LOGINShare
第753話
Related chapters
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第754話
霜村涼平は海川ホテルのVIPルームに座り、国際的に有名な企業の社長たちと杯を交わしていた。彼は霜村冷司が休暇中や用事がある時には、一時的に社長を代行していた。社長としての業務は本意ではなかったが、接待においては霜村冷司よりもはるかに優れていた。酒を飲み、楽しみ、プロジェクトについて話し合うことこそ彼の得意とするところだった。もちろん、プロジェクトの交渉がスムーズに進むのは、彼の背後に霜村氏がいるからであり、彼を誘う人たちのほとんどは彼に取り入ろうとしているのだと彼もよく承知していた。霜村涼平は少し飲んだら帰るつもりだったが、相手は彼が遊び好きなことを知っていたようで、新しい女性たちを連れてきた。「霜村社長、この子たちは海外から連れてきたんですよ。いかがですか？」声の主は盛世グループのCEOで、魅力的な外国人女性を数人連れて来れば霜村涼平との距離が縮まると思っていた。しかし、彼は明らかに霜村涼平の人柄を理解していなかった。確かに彼は遊び好きだが、誰とでも付き合うわけではなかった……霜村涼平はソファに背を預け、片足を組み、膝の上に赤ワインのグラスを持った長い指を乗せていた……白い指がグラスの縁を軽く叩き、何かを我慢しているようだったが、相手の顔を立てて特に何も言わなかった。数人の外国人女性たちは彼が拒否しないのを見て、すぐに大胆になり、彼の前に歩み寄ってワインを注ぎ、肩をマッサージしようと手を伸ばした。しかし、その手が彼の肩に触れる前に、彼の一つの笑顔で止められてしまった。「触らないで」彼の顔には温かな笑みがあり、三日月のような目も笑っていた。しかし、その目の奥には骨まで凍りつくような冷たさがあり、それは生まれながらの高貴さを持ち、一般人には真似できない種類のものだった。彼は笑っていたが、それは怒った顔よりも恐ろしかった。その恐ろしさは骨の髄から滲み出ており、人を思わず畏怖させるものだった。一目見ただけで、外国人女性たちは彼が手ごわい相手だということを理解した。霜村家の七男、遊び好きで浮気性、不真面目だが、侮れない人物だった。外国人女性たちは急いで手を引っ込め、おとなしく脇に立った。霜村涼平は組んでいた足を下ろし、立ち上がって数人の社長たちに微笑みかけた。「今日はこの辺で。先に失礼します」そ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第755話
確かに沙耶香は長らく踊っていなかったため、柴田夏彦の足を何度か踏んでしまった。最後の一歩は特に強く踏んでしまい、柴田夏彦は眉を少し上げて痛みを堪えていた。「すみません、もう踊るのはやめましょう。あちらで休んでいただきましょうか」柴田夏彦は大丈夫だと言ったが、沙耶香はもう踊りたくなかった。ハイヒールでこれ以上踏んだら、先輩の足が台無しになってしまうだろう。彼女は柴田夏彦を支えてダンスフロアを離れたが、ソファまで行く前に長身の男性が道を塞いだ。霜村涼平はオーダーメイドのスーツを着て、堂々とした姿で立ち、ハンサムで整った顔立ちで、全身から落ち着いた貴族の気品を漂わせていた。墨で描いたような眉の下の一対の目は、冷たい星のように鋭く、白石沙耶香が柴田夏彦を支える手をじっと見つめていた。「白石さん、お見合いですか？」白石沙耶香は彼を無視し、柴田夏彦を支えながら彼を避けてソファエリアに行こうとしたが、男性は手を伸ばして二人を止めた。「柴田先生、白石さんが私と三年間一緒だったことをご存知ないのですか？」二人よりも背の高い霜村涼平は、少し目を伏せて、銀縁の眼鏡をかけた知的な雰囲気の柴田夏彦を見下ろした。最近帰国したばかりの柴田夏彦は、そのような話を聞いたことがなかったが、目の前で彼らを遮っている男性のことは知っていた。病院の大ボス霜村冷司のいとこで、霜村家の七番目に生まれた御曹司、国内外で名を馳せる遊び人だった。家柄が簡素な柴田夏彦は、霜村涼平のような財閥の前では確かに誇れるものはなかった……しかし、なぜか彼は霜村涼平の目に宿る生まれつきの軽蔑と優越感を見て、立ち向かいたくなった。彼は沙耶香を支える手を放さず、背筋を伸ばし、顎を上げ、年下だが高い地位にある涼平を見上げた。「彼女があなたと三年間一緒だったということは、今はもう一緒ではないということです。もう一緒でないなら、涼平様が私の前でそのようなことを言うのは不必要ですね」「そうですか？」霜村涼平は一歩前に出て、絶対的な身長の優位性を持って柴田夏彦に圧力をかけた。「柴田先生は私が遊んだ女性を引き取るつもりですか？」「遊ぶ」という言葉は、かなり人を傷つけるものだった。沙耶香は自分がもう傷つかないと思っていたが、予想外にその言葉に心を痛めた。「霜村涼平、
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第756話
