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第338話

Author: 楽しくお金を稼ごう
天音の小さな体は、要の腕の中にすっぽりと収まっていた。

天音は要を見上げた。「想花は私の娘よ。想花とベビーシッターさんと一緒にここを出ていくわ」

「想花は俺の娘でもある。俺のことをパパって呼ぶだろ」要は天音の動揺に気づき、大きな手でそっと背中を撫でた。

天音は、想花はあなたの娘じゃない、と言いたかった。

でも、要の真剣な眼差しと向き合うと、その言葉は喉の奥に引っかかってしまった。

要は想花を、まるで本当の娘のように可愛がってくれている。

要と結婚しないとはいえ、彼の想花に対する愛情を踏みにじりたくはなかった。

要は婚礼衣装を脱ぎ、いつもの白いシャツと黒いスラックス姿に戻っていた。

でも、天音はキャミソールドレス一枚で、彼の腕の中に抱かれている。薄い布一枚越しに、まるで裸で抱きしめられているようだった。

要の体温、匂い、オーラが天音を包み込み、まるで彼女を飲み込もうとしているようだった。

天音は気まずくなって言った。「放して。着替えさせて」

でも、要は天音を放さなかった。「結婚式は中止にする。元の関係に戻ろう。

一緒に想花を育てていこう」

天音は一瞬心が揺れたが、首を振った。「だめ、絶対にいや」

要は天音を抱きかかえてウォークインクローゼットを出ると、そのままソファに座った。

要の熱い手が天音の細い腰に回された。彼は声を潜めて、諭すように言った。「理由は何なんだ?」

前は良かったのに、なぜ今はだめなんだ?

天音は要の執拗さに気づいた。

しかし、その理由は簡単に口に出せるような言葉ではなかった。

要のことが、好きだから。

これ以上要を好きになってしまうのが怖い。要の妻という立場で彼の足かせになるのが怖い。そして、いつか要の好きな人が現れた時、自分が手放せなくなるのが、何より怖かった。

天音は痒くなった目をこすった。涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。「とにかく、いやなの」

天音は立ち上がって、その場を離れようとした。

要は天音を行かせず、ぎゅっと腕の中に抱きしめた。

要の顔が、天音の顔のすぐそこまで近づいてきた。

天音は抵抗するように、目を閉じた。

ひんやりとした感触が、両目を覆った。

天音は少し驚いた。

「目を開けるな」

要は、赤く腫れた天音の目に薬を塗ってあげていた。「しばらく冷やせば治まる」

冷たくて、痒みも治ま
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