霜村冷司は如月尭の心を見透かすように、漆黒の瞳で背後の人々を一瞥した。Sは常に息が合っており、たいてい一つの目配せで、リーダーの意図を理解できた。水原哲と水原紫苑は歩みを緩め、他の者たちもそれに倣って立ち止まり、一歩も前に進まなかった。今の如月尭は、和泉夕子を脅しに使ったところで、窮地に陥いって、もはや打つ手がない状態だ。だからまずは従うふりをして、霜村冷司が入ったらすぐに残りの者たちで監視カメラを破壊し、後を追う。如月尭を倒す方法はいくらでもある。だから、霜村冷司が先に一人で入っても問題ない。とにかくS、水原哲、水原紫苑、相川涼介、大野皐月、全員が霜村冷司の味方だ。霜村冷司が何事もなかったかのようにパスワードを入力すると、四角い白い壁が左右から素早く開いた。男が長い脚で中に入ると、自動ドアはあっという間に元の状態に戻った。暗い通路に明かりが一つずつ灯り、エレベーターホールまで続く。霜村冷司はモルタルの道を進み、通路を抜けて、一歩一歩エレベーターへと向かった。5階ほど降りると、かすかな光がガラス越しに差し込んできた。それは脱出室の白熱灯がエレベーターのガラスに反射した光で、少し眩しい。男は濃い眉の下の瞳を光に向けて、通路に立つ如月尭を見た。二人の間には少し距離があり、その間には無数の赤外線が走っている。霜村冷司がもう一歩踏み込めば、暗闇に潜む銃弾が彼を貫くだろう。「悪いね。なにせ敵同士だから。用心するに越したことはないだろう」如月尭の社交辞令に、男は一瞥もくれなかった。濃い眉の下の鋭い目が、赤外線センサーを越え、無表情に周囲を探る。「夕子はどこだ?」如月尭がコントロールパネルに手を伸ばしてボタンを押すと、和泉夕子が閉じ込められている部屋がゆっくりと開く。ベッドのヘッドボードにもたれかかっていた和泉夕子は、ドアの開く音に、はっと目を開けた。ドアは開いたが、残念なことに、そのドアが開くと同時に、防弾ガラスのドアが猛スピードで降りてきた。和泉夕子はまだ中に閉じ込められているが、この瞬間、外の状況と、通路に佇む男の姿をはっきりと見ることができた。彼もまた、ドアが開いた瞬間、星のように輝く瞳を彼女に向けていた。二人の視線が交差すると、互いに見つめ合い、そのまま動かなかった。和泉夕子
如月尭は濃い眉を少し上げた。霜村冷司からこんな条件を提示されるとは思ってもみなかった。和泉夕子を助けたい一心なのか、それとも別の目的か?如月尭は霜村冷司を完全に信用しているわけではなかったが、Sの創設者が一体誰なのかは知りたかった。長年の人生経験を経た目には、様々な思いが交錯し、複雑な人間性を映し出していた。「もし嘘をついたら、二度と夕子には会えないと思え」計算高く策略をめぐらす人間は、常に考えすぎる。だから他人を脅かすことしかできない。如月尭の憎むべきところは、まさにそこで、霜村冷司は軽蔑した。「今更、脅す資格がどこにある?」男の落ち着きのある深く、それでいて透き通った声が、放送を通して如月尭の耳に届いた。「今、あなたと交渉しているのは、妻のことを思ってのことだからな」つまり、和泉夕子が如月尭の手に渡っていなければ、霜村冷司はここまで慎重になる必要はなかったのだ。他のエリアを制圧したように、人体実験室を直接攻撃し、生け捕りにするだろう。交渉などする気はなかったはずだ。完全に敗北した如月尭には、確かに霜村冷司を脅す資格などない。脅迫のために、本当に和泉夕子を傷つけるわけにもいかないだろう?そして、やっと見つけた孫娘を、如月尭が傷つけるはずがない。だが、霜村冷司から提示された条件には、裏があるかもしれない。如月尭は熟慮を重ね、ようやく放送ボタンを再び押した。「先に誰がSの創設者か教えろ。そうしたら夕子を解放する」霜村冷司の冷淡な瞳の奥に、かすかな嘲笑の色が浮かんだ。「解放もしないで情報を手に入れようなんて、甘すぎるとは思わないのか?」「なら、自分で迎えに来い」如月尭は落ち着き払って、脱出室の位置を霜村冷司に伝えた。「人体実験室の廊下の突き当たり、白い壁の後ろが脱出室だ。コントロールパネルのパスワードは794203。一人で来い」慎重な行動は、敗北者の最後の抵抗だ。この点は、如月尭からはっきりとみてとれた。水原哲と水原紫苑は呆れた様子で、ほぼ同時に霜村冷司に首を振り、行かないようにと合図した。霜村冷司は二人を一瞥し、視線をガラスの密閉容器に横たわる48体の遺体越しに、廊下の突き当たりへと向けた。「尭さん、もう一度言うぞ。今、あなたが私に要求する資格はない」男の雪のように
