LOGIN藤嶋陽菜は夫である蒼と恋愛結婚をしたが、蒼は二人の結婚はしばらく秘密にしたいという。 理由は、「いまは言えない」。 繰り返される、「もう少しだけ」。 表向きは他人の二人。 そんな二人の前に白川茉莉や李凱が現れる。 いまは言えない「秘密」を陽菜が聞く日はくるのか。
View More『大丈夫か?』
隣にいる男、李凱(リー・カイ)から異国訛りのある日本語で気づかわれた。
170cm弱あるから私も日本人女性としては背が高いほうだけど、190cmを超える凱の顔は遥か上にある。だから凱の顔を見るときは首の後ろがキュッとなるのだけど、こうして見上げる角度に慣れているのもは
いや……そうじゃない。
いけない。
浮かびかけた彼とのいい思い出を頭を振って追い払う。
『陽菜、無理ならやめよう』
頭を振った理由を凱には無理だと勘違いされた。でも、そうではない。大丈夫。だって、こんなチャンスは次はいつくるか分からない。
『大丈夫ですよ、
“支社長”と役職をつけたことがトリガーとなって、凱の表情がやや硬くなった。英国に本社のある世界的に有名な建築事務所キャメロットの日本支社長に相応しい顔だ。
凱はこのパーティーに上客として招待されているから、おそらく
『大丈夫か?』
『うん』 『それなら、行こう』凱の表情は“上等”と言わんばかりに満足気だったけど、その腕は“傍にいる”というように優しくて、私はこの腕に安心させられる。
*
『しかし、周りの目が少々鬱陶しいな』
凱は不満げだけど、こんな視線に慣れていることを知っている。
品の良い顔立ちにアウトローの雰囲気を併せ持つ男。危険な魅力に満ちた凱に老若男女は目を奪われる。
特に女性。
彼女たちの視線は凱を搦めとらんばかりにギラギラと熱いし、その隣にいる私には鋭利は刃物のように鋭く刺さる。
『視線の主は美女たちよ?』『美女なんてどこにいるんだい?』
わざとらしくキョロキョロとフロアを見渡した凱は私にウインクをする。
『俺がいまエスコートしている女性以上の美女を連れてきてくれないか?』
『馬鹿ね』
気障な台詞。
でも、凱にはよく似合っている。『……ありがとう』
緊張をほぐしてくれた凱に感謝しながら、私たちはフロアを横断してバンケットホールに向かう。
ちらほらと見知った顔が増えてきた。
目的地が近い。 緊張が戻ってくる。『俺を見て、My Dear』
凱の優しさと、甘さの籠った声に周囲が騒めく。向けられたのは私なのに、周囲の女性が被弾して顔を真っ赤にしていた。
うん、素晴らしい。
今日のパートナーに本当に相応しい。*
周囲の視線を独占しながら、凱と共に騒めきを引き連れてホールの入口に立つ。
扉の前にいたスーツ姿の男性がこちらを見た。
『ごめんなさい、靴のストラップが取れてしまったわ』
屈みこんで俯くと。しばらくしてきちんと磨かれた艶やかな黒い革靴が俯いた視界に入ってきた。
飾り気のない実直な靴。
とても彼らしい。 『Iお越しいただき光栄です、李社長』『盛況ですね、黒崎さん』
『ありがとうございます。また改めて副社長とともにご挨拶に伺います』
頭上の挨拶をストラップを弄りながら、タイミングを見計らって顔をあげる。
『お連れの方も……』
私と目があった黒崎さんの目が驚きに見開かれた。
流暢だった英語がピタリと止まり、「え?」と抑えきれない驚きが音になった。
大手ゼネコン藤嶋建設の副社長の秘書を長年務める黒崎秘書室長。彼はゴシップになど興味はないから、凱が誰をエスコートしていようと気にしなかっただろう。でも、凱がエスコートしているのが私なら別の話。
そう思って仕掛けた。