沙耶香はしばらく考えた。別れた後、彼は何人もの女性と付き合っていたが、彼女は何も言わなかった。彼女がただお見合いをしただけなのに、まるで彼女が何か悪いことをしたかのように振る舞っている。これはどういうことなのか、涼平様と一緒にいたからといって、他の人と付き合ってはいけないのだろうか？そんなことはない、むしろ付き合うべきだ！沙耶香は指を広げ、柴田夏彦と指を絡ませた後、顔を上げて霜村涼平を見た。「そうよ、受け入れたわ。今からは、私と柴田先生は恋人関係よ」霜村涼平は怒りに笑った。「ふん、たった一日で知り合っただけで、他人の彼女になるなんて、本当に軽いね」「誰が私と柴田先生は一日しか知り合いじゃないって言ったの？」沙耶香は霜村涼平から視線を外し、側にいつも彼女を見つめている柴田夏彦を見た。「彼は私の高校の先輩よ。私たちはずっと前から知り合いなの。再会して、お互いに良いと思ったから付き合うことにした。それも軽いと言うの？」霜村涼平は胸が詰まり、「ずっと前から知り合い」という言葉に顔色が青ざめ、目に満ちた怒りは抑えきれなかった。「白石沙耶香！」彼は二人の絡み合った手を引き離し、沙耶香を引っ張ってパーティーホールの外に連れ出そうとしたが、沙耶香は力強く霜村涼平の手を振り払った。「涼平様、あなたは私が暇つぶしに遊んだ男に過ぎないわ。もう終わったの、もう遊ばないから、しつこく付きまとわないで」明らかに反撃の言葉だったが、霜村涼平の耳には非常に耳障りに聞こえ、同時に胸が詰まり、少し痛みを感じた。その痛みは心が引き裂かれるようなものではなく、少しずつ侵食するような、指先から広がり、徐々に心臓へ、そして全身へと広がる痛みだった。「白石沙耶香、よくも、もう一度言ってみろ！」沙耶香はもう一度繰り返そうとしたが、目の前の背筋の伸びた男性の目が赤くなっているのを見た。そう、彼は初めて、感情を抑えられずに目を赤くし、目尻まで赤くなっていた……霜村涼平はこの制御できない感情が嫌で、再び沙耶香の手首を掴み、彼女を一気に自分の腕に引き寄せた。後ろから追ってきた柴田夏彦は二人を引き離そうとしたが、霜村涼平の赤く凶暴な目つきに厳しく睨まれた。「お前が近づいたら、柴田家を潰してやる！」霜村涼平が本気で怒っているのを見て、傍観
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第757話
だから……もう好きではないの。なんて何気ない言葉だろう。しかし、その何気ない数言が、霜村涼平の心を締め付け、呼吸すら困難にさせた。彼はあの頃確かに友人に笑われるのを恐れていたが、心の中では彼女を見下したことなど一度もなかった。彼女に初めての人ではなくても構わなかったし、それでも彼女を彼女にしたのだ。しかし、彼女はどうしてこんな理由で、そんなに簡単に好きでなくなれるのだろうか？霜村涼平は少し受け入れがたく、沙耶香の白い小さな顔を両手で包んだ。「沙耶香姉さん、もう一度言うよ。僕は一度も君が離婚したことを気にしたことはない」「もし僕が君の離婚歴を気にしていたなら、天罰が下って、僕は不幸になってもいい！」彼がそんな誓いを立てたことで、沙耶香は何と言えばいいのか分からなくなった。彼がこんなことを言うのは、彼女を取り戻すためのようだ。でも彼には女性が山ほどいるのに、なぜ彼女を取り戻そうとするのか？沙耶香は霜村涼平がこうするのは、彼女を好きだからだとは思わなかった。少しは好きなのかもしれない。結局、沙耶香は木の人形ではないので、それは感じることができた。しかしそれは子供じみた性格だ。三年間遊んでいた相手が突然彼を拒否すると、どうしても受け入れられないのだろう。沙耶香は霜村涼平をよく理解していたので、彼が彼女というおもちゃを取り戻せば、すぐに飽きて捨てるだろうと思った。以前、安藤美弥と復縁した時のように、数日後には安藤美弥を振っていたのだから。沙耶香は恋の傷を経験しており、もう一度傷つくのが恐かった。自分が耐えられないこと、そしてひとたび深入りすれば、もう抜け出せなくなるのを恐れていた。結局、霜村涼平は江口颯太とは違い、彼は江口颯太よりもはるかに優れていた。彼を愛してしまえば、完全に終わりだ……沙耶香はここまで考えて、自分の理性を取り戻し、軽く笑いながら霜村涼平を見た。「涼平様、あなたの初恋のゆきなさんは、私よりもあなたを愛しているわ。彼女と仲良くしなさい」霜村涼平は沙耶香がまた彼を拒否するのを見て、胸が締め付けられた。彼は少し焦りいらだちながら、手を伸ばして彼女を抱き寄せた。「沙耶香姉さん、すぐに彼女と別れるよ、もう一度僕のことを好きになってくれないか？」「今度は、約束する。必ず友達に
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第758話
