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第317話
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白石沙耶香は、二人が結婚式を挙げる話を聞いて、すっかり驚きの表情を浮かべた。「本当に決めたの？」和泉夕子は小さなスプーンでホワイトクレイのフェイスマスクを混ぜながら、穏やかに答えた。「結婚証明書をもらった以上、式を挙げるのは当然でしょう？」桐生志越を安心させるため、そして過去の出来事を完全に清算し、新たな一歩を踏み出すため、彼のためにこの結婚式を準備することを決意していた。白石沙耶香は、すでに決断を下している和泉夕子を見つめながら、言葉を探すように沈黙していた。その間、和泉夕子は彼女に向かって話しかけた。「沙耶香、前に言ったよね？私が志越と結婚するとき、ブライズメイドをしてくれるって」白石沙耶香は即答せず、彼女の短い髪に手をやりながら尋ねた。「夕子、本当に志越とやり直す覚悟があるの？」和泉夕子は隠すことなく、はっきりと頷いた。「以前は一生をかけて彼を支えるつもりだった。でも、もし罪悪感だけで彼を支えるなら、それは彼にとって不公平だわ。寺院で自分の気持ちを整理して、すべてを手放して彼と新たに始めることを決めたの」白石沙耶香はその言葉を聞き、彼女を寺院に連れて行ったことが良かったのか、それともそうでなかったのか、判断がつかなくなった。心のどこかで霜村冷司のことを考えていた。彼もまた、和泉夕子のために多くのことをしてくれた。そして、桐生志越の命を救ったのも彼だった。和泉夕子は、白石沙耶香が何を考えているのかを察したのか、数秒間沈黙した後、彼女に向かって静かに話し始めた。「沙耶香、私はすぐに春奈の代わりに仕事を始める予定よ。彼女の設計図1枚が2億円もするの。彼女が引き受けたプロジェクトは50以上あるから、それを全部完成させて、さらに他の仕事も引き受ければ、霜村冷司に借りた600億円を返済できると思う」「彼が志越のためにしてくれたことも、どうにかして返すつもりよ」彼女は続けて言った。「これからは彼との関わりを断ち切るつもりだし、お金が貯まったら、沙耶香、あなたにお願いして彼に渡してほしいの」白石沙耶香はその言葉に戸惑いながら、少し悩んだ後、口を開いた。「あなた…あの日、霜村冷司が他の女性と一緒にいるのを見たから、彼とのすべてを断ち切りたくなったの？」和泉夕子は首を横に振った。「彼が私のため
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第319話
和泉夕子はその2枚の銀行カードを見つめ、心が温かくなるのを感じたが、毅然として白石沙耶香に断った。「沙耶香、これはあなたに預けたもので、返してもらうつもりはない。それに、あなた自身の貯金はしっかり取っておいて。これから先、必要なお金がたくさん出てくる。私が背負った借金は自分で何とかするから、心配しないで」白石沙耶香は和泉夕子の言葉に納得せず、頑なにカードを押し付けた。「夕子、あなた、まだ知らないかもしれないけど、あなたがいなくなった後、杏奈が私にお金を預けてくれたの。さらに志越も、彼の個人資産を全部私に渡してくれたわ。このお金、志越の分はまだ返せていないけど、杏奈の分は返したのよ」彼女は少し間を置き、笑いながら続けた。「どうやって返したと思う？」和泉夕子は首を横に振り、興味深そうに見つめた。白石沙耶香は笑顔で答えた。「杏奈の後を追い続けて、3年かけて返したのよ。あの子、とうとう観念して受け取ってくれた。夕子、私が一生あなたを追いかけてくるのを見たい？」和泉夕子は予想外の話に驚き、思わず笑ってしまった。「沙耶香、あなたが新井先生にそんなことをしたら、彼女、鎮静剤でも打たなかった？」白石沙耶香は、杏奈が当時見せた疲れた表情を思い出し、笑いをこらえきれなかった。「あの人、ただ『もう二度と会いたくない』って言っただけよ」和泉夕子も笑みを浮かべた。「うん、今、私もあなたに会いたくない。そのカード、さっさと持って出て行って」白石沙耶香は何か言おうとしたが、和泉夕子に部屋から押し出される形になり、深く息をついて引き下がった。そして、カードを桐生志越から預かった書類袋に戻してしまった。翌朝、白石沙耶香は早く起き、和泉夕子がまだ寝ているうちに、書類袋を持って車で桐生志越の住む家へ向かった。悠ちゃんがドアを開け、彼女を見るなり明るい笑顔で挨拶した。「おはようございます、白石さん」悠ちゃんの癒されるような笑顔に、白石沙耶香も思わず微笑み返した。「おはよう、志越は？」悠ちゃんは彼女を家の中へ案内しながら答えた。「桐生さんは書斎で望月さんと話してますよ」白石沙耶香は急ぐことなく、悠ちゃんのおもてなしを受けてリビングで座って待った。少しして、望月哲也が桐生志越を車椅子で押しながら書斎から出てきた。白
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第320話
