隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい?

隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい?

last updateآخر تحديث : 2026-02-28
بواسطة:  酔夫人مكتمل
لغة: Japanese
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藤嶋陽菜は夫である蒼と恋愛結婚をしたが、蒼は二人の結婚はしばらく秘密にしたいという。 理由は、「いまは言えない」。 繰り返される、「もう少しだけ」。 表向きは他人の二人。 そんな二人の前に白川茉莉や李凱が現れる。 いまは言えない「秘密」を陽菜が聞く日はくるのか。

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الفصل الأول

1.

『大丈夫か?』

隣にいる男、李凱(リー・カイ)から異国訛りのある日本語で気づかわれた。

170cm弱あるから私も日本人女性としては背が高いほうだけど、190cmを超える凱の顔は遥か上にある。だから凱の顔を見るときは首の後ろがキュッとなるのだけど、こうして見上げる角度に慣れているのもは·も同じくらい背が高かったからだろうか。

いや……そうじゃない。

いけない。

浮かびかけた彼とのいい思い出を頭を振って追い払う。

『陽菜、無理ならやめよう』

頭を振った理由を凱には無理だと勘違いされた。でも、そうではない。大丈夫。だって、こんなチャンスは次はいつくるか分からない。

『大丈夫ですよ、···

“支社長”と役職をつけたことがトリガーとなって、凱の表情がやや硬くなった。英国に本社のある世界的に有名な建築事務所キャメロットの日本支社長に相応しい顔だ。

凱はこのパーティーに上客として招待されているから、おそらく·が自ら挨拶にくるだろう。

『大丈夫か?』

『うん』

『それなら、行こう』

凱の表情は“上等”と言わんばかりに満足気だったけど、その腕は“傍にいる”というように優しくて、私はこの腕に安心させられる。

 *

『しかし、周りの目が少々鬱陶しいな』

凱は不満げだけど、こんな視線に慣れていることを知っている。

品の良い顔立ちにアウトローの雰囲気を併せ持つ男。危険な魅力に満ちた凱に老若男女は目を奪われる。

特に女性。

彼女たちの視線は凱を搦めとらんばかりにギラギラと熱いし、その隣にいる私には鋭利は刃物のように鋭く刺さる。

『視線の主は美女たちよ?』

『美女なんてどこにいるんだい?』

わざとらしくキョロキョロとフロアを見渡した凱は私にウインクをする。

『俺がいまエスコートしている女性以上の美女を連れてきてくれないか?』

『馬鹿ね』

気障な台詞。

でも、凱にはよく似合っている。

『……ありがとう』

緊張をほぐしてくれた凱に感謝しながら、私たちはフロアを横断してバンケットホールに向かう。

ちらほらと見知った顔が増えてきた。

目的地が近い。

緊張が戻ってくる。

『俺を見て、My Dear』

凱の優しさと、甘さの籠った声に周囲が騒めく。向けられたのは私なのに、周囲の女性が被弾して顔を真っ赤にしていた。

うん、素晴らしい。

今日のパートナーに本当に相応しい。

 *

周囲の視線を独占しながら、凱と共に騒めきを引き連れてホールの入口に立つ。

扉の前にいたスーツ姿の男性がこちらを見た。

『ごめんなさい、靴のストラップが取れてしまったわ』

屈みこんで俯くと。しばらくしてきちんと磨かれた艶やかな黒い革靴が俯いた視界に入ってきた。

飾り気のない実直な靴。

とても彼らしい。

『Iお越しいただき光栄です、李社長』

『盛況ですね、黒崎さん』

『ありがとうございます。また改めて副社長とともにご挨拶に伺います』

頭上の挨拶をストラップを弄りながら、タイミングを見計らって顔をあげる。

『お連れの方も……』

私と目があった黒崎さんの目が驚きに見開かれた。

流暢だった英語がピタリと止まり、「え?」と抑えきれない驚きが音になった。

大手ゼネコン藤嶋建設の副社長の秘書を長年務める黒崎秘書室長。彼はゴシップになど興味はないから、凱が誰をエスコートしていようと気にしなかっただろう。でも、凱がエスコートしているのが私なら別の話。