霜村涼平は怒りに満ちて立ち去った。その反抗的な背中を見つめながら、相川涼介はため息をついた。いつも涼平様が人を振るのであって、彼を振る勇気のある人などいなかった。A市の人々は皆、霜村家の七男は霜村家の次男よりも冷酷で情け容赦ないと言っていた。彼は女性に対して真心を持ったことがなく、女性を着替えるように取り替え、真剣になったことなどなかった。相川涼介から見れば、涼平様は心を動かされる人に出会わなかったから、頻繁に「衣服を取り替えて」いたのだ。彼はお金も時間も、才能も外見も持ち、間違いを犯せば霜村家が庇い、間違いを犯さなければ、家族全員が可愛がる。このような身分と背景があれば、当然遊ぶ資本はある。ただ今、心を動かされる人に出会い、初めて壁にぶつかっただけだ。しかし、形勢逆転、涼平様も女性に一度は泣かされる番だ。相川涼介はそう心の中で考えながら、タバコを取り出した。そばを通りかかった女医が彼を見て、彼の肩をたたいた。「すみません、タバコを吸うなら外の喫煙所でお願いします。ここでは吸わないでください」相川涼介が振り返ると、その女医は優しく落ち着いた物腰で、堂々としており、どこか見覚えがあった。彼は長い間考えても思い出せなかったが、女医の方が先に彼を認識した。「相川さん、どうしてここに？」女医は一瞬驚いた後、院長がこのパーティーを開いたのは、自分のいとこのお見合いのためだったことを思い出した。彼女は前回、相川涼介とお見合いしたことがあるが、相手はずっとうつむいて食事していて、途中で電話を受けて、急いで帰ってしまった。滝川舞は相手が自分に興味を持たなかったのだろうと思い、今回のパーティーで適切な医師と出会えればいいと考えていたが、まさかタバコを注意した相手がパーティーの主役だとは思わなかった。滝川舞は相川涼介が自分をぼんやり見ていることに気づき、気さくに微笑みかけた。「覚えていない？前回お見合いした滝川舞です」滝川舞は礼儀正しく手を差し出し、その仕草は前回よりもリラックスしており、控えめながらも個性的な印象を与えた。相手が自分に興味を持っていないのなら、緊張する必要はなく、一面識の友人として挨拶を交わすだけで十分だと考えていた。相川涼介は彼女の顔から視線を移し、目の前に差し出された手を見て、礼儀正しく握手した。「覚えていますよ、滝川先
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第759話
相川涼介は呆然として、しばらく反応できなかった。隣にいた滝川先生が「相川さんには恋人がいらしたのですね」と言うまで。彼はようやく「違う違う、彼は恋人じゃない、彼は私の……」と慌てて言い返した。滝川先生は笑いながら手を振った。「大丈夫ですよ、院長には言いませんから、秘密にしておきます」滝川先生はそう言うと、すぐに踵を返して去ってしまい、相川涼介に説明する機会をまったく与えなかった。相川涼介は怒りで顔色が青くなったり白くなったりしたが、一方でこの騒動の張本人は、まだ傲慢に大笑いしていた。「おっはははは、君子の復讐に十年遅しなし、ついに良いチャンスを掴んだぞ！」「ふざけるな！！！」相川涼介は怒鳴り、筋肉質な脚を上げ、一蹴りで柴田南を地面に蹴り倒した。彼は拳を握りしめ、相手を思い切り殴りつけようとしたが、両手が手錠で縛られていて、動きづらかった。「鍵はどこだ？！」「トイレに流しちゃった！」くそったれ！相川涼介は怒りで柴田南をもう一度蹴ろうとした。しかし柴田南は彼が脚を上げる瞬間を見計らって、鯉の跳ねるように地面から飛び上がった。何の束縛もない柴田南は、廊下の外に向かって走りながら、生意気にも相川涼介に向かって中指を立てた。「おいでよ、おいで、追いかけてみろよ！」「追えないだろう、ららら～」相川涼介：……「二度と会わないほうがいいぞ、この野郎！」一生分の汚い言葉を、相川涼介はすべて柴田南に捧げた。できることなら、先祖十八代まで遡り、子孫十九代まで下って、すべてを罵りたかった！！！相川涼介の良縁は柴田南によって台無しにされ、さらに両手は手錠で縛られたまま、鍵屋に行って長い時間かけてようやく解放された。彼は歯を食いしばり、大きな刀を手に取り、柴田南の住まいへと猛然と向かった。しかしジョージは彼に、奴は一晩でイギリスに行ってしまったと告げた……相川涼介は刀を手に、まるで投げ矢のように、一撃で柴田南の部屋のドアに突き刺した！！！ジョージは相川涼介が去った後、前に出て抜こうとしたが抜けなかった。刀はドアにしっかりと埋め込まれていた。彼は黙って携帯を取り出し、小さな動画を録画して柴田南に送った：「兄弟、もう戻ってくるな、危険だ」ビーチで日光浴を楽しんでいた柴田南は、気にせずに音声メ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第760話
