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第7話

Author: 宝田元
「もう、奏多さん。そんなに怖い顔しないでよ」

私は彼女の猿芝居を、ただ冷ややかな目で見下ろしていた。

十年経っても、彼女の手口は何一つ進歩していない。

私は彼女を無視し、踵を返して出口へと向かった。

すると、奏多が慌てて私の前に立ちはだかった。その顔には焦燥が滲んでいる。

「咲茉、待ってくれ!誤解なんだ、今の話は彼女が勝手に……」

私は足を止め、氷のような眼差しで彼を射抜いた。

「黒木社長。あなたの家庭の事情など、私には関係ないわ。

私とあなたは、もうずっと前に何の関係もなくなったのよ」

言い捨てると、私は二度と振り返ることなく人波をかき分け、宴会場を後にした。

背中に突き刺さる二人の視線が、肌を焼くように熱かった。

それからの数日間、羽衣はまるで何かに取り憑かれたかのようにあらゆるコネを使って私の現住所やスケジュールを執拗に嗅ぎ回った。

そうして始まったのは、なりふり構わぬ嫌がらせだった。

アポイントなしでマンションの前に現れては行く手を阻み、会議中だろうとお構いなしに電話を鳴らし続ける。

その狂気じみた行動は、まるで自分こそが勝利者であり、奏多が選んだの
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    だから奏多は、ただひたすらに耐え忍び、時を待つしかなかったのだ。十年という歳月を費やし、従順な後継者という仮面を被りながら、水面下で証拠を積み上げてきた。私は彼を見つめ、胸の内で複雑な感情が渦巻くのを感じた。かつての憎しみの深さと同じだけ、今の感情は名状しがたい色を帯びている。口を開こうとしたが、喉の奥が何かに塞がれたように、声は出なかった。奏多は私と視線を合わせようとはせず、ただ低い声で秘書に命じた。「咲茉をお送りしろ」車は再び動き出し、滑らかに市街地へと走り去った。マンションに戻った私は、一睡もできずに朝を迎えた。翌早朝、一つの特大ニュースが街中を震撼させた。黒木グループ会長・黒木悠誠が、複数の殺人容疑および深刻な環境汚染の疑いで、警察に正式逮捕されたのだ。そして、すべての決定的証拠を提出した告発者は、他ならぬ実の息子、黒木奏多だった。記者会見の席上、黒いスーツに身を包んだ奏多の表情は、ひどく憔悴していた。彼は無数のフラッシュを浴びながら、淡々と、すべての真実を語った。十年かけて集めた罪証を、何一つ隠すことなく世間に公表し、自らの手で実の父親を断罪の場へと引きずり出したのである。会見が終わった直後、奏多から一通のメッセージが届いた。記されていたのは、かつて私たちの新居となるはずだった場所の住所。私は車を走らせた。ドアを開けると、室内の光景は私が去ったあの日と寸分違わず同じだった。この十年間、丁寧に手入れされていたのだろう。埃一つ落ちていない。空気中には、私が当時愛用していたルームフレグランスの香りさえ漂っていた。奏多はソファに深く腰掛け、静かに窓の外を眺めていた。物音に気づいて振り返った彼の唇には、どこか寂しげな笑みが張り付いていた。「……来たか」ローテーブルの上には、分厚い書類の束が置かれている。「これは黒木グループの株式譲渡契約書、それから俺名義の全資産の権利書だ。すべて、君の名義に書き換えておいた。パスワードは、君の誕生日だ」私は書類には目もくれず、ただ彼を凝視した。二歩、足を踏み出し、彼の目の前で立ち止まる。「どうして? ……どうしてこんなものを私に?」彼は立ち上がり、一歩ずつ私との距離を詰めた。そして手を伸ばし、私の頬に触れよ

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    「もう、奏多さん。そんなに怖い顔しないでよ」私は彼女の猿芝居を、ただ冷ややかな目で見下ろしていた。十年経っても、彼女の手口は何一つ進歩していない。私は彼女を無視し、踵を返して出口へと向かった。すると、奏多が慌てて私の前に立ちはだかった。その顔には焦燥が滲んでいる。「咲茉、待ってくれ!誤解なんだ、今の話は彼女が勝手に……」私は足を止め、氷のような眼差しで彼を射抜いた。「黒木社長。あなたの家庭の事情など、私には関係ないわ。私とあなたは、もうずっと前に何の関係もなくなったのよ」言い捨てると、私は二度と振り返ることなく人波をかき分け、宴会場を後にした。背中に突き刺さる二人の視線が、肌を焼くように熱かった。それからの数日間、羽衣はまるで何かに取り憑かれたかのようにあらゆるコネを使って私の現住所やスケジュールを執拗に嗅ぎ回った。そうして始まったのは、なりふり構わぬ嫌がらせだった。アポイントなしでマンションの前に現れては行く手を阻み、会議中だろうとお構いなしに電話を鳴らし続ける。その狂気じみた行動は、まるで自分こそが勝利者であり、奏多が選んだのは自分なのだと誇示しているようだった。私はその挑発に付き合う気になれず、彼女の連絡先を着信拒否リストに放り込んだ。その後、羽衣は二度と現れなかった。ようやく諦めたかと思った矢先、実家の隣人から電話が入った。実家に不審者が入り込んでいるという。私はすぐさま車を飛ばし、十年間一度も足を踏み入れることのなかった、あの屋敷へと急行した。扉を押し開けると、鼻をつくカビの臭いが一気に押し寄せてくる。家中の家具は厚い埃に覆われていたが、私の部屋だけが、妙に整頓されていた。つい先ほどまで、誰かが入念に掃除をしていたかのように。部屋の隅には、鍵をかけていたはずの古い木箱が開け放たれ、中身が床に散乱している。それは、私が少女時代に大切にしていた思い出の品々だった。そして、その中心で、羽衣が魂が抜けたように床に膝をついていた。彼女の手には、一冊の色褪せた日記帳が握りしめられている。それは、当時の私の日記帳だった。羽衣の顔色は真っ青で、小刻みに震えている。私の気配に気づき、彼女が弾かれたように顔を上げた。その目は充血し、真っ赤に腫れ上がっていた。

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