人体実験室にあっという間に侵入した男の目的は、如月尭を捕らえて交渉することだった。だが、第七ラウンドのゲームを操作していた人物が、まさかこんなところに隠れているとは思いもよらなかった。霜村冷司の雪のように冷たい瞳は、瞬時に相手の頭部にロックオンした。開頭手術を受けた後、霜村冷司は第七ラウンドのゲームが誰かの故意によるものだと知っていた。沢田は、本当は生き残れたのに......奴らは自分を試すために、沢田を蛇の巣で本当に死なせた。この血の海のような深い恨みは、何としても、自ら晴らす。白い手袋をはめた手で、持っていた銃を腰に差し込み、ゆっくりと金色の小刀を取り出した。小刀を握った男は、目線を上げた瞬間、猛スピードでB区1-9の操縦者の前に躍り出た。まだ乱戦中の1-9は、突進してきた男が誰なのか確認する間もなく、喉を一刀両断された。彼は血が噴き出す喉を押さえ、無念の目をしたまま、既に刀を収めた霜村冷司をじっと見つめていた......最初は霜村冷司がなぜ自分だけを殺すのか理解できなかったが、命が尽きる瞬間に悟った。沢田を殺したからだ。森下進也が下した命令とはいえ、共犯者は等しく死ぬべきだ。男が倒れた後、霜村冷司はゆっくりとしゃがみ込んだ。人体実験室へ来た大野皐月は、しゃがみ込んだ霜村冷司を見て、とどめを刺そうとしていると思った。ところが、その美しい男は、死体の服で刀の血を拭っているだけだった......大野皐月は思わず大きくため息をつき、持っていた銃を掲げ、霜村冷司を狙撃しようとした者を一発で仕留めた。「おい、命を助けてやったんだぞ。どう感謝するんだ?」ゆっくりと血を拭っていた男は、大野皐月の声を聞いて、顔を上げることなく、静かに唇を開いた。「もしよければ、夕子を助け出した後、私たち夫婦が食事に招待しよう」「......」ようやく落ち着いていた胸の痛みが、また大野皐月を襲う。彼は霜村冷司を本気で撃ち殺したくなった。「お前を助けるんじゃなかった!」大野皐月は歯ぎしりしながら、銃をしまった。そして、怒り狂いながら部下と共に撤退した。しかし、途中で足を止めた。和泉夕子をまだ助けていないのに、このまま帰るわけにはいかない。そう考えて、大野皐月は激しい怒りをこらえ、厚かまし
通路で混乱している群衆を見つめ、霜村冷司の足取りはゆっくりと止まった。「哲、頼む」水原哲はすぐさま手を振り、部下たちを率いて、猛スピードで追いかけた。しんがりを務める黒服たちは、走りながら後ろに向けて発砲する。銃弾を避けた水原哲は、すぐさま大声で叫んだ。「操縦者だけを殺す。他の闇の場で働く人は殺さない。分かったら、脇に下がれ!」生死の境目では、誰だって自分の命を守ることを選ぶ。ましてや、闇の場で働くだけの黒服たちならなおさらだ。水原哲が自分たちを飛び越え、先頭にいる操縦者を追いかけるのを見ると、黒服たちはゆっくりと手を止めた。黒服たちが寝返ったのを見て、走り疲れた六号は、急に足を止め、振り返ってSと戦う道を選んだ。「貴様らと心中してやる!」六号は銃を抜いて、水原哲の額に狙いを定めた。だが、水原哲のスピードの方が速く、六号の頭は一瞬で撃ち抜かれた。巨大な体が轟音を立てて倒れる。他の9人の操縦者は、六号が死んだのを見て、逃げるのをやめた。「全員!撃て!」闇の場の操縦者たちも訓練を受けている。六号が死ぬと、すぐさま1-7が号令をかけた。1-7の号令一下、9人の操縦者たちは手に持った銃をSのメンバーに向けて、一斉射撃を始めた。六号が倒れた瞬間、彼らは心中する覚悟を決めていた。しかし、水原哲は心中するつもりはなかった。「自分の身を守れ!奴らを殺せ!」水原哲の声が響き渡ると、Sも狂ったように相手を狙って、必死に発砲した。Sのメンバーにも混戦で負傷した者が出たが、百戦錬磨の彼らは急所を避けていた。激しい戦闘は約5分間続き、9人の操縦者たちは全員倒れた。彼らが倒れた後、冷酷な雰囲気を纏った男が群衆の間を歩いてきた。濃く長いまつげをゆっくりと下げ、地面に横たわる操縦者たちを一人ずつ見渡す。10人。まだ39人足りない。霜村冷司は、B区へ続く非常口へと視線を向けた。「B区へ――」A区の非常口の監視カメラは破壊されていない。B区の操縦者たちは、こちらの状況を把握しているはずだ。殺気を帯びた男がB区へ来ると聞き、操縦者たちは肝を冷やした。「準備をしろ。奴らが爆破範囲に入ったら、すぐに爆破するんだ!」B区の責任者1-8は、Sのメンバー全員を非常口で爆殺するつもりだった。しかし、霜