バーにじっと座り、黙々と酒を飲んでいた霜村涼平は、そのメッセージを見て「行かない」と返した。白石沙耶香の前に出て、彼女の顔色を窺ったり、機嫌を損ねたりする気など毛頭なかった！返信を送り終え、携帯をパタンと置き、カウンターに置かれたマッカラン・ブルーを一気に飲み干した。「もう一杯」長い指でカウンターを軽く叩くと、バーテンダーはすぐに酒を作り、彼の前に置いた。彼はグラスを持ち、上品に一口すすった時、隣に置いた携帯が再びブルブルと振動し始めた……また相川涼介が夜のクラブに誘っているのかと思い、携帯を取って開くと、家族グループからのメッセージだった。「新しく買った服」「クソ兄貴」と表示された人がテキストを送った後、一枚の写真が投稿された。霜村涼平はその写真をタップし、人差し指と中指で画面を広げると、写真が拡大された——身長190センチの次兄が、ピンク色のシャツを着て、ヤシの木の下に立ち、背景には青い海と空が広がっていた。ラスベガスの景色は悪くないし、人も悪くない、ただあのピンク色のシャツが……「うわ、兄さん、まさかそんな派手な服着るとは、マジで一万年分驚いたわ！」霜村涼平がコメントする前に、言葉遣いが控えめな五番目の兄、霜村梓がやや「上品な」言葉で発言するのを見た。続いて、三番目の霜村北治と四番目の霜村羡礼もすぐに続き、それぞれ言葉で非常に高い文化的素養を表現した：「兄さん、服売り場で誘拐されたなら、まばたきの絵文字でも送ってくれ、すぐに助けに行くから」「兄さん、そのピンクは派手すぎて目が痛い、やっぱり黒白灰色にしてくれ、じゃないと俺の兄だって言えないよ」腹に溜めた怒りを抱えていた霜村涼平は、兄弟たちが二兄を揶揄するのを見て気分が良くなり、命知らずにもメッセージを返した。「兄さん、その服着るくらいなら脱いだほうがマシだよ、裸で走った方がまだ見栄えする」「どこで掘り出した屋台商品か知らないけど、とにかく超絶ダサい！！！」「嫁をもらってから、目利きがどんどん悪くなってるな、見てられないよ！！！」狂ったように書き込んでいた霜村涼平は、彼が最初のメッセージを送信する前に、グループに新しいメンバーが加わったことに気づかなかった。そのメンバーの夫も、彼がメッセージを送る前に、こう書いていた。「服は妻
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第761話
彼女は傍にあったファッション雑誌を手に取り、霜村冷司の目の前に突き出して、雑誌に載っている男性芸能人のスタイルを指さした。「あなた、こういう髪型にしてみない？」冷たい表情でタイピングしていた男は、雑誌の芸能人のシルバーグレーの髪を見て、驚いて指が震えた。うーん……断ってもいいだろうか？「あなた、どうしたの？気に入らない？」霜村冷司は顔を上げ、星空のような瞳には拒絶が書かれていたが、その整った美しい顔には少しの不満も見せなかった。「気に入ったよ」「じゃあ、今すぐスタイリングしに行きましょう」霜村冷司は胸が詰まる思いがしたが、反応の速い彼はすぐに言い訳を見つけた。「あのね、この後カジノに行くから。こんな髪型じゃ、運気が下がってしまう」貴族サークルの若い御曹司たちもラスベガス旅行中だった。彼のSNSの投稿を見て、妻を連れてカジノで遊ぼうと誘われたのだ。霜村冷司は普段ギャンブルも娯楽施設もあまり好まない。だが妻が新しい服を買ってくれたし、それを見せびらかしたいと思って、すぐに承諾した……しかし、この髪型でカジノに行くなんて、霜村冷司は想像するだけで背筋が凍りついた——和泉夕子は彼がこの髪型を嫌がっていると気づき、「あぁ」と一言呟いて雑誌を置き、それ以上は強要しなかった。霜村冷司は妻が不機嫌になったと思い込み、急いでスマホを取り出し、何人かのスタイリストをホテルに呼んだ。数時間後、背筋をピンと伸ばし、絶世の美男が、霞のような星明かりを浴びながら、和泉夕子の前に現れた。豊かなシルバーグレーの前髪が絶妙なバランスで後ろに流され、もともと白く輝いていた肌が、美しい陶磁器のように見える。茶色がかった黒い瞳に冷たく鋭い光が宿っていなければ、目の前の男性はまさに天使の降臨、究極の美しさだった。和泉夕子が一人掛けソファに座って彼をぼんやり見つめていると、男はわずかに身を屈め、ソファの両側に片手をついて、彼女の目をじっと見つめた。「霜村奥さん、この服も君が買ってくれたものだ。この組み合わせ、気に入った？」隣の姿見鏡に映る男は、上半身にシルクのホワイトシャツを着こなし、下半身はライディングパンツ、足元には黑の軍用ブーツ。黑いコルセットベルトが幅広い肩と細い腰を際立たせ、この組み合わせだけで十分人の心を掴
Latest chapter
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第926話
和泉夕子が城館を出て、鉄格子越しに見てみると、相川泰と大野佑欣が激しく取っ組み合っているのが見えた。沢田が戻ってきた時に、大野皐月の妹、大野佑欣は喧嘩がとても強いと聞いていたが、和泉夕子は信じていなかった。しかし今、実際に現場を目の当たりにし、彼女は驚愕した。180cmを超える大男の相川泰でさえ、大野佑欣のパンチに押されている。「大野さん」鉄格子越しに優しい声が聞こえ、大野佑欣は握りしめていた拳をゆっくりと開いた......彼女は体を起こし、振り返って、鉄格子の中に立っている和泉夕子を見た。「あなたが和泉夕子さん？」「ええ」陽光の下に立ち、軽く頷く彼女の姿に、大野佑欣は少しぼんやりとした。こんなにも生き生きとした命を、どうして奪えるだろう。でも、母親を失いたくもない......大野佑欣は数秒迷った後、和泉夕子に近づこうとしたが、相川泰に止められた。「奥様に近づくな。でないと、容赦しないぞ......」