そう思って仕掛けた。

でも予想以上に驚いた顔が見られて、満足しつつも驚いた。

「おく……陽菜さん」

……さすがは·の忠臣。

驚いていても·····『陽菜さん』と呼ばれたことに苛立つ。

でもそれを見せる場面ではない。

黒崎さんはまだ驚いたまま、その衝撃は去っていないからまだ私のほうが優位に立っている。

 *

『お久しぶりです』

笑って、首を傾げてみせる。

『意外なことですけれど、またこうしてお会いできて嬉しいです』

私の言葉に黒崎さんの顔が引きつる。

彼が悪いわけではないけれど、彼との最後はあまりよくなかったからここは許してもらいたいと思う。

『ミスタークロサキ。俺の連れに見惚れるのは構わないが、そろそろ仕事をしたらどうだ?』

凱の言葉に黒崎さんはハッとする。

彼にも言いたいことはあるだろう。

でも、そのどれもがこんな衆人環視の場では言うことはできないこと。

ちょっとした意趣返しだ。

そしてそれを黒崎さんも分かっている。

『愛しの彼女にいいところを見せたいんだ。満足にエスコートできないような男にしないでほしいな』

満足にエスコートできないような男……か。

周りにはどう聞こえたか分からないけれど、私と黒崎さんにはその意味が分かる。

ずいぶんと比喩のきいた強烈な皮肉だ。

凱、頼もしいくらいキレッキレ。

『大変申しわけありませんでした』

いろいろな意味に取れる謝罪を聞いたあと、凱の手を借りて着ていたコートを脱いで真っ赤なイブニングドレス姿になる。

これは勝負服。

目立たないよういつも地味な色の服ばかりを選んで着ていたのに、そんな私が初めて着たドレスが炎のように燃える赤だなんてね。

周りが騒めいた。

狙い通りだけど……ちょっと騒めき過ぎじゃない?

勝負服だからと勧められて着たけれど……柄でもないことをしてしまった?

かなり恥ずかしい。

黄色い悲鳴まで…………黄色い悲鳴?

『ヒナ、大丈夫、とてもよく似合っているから』

……そう言う凱に周りの視線は突き刺さっている。

凱ほど『お似合い』ではないよ。

艶やかな黒いスーツは華やかな風貌の凱にとてもよく似合ってる。

ファッション雑誌から抜け出てきたみたい。

私のイブニング姿よりもよほど見る価値ありますよ。

私は準備に三時間はかかったのに?

凱の準備なんて三十分もかからなかったのに?

