「ありがとう」突然、梨花の耳元で、清の優しくて誠実な声が響いた。そのとき、清の黒く澄んだ瞳が、まっすぐ彼女を見つめていた。梨花は、その視線の真剣さをすぐに感じ取った。「そんなに改まらないで。私だって助けてもらったし。……とにかく、さっさと怪我治して、ここから出ようよ。あとで、おじさんにスマホ借りられるか聞いてみよう?」山の中での時間は、もう十分過ごした。これ以上遅れたら、あの工場の人間に見つかってしまうかもしれない。きっとあの人たちは、二人を生きて見つけるつもりで動いているはずだ。「うん。俺が聞いてみるよ」すぐに、清はおじさんにスマホを貸してもらえないか頼んでみた。しかし――「
――まさか、このおじさん、私に変な気があるんじゃ?そんな可能性が脳裏をよぎった瞬間、梨花は一気に警戒モードに入った。今の自分たちの状況じゃ、このおじさんに何かされても抵抗できる力なんてない。まして清は病人だ。彼を置いて逃げるわけにもいかない。そのとき、まるで彼女の考えを読んだかのように、猟師のおじさんがふっと笑って言った。「俺はお前みたいなガリガリのもやしには興味ねぇよ。もっと色気のある女が好みなんだ」……読まれてた。図星を突かれて、梨花の顔は真っ赤になった。なんだか、自意識過剰なやつみたいじゃないか。恥ずかしさでいたたまれなくなる。「彼の面倒は俺が見とく。たぶん、明日には熱も下が
外に出て間もなく、梨花は小さな水たまりを見つけた。彼女の顔に一瞬にして喜びが広がった。近くの木に清をもたれかからせ、スカートの裾を引き裂いて布を作り、それを水に浸して、繰り返し彼の身体を拭き始めた。「お願いだから無事でいて……戻ったら、あなたの言うこと、全部聞くから……全部……」彼女はつぶやいだ。彼女は彼が意識を失っていると思っていた。自分の声なんて届いていないと。ところが——清が突然手を伸ばし、梨花の手をぎゅっと握った。灼けるような眼差しで彼女を見つめる。「今の、全部本気で言った?」その瞬間、梨花は心臓が飛び跳ねるような驚きで、思わず手を引っ込めそうになった。もし彼の身体がまだ火
清がこんなに長く話すのは初めてだった。普段の彼は、こんなに多くの言葉を口にするタイプではない。「もう泣くなよ。俺たちはまだこうして無事なんだから、運が良かったって証拠じゃないか」そう言って、彼は微笑みを浮かべて梨花を元気づけようとした。梨花は袖で目元を拭い、「うん、あなたの言う通りだね」と頷いた。夜の風は冷たく、洞窟の入り口から吹き込んでくる風が梨花の身体を震えさせた。それに気づいた清は、喉を鳴らしながら、どこか恥ずかしそうに言った。「……ちょっと距離を縮めれば、少しは暖かくなるかもな」遠回しな言い方だったが、梨花はすぐにその意図を察し、顔を真っ赤に染めた。でも、彼女の身体は正
梨花は無意識に清の腕をぎゅっと掴んだ。しかしすぐに状況を把握し、彼の腕をそっと離した。辺りを見渡し、傍に落ちていた棒を拾い上げると、震える声で蛇に言い放った。「か、かかってきなさいよ……全然怖くなんかないんだから!」清はすぐにその手を掴み、「刺激するな」と低い声で言った。蛇は冷たい光を帯びた目で二人を見据え、舌をチロチロと出しながら、一気に梨花へ飛びかかってきた。「きゃあっ……!」梨花は思いきり目を閉じて、棒を振り回した。だが蛇は棒に巻きつき、そのまま彼女の脚を噛んで逃げ去ってしまった。「痛っ……!」梨花は地面に崩れ落ち、自分の脚についた二つの赤い痕を見て、どうしていいかわからず
清の額には冷や汗が滲み、自分の軽率さを内心で悔やんでいた。二人はひたすら前へと走り続けたが、やがて梨花の体力が限界に近づいた。必死に清の後を追っていたが、その荒い呼吸音が彼女の限界を物語っていた。「木村さん……あなたは先に行って……私のことはいいから……」梨花は苦しそうに言った。だが清はすぐに首を振った。「それは無理だ。さあ、俺の背中に乗れ」突然の申し出に、梨花は一瞬呆然とした。「い、いいって……そんな……」「急げ、グズグズしてると追いつかれるぞ!」その声に、梨花ももう何も言わず、素直に清の背中にしがみついた。「私、重いでしょ……」どこか申し訳なさそうに言う梨花。日頃から