彼は女には手をあげないと決めているため、大野佑欣に手加減をしていたが、もし彼女が奥様に危害を加えようものなら、容赦はしない！大野佑欣は相川泰を一瞥したが、全く気にせず、大きな目で鉄格子の向こうにいる和泉夕子を見つめた。「霜村奥さん、少し外に出て話せますか？」「ごめんなさい。それはできませんわ」和泉夕子はきっぱりと断った。「あなたが来た目的は知っています。ここで話しましょう」大野佑欣は彼女を外に連れ出して拉致するつもりだったが、和泉夕子は彼女の目的に勘づき、警戒していた。「あなたのお兄さんから電話があったんです。あなたが私の心臓を奪いに来ると」なるほど。だからブルーベイに、屈強なボディーガードが配置されていたのか。まさか、兄が事前に連絡しているとは思いもしなかった。兄に先手を打たれた大野佑欣は、相手が全て知っているのを見て、潔く認めた。「ええ、その通りです。私はその目的でここに来ました」和泉夕子は唇の端を上げ、困ったように微笑んだ。「大野さん、医師は既に私の血液を採取し、適合検査を行い、あなたのお母様とは適合しないことが結果として分かっています。だから、無理やり私の心臓を奪って移植しても、無駄なんです。しかも、適合しないドナーの臓器を移植すれば、拒絶反応で、あなたのお母様はすぐ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第925話
和泉夕子は少し驚き、そして恭しく言った。「新井先生の先生だったのですね......」大田は湯呑みを置くと、謙遜するように手を振った。「先生なんてそんな大層なものではないよ。私はたった数年間彼女を指導し、その間にたくさんの医学賞をとらせてあげたってだけ。私なんか、本当にたいしたことないよ......」隣に座っていた霜村爺さんは杖で床を突き、「もったいぶるな、早く脈を取れ！」と言った。大田は彼を睨み、「いい歳をしていつも仏頂面をしていると、痔になるぞ！」と言った。夕子の前で痔になるなどと揶揄され、霜村爺さんは激怒した。「大田、年甲斐もなくはしゃぐな！」和泉夕子は笑いをこらえ、手を差し出して二人の言い合いを仲裁した。「大田先生、脈診をお願いします。私がまだ治療できるかどうか......」霜村爺さんに言い返そうとしていた大田は、和泉夕子が手を差し出すのを見て口をつぐみ、脈診を始めた......しばらくして、大田は顔を上げて和泉夕子に尋ねた。「薬をたくさん飲んでいるようだが、止められるか？」和泉夕子は首を横に振った。「心臓の拒絶反応を抑える薬と、目の治療薬は、どちらも止められません」大田は思わず彼女の心臓に視線をやった。こんな若いのに心臓移植をしているとは、どうりで体が弱々しいわけだ。和泉夕子は彼が黙っているので、霜村爺さんの顔色を窺いながら、緊張した面持ちで尋ねた。「私は......まだ子供を産めますか？」大田は脈診を終え、彼女を一瞥した。「大きな手術を何回受けたか？」和泉夕子は正直に答えた。「大きな手術は2回です。どちらも心臓に関するものです。その他、小さな手術も......」彼女が何度も手術を受けていると聞いて、霜村爺さんは眉をひそめた。「手術のせいで、子供が産めなくなったのか？」大田は診察バッグに小さな枕をしまいながら、首を横に振った。「手術とは関係ない。奥さんは不妊症ではない。子供を産める」医師の言葉に、霜村爺さんと和泉夕子は二人とも安堵した。大田が何か言おうとした時、新井さんの慌てた声が外から聞こえてきた――「奥様、外にとても強い女性が！ボディーガードたちが全員やられてしまいました！早く！」和泉夕子は大野皐月の妹が来たと分かり、急いで立ち上がった。「おじいさん、大田先生、少しお待ちください
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第924話
翌日の昼、和泉夕子はデザイン画を描き終えると、穂果ちゃんにビデオ通話をかけた。「穂果ちゃん、今日は学校でご飯ちゃんと食べた？」「うん！美味しいご飯がいっぱいあるよ！でもね、空が、いつも私のタルトを横取りするの！」穂果ちゃんは何度も柴田空と同じ学校に通うのは苦痛だとこぼしていた。それを聞いて、和泉夕子は穂果ちゃんに転校するかどうか尋ねた。穂果ちゃんはこの街で一番の学校だから転校したくないと言った。柴田空からは最後まで逃げないと決意した穂果ちゃんは、最後まで戦い抜く、そうでなければ池内思奈じゃない、と言った。和泉夕子は彼女に何も言えず、ただ姪の根性はなかなか良いと思い、好きにさせることにした。「穂果ちゃん、今度空がタルトを横取りしたら、分けてあげるから取らないでって言ってみなさい」「うん、今度やってみる。それでも言うことを聞かないで、私のタルトを横取りするなら、隅っこに連れて行って、思いっきり殴ってやる！」和泉夕子は穂果ちゃんに暴力を振るわないように言おうとした時、ビデオ通話の向こうから、先生がお昼寝の時間だと子供たちを呼ぶ声が聞こえてきた。「おばさん、もう行かなきゃ。小花先生と一緒にお昼寝する時間なの」小花先生は本当は華という名前の男の子で、とてもカッコいいなので、穂果ちゃんは何でも彼の言うことを聞く。