『どうした?』

『凱の美ボディには神メイクも敵わない』

『なんだ、それ』

楽しそうに凱が笑うと、黄色い悲鳴の数が増した。

そう言えば、『氷の暴君』の異名を持つクールな凱が人前で笑うことは滅多にないんだっけ。笑ったとしても人を馬鹿にするような冷笑だとか。

つまりこの楽しそうに笑う顔は大変貴重なもの。

それを向けられている私の価値も上がる。

『うん、凱が味方なら何でもできる気がする』

『つまり?』

『予定通り先制パンチは続行よ』

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poppo445
poppo445
誤字が多いなぁ。あと、同じ文章が2回繰り返されてるところが何回かあった。推敲はしないのかしら? 展開は早くて良いと思います。
2026-01-11 00:10:13
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146 فصول
2.
目的の人物は直ぐに見つかった。予想通り、人が最も集まっている中心地にいた。やっぱり彼も背が高い。 *藤嶋蒼。大手ゼネコン藤嶋建設の創業家一族の直系で次期社長。現在は副社長の地位にあるが、社長である父親・藤嶋司を遥かに凌ぐ実力とカリスマ性から、藤嶋建設の実権は彼が握っているといっても過言ではない。彼の周りに群がっている人たちは彼より二十歳は年上だろうに、彼に向けるその媚びた表情から王に謁見する臣下にしか見えない。彼の傍には美しい女性。そして彼によく似た幼子。まるで“幸福”を絵に描いたような家族。でもこの三人は“家族”ではない。正確には「まだ」家族ではない。なぜなら藤嶋蒼の妻は私なのだから。 *蒼は私と離縁し、あの女性、いま蒼に笑顔を向けている白川茉莉と再婚したと思っていた。私は離婚を拒んでなどいない。その証拠に、彼の前から姿を消す前に記入済みの離婚届を黒崎さんに渡しておいた。それなのに、「一応確認しておけ」と凱に言われて役所で戸籍を確認したら、今日の午前中はまだ私は藤嶋陽菜のままだった。こんな状況であっても私と離婚しない蒼が理解できない。このパーティーは社長である藤嶋司の誕生日を祝うもの。藤嶋家主催で、息子の蒼の名前で開かれている。そのパーティーで、蒼の傍で微笑んでいるのは白川茉莉。そして次期後継者と紹介するように二人の傍にいる子ども。誰がどの角度から見たってこの三人が家族だ。本当に何を考えているのか分からない。でも、もう分かりたいと思っていない。『凱』視線を蒼に向けたまま凱に声をかけると、隣の凱の気配が変わるのを感じた。野生の獣が、これまで消していた気配を一気に開放して飛び掛かるような雰囲気だ。『Mr.Fujisima』張りのある凱の美声が一瞬で会場を支配し、呼ばれた蒼だけじゃくて全員の目がこちらに向いた。二人が視線を交わしたのは一瞬で、蒼の視線はそのまま隣の私に向けられた。二人ほどではないけれど、私も日本人女性としては背が高いほう。敵意のこもる目が、一瞬で驚きに変わる。そして驚きから、「どうしてここに?」という疑問に。驚くのは分かるけれど、この状況でそれ?そんな気持ちを込めて、笑っていない微笑みを蒼に向けて、目線をほんの一瞬だ
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3.
人によっては蒼は理想的な上司だったといえる。蒼は人を純粋に能力で評価していた。 そして能力がある人をチームリーダーに起用し、実績をつけさせて昇進させていった。この点は素晴らしい。 でも、求める能力が自分基準だった。蒼自身も努力して身につけた能力かもしれない。でも蒼自身が自分をすごいと分かっていなかったから、同じことを周りの全員ができると思っていた。「できない」を理解できなかった。「できない」をできるはずなのにやらないだけの「甘え」や「怠慢」と誤解し、そう評価していた。蒼は能力を評価するから、彼が手掛けるプロジェクトに参加すれば評価されると喜んで参加していた人たちも、複数のタスクを同時並行でこなす化け物の蒼の要求に応えられず、責め苦に耐えられず、数日後にはゲッソリしてフラフラと社内を歩いていた。 「できないは甘えである」という蒼の考えを全否定はしない。実際にそう言う人もいるから頭ごなしに否定できない。でも、自分の態度が周りを威圧していることに気づかず、周りを委縮させて「できない」を大量生産してしまっていた。