でも予想以上に驚いた顔が見られて、満足しつつも驚いた。 「おく……陽菜さん」 ……さすがは驚いていても
でもそれを見せる場面ではない。
黒崎さんはまだ驚いたまま、その衝撃は去っていないからまだ私のほうが優位に立っている。*
『お久しぶりです』
笑って、首を傾げてみせる。
『意外なことですけれど、またこうしてお会いできて嬉しいです』
私の言葉に黒崎さんの顔が引きつる。
彼が悪いわけではないけれど、彼との最後はあまりよくなかったからここは許してもらいたいと思う。
『ミスタークロサキ。俺の連れに見惚れるのは構わないが、そろそろ仕事をしたらどうだ?』
凱の言葉に黒崎さんはハッとする。
彼にも言いたいことはあるだろう。
でも、そのどれもがこんな衆人環視の場では言うことはできないこと。ちょっとした意趣返しだ。
そしてそれを黒崎さんも分かっている。『愛しの彼女にいいところを見せたいんだ。満足にエスコートできないような男にしないでほしいな』
満足にエスコートできないような男……か。
周りにはどう聞こえたか分からないけれど、私と黒崎さんにはその意味が分かる。
ずいぶんと比喩のきいた強烈な皮肉だ。凱、頼もしいくらいキレッキレ。
『大変申しわけありませんでした』
いろいろな意味に取れる謝罪を聞いたあと、凱の手を借りて着ていたコートを脱いで真っ赤なイブニングドレス姿になる。
これは勝負服。
目立たないよういつも地味な色の服ばかりを選んで着ていたのに、そんな私が初めて着たドレスが炎のように燃える赤だなんてね。
周りが騒めいた。
狙い通りだけど……ちょっと騒めき過ぎじゃない?
勝負服だからと勧められて着たけれど……柄でもないことをしてしまった?
かなり恥ずかしい。
黄色い悲鳴まで…………黄色い悲鳴?
『ヒナ、大丈夫、とてもよく似合っているから』
……そう言う凱に周りの視線は突き刺さっている。
凱ほど『お似合い』ではないよ。
艶やかな黒いスーツは華やかな風貌の凱にとてもよく似合ってる。
ファッション雑誌から抜け出てきたみたい。私のイブニング姿よりもよほど見る価値ありますよ。
私は準備に三時間はかかったのに?
凱の準備なんて三十分もかからなかったのに?『どうした?』
『凱の美ボディには神メイクも敵わない』
『なんだ、それ』
楽しそうに凱が笑うと、黄色い悲鳴の数が増した。
そう言えば、『氷の暴君』の異名を持つクールな凱が人前で笑うことは滅多にないんだっけ。笑ったとしても人を馬鹿にするような冷笑だとか。
つまりこの楽しそうに笑う顔は大変貴重なもの。
それを向けられている私の価値も上がる。
『うん、凱が味方なら何でもできる気がする』
『つまり?』
『予定通り先制パンチは続行よ』
目的の人物は直ぐに見つかった。予想通り、人が最も集まっている中心地にいた。やっぱり彼も背が高い。 *藤嶋蒼。大手ゼネコン藤嶋建設の創業家一族の直系で次期社長。現在は副社長の地位にあるが、社長である父親・藤嶋司を遥かに凌ぐ実力とカリスマ性から、藤嶋建設の実権は彼が握っているといっても過言ではない。彼の周りに群がっている人たちは彼より二十歳は年上だろうに、彼に向けるその媚びた表情から王に謁見する臣下にしか見えない。彼の傍には美しい女性。そして彼によく似た幼子。まるで“幸福”を絵に描いたような家族。でもこの三人は“家族”ではない。正確には「まだ」家族ではない。なぜなら藤嶋蒼の妻は私なのだから。 *蒼は私と離縁し、あの女性、いま蒼に笑顔を向けている白川茉莉と再婚したと思っていた。私は離婚を拒んでなどいない。その証拠に、彼の前から姿を消す前に記入済みの離婚届を黒崎さんに渡しておいた。