「分かった。早く行きなさい」二人は手を振って別れを告げ、和泉夕子はビデオ通話を切った。食事をしに階下に降りようとした時、新井さんから霜村爺さんが来たと聞いた......階段の手すりを掴んでいた手が止まった。「新井さん、私がいないと言って......出かけているって......」言葉が終わらないうちに、玄関から力強い声が聞こえてきた。「なんだ？わしが怖いのか？」霜村爺さんの声を聞いて、和泉夕子はもう隠れることができず、仕方なく階下に降りてきた。「おじいさん、どうしてここに？」新しい杖を買った霜村爺さんは、和泉夕子の前に来ると、杖で床を突いた。「夫に許可をもらった」和泉夕子は彼がなぜ来たのかを尋ねたのだが、霜村爺さんは霜村冷司の許可を得てきたと答えた。もうそれ以上聞く必要はなかった。「夫」という言葉で、和泉夕子は霜村爺さんがなぜ家に入れたのか理解した。彼は彼女を認めたのだ。和泉夕子は霜村
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第923話
相手の声を聞いて、和泉夕子は一瞬固まった。まさか「バカ」が大野皐月だったとは。すぐに我に返り、「適合しないって言ったのに、どうしてまだ私の心臓が欲しいの？どうかしてるんじゃない？」移植したって無駄なのに。拒絶反応で即死するかもしれないのに。生きるためなら、どんな非常識なことでもするんだな。大野皐月もそれは理解していた。「母さんは少し精神的に参っているようだ。だが、妹は分別のある子だ。見つけたら、説得する」そう言われて、和泉夕子は怒りを抑え、「そうした方がいいわよ。でないと、私が怒ったらどうなるか、知らないんだから！」なぜか、和泉夕子がそう脅した時、大野皐月の脳裏には、彼女が歯を食いしばって怒っている可愛いらしい姿が浮かんだ......そして、慌てて電話を切った！霜村冷司の女がどうしたっていうんだ？あんな下劣な想像をさせるなんて！大野皐月は携帯電話を投げ捨て、ソファに倒れこんだ。「ふん、体で男を釣る女なんて、霜村さんみたいなバカにしか相手にされないさ！」独り言を呟いていると、耳元にはまだ「私が怒ったらどうなるか、知らないんだから！」という言葉が響いていた......そして再び、彼女が怒っている可愛いらしい姿が脳裏に浮かび、大野皐月は爆発した！「ちくしょう！私はきっと頭がおかしくなったんだ！」彼は携帯電話を取って医師に電話をかけようとしたが、南から電話がかかってきた。「大野様、お嬢様が空港に向かいました。きっと帰国するつもりです。私は彼女に勝てません、止めることもできません。どうしましょう？」「......」大野皐月は眉をひそめて考え、冷たく言った。「専用機を準備しろ。私が戻って彼女を止める」霜村冷司が浴室から出てくると、和泉夕子が彼の携帯電話を持っているのを見て、少し口角を上げた。「夕子、これは浮気調査か？」和泉夕子は携帯電話を握ったまま振り返り、「ええ、冷司が私に隠れて他の女と遊んでいるんじゃないかって」と答えた。霜村冷司は近づき、片腕で彼女の腰を抱き寄せ、自分の腕の中に引き寄せた。「何か見つかったか？」和泉夕子は穏やかな顔で微笑みながら、「残念ながら何も見つからなかったわ。ただ、バカって名前の人の妹が、私の心臓を奪いに来るみたいだけど」と言った。霜村冷司は伏し目がちに、冷たい視線を向け
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第922話
大野佑欣は驚いた。「兄さんは適合しなかったって言ってたじゃない？」適合しないなら、心臓を奪っても無駄だ。移植しても拒絶反応が出て、すぐに死んでしまうかもしれない。追い込まれ既に見境がなくなっている春日椿には、そんなこと全く関係がなかった。「彼女には春奈の心臓が移植されているわ。彼女に適合したのならば、私にだって適合するはずだわ。」春日椿がそう言った時、彼女の目に宿る陰湿な光に、大野佑欣は息を呑んだ。母親はいつも優しく上品だったのに、どうしてあんな表情をするのだろう？自分の見間違いだろうか？大野佑欣がもう一度よく見ようと顔を近づけた時には、春日椿は既に鋭さを隠し、か弱く無力な様子に戻っていた。「佑欣、お母さんがずっとそばにいてほしい？」「もちろんよ」そうでなければ、なぜ彼女と兄は世界中を駆け巡ってドナーを探しているのだろう？母親に生きていてほしい、ずっと一緒にいてほしいからに決まっている。「そう思ってくれるなら、お母さんのために春奈の心臓を持ってきてくれない？」「それは......」大野佑欣はためらった。春日春奈の心臓は、すでに和泉夕子に移植されている。つまり、和泉夕子は生きている人間だ。生きている人間の心臓を持ってくるなんて......「あなたも兄さんと同じで、私が生きていてほしくないのね......」「そんなことないわ！この世で私が一番大切なのはお母さんよ......」春日椿は震える手で、大野佑欣の手の甲を軽く叩いた。「お母さんもあなたと離れたくないからこそ、お願いしているのよ......」大野佑欣はまだ抵抗を感じていたが、何も言わなかった。春日椿はそれを見て、深くため息をついた。「先生は彼女の心臓があれば、私はあと数年生きられると言っていたけれど、あなたが嫌ならそれでいいわ。お母さんは、あなたに無理強いするつもりはない」「先生がそう言ったの？」医師は無理だと言ったが、春日椿は聞く耳を持たない。「ええ、先生は春奈の心臓は私と適合するから、移植できると言っていたわ」医療の知識があまりない大野佑欣は、少し迷った後、腰をかがめて、病気でやつれた春日椿の顔に触れた。「できるなら......お母さん、ここでゆっくり休んでて。私が夕子を連れてくるから......」もし霜村冷司が