白石沙耶香は彼がそう言ったのを聞いて、少し安心したようだった。「それなら安心だわ。でも、あなたの財産は受け取れない」そう言い終わると、彼女はその場を立ち去ろうと立ち上がり、桐生志越に多くの言葉をかけることなくその場を離れた。桐生志越は彼女が急ぎ足で去っていくのを見て、少し頭を横に振った。沙耶香は昔からそうだ。他人から何かを受け取るくらいなら死を選ぶほどの強情さを持っている。しかし、幼い頃から彼を献身的に支えてきた彼女への恩は、どうにかして返さなければならない。彼は振り返り、望月哲也に向けて言った。「それをしまっておいてくれ。彼女がまた来たときに改めて渡す」望月哲也は頷くと、その書類の入った封筒を手に取り、書斎へと向かった。戻ってきたとき、桐生志越は再び彼に指示を出した。「もう一つ、君に頼みたいことがある」望月哲也が尋ねた。「何でしょうか？」桐生志越はこの邸宅と、台所で朝食を作っている悠ちゃんを見やりながら言った。「この3年間、彼が住まいを用意し、介護士を雇い、多くの人を配置して私を守ってくれた。その費用は少なくないはずだ。それを計算して、彼に返してほしい」今、自分が返せるのはこの分だけだ。それ以外の命の恩は、いずれ返すべきときが来たら、この命をもって返すつもりだ。望月哲也は「承知しました」と答えると、台所で軽く朝食をとり、その後、邸宅を出て任務に向かった。霜村冷司がいる霜村グループの会議室では、一群の幹部たちが次々と彼に業務報告を行っていた。彼は傍らに体を向け、名高いブランドのスーツを纏い、その冷静で高貴な雰囲気を醸し出していた。長く整った指がテーブルの上に置かれ、その指先で静かに、しかしリズミカルにテーブルを叩いていた……指が一回動くたびに、画面越しに報告をしている幹部たちの心臓が跳ね上がり、緊張で言葉が震えるほどだった。その端正な顔立ちには金縁の大ぶりな眼鏡が掛けられており、眼鏡の下には冷たくも美しい色気のある瞳があった。その瞳は、淡々と画面に映る財務報告書のデータを見つめていたが、ほんの一目で損益状況を正確に把握することができていた。彼が求めているのは結果だけであり、プロセスには興味がない。しかし、幹部たちは彼のやり方を理解しておらず、いまだに長々と説明を続けていた
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第321話
相川涼介は、霜村冷司が聞き取れなかったわけではなく、ただ信じたくないだけだと悟った。彼は深い同情の目で霜村冷司を見つめた。「霜村さん、ご自身の手で和泉さんを望月景真に譲った時点で、こうなるのは避けられない運命だったんです」霜村冷司の端正な顔には血の気が引き、淡い霧のように冷たかったその目が徐々に真紅に染まっていった。彼はその場にあった銀行カードを力強く握りしめた。怒りが激流のように押し寄せ、カードが折れる音が静寂の中に響き渡った。カードはついには粉々に砕け散った。「霜村さん……」相川涼介は震える手で、怒りで全身が震えている霜村冷司を心配そうに見つめた。「車を用意しろ」相川涼介は一瞬驚いたが、すぐに気を取り直して「かしこまりました」と応じ、迅速にその場を離れた。ウェディングドレスショップの試着室。カーテンが両側に開かれ、和泉夕子は満天星の刺繍が施されたドレスを身にまとい、静かに振り向いた。彼女は白石沙耶香がそこにいるものだと思っていたが、立っていたのは予想外の人物――霜村冷司だった。彼は黒いスーツを纏い、鋭利な寒気を帯びた表情で、真紅に染まった目で彼女をじっと見つめていた。和泉夕子は彼のそんな目に恐れを感じ、ドレスの裾を軽くつまみ、白石沙耶香を探そうと立ち去ろうとした。しかし、すれ違おうとした瞬間、彼が彼女の腕を掴み、試着室の中へと引き戻した。カーテンが再び閉じられた瞬間、彼は彼女を壁に押しつけた。霜村冷司は冷静でいながらも冷酷な目で、彼女のウェディングドレスをじっくりと見つめた後、皮肉な笑みを浮かべた。「おめでとう、ようやく一番愛する男と結ばれるんだな」和泉夕子は必死に身をよじり抵抗したが、彼の力で全く動けなかった。彼女は澄んだ瞳で彼を見上げ、静かに言った。「二度と私に関わらないと約束したはず……」霜村冷司は冷たい嘲笑を浮かべた。「君は彼をただ支えるだけと言っていたのに、今では結婚式まで挙げようとしている。君がその結婚式を挙げなければ、私が狂ったようにここまで追いかけてくることもなかった」彼は彼女を見つめながら、その頬に触れた。その目には限りない愛情と哀しみが漂っていた。「私がどれほど君を愛しているか知っていながら、なぜ彼と結婚しようとするんだ。私のことをどれ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第322話
