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第321話

Author: 浮島
その男の言葉はどんどん過激になり、声も次第に大きくなっていった。

蒼空はドアの外に立っているだけで、その怒声がどれほど大きいか分かるほどだった。

まるでこのフロア全体が彼の声で震えているようだった。

オフィスの中は、その男の声以外、まったく音がなかった。

そのオフィスは半透明のガラスで仕切られており、蒼空には中に大勢の人が詰めかけているのがぼんやりと見えた。

だが、誰ひとり口を開こうとしない。

男が突然怒鳴った。

「何とか言え!言葉も出ないのか?!俺が聞きたいのは「解決策」だ!黙って俯いてる暇があったら頭使え!上からも俺からも、もう十分に時間をやっただろう!何日もかけて、まだ何の案も出せないのか?!それでも仕事してるつもりか?!」

沈黙。

バンッ!

突然、何かが机に叩きつけられる大きな音が響いた。

壁を隔てた蒼空ですら肩を跳ねさせたほどだ。

中の人間たちはなおさら、身をすくめていた。

「解決策を出せないなら出ていけ!」

ようやく、一人が小さな声で口を開いた。

「この件......そもそもうちのせいじゃないですよ。他の人間が起こした騒ぎなのに、なぜ俺たちが責任取らなきゃならないんですか」

蒼空の胸が一瞬強く脈打つ。

一人が話し出すと、ほかの社員たちも次々に不満を口にし始めた。

「そうですよ。あれは俺たちがやったことじゃない。関水蒼空が瑠々の盗作を通報したんです。

瑠々自身がトロフィーを放棄した。誰もそんなこと強制してない。今の騒動は、二人が起こしたことでしょう?責任を取るなら、彼女たちが取るべきじゃないですか?

それに、俺たちの個人情報を晒したのは瑠々のファンですよ。あの人、いまだに何のコメントも出してないくせに、『可哀想』アピールだけは早かった。あのうつ病って話も、本当かどうか怪しいですよね」

「関水蒼空も、まだ何の反応もしてない。全部あの人が火をつけたのに、自分は隠れて他人に尻拭いさせて......ほんと、無責任ですよ」

「うちは何も悪いことしてない。全員に公平公正に対応した。責められる筋合いなんてない。もしこの問題を収めたいなら、一番早いのは関水蒼空に出てきてもらって謝罪させること。そうすればネットの矛先もそっちに向くし、うちへのプレッシャーも減る」

「賛成。今の炎上してる人たちはほとんど瑠々のファン。要は関水蒼空を
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