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第252話

Author: 楽しくお金を稼ごう
蓮司は小さな声で言ったので、近くにいた要にしか聞こえなかった。

天音に辛い思いをさせたくなかった。

だから、この秘密を他の人に知られたくなかったのだ。

天音にも、知られたくなかった。

要は無表情で、感情の読めない口調で言った。「どうやら風間社長は、留置場が恋しくなったようだな」

二人の視線がぶつかり、蓮司は何かに気づき、鋭い視線を向けた。「最初から知っていたのか?」

「要、風間社長の邪魔をしちゃだめよ」玲奈の声が二人の間に割って入った。これ以上二人が揉めて、収拾がつかなくなるのを恐れたのだ。

天音もそちらを見た。蓮司は治療したばかりの腕で拳を握りしめ、怒りを露わにして要を睨みつけていたが、天音の視線に気づくと、憂いを帯びた優しい表情になった。

彼女は視線をそらし、要が自分の方へ歩いてくるのを見ると、目を伏せた。

去っていく二人の背中を見つめ、蓮司は悔しそうに歯を食いしばった。

二人の結婚なんて、絶対に許さない。

誰にも、天音を傷つけさせない。

結婚式まであと5日。なんとかして阻止する方法を考えなければ。

病室を出て、要は暁に指示を出した。「病院に残っている検査結果は全て処分しろ」

暁は頷き、指示に従った。

車の後部座席。

「ウェディングドレスを見に行くか?」要が尋ねた。

玲奈が乗り気だったので、天音も反対はしなかった。

天音が落ち込んでいるのを感じ、要はそっと彼女の手を取った。

天音は手を振り払い、窓の外に顔を向けた。

「怒っているのか?」要は穏やかな口調で言った。「君を陥れた犯人を、もっと早く明らかにすべきだったと責めているのか?」

天音は、それでも彼の方を見ようとしなかった。

怒っているに決まっている。

「そうしたのは、松田兄妹を追い詰め、お母さんに奴らの本性を見せるためだ。

辛い思いをさせて悪かった、天音」要の大きく温かい手が、天音の細く白い手に優しく重ねられた。

「あなたを信じないわけがないでしょう」

今度は天音も避けなかった。要は彼女の手をしっかりと掴むと、自分の方に向き直らせた。

「けれど、君は俺を信じてくれなかった」

天音は少し後ろめたい気持ちになり、俯いた。

本当は隊長のことを誰よりも信頼している。命だって預けられる。

なのに、今回はどうかしちゃったんだろう。

菖蒲の言葉と、大輝が編集した
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