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第921話
大野皐月が大野佑欣を見つけた時、彼女は車の中に座り、虚ろな目で遠くの森を見つめていた。気が強く活発な妹が、こんな放心状態になっているのを見るのは初めてで、彼は胸が痛んだ。「佑欣、霜村さんの部下に何かされたのか？」大野佑欣は動かない瞳をゆっくりと動かし、縄を解いてくれている大野皐月を見た。「兄さん、霜村さんの部下に、私が拉致されたの？」大野皐月は苦労して縄を解きながら、頷いた。「彼の妻は春奈の実の妹だ。母と適合するかもしれないと思い、彼女を連れてきたんだ。まさかその前に、霜村さんが君を拉致していたとはな。彼は私を牽制するために、君を巻き込んだんだ。辛い思いをさせてすまなかった。全部、兄さんの責任だ......」大野皐月は縄を解き終えると、大野佑欣に謝った。大野佑欣は事情を理解すると、無表情で首を横に振った。「大丈夫......」沢田健二は霜村冷司の部下だったのか。彼が自分に近づいてきたのは、自分たちがなぜ春日春奈を探しているのか探るためだったのだろう。霜村冷司が兄の計画に乗じて、危険を犯し目的を達成した今、私の利用価値はもう無い。だから沢田健二はあんなに冷酷に去っていったのか。まさか、彼にとって自分は霜村冷司の手先で、用済みになったら捨てられるただの道具だったとは。大野佑欣は全てを理解すると、突然冷笑した......その冷たい笑みに、大野皐月は背筋が寒くなった。「佑欣、大丈夫か？」大野佑欣は無表情のまま、首を横に振った。「兄さん、適合したの？」大野皐月は何も言わなかったが、彼の表情から、大野佑欣は答えが分かった。彼女はそれ以上聞かずに、「母さんの様子を見てくる」と言った。大野皐月を車から降ろした後、大野佑欣は素早く後部座席から運転席に移動し、バックで邸宅を出て行った。猛スピードで走り去る車を見つめ、大野皐月は心配そうに眉をひそめた。「南、後を追って様子を見て、何かあったらすぐに報告しろ」大野佑欣は病院の病室に着くと、苦しそうにベッドで丸まっている母親を見て、胸が痛んだ。「お母さん、大丈夫？」春日椿は息苦しさに胸を押さえ、やっとの思いで息を吸い込んだ。酸素が体内に入ると、彼女の視界がはっきりとしてきた。自分の娘だと分かると、春日椿は震える手で彼女の顔に触れようとしたが、力が入らない。
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第920話
怒りに満ちていた大野佑欣は、その言葉を聞いて心臓がズキッと痛み、苦しくなった......なんてことだ。彼女は本当に彼のことが好きになってしまったらしい......大野佑欣、なんて役立たずなの！心の中で自分を叱った後、彼女は沢田に宣告した。「どこに逃げても、私は見つけてやるから。今日のことの復讐を果たすまでは！」今回、沢田は何も言わず、ただ唇の端を少し上げた。彼が自ら姿を現さない限り、Sのメンバーを簡単に見つけられるわけがない。しかし、彼は女のために自ら進んで命を落としに行くほど愚かではない。だから、今回のお別れで、大野佑欣とはもう二度と会う事がないだろう。バックミラー越しに、沢田の目に浮かぶ決意を見て、大野佑欣は怒りと憎しみに満ちた。「沢田、この卑怯者！」口説いて、惹きつけて、体まで奪ったのはいいとして、騙しておいて、その後自分に敵わないからって逃げようとするなんて。これでも男か？獣だ！この世にどうして沢田のような人間がいるんだ？よりによって、こんな男を好きになるなんて！信じられない！罪悪感に苛まれながらも、沢田は大野家の前でスピードを落として車を止めた。ドアを開けて車から降り、後部座席に回った。彼はドアを開け、腰をかがめて大野佑欣を起こした。その動作で、二人は向き合った......沢田がちゃんと見れば、大野佑欣の怒りに満ちた目の奥には、実は彼に対する未練があることに気づくはずだった......しかし、沢田は無理やり彼女の顔を見ないようにして、うつむき、彼女の右手を縛っていた縄を解いた。「片手だけ解いてやる。好きなだけ殴ってくれていい。ただ、殴り終わった後は、もうそんなに怒らないでくれ。漢方医によると......女の人が怒ると体に......」言い終わらないうちに、自由になった大野佑欣は、沢田の顔に平手打ちを食らわせ、彼の髪を掴んだ。沢田がまだ状況を把握していないうちに、彼女は片手で彼を車内に引きずり込んだ。そして、雨粒のような拳が彼の胸に降り注ぎ、胸に鈍い痛みを感じ、呼吸困難になり、目がチカチカした......ほら、片手を解いただけなのに、こんなに殴られた。両足を解いていたら、2分も立たなければあの世行きだっただろう......彼女には借りがある。沢田は激痛をこらえ、抵抗しなかった。大野佑欣が殴る
