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第50話
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契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1390話
「夕子」和泉夕子が部屋を出て行こうとした時、霜村冷司が彼女を呼び止めた。和泉夕子は振り返って霜村冷司を見ると、彼が自分の腹部を見つめているのに気づいた。「お腹の子......触ってもいいか？」彼女が妊娠してから、自分は傍にいなかった。お腹の子に触れたこともない。触らせてあげてもいいだろうか？和泉夕子は彼の視線を辿って、膨らんだ自分のお腹に目を落とし、小さく頷いた。霜村冷司は指を伸ばし、和泉夕子の柔らかなお腹に触れた。丸い感触に、張り裂けそうだった心が、ふわりと柔らかくなった。霜村冷司の目に浮かぶ優しさを見て、和泉夕子は、霜村涼平が絵本を手に、白石沙耶香のお腹の子に読み聞かせをしていた姿を思い出した。自分の子の父親にも、この子に話しかけてほしい。そうすれば、別れた後も、それほど後悔することはないだろう。そんな思いから、思わず霜村冷司に尋ねた。「この子に......何か話しかけてみる？」霜村冷司は少しの間、黙り込んだ。何を言えばいいのか分からなかったが、和泉夕子のお腹を愛おしそうに撫でながら、静かに口を開いた。「こんにちは、パパだよ」そう言うと、緊張した面持ちで和泉夕子を見上げた。「聞こえているのか？」和泉夕子は自分のお腹に手を当て、小さく頷いた。「もう6ヶ月近くになるから、胎動もあるの。だから時々、私が話しかけると、小さな手足を動かしたり、私を蹴ったりするのよ。きっと、感じているんだと思う」初めて父親になる霜村冷司にとって、それは初めて聞く話だった。お腹の中で小さな手足を動かす我が子の姿を想像し、思わず目を潤ませた。「どうして動かないんだ？」霜村冷司は注意深くお腹に触れているのに、和泉夕子の言う胎動を感じることができなかった。「もしかして......言葉が少なすぎるんじゃないかしら」ただの挨拶だけでは、お腹の子は父親の声を聞き慣れていないから、反応しないのも当然だろう。霜村冷司は膨らんだお腹を見つめ、眉をひそめて考え込んだ後、椅子から立ち上がり、和泉夕子の前で片膝をついた。彼は、まるで生まれてくる我が子と目を合わせるかのように、お腹を見つめ、心からの言葉を紡いだ。「君を身籠るために、君のお母さんは本当に苦労したんだ。どうか......無事に生まれてきて、すくすくと元気に育ってほ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1389話
和泉夕子は霜村冷司をじっと見つめていた。彼の言う立場の問題を理解しているようで、責める様子もなく、むしろ彼の指をぎゅっと握り締めた。「彼の孫娘じゃなくてもいい。後継ぎの座を断って、あなたの味方になることもできる。それでも......別れなきゃいけないの？」彼女の揺るぎない決意は、失意のどん底にいる霜村冷司の心を温めた。そして、言葉を続けるほどに、残酷さが際立ち、罪悪感が募っていった。「血の繋がりは断ち切れない。それに、尭さんが公表した以上、お前が闇の場のリーダーである事実はもう覆せない。すぐに......闇の場の人間もお前が誰なのか知るだろうし、Sの人間も知るだろう。彼らに知られたら、放っておくと思うか？」張り詰めていた和泉夕子の神経は、彼の言葉を聞いた途端、さらに締め付けられた。まるで何かに縛られているかのように、身動きが取れなくなった。力なく霜村冷司の手を離すと、かつての澄んだ瞳は迷いを帯び、和泉夕子は俯いた。この先、そうすればいいのか、彼女には分からなかった。霜村冷司の指は、滑らかな巻き毛から、ゆっくりと和泉夕子の顔へと移動した。まるで希代の宝物に触れるかのように、彼女の目元を優しく撫でる。「もしSのメンバーがお前を傷つけたら、私は黙って見ていられない。だが、私はSのリーダーだ。メンバーに手を出したら、どうやって復讐を遂げられる？そうなったら、私もお前も苦しむことになる。だから......別れよう」そこまで言われてしまっては、和泉夕子には何も言えることはなかった。ただ......「冷司、あなたは今まで、二度、私を置いていったのよ。そして、今回が三度目ね。もし今回も別れることになったら、私はもう振り返らない。本当にそれでいいの？」一度目の別れは、彼のやむを得ない事情。二度目の離婚は、誰かに脅された結果だった。そして三度目は、彼自身の、どうすることもできない選択なのだ。何度も捨てられるのは、確かに辛い。彼が本当に別れを決めたのなら、和泉夕子は何も言わない。「今回が三度目ね」という言葉は、まるで心臓を抉り出すかのような言葉だった。誰かの大きな手が胸を貫き、血まみれの心臓を無理やり引きずり出すような感覚。霜村冷司は向かい合う和泉夕子を見つめていた。一瞬、全てを投げ出して彼女を抱きしめ、強くキスしたい衝動に