そんな自分に気づいていただろうに、態度を改めなくてもいいと蒼が判断したのには、藤嶋建設の花形といえる設計部には仕事ができる上にメンタルも強いという人たちが大勢いたからだろう。蒼の周りが人手不足になることはなかった。 こうして自己を振り返ることなく、立場とその才覚から最強のチームを作り上げた蒼。今の心理状況から非難気味にこき下ろした気もするが、その豪快さと強気の姿勢に当時の私は憧れた。いや、いまもその点には憧れている。 蒼は周りが自分に向ける負の感情を気にすることはない。凱ほど常に自信満々ではないが、蒼の振る舞いは自分に自信のある人の振る舞いだ。私には無理。どうしても人の目を気にしてしまう。人間には性格があるし、今さら変えるのは難しいから、蒼や凱のように振る舞えなくてもいいけれど、ないものには憧れる。きっと、この
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4.
あの日のことはなかったことにしたい。 私はそう切実に思ったが、なかったことにはならず、数日後に私はまた部長室に呼ばれた。嫌だからといって逃げるわけにもいかず、同僚の『また?』という驚きと同情のこもった目を意識しながら、恐る恐る部長室に行った。 「素直にひとりで来るとは思わなかった」 いちいち台詞がラスボスのような蒼。私はいつ呼び出されてもいいように、そして最低限の口頭報告で逃げられるように、そのために用意した資料を蒼に差し出した。 「ああ、まあ、この報告も確かに必要だったな」 明らかに“忘れていた”という蒼の表情に、呼び出されたのはこれではないのかと、もしかしなくてもやっぱり暴君発言が問題なのかと私は身構えたのだが――。 「これを渡したかった」 そう言って机の上に置かれたのは、可愛らしい紙袋。驚いた。マンガに出てくる、両側から骨が突き出たワイルドな焼いた肉が出たほうが絶対に驚かなかった。 「そう警戒するな」 警戒もする。蒼に何かをもらう理由なんてなかったし、そもそも女性と懇ろになるのにプレゼントという名の賄賂など不要そうな男に可愛い紙袋は不似合い。何度でも言おう、あの紙袋は可愛かった。思い出すと、皺ひとつなかった……蒼はあの袋を持ってあの日出社したのだろうか。今になって気になってきたが、それが分かる日は永遠に来ないだろう。どちらにせよ、あれを用意したのは蒼ではなかった。 「祖母さんから渡してくれと頼まれた」「ばあ、さん?」 その言葉に思い浮かぶのが一人いたから、紙袋を手に取って中を見て、読みたいと思っているのだとその人に話した話題の新刊が入っていることにある意味は納得した。“ある意味は”だけど。だって、この瞬間まで蒼が翠さんの孫だなんて欠片も想像していなかった。 翠さんは私が休日によく行く図書館で知り合った女性で、蒼の祖母だというように私とは年齢が離れていたが本の趣味や好きなものが似ていたため友だちになった。翠さんの孫が藤嶋建設にいることは、翠さん本人から聞いて知ってはいた。私が自己紹介したときに勤務先を言って、「うちの孫もそこで働いているの」と翠さんが言ったから。それにしても――。 「あの穏やかでいつも笑顔の翠さんにこんな孫がいたなんて」「こんなで悪かったな。君、驚くと心の声が
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【幕間】恋に堕ちる
「またな」と軽く片手を上げて、藤嶋さんが背を向けると黒いコートの裾が揺れた。もう何度この姿を見送っただろう。 最初は、藤嶋さんが背を向けるとすぐにマンションの中に入った。ご飯が美味しかったとか、最近は夜が寒くなってきたとか、そんなことを思いながら。三回目くらいから、マンションの入口から五十メートルくらい離れたところにある街灯まで藤嶋さんが歩く後ろ姿を見送るようになった。寒い中ここまで送ってくれたんだし、とほぼ感謝の気持ちだった。それが、いまでは藤嶋さんが駅に向かう通りに曲がるまで、その背中が見えなくなるまで、こうしてマンションに入らず見送っている。そして、いまは藤嶋さんの背中が見えなくなったとき寂しいと感る。 感じてしまっている。 最初に感じてしまった夜、“とうとう”って感じだったからどこか予感してはいたことではあったけど、あの夜は「嘘だー!!」と部屋で叫んでしまった。あの夜、藤嶋さんを、あの藤嶋蒼を好きだと自覚した。自覚してしまった。衝撃的な、アクシデント。