それなのに、「一応確認しておけ」と凱に言われて役所で戸籍を確認したら、今日の午前中はまだ私は藤嶋陽菜のままだった。こんな状況であっても私と離婚しない蒼が理解できない。このパーティーは社長である藤嶋司の誕生日を祝うもの。藤嶋家主催で、息子の蒼の名前で開かれている。そのパーティーで、蒼の傍で微笑んでいるのは白川茉莉。そして次期後継者と紹介するように二人の傍にいる子ども。誰がどの角度から見たってこの三人が家族だ。本当に何を考えているのか分からない。でも、もう分かりたいと思っていない。『凱』視線を蒼に向けたまま凱に声をかけると、隣の凱の気配が変わるのを感じた。野生の獣が、これまで消していた気配を一気に開放して飛び掛かるような雰囲気だ。『Mr.Fujisima』張りのある凱の美声が一瞬で会場を支配し、呼ばれた蒼だけじゃくて全員の目がこちらに向いた。二人が視線を交わしたのは一瞬で、蒼の視線はそのまま隣の私に向けられた。二人ほどではないけれど、私も日本人女性としては背が高いほう。敵意のこもる目が、一瞬で驚きに変わる。そして驚きから、「どうしてここに?」という疑問に。驚くのは分かるけれど、この状況でそれ?そんな気持ちを込めて、笑っていない微笑みを蒼に向けて、目線をほんの一瞬だ
『大丈夫か?』隣にいる男、李凱(リー・カイ)から異国訛りのある日本語で気づかわれた。170cm弱あるから私も日本人女性としては背が高いほうだけど、190cmを超える凱の顔は遥か上にある。だから凱の顔を見るときは首の後ろがキュッとなるのだけど、こうして見上げる角度に慣れているのもは彼も同じくらい背が高かったからだろうか。いや……そうじゃない。いけない。浮かびかけた彼とのいい思い出を頭を振って追い払う。『陽菜、無理ならやめよう』頭を振った理由を凱には無理だと勘違いされた。でも、そうではない。大丈夫。だって、こんなチャンスは次はいつくるか分からない。『大丈夫ですよ、支社長』“支社長”と役職をつけたことがトリガーとなって、凱の表情がやや硬くなった。英国に本社のある世界的に有名な建築事務所キャメロットの日本支社長に相応しい顔だ。凱はこのパーティーに上客として招待されているから、おそらく彼が自ら挨拶にくるだろう。『大丈夫か?』 『うん』 『それなら、行こう』凱の表情は“上等”と言わんばかりに満足気だったけど、その腕は“傍にいる”というように優しくて、私はこの腕に安心させられる。 *『しかし、周りの目が少々鬱陶しいな』凱は不満げだけど、こんな視線に慣れていることを知っている。品の良い顔立ちにアウトローの雰囲気を併せ持つ男。危険な魅力に満ちた凱に老若男女は目を奪われる。特に女性。彼女たちの視線は凱を搦めとらんばかりにギラギラと熱いし、その隣にいる私には鋭利は刃物のように鋭く刺さる。 『視線の主は美女たちよ?』『美女なんてどこにいるんだい?』わざとらしくキョロキョロとフロアを見渡した凱は私にウインクをする。『俺がいまエスコートしている女性以上の美女を連れてきてくれないか?』『馬鹿ね』気障な台詞。 でも、凱にはよく似合っている。『……ありがとう』緊張をほぐしてくれた凱に感謝しながら、私たちはフロアを横断してバンケットホールに向かう。ちらほらと見知った顔が増えてきた。 目的地が近い。 緊張が戻ってくる。『俺を見て、My Dear』凱の優しさと、甘さの籠った声に周囲が騒めく。向けられたのは私なのに、周囲の女性が被弾して顔を真っ赤にしていた。うん、素晴らしい。 今日のパートナーに本当に相応しい。
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