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1388話
彼は、底の見えないほど暗い表情を浮かべた。まるで深い霧に包まれたように、和泉夕子には彼の心が読めなかった。だが、彼の言葉は胸を締め付けるほど辛かった。和泉夕子は耐えられなくて、聞くと鼻の奥がツンとし、瞳も赤くなった。どうにも抑えきれない。「どうして？また優子に脅されてるからなの......」前回のように、自分の命を盾に霜村冷司を脅迫した。彼はどうしようもなく、自分を突き放すしかなかった。しかし、今回は違う。「闇の場のリーダーとして、私が優子の問題を解決する。怖がらないで」彼女が自分を守ろうとする力強い声が、霜村冷司の耳に届いた。それはとても温かく、そして、霜村冷司を深く恥じ入らせた。「夕子、今回は優子に脅されてはいない。私が......お前と離婚したいんだ」和泉夕子は立ち尽くした。重苦しい胸と、ツンと痛む鼻の奥が、同時に目頭を刺激し、目から涙が、糸の切れた真珠のようにこぼれ落ちた。「どうして......」心変わりもしていないし、自由を奪われているわけでもないし、脅迫されているわけでもないのに、どうして霜村冷司は離婚したいと言い出すのだろうか？彼女が泣いているのを見て、霜村冷司は胸騒ぎがした。無意識のうちにすらりと長い指を上げて、緊張しながら彼女の涙を拭った。「夕子、私と一緒にいると、辛いだろう？」彼は優しく涙を拭い、優しく彼女の名前を呼び、優しく彼女を見つめていた。しかし、彼の次の言葉は、全く優しくはなかった。「沢田は私のためにここで死んだ。Sのメンバーもたくさんここで死んだ。私が背負わなければならないものが、あまりにも多すぎる。一緒にいたら、辛い思いをするだろう。だから......」彼は言葉を途切れさせ、再び口を開いた時には、声がかすかに震えていた。まるで喉の奥に何かが詰まっているように、言葉を発するたびに、刃物で抉られるような痛みが彼を襲う。「私たち、別れよう」和泉夕子は、涙で潤んだ瞳で、目の前の男を見つめ、別れようという言葉が彼の口から出たとは、とても信じられなかった。初めて彼が契約を持って別れを切り出してきた時、和泉夕子はあまりごねることなく、体面を保ち、きっぱりと去った。あの時、霜村冷司がもう自分のところに来なければ、諦めて、彼を忘れようと努力できたはずなのに、彼はいつも訪ねてきたのだ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1387話
「ここに監視カメラがあるから、話しにくいのか？」和泉夕子はそう言ってすぐさま立ち上がり、如月尭に監視カメラを切ってもらうよう頼みに行こうとしたが、霜村冷司に引き止められた。「夕子、主制御区域は尭さんの私的な場所だ。監視カメラはない」Ace全体で、ここだけが監視カメラのない場所だった。如月尭は誰にも自分のプライバシーを覗かれることを許さない。和泉夕子は主制御区域を見回した。壁はすべて重厚な金属でできており、扉も分厚い金属製だった。「じゃあ、ここは防音効果は大丈夫？盗み聞きされたら困るんだけど......」泥棒でも警戒するかのような和泉夕子の様子に、霜村冷司は思わず薄唇を歪めて、甘い笑みを浮かべた......「防音効果はバッチリだ。それに、彼は私の身分を知らない。盗み聞きする理由なんてないだろう？」和泉夕子は、如月尭が藤原優子から霜村冷司の身分をすでに聞いているため、彼の自由を制限しているのだと考えていた。しかし霜村冷司は、如月尭は身分を知らないと言い、彼女の手に優しく触れ、穏やかに説明した。「もし私の身分を知っていたら、こうしてここに現れることなんてできるはずがないだろう？」彼の言うことにも一理ある。和泉夕子は納得したが、それでも少し疑問が残った。「じゃあ、あなたは......」霜村冷司は彼女が何を聞きたいのか察し、優しく言葉を遮った。「夕子、ずっと家に帰れなかったのは、優子に弱みを握られて、闇の場を離れることも誰かに連絡を取ることも許されなかったんだ。身分がバレないように、まずは彼女の言うことを聞くことにした。闇の場の創設者が誰なのかを早く突き止めれば、早くお前のもとに帰れると思ったんだ」霜村冷司は、和泉夕子の疑念をすべて払拭するためにそう言った。彼女の疑念が消えて初めて、穏便に別れを告げることができる。霜村冷司は、自分がそれとなく伝えようが伝えまいが、和泉夕子が自分の事情に気づこうが気づかまいが、どうにもならないことをよく分かっていた。如月尭が望んでいるのは、二人の完全な決別だ。別れない限り、永遠にここから出られないし、和泉夕子のお腹の子も堕ろされてしまう。自分がここから出られない、あるいはその場で頭を撃ち抜かれるのは構わない。しかし......和泉夕子が苦労して身ごもった子供だけは、守ら
