LOGINセリアが頷く。 「分かりやすいです」 オスカーが記録する。 責任署名と現物確認の混同:代表者や責任者の署名を、現物の数量・等級・状態を確認した証明として扱ってしまう状態。署名者の責任と確認者の実務を分ける必要あり。 セルゲイは、その定義をしばらく見ていた。 「これを我が国へ持ち帰るのは、なかなか骨が折れます」 「でしょうね」 「しかし、必要です」 「はい」 その時、イリスが静かに茶を置いた。 「大使」 「はい」 「署名は美しいほど、汚れをつけにくいものでございます」 セルゲイが彼女を見る。 イリスは表情を変えずに続けた。 「ですから、汚れる前に、どなた
今は違う。 王太子の署名もまた、美しい署名の一つだった。 美しい署名で、中身の確認がごまかされてはいけない。 「この件について、王太子府から補足意見を出す」 ジュリアスは言った。 「内容は?」 「外交文書では、ノルヴァルト側の代表署名を尊重する。ただし、付属覚書の実務様式では、現物確認者名欄を設ける。署名者と確認者を分ける」 ライオネルが記録する。 「よろしいかと」 「あと」 ジュリアスは少し考えた。 「責任署名を否定するものではなく、責任署名の根拠を明確にするもの、と書く」 トーマが顔を上げた。 「殿下、それはよい表現だと思います」 「使えるか」 「
この問題は、アルヴィア王太子府の署名改革とよく似ていた。 王太子の署名があっても、王太子が中身を読んでいるとは限らなかった。 部署印があっても、誰が現物を見たかは分からなかった。 ノルヴァルトもまた、同じ穴を持っていた。 「署名は信頼の印です」 クラリスは静かに言った。 「ですが、現物を見た証明ではありません」 セルゲイは深く頷いた。 「記録しておきます」 オスカーの筆が動く。 ミレーヌも、自分の紙へ同じ言葉を書いていた。 その字は少し緊張している。 自分が最初に見つけた穴だからだろう。 クラリスは輸出元寄付証明に目を戻した。 「この場合、必要な
ノルヴァルト大使館から届いた輸出元記録は、美しかった。 それは、見た瞬間に分かる美しさだった。 紙質がよい。 罫線が乱れていない。 署名が堂々としている。 印章も深く、欠けていない。 毛織物組合長の署名。 ラグネ修道院長の署名。 輸出商会代表の署名。 港湾積込担当官の署名。 並んだ名前は、どれも立派だった。 それぞれの肩書きも申し分ない。 この記録をぱっと見せられれば、多くの者は安心するだろう。 これだけ署名があるなら大丈夫だ、と。 これだけ印があるなら正しいはずだ、と。 だが、王宮筆頭実務顧問室の机の上では、立派な署名ほど警戒される
「そう願っています」 セルゲイは、いつもの微笑を戻した。 しかし、今日はその微笑の奥に、北方の冷たい過去が見えた気がした。 王宮筆頭実務顧問室へ戻ると、イリスが待っていた。 「お帰りなさいませ。重いお話でしたか」 「ええ」 クラリスは資料を机に置いた。 「ノルヴァルト側にも、届かなかった善意がありました」 イリスは表情を少し引き締めた。 「同じようなことが?」 「はい。数量が足りないもの、等級が違うもの、寄付元の布が市場に出た疑いがあるもの」 「国が違っても」 「空欄は同じ、だそうです」 クラリスはミレーヌを見た。 ミレーヌ
「一部は、後から知ったようです。ただ、証拠が弱く、表沙汰にはできませんでした」 「悔しかったでしょうね」 「ええ」 セルゲイの声が、ほんの少し低くなった。 「北方では、冬の布は命に近い。修道院の者たちは、自分たちの冬支度を削って布を出した。なのに、その一部が市場に出たかもしれない。これは、単なる帳簿不備ではありません」 クラリスは、その言葉を受け止めた。 単なる帳簿不備ではない。 アルヴィアでも同じだった。 南施療院の膝掛けは、ただの布ではなかった。 孤児院の冬服は、ただの品目ではなかった。 そこにあるのは、誰かの冬を越す力だ。 「今回