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第919話
沢田は唾を飲み込み、大野佑欣の前にしゃがみこんで謝った。「ごめん。わざと縛ったわけじゃないんだ」大野佑欣は口にタオルを詰め込まれていて、声が出せない。ただ、沢田を睨みつけることしかできなかった。彼女の目から放たれる憎しみに、沢田は思わず身震いした。「今から君を帰すから、そんな目で見ないでくれないか？」帰してもらえるという言葉を聞いて、大野佑欣はゆっくりとまつげを伏せ、憎しみを隠して、おとなしくなったふりして沢田に頷いた。沢田は彼女がこんなにか弱く見えるのは初めてで、心が揺らぎ、彼女の口からタオルを外した。大野佑欣は大きく空気を吸い込み、呼吸を整えると、充血した目で、全身を縛っている縄を見つめた。「解いて」彼女の視線を追って、沢田は上半身を縛っている縄を見て、思わず首を横に振った。「解いたら、絶対に殴られる......」沢田は想像するまでもなく、縄を解けば、彼女は拳で自分を殴り殺すだろうと分かっていた。自分の命は、まだこれから闇の場で霜村冷司を助けるために必要なのだ。死ぬにしても、女に殺されるわけにはいかない。縄を解いてくれないのを見て、大野佑欣は縛られた両手を握りしめ、怒りを抑えながら、澄んだ瞳を上げた。「健二、あなたのことが好きになったの。殴ったりしない......」あなたのことが好きになったの......沢田は驚き、縄で縛られてやつれた大野佑欣を見つめた。「薬を飲ませて、拉致したのに、それで俺のことを好きになったと言うのか？」彼の信じられないという表情を見て、大野佑欣は花が咲いてような明るい笑顔を見せた。「あなたにはあなたなりの理由があるはずよ。そうでなければ、私を傷つけるはずがないもの。だって......」大野佑欣は2秒ほど間を置いて、沢田の下半身に視線を落とした。「あんなに何度も一緒に寝たんだもの、少しは情が移ったでしょう？」沢田は彼女が自分の下半身を見つめているのに気づき、照れくさそうに膝を閉じた。「俺は......」「もしかして、私のことが好きじゃないの？」その挑発的な問いかけに、沢田はどう返事していいのか分からなかった......タオルを外したら、大野佑欣はきっと最初に自分に向かって暴言を吐き散らかすだろうと思っていたのに、告白されたとは想像もしなか
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第918話
大野皐月が壁に寄りかかり、顔が赤く、息を切らしているのを見て、春日琉生は恐る恐る尋ねた。「兄さん、だ、大丈夫か？」大野皐月は充血した目で春日琉生を睨みつけた。「どっか行け！」春日琉生は足を速めて去りながら、南に声をかけた。「薬を飲むように言ってくれよ......」南はいつも持ち歩いてる薬を取り出し、水と一緒に大野皐月に渡した。「お、大野様、まずは薬を飲んで落ち着いて......」怒りを必死に抑えようとしている大野皐月は、薬を受け取り、仰向けになって飲み込んだ。気持ちを落ち着かせ、再び目を開けると、その目には冷たい光だけが残っていた。彼は床に落ちた携帯を拾い上げ、霜村爺さんの電話番号を探してかけた......霜村爺さんは大野皐月の話を聞いて固まった。「な、なんだって？彼女が本当に春日家の人間じゃないんだと？」大野皐月は我慢できず、怒鳴った。「耳が聞こえないのか？それとも目が悪くなったのか？！人の話が分からないのか？何度言ったら信じるんだ？！」霜村爺さんは初めてこんなに人に怒鳴られ、激怒した。「耳も目も悪くなってない！まともに話せないくせに、逆ギレするとはいい度胸だ！」どうして霜村家と関わるといいことがないんだ？！若い奴が生意気なのはまだしも。今度は年寄りも楯突いてくるとは！私を誰だと思っているんだ？！「このジジイ、よく聞け！てめえが飯食えば歯に詰まり、水を飲めばむせて死にかけ、車に乗ればタイヤが外れて、外に出れば即交通事故、おまけに子孫は三代続かずに滅ぶように呪ってやる！」大野皐月は一気に怒鳴り散らかした後電話を切り、霜村爺さんの番号をブロックした。霜村爺さんは怒りで体が震え、言い返そうとしたが、ブロックされていることに気づき、さらに激怒した。「この野郎！」「この畜生め！」「わしも呪ってやる！不幸になれ！嫁をもらえず、たとえもらえても、子供には障害あれ！！！」霜村爺さんは一通り怒鳴り散らかした後、霜村冷司が前にもってきたDNA鑑定書を改めて確認した。今はかつて和泉夕子が春日家の人間だと嘘をついていた大野皐月でさえ、彼女が春日家の人間ではないと言っている。ということは、この鑑定書は本物だ......本物だとしたら、春日椿がこの件を利用して霜村家の人間を煽り、和泉夕子を殺すようにと