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1386話
霜村冷司の端正な顔には、美しい色気のある目が据えられていた。物憂げで深遠なその瞳は、まるで夜空に輝く星々のよう。複雑で、思考を読み取ることはできない。和泉夕子は、そんな彼の目をじっと見つめた。何かを見つけ出そうとしたが、どう探しても見つからない。心臓は、重苦しく、とても不快だった。心臓移植をした後、どうもショックに弱い気がする。だから、悲しいことがある度に、疼くんだ。だけど、海に沈んだ経験から、以前より少し理性的になった気もする。例えば今、痛みを抑え、冷静さを保ち、霜村冷司を見つめることができる。「闇の場には自由に出入りできるのに、どうして家に帰らないの？どうして連絡をくれないの？」彼女は詰問する口調ではなく、ただ静かに、答えを求めた。ずっと眉を下げていた霜村冷司は、数秒の沈黙の後、ゆっくりと目を開けた。「家に帰りたくない。お前にも連絡したくない」和泉夕子の心臓は、急に締め付けられ、息苦しさを感じた。簡単な言葉が、組み合わさるだけで、こんなにも残酷になるなんて。彼女は霜村冷司を見つめた。連日、恋しさにやつれたその顔を見つめ、静かに口を開いた。「優子のせいなの？」霜村冷司は薄い唇を釣り上げ、淡い笑みを浮かべた。目尻まで下がっている。彼は薄い笑みで、目の奥の赤みを隠した後、静かに言った。「ああ」その一言が心臓に突き刺さり、激しい痛みを感じたが、和泉夕子は痛みをこらえ、向かい側の笑顔に満ちた目を見つめた。「冷司、あなたは優子を使って、私を三度も傷つけた。一度目は契約終了後、二度目は離婚を迫られた時、そして今回。どれも本当に辛いことだった。だけど......彼女のせいで家に帰りたくない、私に連絡したくないっていうのは、信じられない。だって、優子に恋するなら、とっくに恋してるはずでしょ？私なんか、入る隙間もないくらいに」そう言うと、和泉夕子は手を伸ばし、霜村冷司が体側に隠していた固く握り締められた手に触れた。触れた瞬間、和泉夕子は彼の指が、自分よりも冷えていることに気づいた。彼女は伏し目がちに、霜村冷司の大きくて綺麗な手に視線を落とした......以前なら、彼は自分の手を握り返し、指を絡ませていただろう。今回は指先が少し震えただけで、それ以上の反応はなかった。離婚を迫られた時と
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1385話
如月尭がそう言うと、そのまま立ち上がった。だが、彼が去った後、霜村冷司の脳内のチップが再びカウントダウンを始めた。時を刻む音が、止まることなく脳内に響き渡る。カウントダウンと妊娠という言葉は、どちらも霜村冷司への警告だ。約束した条件に従い、約束を破るな、さもないと何をするかわからない、と。だから、霜村冷司がヒントを与えようが与えまいが、和泉夕子が彼の事情を察知しようがしまいが、全く意味がない。如月尭が望んでいるのは、二人の完全な別れだ。さもないと、如月尭はいつでもどこでも、気づかれずに和泉夕子のお腹の子を堕ろすことができる。そして、脳内のチップに操られ、闇の場から永遠に離れられなくするだろう。闇の場を離れなかったら、和泉夕子を守れないし、子供も守れない......まずは外に出て、あらゆる力を借りて如月尭を排除しなければ、何も元には戻らない。ただ、今この場で会うことは、別れを意味するのだ。霜村冷司はそう思い、息もできないほど苦しくなったが、それを表に出さず、指を上げて顔のマスクを外した。上座の和泉夕子も、同時にマスクを外した。二人の顔が露わになった瞬間、互いの目が赤く染まった。二人は何も言わず、ただ見つめ合っていた。カウントダウンの音が耳に届いて、霜村冷司は我に返った。彼はまだ完治していない体を支え、和泉夕子の前に立った。しゃがみ込むでもなく、座るでもなく、逆光の中に佇んだ。「夕子......」霜村冷司は薄い唇を開き、声が詰まりかけたが、何とかこらえた。「この前、生死を問わず会わないって言ったから......もう二度と私に会わないと思ってた」和泉夕子は顔を上げ、霜村冷司を見つめた。彼は逆光で、表情がよく見えない。「夫婦喧嘩で、きついこと言うのは普通でしょ？まさか、まだ気にしてるの？」霜村冷司はその言葉を聞き、目に浮かんだ涙がこぼれ落ちそうになったが、和泉夕子に見られないよう、長いまつ毛で素早く隠した。「気にするわけないだろ」和泉夕子は首を突っ張って彼を見て、少し居心地が悪そうに、隣の椅子を引き寄せ、柔らかい座面を軽く叩いて、彼に座るように促した。霜村冷司は気持ちを落ち着かせ、促された場所にゆっくりと腰を下ろした。しかし、座った途端、和泉夕子は彼の耳元に近づいた。「ここに監視カメラがある