まるで長い間抑え込んでいた感情が突然爆発したかのように、彼は制御を失い、容赦なく彼女に激しいキスをした。和泉夕子は必死に抵抗したが、霜村冷司は狂ったように、彼女のドレスに手をかけた。バンドゥドレスが引き裂かれた瞬間、和泉夕子の顔色は真っ青になり、その目には憎悪が宿った。だが彼はそんな彼女の表情を全く意に介さず、さらに唇を彼女に押し付けながら、長い指で彼女の腰を支え、自分の体に密着させた。和泉夕子は抗う術を失い、蹴り上げようとした脚も、彼の膝で固定されてしまった。その場に押し込まれた彼女は、無力な人形のように身動きが取れなかった。彼女は閉じていた唇を開き、侵入してきた彼に対し、全力を振り絞って思い切り噛みついた。霜村冷司は痛みで眉を寄せたが、手を緩めることはなく、赤く充血した瞳で彼女の小さな顔をじっと見つめ、彼女がどれほどの抵抗を見せるか確かめるようだった……和泉夕子は彼がまだ手を離さないのを見て、さらに力を込めた。霜村冷司は突然薄い唇を歪め、苦々しい笑みを浮かべた。その白い微笑みが瞳に染み込み、彼の失望を際立たせた。彼はゆっくりと彼女を解放した。彼が手を離すと、和泉夕子はすぐに彼を押しのけ、立ち上がってベッドに置かれた毛布を引っ張り、自分の体に巻きつけた。そして、隅に縮こまり、両腕で自分を抱きしめ、無言のまま冷たく彼を見つめた。彼女のその姿を見た霜村冷司は、再び感情が抑えきれなくなり、荒々しく彼女の顎を掴んだ。「この場所を覚えているか？」彼の声は低く、苛立ちと絶望が入り混じっていた。彼の手の力は尋常ではなく、彼女の顎が外れそうなほど痛みを感じた。しかし彼は気づく様子もなく、部屋の中を指し示しながら、掠れた声で問い詰めた。「私とここで5年間一緒にいたんだ。この体のどの部分を私が触らなかったというんだ？それが『ダメ』の理由か？」だから彼は彼女をここに連れてきて、彼女の意志を無視してまで怒りをぶつけたのは、彼女が「ダメ」と言ったからなのか？ 和泉夕子の心は怒りで震え、歯を食いしばりながら、彼に一言も返す気はなかった。 霜村冷司は彼女の態度を見て、さらに失望し、冷え冷えとした声で問い詰めた。 「桐生志越が金を返したからって、全てなかったことにして、あいつとやり直せると思ってるのか？」
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第323話
「私があの三十億や、桐生志越の金を必要としてると思うか？お前たち、なぜ金で私を侮辱するんだ！」 「私はもう手放したんだ。それなのに、なぜお前はあいつと一緒になって私を刺激しにくる？私を殺したいのか？」 霜村冷司は吠えるように叫んだ後、額を和泉夕子の額に押し付け、震える声で問いかけた。 「夕子……私が死んだら、お前は喜ぶのか……」 和泉夕子はその言葉を聞いて胸が大きく揺れ、視線を上げて彼を見た。 「じゃあ、どうしろと言うの？あなたが私のために使ったお金が、私の胸に石のように重くのしかかっているの、知らないの？息ができなくなりそうなほど苦しいのよ。それを返す以外に、私に何ができるの？」 霜村冷司はそっと首を横に振った。 「金なんていらない。私が欲しいのはお前だけだ。和泉夕子、私はただお前が欲しいんだ。お願いだ、私のもとに戻ってきてくれ……」 彼の低く魅力的な声は懇願に満ちていて、桃花のような目が彼女をじっと見つめていた。 まるでかつてのように、彼女が「いいよ」と素直に答えるのを願うように。 しかし、彼女は何の反応もせず、ただ冷静に彼を見つめながら言った。 「霜村冷司、私のことは忘れて」 その声は冷たく、決意が込められており、もう二度と振り返ることはないと言わんばかりだった。 霜村冷司は彼女の冷ややかな目を見つめ、唇を開いて何かを言おうとしたが、言葉が出てこなかった。 心臓を締め付けられるような痛みが彼を襲い、大きな手で喉を掴まれたかのような窒息感に、呼吸すらも苦痛に変わった。 彼は赤く充血した目で低く尋ねた。 「夕子、なぜそんなにも私に冷酷なんだ。お前には心がないのか？」 和泉夕子の顔色が急に青ざめ、数秒後、口元に哀しげな笑みを浮かべた。 「私は心なんて持ってないもの……私の心はもう抉り取られて、どこに捨てられたかも分からないんだから……」 霜村冷司は彼女の絶望的な笑みに気づき、ようやく自分が何を口走ったのかに気が付いた。 彼は途方に暮れ、彼女を抱きしめると「ごめん、ごめん、私が悪かった、言い間違えた。叩いてくれ、責めてくれ……」と何度も繰り返した。 和泉夕子は彼を振り払おうとしたが、彼にしっかりと抱きしめられ、身動きが取れなかった。 もう抵抗するのを諦め、ただじっとしていた。 彼は彼
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第324話