そうだ。射殺プログラムがあるんだ。何を恐れているっていうんだ?操縦者たちは少し躊躇した後、残る者と去る者に分かれた。残ることを選んだ操縦者の大半は、Sと血で血を洗う抗争を繰り広げてきた者たちだ。去ることを選んだのは、賭けで金を稼ぐためだけに来た者たちで、当然、こんな争いに加わるつもりはない。まもなく、監視室の人員の半分が去り、残った者たちは待機した。「一号様、これからどうしますか?」如月尭は残った操縦者たちを見て、この「退くことで進む」作戦は効果があったのだと確信した。最後の煙草を吸い終えると、殺気を帯びた目で監視室の操縦者たちを見渡した。「各自の管轄区域に戻れ。Sが区域に入ってきたら、その区域で射殺プログラムを起動するんだ!」「はい!」命令を受けた操縦者たちは、次々と監視室を出て行った。如月尭は立ち上がり、人体実験室に向かうと、コントロールパネルを開き、チップ爆破システムの処理を始めた。電子機器に囲まれた霜村涼平は、誰かが爆破時間を短縮しているのを見て、素早く手を伸ばし、操作を始めた。二人が激しくやり合っている間に、A区に入った霜村冷司はSのメンバーを率いて、上層区を目指していた。射殺プログラムを起動しようとしていた操縦者たちは、モニターに映る男が扉を解錠した後、突然部下たちと後退するのを見て、首を傾げた。「どういうつもり?」「まさか、射殺プログラムがあるって気づいて、怖気づいたのか?」A区を担当する操縦者たちは、困惑しながら顔を見合わせた。「入ってこようが来まいが、射殺するんだ!」1組の六号がそう言うと、コントロールパネルの前に座っていた操縦者たちは、すぐに射程距離を調整し始めた。だが――殺気を放つその男は、調整する時間を与えることなく、すらりと伸びた指を前に突き出した。「1組、前方の回廊、左上、10時の方向、放て!」霜村冷司の号令一下、手榴弾を握ったSのメンバー数人が素早く前に出て、10時の方向を狙って信管を引き抜き、力強く投げた。ドカン――地響きを立てるような爆音が響き渡り、白い壁の後ろに隠されていた射殺プログラムが一瞬で破壊された。それと同時に、霜村冷司の冷徹な声が再び響いた。「2組、前方の回廊、右上、3時の方向、放て!」1組のメンバーが撤退
春日時の躊躇と苦悩を見抜き、水原哲は再び静かに口を開いた。「時さん、俺たちはただ仲間の復讐をしたいだけだ。49人の操縦者を始末したら、撤退する。だから、もし俺たちを通してくれるなら、あなたの人間には一切手を出さない。そして、あなたの仲間の命も守られる」正直なところ、水原哲の言葉は理にかなっており、また魅力的でもあった。春日時配下の黒服たちは、思わず心が揺らぎ始めた。「四号様......彼の言う通りです。あんなにたくさんの操縦者がいるのに、私たちだけを送り出すなんて、明らかに死地に追いやろうとしてます」「そうですよ。死地に追いやられるのはまだしも、援軍もよこさないんじゃ、命を懸ける意味がないですよ」一人が本音を口にすると、それに続いて大勢が同調する。春日時が視線を落とし、手の中の銃を見つめる。深く刻まれた眉間は、彼の迷いを物語っていた。「叔父さん」霜村冷司が従兄弟だという事実を受け入れきれてはいないものの、大野皐月は、事の重大さを理解し、前に出た。「叔父さんが闇の場に義理堅いのは分かってますが、今の状況は、そっちにとって不利で、静観するべきです。春日家とSの因縁は、この件が片付いてからにしましょう。仲間たちを巻き添えにして死ぬことはないですよ」春日時が躊躇う視線を上げ、大野皐月を一瞥した後、ずっと黙っている霜村冷司へと移した。「どう思う?」パチパチと燃える山中、霜村冷司の落ち着いた深い声、威厳に満ちた声が響いた。「戦うというなら、最後まで付き合う。だが......」殺気を帯びた目で春日時を睨みつけ、銃を構えながらも進退窮まっている黒服たちを見た。「その部下たちに対して、一人残らず容赦しないぞ!」もともと冷酷な声は、この言葉を吐き出すとさらに威圧感を増し、向かい側の黒服たちは息が詰まる思いだった。「四号様......」春日時配下のナンバー2は、恐怖に駆られ、再び春日時を呼んだ。震える声には、妥協と警告が滲んでいた。霜村冷司の目からにじみ出る冷徹なまでの決断力は、親戚関係があろうとなかろうと、戦う意思は変わらないことを示していた。この甥の気概と行動力は、春日時も気に入っていた。彼はゆっくりと銃を下ろし、再び手を上げて空中で振った。「撤退だ!」モニター前で春日時たちが去ってい