を叩きつけたのだ。

どんな質問にも淀みなく応じ、彼女の優秀さは疑いようがなかった。

――これほど美しく、そして賢い女。

心を動かされずにいられる者がいるだろうか。

ノアは、彼女にアプローチしたいと考えた。

そこで調査を命じ、彼女についてさらに知ることになる。

離婚歴があり、一人の子を持つ。

だが、開放的な海外の価値観をもつ彼にとっては、大した問題ではなかった。

また、彼女がヴァイオリンに秀でていると知ると、ノアは彼女の心を射抜こうと音楽交流会の招待状を用意した。

ワーナー先生の弟子入りは極めて難しい。

だがF国四大家族の子弟である彼にとって、音楽会の招待状を手にするのは造作もなかった。

けれども、星はこれまでの女たちのように、すぐに受け取るでも、わざとらしく断るでもなかった。

彼女は、逆に条件を問い返してきたのだ。

ノアにとって、男が女に贈り物をするのは当たり前のことだった。

だが彼は人心を読むのが巧みだ。

柔らかな笑みを浮かべ、こう言った。

「羽生悠は審査員の一人です。

今回、彼の発言で星野さんには不快な思いをさせてしまいました。

この招待状は、そのお詫びの品です」

星は眉をわずかに上げる。

「ノア先生は、どうして私がヴァイオリンを得意だと?」

「私はあなたのファンだからです」

即答に、星は冷静な眼差しを返した。

――若い娘ならともかく、もう甘言には騙されない。

補償するなら他にも方法がある。

よりによって、今の自分に最も必要な音楽交流会の招待状とは。

これが罠なら受けてはならない。

だが、どうしても今は必要なのも事実。

「ノア先生。

ご希望があれば、遠慮なくおっしゃってください」

ノアは、星が人に借りを作りたがらない女だと見抜き、無理強いはしなかった。

「あなたのF語は実に素晴らしい。

私たちのチームには、あなたのように若く美しく、しかも語学に優れた翻訳者が必要なのです。

星野さん、ご興味はありませんか?」

星は少し眉を寄せる。

「でも、私の本職はヴァイオリンです。

翻訳となると......」

ノアはすぐに補足した。

「ご安心ください。

常勤する必要はありません。

必要な時に、連絡しま
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