和泉夕子は首を横に振りながら言った。「嫌……嫌だ、送り出してほしくない……」彼女は霜村冷司を押しのけ、隅に縮こまって両腕を抱きしめた。その瞳には助けを求めるような無力感が漂っていた。霜村冷司は彼女の前に片膝をつき、じっと彼女を見つめてから、薄い唇を開いた。「お前を迎えに行く相手が私ではないなら、せめて送り出す役だけはさせてくれ。お前の結婚式に、私は欠席したくない……」和泉夕子は再び首を横に振り、拒否した。「嫌……」霜村冷司の美しい瞳が、徐々に暗い赤色に染まっていった。「夕子、私が10年間お前を愛してきたことを思い出して、私に一度だけ機会をくれないか……」和泉夕子の堪えていた涙が、ついに溢れ出し、彼を見上げながら泣き崩れた。「お願いだから……霜村冷司、もう私を追い詰めないで……」霜村冷司は細長い指で彼女の頬の涙を拭い、低い声で言った。「お前が私を選ばないのは正しい。私はいつもお前を泣かせてしまう……」彼は指の腹でそっと彼女の顔を撫でながら続けた。「夕子……ごめんな、あの五年間、お前を辛い目に遭わせて……」和泉夕子は両手で自分の顔を覆い、嗚咽を漏らして崩れ落ちた。かつて高慢だった霜村冷司が、繰り返し自分に謝罪する姿など、彼女は想像したこともなかった。彼女の心の防壁は、何度も何度も打ち破られ、彼女は号泣する以外にどうすることもできなかった。霜村冷司はそんな彼女の姿を見て、胸が張り裂けそうなほど痛みを覚えた。彼は再び細い腕で彼女を抱きしめ、顎を彼女の頭の上に乗せ、静かな声で言った。「もう泣くな……これが最後だ。これ以上お前を苦しめたりはしない……」和泉夕子は彼の胸に身を寄せ、涙が途切れることなく零れ落ちていた。彼は彼女を抱きしめながら、背中を優しく叩いて慰めた。だが、自分の苦しみは全て飲み込むしかなかった。彼女が落ち着きを取り戻すと、霜村冷司は彼女をそっと解放し、静かに言った。「衣装を破ってしまった。新しいものを用意する」和泉夕子は視線を伏せて、かすかな声で言った。「結構だ……」霜村冷司は苦笑を浮かべたが、何も言わず、ベッドから立ち上がり、電話を手に取った。「女性用の服をここに届けてくれ」電話の向こうの相川涼介は素早く返事をし、急いで商店街に出かけた。
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第325話
和泉夕子は依然として隅で身を縮めて動かずにいた。彼が服を持って入ってくると、彼女のまつげがかすかに震えた。霜村冷司は彼女を一瞥したが、彼女に近づこうとはせず、服をソファの上に置いただけだった。彼のその冷たく孤高な背中が、部屋を出る際に振り返ることはなかった。和泉夕子は目線を服に戻し、布団をそっとめくって服を手に取った。その後、バスルームに入り、顔を洗い、涙の跡を消し、乱れた髪を整えた。そして部屋を出たとき、霜村冷司は大きな窓の前に立ち尽くしていた。夕日の輝きが彼の全身を包み込み、淡い金色の光が彼を照らしていた。物音を聞きつけて振り向いた霜村冷司は、その深い哀しみを湛えた瞳で彼女の服装を見つめた。「やっぱり、白が一番君に似合う」彼女が帰国して以来、赤いドレスをずっと着ていて、それが彼女らしくないと感じていた。和泉夕子は視線を逸らし、不自然に一言だけ返した。「先に帰ります」そう言いながら視線を下げ、躊躇うことなくドアの方に向かった。霜村冷司は拳を握り締め、彼女がドアを開けた瞬間、後を追いかけた。「送っていくよ」和泉夕子は振り返り、冷たく距離を置くように言った。「ありがとうございます。でも結構です」彼女は再び背を向け、ドアを閉めると、数秒間その場に立ち尽くし、決意したようにエレベーターの方へ歩き始めた。その冷たいドアが閉まる音を聞いた霜村冷司は、その場に立ち尽くし、全身が冷え切ったように感じた。彼はソファに倒れ込み、その広すぎる部屋を見渡した。何もかもが空っぽのように感じられ、胸の中にぽっかりと穴が開いたようだった。神が彼女を桐生志越の元から奪い、自分に与えてくれたというのに、自分はその存在を大切にできなかった。こうなるのは当然の報いだ。誰を恨むこともできない。彼は一時間近くぼんやりと座った後、スマホを手に取り、相川涼介に電話をかけた。「望月家の買収進捗はどうなっている？」電話越しの相川涼介は、ちょうど見合いの場にいたが、彼の問いに急いでレストランの外へ出た。「霜村さん、望月家は頭が良くなったようで、買収も資金提供も断っています。彼らが許容しているのは、ただの業務提携です」「以前の資金提供で彼らの株式を得たことが原因で、現在望月家では株式争奪戦が泥沼化しています
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地雷を踏んだことに気づいた男は、彼女の髪を弄んでいた指をぴたりと止めた。「私はしない」その言葉には、全く説得力がなかった。「どうしてしないの？」和泉夕子は指を立て、霜村冷司の過去の過ちを数え上げた。「あなたは昔、優子と手をつないでいたわね」「......」「彼女を抱いて病院にも行ったわ」「......」「それに......」霜村冷司は慌てて遮った。「お前は寝る、と言っているが、私はしていないし、するつもりもない。それに、昔は遊びだった」和泉夕子は反論した。「じゃあ、あなたの言っていることは、沢田もただの遊びで、ただあなたより少しのめり込んでいただけってこと？」霜村冷司は慌てふためいた。「そういう意味じゃない。私も沢田の考えは分からない。それに、私と沢田を比べるのはおかしい」和泉夕子は鼻を鳴らし、彼を押しのけて、ベッドの端に寝転がった。「もう寝るわ。来ないで」背後の男は、ついさっきまでテーマルームで甘いひとときを過ごしていたのに、次の瞬間には別々に寝る状態になるとは、夢にも思わなかった。全部沢田のせいだ！