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第20話

Author: 楽しくお金を稼ごう
「お兄ちゃんが天音を裏切るようなことをするはずがない。

私は本当のところ、かつて夫婦だったという縁もあり、由美もいるから、きれいに終わらせたかった」

紗也香の目には恨みが滲み、振り返って蓮司を見つめた。

「お兄ちゃん、勇気は女子大生と浮気して、堂々とパーティーに連れていき、小林家の一員のように扱い、彼女に子供まで産ませたのよ。どれも許されることじゃない。

私は彼に全財産を放棄させて出て行かせる。もう二度と顔も見たくない!絶対に許さない!」

紗也香が一つ一つ勇気の罪を挙げる声は痛切で、天音の心にも強く響いた。

それは天音自身の境遇でもあり、天音の考えそのものだった。

だが蓮司はまるで他人事のように、一切表情を変えなかった。

天音はこれ以上その場にいられなかった。このままでは自分も紗也香と同じように、すべてを打ち明けて蓮司にぶつかってしまいそうで、それが怖かった。

紗也香には蓮司のような兄がいたが、自分にはそんな存在はいなかった。

蓮司が作り上げた牢獄の中で、自分はただ一人きりだった。

天音は子どもたちの様子を見ようと、茶室を後にした。

背後からは蓮司の落ち着いた声が響いた。「勇気を小林家に連れていけ。彼の祖父健二に伝えろ。三日以内に、勇気が全財産放棄と由美の親権放棄の離婚届を持ってこなければ、小林家を破産させる」

天音が階段を上がるとき、勇気がテープで口を塞がれ、ボディーガードに引きずられて別荘から追い出されていくのが見えた。

どれほど勇気がもがいても、紗也香は一度も振り返らなかった。

しかし、勇気が車に押し込まれて去っていくのを見届けた後、紗也香は蓮司の胸に顔を埋めて泣き崩れた。

天音はその光景から目をそらした。

寝室では、由美が泣き疲れて眠りにつき、大智がそばで由美の涙を優しく拭っていた。

天音は家政婦を降りさせ、ドアの陰に身を寄せて、その光景をぼんやりと見つめていた。

「ママ、おじさんはどうして他の女と一緒になったの?

どうしてそんなに悪いことをして、おばさんをあんなに悲しませて、由美にまでつらい思いをさせるの?

僕、もう彼のことを『おじさん』なんて呼ばない」

大智の柔らかい両腕が天音の首に絡み、その体を天音の胸にあずけた。まるでかつて悪夢を見た夜や、怖いものを見て怯えたときのように、彼女のもとへ安心を求めてきた。

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