そんなフラグがあったのかと、部屋の中をグルグルと冬眠前の熊のように歩き回った。 高校時代から知っている男性だが、当時は恋愛感情を抱いてなどいなかった。学校カースト上位だった藤嶋さんは恋愛対象として「ない」だったから。それがどうして?学校カーストどころか日本規模のカーストでも上位だと分かって、なぜ恋愛対象になる? 【恋は盲目であり、理性的に愛することは不可能です】 「なぜ」を考えすぎて、恋愛の定義がゲシュタルト崩壊して、初めてネットで「恋愛 意味」なんて恥ずかしい検索をした。そして出てきたのがこのシェイクスピアの言葉で、さらに恋愛の情熱についてはあのソクラテスも「理性的な判断はできない」と匙を投げていた。歴史に名を遺す大哲学者ですら避けられない恋の理不尽をモブ気質の私がどうにかできるわけないのだけれど、陽の目を見ない作家の卵でも誰でもいいからこの熱を消す方法を教えてほしい。  ……ん?藤嶋さん?なんで……気づかなかったけれど、いつの間にか建物の影からひょっこりと藤嶋さんが顔を出していた。どうして?忘れ物でもした?……ううん、店に忘れ物はなかった。席を立ったとき、いつもの習慣で机の上や周りを確認している。何もなかった。もしかして、女将さんがお釣りを間
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結婚は恋愛のゴールかもしれないが、人生のゴールではないことを結婚して思い知った。 「結婚したことを秘密にしてほしい」入籍する日まであと数日というところで、蒼から私たちの結婚を秘密にしたいと言われた。それまでそんな素振りはなく、本当に突然だったから戸惑った。 「遠回しに結婚をやめようと言っているの?」「違う、ただ家の事情なんだ」「家の、事情……」家の事情と聞いて、困った。施設育ちだから「家」と言われて分からないのもあるし、藤嶋建設勤務だったため藤嶋の「家」の社会的な立場みたいのも多少は分かってしまっていた。その後継ぎである蒼と私。ドラマティックに言えば越えられない壁みたいな価値観の違いがあった。「その事情を、話せないの?」「……ごめん、いまは言えない」蒼の家に、何かあることは薄々と気づいていた。結婚の報告だって翠さんとお祖父様にしただけで、ご両親には「会う必要はない」の一点張り。親子の確執みたいなものがあるのかと思って翠さんに聞いたりしたけれど、翠さんにも「会う必要はない」とやんわりと線を引かれた。いまは言えない。しばらく待っていてほしいもそうだけど、終わりがあることを約束する言葉だったから信じた。不確かではあったけれど、そんな不確かさは証明できない愛も同じだから構わないと思った。蒼と結婚するとき、信じると決めた。だから、とことん信じてみようと思った。「うん、分かった」   *  予定通り私たちは婚姻届を出して、私は藤嶋陽菜になったけれどそれは戸籍上の話。職場では朝霧陽菜のまま。蒼か黒崎さんが何かしたのだろう、私たちの結婚は誰にも知られることはなかった。蒼は私との結婚を徹底的に隠した。それは病的なほど、だった。  私たちの家となった青山のマンションは蒼のお祖父様から結婚祝いに贈られたものだけど、以前住んでいたマンションの契約更新のタイミングに合わせて私が先に住んでいた。だから表向きはそのまま私の一人暮らしという形になり、蒼は結婚の事実を隠すため出社も帰宅もそれまで暮らしていた翠さんたちの白金のお屋敷を経由していた。スマホも二台持ち、一台は私専用。私専用と聞いて、喜びよりも戸惑いが大きかったのは、私専用のスマホを持ち歩いていたのは黒崎さんだったから。いつでも連絡してほしいと言
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白川茉莉のことは、その存在すら癪に障る。いや、私は彼女が嫌いだ。名家の白川家の娘として生まれ、蝶よ花よと育てられたお姫様気質の彼女だから、彼女を嫌うのは孤児の僻みや妬みかと思えてこの嫌悪感は誰にも言っていないけれど。   *白川茉莉は、蒼と『婚約目前』と報道されて以来、藤嶋建設によく遊びにくるようになった。嫌いな女だから「遊び」と嫌味な表現をしてしまうが、特に目的があるわけでもなく会社にきて、大勢を引き連れてあちこちを見てまわる姿は、いま思い返しても遊び以外の適切な表現は見当たらない。