霜村冷司は彼女の背中を見つめ、数秒迷った後、彼女ごと布団を包み込み、抱き戻した。他の夫婦なら、ちょっとした喧嘩をしたら、男が女に寄り添って謝ったり、機嫌を取ったりするものだ。彼は逆に、布団で彼女をくるみ、巨大なちまきのよう頭をだけ出して、自分の前に座らせた。ベッドのヘッドボードに寄りかかった男は、自分の行動がおかしいことに全く気づかず、彼女を掴んで、過去の過ちを素直に償おうとしていた。「過去の幼稚な行動を、心からお詫びする。本当に申し訳なかった」「もし過去に戻れるなら、あんな風にお前を試したりせず、すぐに愛していると伝える」「夕子、昔のことで怒らないでくれ。私はもう変わったんだ。他の女でお前を怒らせるようなことは二度としない」布団で顔を半分隠した和泉夕子は、小さく口角を上げた。「じゃあ、今後他の女で私を怒らせるようなことはしないと約束できる？」「約束する。絶対に他の女でお前を怒らせるようなことはしない」「もし、あったら？」霜村冷司は言葉を詰まらせ、その可能性を検討しているようだったが、最終的に首を横に振って否定した。「私が他の誰かを愛さない限り、絶対に他の女
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霜村冷司はようやく彼女を解放し、長い指で彼女の手を取り、鉄格子を握らせた。和泉夕子は振り返り、彼に尋ねた。「あなた......何するの？」男は彼女の服を解き、背中にぴったりと寄り添い、耳元で囁いた。「しっかり掴まって、力を貸して」そう言うと、手を伸ばして明かりを消すと、部屋全体が薄暗がりの中に沈み、足元の銀河の光だけが、点点と星のように輝いていた。和泉夕子は振り返ろうとしたが、大きな手に腰を掴まれ、そのまま持ち上げられ、もう片方の手が......彼女はようやく彼が言った「力を貸して」の意味を理解した。鉄格子を掴んで支えにしていなければ、既に床に崩れ落ちていただろう......実のところ、霜村冷司が彼女の腰を支えていなければ、彼女も床に落ちるところだった。変態、本当に変態......「沢田は承諾しなかった」意識が朦朧としてきた時、男の冷たく澄んだ、それでいて感情を抑えた声が耳元で聞こえた。和泉夕子は心の中で悪態をついた。こんな時に、なぜそんなことを言うのだろう？刺激を求めているのだろうか？彼女は顔をそむけ、彼を押しのけようとしたが、男は激しいキスを首筋に浴びせ、その頻度はどんどん速くなっていった......「ん......」理性を失いかけた彼女は、思わず声を上げてしまった。恥ずかしさを隠すため、慌てて付け加えた。「ん、どうして承諾しなかったの？」最初の「ん」と後の「ん」では、違いは明らかだった。霜村冷司はそれを聞き分け、目尻の笑みがさらに深まった。「知りたいか？」和泉夕子は必死に首を横に振った。「知りたくないわ。全然知りたくない......」しかし男は、彼女がどう思おうと構わず、彼女を解放してから、再び抱き上げた。「足を、私の腰に回せ」もう支えを失っていた和泉夕子は、素直に彼の腰に足を絡ませた。男はその姿勢のまま、彼女を再び壁に強く押し付けた。「この姿勢、気持ちいいか？」どんなことをされるよりも、彼の言葉の方が恥ずかしかった。和泉夕子の顔は真っ赤になった。「話さないで」霜村冷司は小さく笑い、「ん」と喉を鳴らした後、黙り込んだ。しばらくすると、テーマルームには女の喘ぎ声が響き渡った。激しい行為の後、和泉夕子はベッドに倒れ込み、指一本動かす力も残っていなかった。男は彼女を抱きかかえ
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二人で夕食を終えた後、和泉夕子は使用人に穂果ちゃんをお風呂に入れるように言い、自分は書斎の外のシングルソファに座って、本を読んでいるふりをしながら、霜村冷司と沢田の電話を盗み聞きしていた。「結婚したいなら、私が大野さんと相談しよう」電話の向こうの沢田は、この言葉を聞いて、反射的に拒否した。「霜村さん、俺は佑欣のことが好きじゃないんだ。大野さんに頼みに行かないでくれ」霜村さんが大野皐月に相談しに行ったら、どんな顔をするか想像もできた！自分のために、霜村さんにプライドを捨てて、大野皐月に頭を下げさせるなんて、そんなこと、自分が死ぬよりも辛い。それに、沢田は大野佑欣の性格を良く知っていた。騙したことなど知られれば、彼女が結婚してくれるはずがない。そんな不可能な事のために、霜村さんに仇に頭を下げさせる必要などあるだろうか。「沢田、お前をSから解放してあげよう。もう身分なんて気にしなくていい。誰とでも一緒にいられる。護衛も永久に付けてあげる」沢田はその言葉を聞き、心に温かいものが広がった。とても感動的だった。彼も自由になりたいと思っていた。しかし、5ヶ月後、霜村さんは闇の場に行く。自分も必ず同行しなければならない。霜村さんを守りきれなくなった時は、この命を盾にしてでもお守りする。そうすれば、霜村さんに幼い頃から助けてもらい、大切に育てられ、才能を認めてもらった恩に報いることができる。「結構です、霜村さん。