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娘より義妹を選んだ夫と離婚して、御曹司の愛人になります
娘より義妹を選んだ夫と離婚して、御曹司の愛人になります
Penulis: 甲賀流

第1話 娘の命より義妹を選ぶ夫

Penulis: 甲賀流
last update Tanggal publikasi: 2026-10-10 13:13:40

「人を救いたい? 俺の膝に座って、キスしろ」

 聞き間違いかと思った。

 東條恭介は応接用のソファに深く腰掛けたまま、真帆を見上げている。冗談を言った顔ではなかった。

「……本気で言ってるの?」

「助けてほしいと頼みに来たのはお前だろ」

 恭介が自分の膝を軽く叩く。

「嫌なら帰ればいい」

 帰れるなら、最初からここには来ていない。

 三年前、真帆はこの男との婚約を一方的に破棄した。家族が決めた相手ではなく、自分が愛した拓海と一緒になるために。

 あの時の恭介に何を言ったのかも覚えている。二度と関わることはないと思っていたから、言いたいことを言って背を向けた。

 そしてその婚約がなくなったことで、高槻家と東條家の協力関係まで途切れている現状。

 真帆はその恭介に、今さら娘を助けてほしいと頭を下げている。

 恥ずかしいとか、惨めだとか、そんなことを考えていられるならまだ余裕があった。

 真帆はバッグの持ち手を握り直すと、恭介の前まで歩いていき、その膝に腰を下ろした。

「これでいい?」

「まだだ」

 何のことかは分かっている。

 真帆は一度だけ目を閉じ、恭介の唇に自分の唇を重ねた。

 触れて、すぐに離れる。

「……これで」

「それがキスか?」

 恭介は笑いもしない。

「やり直せとは言わない。嫌ならそれで帰れ」

「本当に、嫌な男ね」

「今さら気づいたのか?」

 言い返したところで何も変わらない。

 ここで意地を張って困るのは真帆ではなく、娘である小春だ。

 もう一度顔を寄せ、今度はすぐには離れなかった。近すぎる距離に恭介の呼吸を感じる。それでも恭介は真帆の身体に手を回すこともなく、真帆が離れるまでそのままだった。

 顔を上げると、恭介と目が合った。

「これがお前の選んだ男のすることか」

 低い声と同時に、恭介の手が真帆の服の裾にかかった。

 身体が強張る。

 けれど、真帆はその手を払わなかった。

 恭介の手はそこで止まる。

 その言葉で、朝の拓海との会話を思い出した。

 病院から小春に適合するドナー心臓が見つかったと聞かされた時、ようやく娘が助かるかもしれないと思った。

 小春の病気が分かってから、何度その知らせを待ったか分からない。

 なのに、その直後だった。

「今回見つかった心臓、花音に譲ってほしい」

 隣にいた拓海からそう言われ、真帆はしばらく返事ができなかった。

「……今、なんて言ったの?」

「花音にも適合しているらしい」

 白石花音。

 拓海の養妹で、小春と同じように心臓に病気を抱えている女性だ。

 花音の病気が重いことは真帆も知っている。だからといって、ようやく小春に巡ってきたものを譲る話になるとは思っていなかった。

「花音さんにも助かってほしい。そんなの私だって同じよ」

「だったら——」

「でも、だからって小春が譲るって、あなたが勝手に決めていい話じゃないでしょう?」

 拓海は少し眉を寄せた。

「花音には今必要なんだ。小春はまだ待てるだろ?」

「待てるって……誰が決めるの?」

「花音には時間がないんだ」

「それも分かってる。でも、小春に時間があるって誰が決めたの?」

「小春を見捨てろって言ってるわけじゃない。次を待てばいいって話だ」

「次って、いつ来るの?」

「それは分からないけど」

「じゃあ、もし次が来なかったら?」

 拓海が息を吐く。

「そういう言い方するなよ」

「だって、小春はあなたの娘でしょう?」

「分かってるよ」

「花音さんが大事なのも分かってる。でも小春だって同じように大事にしてよ」

「だから治療をやめろなんて言ってない。ただ、花音には時間がないんだ」

 なら小春にはあるのか。

 そんな保証、どこにもない。

「病院には俺から話す。真帆も納得してくれ」

「待って、拓海」

 呼び止めても、拓海は花音の病室へ向かった。

 残された真帆の手には、さっきまで希望にしか見えなかった書類がある。

 次を待てばいい。

 夫は簡単にそう言った。

 花音に助かってほしくないわけじゃない。

 それでも、小春の命まで先延ばしにしていい理由にはならなかった。

 実家には頼れない。拓海と一緒になるために、高槻家との関係を切ったのは真帆自身だ。

 友人にどうにかできる話でもない。

 他に頼れる相手を考えても、誰も思い浮かばなかった。

 そして最後に残ったのが、三年前に自分が捨てた婚約者だった。

「あの男の子どものためなら、何でもするのか」

 恭介の声に、真帆は顔を上げる。

 服の裾にかかった手は、まだそこで止まっていた。

「……する」

「何でも?」

「小春が助かるなら」

 恭介はしばらく真帆を見ていたが、やがて手を離した。

「三年前の威勢はどこに行った」

「今、その話をしたいなら好きにして」

 真帆は恭介の膝から降り、その正面に立った。

「私があなたに何をしたかは覚えてる。今さら許してほしいとも思ってない」

 そんなことを言える立場ではない。

「でも、小春は関係ない。お願い。あの子を助けて」

「俺がお前を助ける理由は?」

 言葉に詰まった。

 そんなものがないことくらい、真帆が一番分かっている。

「……ない」

「よく分かってるじゃないか」

「それでも来るしかなかったの」

 恭介は何も答えなかった。

 断られるのか。

 そう思ったところで、恭介がテーブルに置かれていた封筒を手に取った。

「当面必要になるだろ」

「……何?」

 恭介は封筒から紙幣を数枚抜き取った。

 真帆が受け取ろうと手を伸ばすより先に、その紙幣を胸元へ差し込まれる。

「何するの」

「金が必要なんだろ?」

 真帆はすぐに紙幣を抜き取った。

 頬が熱くなった。

 金を渡されたことではない。こんな渡し方をされたことが悔しかった。

 恭介へ突き返そうとして、手が止まる。

 病院にいる小春の顔が浮かんだ。

 真帆は紙幣を握りしめ、それでもバッグへしまった。

「心臓の件も俺が何とかする」

「……本当に?」

「そのために来たんじゃないのか」

 恭介は残りの紙幣が入った封筒を真帆へ差し出した。

「ありがとう」

「礼ならまだ早い。帰れ」

「……相変わらずね」

「お前に好かれる必要はない」

 本当に嫌な男だと思った。

 それでも真帆は封筒をバッグへしまい、恭介のいる部屋を出た。

 それから家に戻った頃には、外はすっかり暗くなっていた。

 一日中、病院と恭介のところを行き来していたせいで身体は重い。それでも小春の顔を見れば少しは安心できると思っていた。

 玄関の扉に手をかけたところで、中から小春の声が聞こえてくる。

「パパ、ママまだ?」

「もう帰ってくるよ」

 拓海だ。

 朝のことを思い出し、扉を握る手に力が入る。

 真帆が中へ入ろうとした時、続けて聞こえた言葉に手が止まった。

「なあ、小春。今度、花音をママって呼んでみな」

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