白川茉莉は藤嶋建設を「第二の我が家」と言っていたが、あそこは家ではなく会社で、『次期社長夫人』の顔をして取り巻きの社員にあれこれと世話を焼かせる白川茉莉を疎ましく思うのは私だけではなかったはずだ。白川茉莉が来ると、その日は決まって残業になったから。本来なら私の仕事ではないものも押しつけられたりしたから。それでも誰も何も言えなかったのは、白川茉莉が社長である藤嶋司が盲愛する白川百合江に瓜二つだったから。藤嶋の姓を持つだけで強気に振舞える会社だ、社長となれば法律のような存在。白川茉莉を歓待することで藤嶋司の心証をよくしようと思う社員は多数いて、彼らが白川茉莉を取り巻いて煽てあげ、姫のように扱い続けた。 白川茉莉が蒼の婚約者と紹介されたことはない。白川茉莉自身もそう言ったわけではない。ただ蒼との結婚が近いことを臭わせただけ。蒼の婚約者として振る舞っただけ。 今夜のパーティーもきっとそう。まあ、蒼が結婚しているのは事実でもそれは誰も知らないから、蒼の婚約者と名乗ることくらいはできるかもしれない。でも、妻にはなれない。日本で重婚は認められていない。ただ蒼の妻のように振る舞っていただけ。  白川茉莉は強かだ。真相の姫君のような淑やかな外見とは裏腹に、その内には太くて硬いものがある。それに蒼は必要な存在なのだろう。蒼が絡まなければ私など視界に入れなかっただろうに……。   「あなたが、朝霧陽菜さん?」白川茉莉に声をかけられたのは突然だった。打ち合わせをしていた会議室から設計部に戻ったら、そこに取り巻きを引き連れた白川茉莉がいた。いつも通り我関せずで過ごそうとしたが突然声を掛けられ、その不意打ちに驚き、向けられた温度のない目にゾッとし
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その日の始まりはいつもと同じだった。私は有給消化で休みをとっていて、いつも通り出社する蒼を玄関先でいつも通り見送っていた。「いってくるよ」といつも通り出勤した蒼が、昼のニュースの映像の中で彼に瓜二つの少年を抱いて白川茉莉と並んでいた。これはない。あのとき、一番最初に感じたことはそれだった。    *  私はテレビの前にへたり込み、テレビが別のニュースを報道しはじめてもそこを動くことができなかった。スマホが通知音を鳴らして、私はのろのろと動いた。【今夜、必ず説明する】という蒼からメッセージには、皮肉なことに初めて“いつか”が入っていた。 今夜まで、もう何もする気にならなかった。ソファに座り、膝を抱えて時が過ぎるのを待っていた。体が全ての機能を止めたようだった。食事をしていないのに空腹を感じることもなかった。点けっぱなしのテレビに映る映像が変わることが、時間の経過を私に教えてくれた。夜の九時を超え、十二時を過ぎて日付が変わって、放送終了の画面になっても蒼は帰ってこなかった。 蒼が帰ってきたとき、朝のニュースが始まっていた。このときの私はシャワーを浴びて着替えをすませ、食事を終えて、いつもより念入りに化粧をしていた。女の意地だ。寝ずに蒼を待ち続けていたことはもちろん、ショックを受けていることも蒼に知られたくなかった。 「昨夜は……「昨夜はどこにいたの?」」蒼に最後まで言わせず、蒼に投げた言葉は実に妻らしい台詞だった。そんな台詞を吐けた自分が心底おかしかった。その質問の回答に蒼は困っていた。答えとしてはそれで十分だった。「彼女たちと一緒だったんでしょう? 楽しかった?」「そうだけど、そうじゃない」「何、それ」不作法だけど、鼻で哂ってしまうような無様な回答だった。 「ねえ、あの子どもはなに? 白川茉莉とは『何でもない』じゃなかったの?」「それは……理由が、あるんだ」「理由……その『理由』ってやつを教えてよ」「それは……説明する、必ず。でも……もう少し待ってほしい」 蒼の答えはいつだって「もう少し」。それを受け入れて、我慢した結果があれだった。限界だった。私はテーブルの上に置いてあったスマホの画面を蒼に見せた。朝の四時を過ぎてテレビのニュースは止まっても、ネットの情報は二十四時間休みなく更新さ
