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第63話

Author: かおる
「ママって、星野おばさんのこと?」

怜はぽかんとした様子で言うと続けて振り返った。

「でも、君のママって、あのベッドにいる人じゃないの?今朝も一緒に親子ゲームに出てたでしょ?」

翔太は不機嫌そうに言った。

「ゲームに出たからって、ママってことにはならない」

「でも、みんなに聞かれたとき、否定しなかったよね?それに、前に言ってたよ。星野おばさんは、家政婦だって......」

――家政婦。その言葉は、場の空気を一瞬で凍らせた。

誰もが内心ではわかっていたが、それを口に出すべきではなかった。

神谷夫人が家政婦扱いされていると広まれば、問題視されるのは星ではなく、雅臣と神谷家全体だ。

そのとき、影斗が静かに口を開いた。

「星ちゃん、今日は渡したいものがあって来た」

彼はそう言うとスマホを取り出して星に手渡した。

星が開いてみると、そこには動画ファイルが一つ保存されていた。

再生すると、映っていたのは彼女と清子が階段口にいる場面だった。

星は目を見開いた。

「これは......?」

「小林さんがどうして階段から落ちたのか、この動画にはっきり映ってる」

影斗はさらりと言った。

清子は驚きのあまり表情を強張らせた。

「で、でもあそこには監視カメラがないはず......!」

星は彼女の方を向いた。

「なぜないって言い切れるの?」

清子は一瞬言葉に詰まり、無理に笑みを作って答えた。

「翔太くんを探しに行ったとき、なんとなく見ただけよ......カメラがないように見えたから」

影斗は淡々と言った。

「確かに監視カメラはなかった。でも怜がたまたま星ちゃんが階段を降りるところを撮っていてね。偶然にも、面白い瞬間が映っていたんだ」

彼のスマホは最高スペックで、動画は非常に鮮明だった。

そこには、清子が星を追いかけてきて、階段を踏み外し自分で転落する様子が、はっきり映っていた。

動画が再生し終わると、場は静まり返った。

「監視カメラがなくて困ってたけど、怜が撮ってくれててよかった。これがなければ、星ちゃんは冤罪を晴らせなかったかもしれないな」

影斗がやや皮肉を込めて言った。

清子はすぐさま言い訳をした。

「私は、星野さんに突き落とされたなんて一言も言ってないわ」

星は静かに返した。

「でも私が責められてたとき、違うとも言わなか
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Comments (2)
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K S.
全然話が進まないから清子に一生イライラする
goodnovel comment avatar
千恵
怜、いいぞー 突っ込めー
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