俺には、まだたくさんの任務が残っていますから......」そう言って、沢田は深呼吸をし、携帯を握りしめながら言った。「もし佑欣がまた俺に会いに来たら、俺の位置情報を送ってください」彼女を抱いた以上、責任を取らなければならない。ただ、大野佑欣にまた会う時、命までは取られないように願うばかりだ。後は何をされても構わない。霜村冷司は何度か説得を試みたが、効果がなく、疲れたようにそれ以上話すのをやめ、電話を切った。携帯を置いて振り返ると、和泉夕子が盗み聞きしているのが目に入った。男の薄い唇の端が、美しい弧を描いてわずかに上がった。「奥さん、盗み聞きがお好きだったとは」現行犯で捕まり、和泉夕子は少しバツが悪そうに、本で顔を隠しながら言った。「えっと......ただ、沢田が最後は佑欣との結婚を承諾したのかどうか知りた
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城館では、霜村冷司がインターホンの通話を切った後、新井に冷たく命じた。「追い返せ。爺さんに見つかるな」新井は恭しく「かしこまりました」と答えて、別の方向から城館を出て行った。新井が二人を追い払うのを見届けてから、霜村冷司はリビングに戻った。霜村爺さんと大田は、まだ和泉夕子が入れたお茶を飲んでいた。「習ったのか？」和泉夕子は霜村爺さんの湯呑みに再びお茶を注ぎながら、首を横に振った。「専門的に習ったわけではありません。動画で少し覚えただけです」藤原グループで働いていた頃、様々な企業の社長の接客を担当していたので、お茶を好む年配の社長もいるため、多少は覚える必要があったのだ。動画で覚えたと聞いて、霜村爺さんは珍しく彼女をけなすことなく、むしろ褒めた。「なかなか良い腕だ」大田が相槌を打った。「才能があるのかもな」和泉夕子は微笑んだ。「お茶の葉が良いんです」言葉が終わると、長身でがっしりとした、冷気漂う男が近づいてきた。「まだ帰らないのか？食事でもするつもりか？」彼の言葉は大変失礼で、大田は少し気まずそうに感じた。和泉夕子は慌てて立ち上がり、彼の袖を軽く引っ張った。霜村冷司はそこでようやく言葉を付け加えた。「大田先生、夕食を共にどうですか？」大田はそれを聞くと、霜村爺さんに眉をひそめて言った。「喜んで。霜村社長のご自宅で食事をいただくのは初めてですから」霜村爺さんは怒って、手に持っていた湯呑みをテーブルに叩きつけた。「何を食べる？自分の家で食べろ！」そう叫ぶと、杖をついて立ち上がり、「頼まれても、ここで食事などするものか」という態度を見せた。和泉夕子は霜村爺さんを少し恐れていたが、それでも前に出て彼を止めた。「おじいさん、あなたも一緒に食事をいかがですか？」霜村爺さんは彼女を睨みつけ、視線の端で霜村冷司を見た。彼が何の表情も示さないのを見て、怒って鼻を鳴らし、背を向けて出て行った。霜村爺さんが怒って帰ってしまったので、大田ももちろんここに残って食事をする気はなく、慌てて立ち上がって後を追った。玄関を出る前、彼は霜村冷司をちらりと見た。しかし結局何も言わず、和泉夕子に一言だけ告げた。「杏奈に薬を届けさせる。毎日きちんと飲むように」和泉夕子が礼を言う間もなく、大田は城館から走り去ってしまった。二人が帰
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兄が自分のために仇に譲歩したのを見て、大野佑欣はさらに激しく泣いた。「お兄ちゃん......本当に優しいのね......」大野皐月はため息をついて言った。「たった一人の妹はなんだからさ」妹が兄を守るなんて、聞いたことがあるか？彼らの家はそうだった。小さい頃から、何かあるたびに、大野佑欣が彼を守ってくれた。父が大野佑欣に武道を習わせたのも、彼を確実に守れるようにするためだったと言えるだろう。大野佑欣自身もそのことを理解していたが、少しも嫌がらずに、むしろ彼を守ること最優先にしてくれていた。妹は彼にこんなに良くしてくれたんだ。彼も妹にはとことん恩返しがしたい。そうでもなければ、これまで妹が武道で負った傷にどう埋め合わせをしたらいいのだろう。大野佑欣も同じように考えていた。兄がこんなに良くしてくれるのに、その好意を無限にすることなどできるはずがない。「私は彼とは結婚しないわ」彼とは家柄も釣り合わないし、何せ彼は自分を騙したのだ。彼の心に自分なんて存在しない。霜村冷司の命令で仕方なく結婚するなんて、そんな結婚に何の幸せがあるのだろうか。大野佑欣は兄に断言した。「彼を見つけて復讐したら、きっぱりと縁を切るわ。それからお父さんの言うことを聞いて、お見合いをする。そうすれば、将来、お兄ちゃんが霜村さんと戦う時の助けにもなるし......」大野皐月はきゅっと唇を結んだ後、ゆっくりと微笑んだ。「私に女の助けはいらない」大野佑欣が何か言おうとした時、大野皐月からまたティッシュが飛んできた。「顔を拭け。汚らしいぞ」ティッシュを受け取った大野佑欣は、泣き笑いしながら思った。こんなに良い家族がいるんだから、男なんていらない。あんな男なんか、くたばってしまえばいい！大野皐月の車がブルーベイを出て行った後、物陰に隠れていたマイバッハがゆっくりと出てきて、ブルーベイの門の前に停まった。グレーのスーツを着た水原哲が運転席のドアを開けて降り、助手席側へ回り込んでドアを開けると、赤いタイトスカートを履いた水原紫苑が降りてきた。彼女は坂道を下っていく車を見ながら、水原哲に言った。「お兄ちゃん、あなたの仇は、意外と弱そうね。私に任せてくれない？」片手をドアにかけた水原哲は、冷たく言った。「関わるな。あいつはキレると手がつけられない」大野