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「俺にはあの子どもを育てる責任があるんだ」私の「そう」をどう解釈したのかは知らないが、蒼は弁明のようなことを始めた。蒼の声は決意をにじませていたけれど、何を言っているんだろう。親が子どもを育てるのは当たり前のこと。やることやって楽しんだのだから、その結果の責任をとらなきゃいけないでしょう?それをまあ、よくも「責任」なんて美化した言葉で表現したものだと思う。それは責任なんかではない、蒼の義務だ。 「離婚しましょう」私の離縁の申し出に蒼は驚いていた。よくあの状況で驚けたなと今でも感心してしまう。「離婚したくない」「私はあなたの顔を見たくない」嫌な言葉を選んで応酬すれば蒼は怯んだ。「俺が出ていく」そう言って蒼はマンションを出ていった。意味のない行動。何の解決にもなっていなかった。それどころか自分が出ていけば解決するかのような態度。まるで私が癇癪を起したみたいに、蒼が出ていけば癇癪がおさまって「離婚したい」はなくなる。私が大人しく残ると思うかのような蒼の態度に私の怒りは増した。屈辱だった。 私も出ていってやると最低限の荷物を纏め、私はマンションを出ようとした。しかし、マンションのエントランスホールに黒崎さんがいた。引き留めるのも代わりがやるのか、そう思った。「蒼は部屋にいませんよ」蒼がいなければ用はないだろうと嫌味を込めて言ってみた。黒崎さんは微笑を浮かべるだけだった。「運転手を務めるように言われましたので」黒崎さんの後ろにはスーツ姿の屈強な男性が二人いた。「まるで監視ね」諍いを好まない普段の私なら出さない皮肉を込めた声に黒崎さんは驚いたようだったが、有能な秘書である彼が見せた素の反応は一瞬でそれは微笑の影にあっさりと隠れた。普段通りの黒崎さんを見て、私は頭が冷えた。衝動的に家を飛び出すのは得策ではないことに気づいた。「部屋に戻ります。黒崎さんも仕事に戻ってください」「陽菜さん、もう少しだけ待って……」「また“もう少し”ですか」二人揃ってお得意の「もう少し」を、またかと思って笑ってみせれば黒崎さんは困っていた。 「『もう少し』って言葉は便利ですけど、そのカードは使い過ぎて、擦り切れて、もうボロボロですよ?」   *  蒼がマンションを出ていった日から私には監視がつけられた。蒼が勝手にし
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あのとき、私は真剣に神様にお礼を言った。藤嶋建設は名のある企業だが日本国内が主で、世界規模で見ればキャメロット・アーキテクツの足元にも及ばない。そんな企業からの指名に気後れはしたが、それ以上に「藤嶋」より強い者の存在に血が騒めいた。自分を押さえつけるように支配する蒼を見返したいと思った。それなのに――。「キャメロットとの仕事は別のものに担当させる」 凱との初めての顔合わせの日、その夜に青山のマンションにきた蒼の第一声はこれだった。何週間ぶりかの帰宅だというのに「ただいま」もなかった。あのときすでに青山のマンションは蒼にとって「ただいま」の場所ではなかったのだろう。それでも私はまだどこかで蒼に期待していたと思う。別の担当を立てるのは経営的な判断だと思った。私が受け持つのはいつも小さなプロジェクトだったし、大規模プロジェクトのリーダーを務めたのは失敗に終わったあの一回きりでリーダースキルのブラッシュアップはできていなかった。経験値が足りないと言われたらそれまでの話。多分、そう言ってくれたら諦めただろう。過去のことを、“たら・れば”で考えたらきりがないけれど。でも――。 「李凱は女性との噂が絶えない」蒼はそう言った。経営的な判断でも、私の能力を不安視したのでもなく、私の浮気の可能性を疑っていた。 「あなたがそれを言うの?」あなたも白河茉莉との噂が絶えないじゃないか。言外に込めた皮肉はきちんと蒼に伝わり、私の言葉は思惑通り蒼を怯ませたが怯んだ蒼の姿が歪んで見えた。「違う、ごめん、そんなことを言いたいわけじゃなくて……ごめん、悪かった、だから……泣かないでくれ」浮気を疑われた憤りから生まれたなら、信じてもらえないことへの悲しみから生まれた涙ならそれで止まったかもしれない。でも、そのとき私にあったのは虚しさだけ。虚しさから零れた涙は止まらなかった。 「陽菜を疑ったわけじゃない。でも、ただ、陽菜が心配で……」「心配?」おかしな言葉だった。「その割には随分と久しぶりのご帰宅じゃない。私はずっと一人だったわ。そうよね、ここはもう私だけの家だもの」「……陽菜?」「だって、あなたは“ただいま”さえも言わないじゃない」あの部屋は私を閉じ込めておくだけの籠だった。蒼が帰ってくる場所ではなくなっていた。蒼は私を籠に閉じ込
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