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霜村冷司もこの方法がまずかったと思っているようだった。珍しく大野皐月を非難せず、逆に提案をした。「君の妹が沢田と結婚する意思があれば、大野家に縁談を申し込ませよう」沢田のSメンバーとしての身分を解除し、安心して家庭を築かせることも、霜村冷司が闇の場へ行く前の計画の一部だった。二人が愛し合っているなら、前倒しで沢田をSから脱退させるのも不可能ではない。大野佑欣は霜村冷司がこんなことを言うとは思っていなかったので、少し驚き、何か言おうとしたが、大野皐月の方が先に口を開いた。「フン、たとえ私の妹が一生嫁に行けなくても、お前の部下になどには絶対に嫁がせん！ただのボディーガードの分際で大野家に取り入ろうとするとは、身の程知らずもいいところだ！」相川泰はそれを聞いて眉をひそめた。沢田はSメンバーであり、夜さんの右腕でもある。普通のボディーガードとは比べ物にならない。大野皐月の目は節穴か。「お前の妹はあんなに気が強いんだ。沢田くらいしか相手にしてくれないだろうに。沢田のことを身の程知らず呼ばわりするとは。身の程知らずなのはお前の妹の方じゃないか！」一旦落ち着いた雰囲気は、相川泰の一言で再び緊迫したが、大野佑欣が左フック一発で相川泰をノックアウトした。拳を収めた後、彼女は振り返り、霜村冷司に言った。「彼に伝えて。世界中の男が死んでも、私は彼とは絶対に結婚しないわ！」妹が自分と同じ考えだと知り、大野皐月はさらに勢いづいた。顎を上げて、霜村冷司を睨みつけた。「霜村、私の妹をいじめたことは絶対に許さない！」「じゃあ、お前はどうするつもりなんだ？」「沢田を私に引き渡せ。さもないと、ブルーベイを潰すぞ」ブルーベイは霜村冷司が和泉夕子に贈った新居であり、内装は全て彼女のデザインによるものだった。大野皐月が潰せるなど、まさに絵空事だった。「同じことは二度と言わない」霜村冷司はこの言葉を残し、和泉夕子の手を引いて立ち去った。大野皐月がどんなにボディーガードを掻き分けてドアを蹴ろうとも、振り返ることはなかった。和泉夕子は霜村冷司とは違い、振り返った。妹のために必死になっている大野皐月を見て、少し羨ましく思ったのだ......彼女もこんな兄が欲しいと思った。でも、彼女は春日家の人間ではない。大野皐月は彼女の兄ではないし、春日琉生も彼女の弟ではない
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第928話
沢田がどんな方法で大野佑欣に近づいたのか、相川泰と和泉夕子は知らなかった。知っているのは、霜村冷司だけだった。「沢田はいない。探したいなら、自分で連絡してみたらどうだ？」「連絡が取れるんだったら、こんなところに来たりしません」大野佑欣は湧き上がる怒りを抑え込み、拳を握りしめながら霜村冷司の前に歩み寄った。「彼は一体どこにいるんですか？」彼女より20cmも背の高い霜村冷司は、目線を落とし、冷ややかに彼女を一瞥した。「知らない」沢田はこの任務を終え、Sの本部に直帰した。だが、Sのことは、霜村冷司が簡単に他人に話すはずもなかった。大野佑欣の顔色は変わり、怒りで胸が激しく上下した。それでも理性を取り戻そうと努めながら、霜村冷司に詰め寄った。「あなたが彼を私へ近づかせ、誘惑し、騙させたくせに、どこにいるか知らないなんて言うんですか？」霜村冷司の濃く長いまつげが、かすかに動いた。沢田が最終的に彼女に近づいた方法が、まさか「色仕掛け」だとは、霜村冷司も思ってもみなかった。この方法は霜村冷司が出したものではないが、送り込んだのは彼だ。多少なりとも責任はある。霜村冷司が口を開こうとしたその時、大野佑欣の後ろに立っていた男が、突然前に出てきて彼女の腕を掴んだ。「何だって？霜村がお前を誘惑するために人を送り込んだって？」兄に見つかってしまった以上、大野佑欣には他に何も隠すことはなく、ただ頷くことしかできなかった。大野皐月は一瞬驚いた後、大野佑欣の両肩を掴み、彼女の体をじっと見つめた。「あの、沢田という男に何かひどいことはされてないか？」幼い頃、大野皐月は体が弱かったが、反対に妹は丈夫で活発だったため、父は妹をテコンドー教室に通わせた。妹はそれをきっかけに格闘術に興味を持ち、テコンドーを習得した後、さらにボクシングを習い始めた。そして、めきめきと上達していった結果、いつしか、誰もが恐れる大野家のお嬢様になってしまった。大人になってからは、幾つかの名家の御曹司とお見合いもしたが、どの御曹司も、彼女としばらく付き合うと、怖がって逃げてしまった。というのも、彼女はあまり自分の気持ちをうまく表現できず、何か嫌なことがあれば、すぐに手が出てしまうからだった。大野皐月はこの点をむしろ評価していた。女の子はこうやって自分
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第927話
大野皐月は躊躇ったが、回りくどい言い方をやめ、単刀直入に言った。「もし私たちと母さんの骨髄や心臓が適合すれば、彼女は迷わず私たちに移植するように言うだろう。さらには、私の目の前で、なぜ自分の子どもなのに臓器が適合しないんだと嘆いていたんだ。しまいには......お前の命も顧みず、夕子の心臓を奪ってこいとも言われたんだよ」大野皐月は視線を落とし、衝撃を受けている妹を見つめた。「佑欣、母さんは心臓が適合しないって分かっていながら、他人の心臓を奪ってこいとお前に言ったんだ。これはもう、狂っているとしか言いようがない。あの人はもう、昔のような優しい母さんなんかじゃない。目を覚ませ......」大野佑欣は首を横に振った。「そんなはずないわ。お母さんが、そんなことを言うはずがない」口を挟むつもりはなかった和泉夕子だったが、自分の心臓を守るため、口を開いた。「大野さん、彼が言っていることは、本当のことなんです。彼女はあなたたちの臓器が適合しないことを嘆いていました」この決定的な発言に、大野佑欣は雷に打たれたような衝撃を受けた。そして、全く受け入れられないという様子で、真っ青な顔で和泉夕子と大野皐月を交互に見つめることしかできないのだった。彼女がまだ信じられない様子なので、和泉夕子は提案した。「もう一度私の血液を採取して、検査をしてみてはどうでしょうか。きっと、私の言葉より医師の言葉の方が信憑性があるでしょう」大野佑欣は目の前の落ち着いた表情を見つめ、数秒ためらった後、首を横に振った。「結構よ、お兄ちゃんの言葉を信じるわ」これまで、この骨の髄まで彼女を可愛がってくれた兄が、彼女を騙したことは一度もなかった。それに、兄は母をとても愛していて、ドナーを見つけるために、躁鬱病を抱えながらも世界中を駆け回っていた。こんなにも親孝行な人が、どうして自分の母親を悪く言うだろうか。きっと、本当に母が自分でそんなことを言ったに違いない......もし和泉夕子の骨髄や心臓が適合すれば、兄はどんな犠牲を払ってでも、そのドナーを確保しようとするはずだと、彼女は確信していた。彼女は霜村冷司の妻だから、兄はなおさらためらうことなく、手出しをするだろう。しかし、兄は彼女に手出ししなかった上に、自分が罪を犯すのを止めるため、わざわざ帰国までしたのだ。だから本当に、
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第926話
和泉夕子が城館を出て、鉄格子越しに見てみると、相川泰と大野佑欣が激しく取っ組み合っているのが見えた。沢田が戻ってきた時に、大野皐月の妹、大野佑欣は喧嘩がとても強いと聞いていたが、和泉夕子は信じていなかった。しかし今、実際に現場を目の当たりにし、彼女は驚愕した。180cmを超える大男の相川泰でさえ、大野佑欣のパンチに押されている。「大野さん」鉄格子越しに優しい声が聞こえ、大野佑欣は握りしめていた拳をゆっくりと開いた......彼女は体を起こし、振り返って、鉄格子の中に立っている和泉夕子を見た。「あなたが和泉夕子さん？」「ええ」陽光の下に立ち、軽く頷く彼女の姿に、大野佑欣は少しぼんやりとした。こんなにも生き生きとした命を、どうして奪えるだろう。でも、母親を失いたくもない......大野佑欣は数秒迷った後、和泉夕子に近づこうとしたが、相川泰に止められた。「奥様に近づくな。でないと、容赦しないぞ......」彼は女には手をあげないと決めているため、大野佑欣に手加減をしていたが、もし彼女が奥様に危害を加えようものなら、容赦はしない！大野佑欣は相川泰を一瞥したが、全く気にせず、大きな目で鉄格子の向こうにいる和泉夕子を見つめた。「霜村奥さん、少し外に出て話せますか？」「ごめんなさい。それはできませんわ」和泉夕子はきっぱりと断った。「あなたが来た目的は知っています。ここで話しましょう」大野佑欣は彼女を外に連れ出して拉致するつもりだったが、和泉夕子は彼女の目的に勘づき、警戒していた。「あなたのお兄さんから電話があったんです。あなたが私の心臓を奪いに来ると」なるほど。だからブルーベイに、屈強なボディーガードが配置されていたのか。まさか、兄が事前に連絡しているとは思いもしなかった。兄に先手を打たれた大野佑欣は、相手が全て知っているのを見て、潔く認めた。「ええ、その通りです。私はその目的でここに来ました」和泉夕子は唇の端を上げ、困ったように微笑んだ。「大野さん、医師は既に私の血液を採取し、適合検査を行い、あなたのお母様とは適合しないことが結果として分かっています。だから、無理やり私の心臓を奪って移植しても、無駄なんです。しかも、適合しないドナーの臓器を移植すれば、拒絶反応で、あなたのお母様はすぐ
