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第2話 母親の座まで奪うつもり?

Penulis: 甲賀流
last update Tanggal publikasi: 2026-10-10 13:15:42

「なあ、小春。今度、花音をママって呼んでみな」

 真帆は玄関の扉を開けた。

「何を言ってるの?」

 リビングにいた拓海が振り返る。

 その隣には花音が座っていた。小春は何も分かっていない顔で、二人を交互に見ている。

「おかえり。遅かったな」

「今の、どういう意味?」

「何って?」

「花音さんをママって呼ばせようとしてたでしょう」

 拓海は少し黙ったあと、小春を見た。

「別にいいだろ。呼んでみるくらい」

「よくない。小春の母親は私よ」

「そんなことは分かってる」

「分かってるなら、どうしてそんなこと言うの?」

 花音が困ったように眉を下げる。

「真帆さん、私からお願いしたわけじゃないんです。お兄ちゃんが勝手に……」

「花音さんを責めてるんじゃないの」

 真帆は拓海を見る。

「私はあなたに聞いてるの。どうして小春にそんなことを言ったの?」

「花音はもう子どもを産めないんだ」

「……それは知ってる」

「だったら、母親になりたいって思う気持ちくらい分かるだろ。小春だって花音には懐いてるんだし、ママって呼ぶくらいで何が変わるんだよ」

「花音さんがそう思うことまで悪いなんて言ってない。でも、それと小春は別でしょう。この子を使って叶えることじゃない」

「使うって言い方するなよ」

「じゃあ小春はどう思うの? この子にとって誰が母親かを、大人が勝手に決めていいの?」

「まだ三歳だぞ。そんな難しいこと考えてないって」

「だからって、何をしてもいいわけじゃないでしょう」

 朝は心臓を譲れと言われた。今度は、母親と呼ぶ相手まで拓海が決めようとしている。

「朝のことだってそう。花音さんにも助かってほしいって、私も思ってる」

「だったら——」

「でも、小春が譲ることをあなた一人で決めないでって言ってるの」

「俺だって二人とも助かってほしいよ」

「だったら、どうして小春にだけ我慢させるの?」

「小春にはお前がいるだろ」

「……何?」

「お前が小春についてるだろ。二人とも同時には見られない。今は花音に俺が必要なんだよ」

「あなた、小春の父親でしょう?」

「分かってる。でも小春にはお前がいる」

「私がいるなら、あなたは父親じゃなくてもいいの?」

「そんなこと言ってないだろ」

「ママ……」

 振り返ると、小春が胸元を押さえていた。

「小春?」

 顔色が悪い。

 真帆はすぐに駆け寄り、小春を抱き上げた。

「苦しい? 小春、ママを見て」

 呼吸が浅い。

「さっきから大声出してたからだろ。小春を興奮させたら駄目だって分かってるだろ」

「今それを言うの?」

「言い争ってどうするんだよ。まず小春を落ち着かせろ」

 責めるなら自分も同じだと思ったが、今は言い返している場合ではない。

 真帆は小春の背中を撫でた。

「大丈夫。ゆっくり息して」

 その時、後ろで物音がした。

「花音?」

 振り返ると、花音がソファに身体を預け、胸元を押さえていた。

「お兄ちゃん……ちょっと、苦しいかも……」

 その瞬間、花音と目が合った。

 苦しそうに眉を寄せたまま、何も言わない。

 視線はすぐに外れ、駆け寄ってきた拓海へ向いた。

「病院行くぞ」

 拓海は花音の肩を支えた。

「待って。小春も今、発作が——」

「小春はお前が見ててくれ」

「病院に行く必要があるかもしれないのよ」

「分かってる。でも花音も今苦しいんだ」

 拓海は花音を立たせる。

「小春にはお前がいる。花音は俺が連れていく」

 また、その言葉だった。

「拓海」

「何かあったら連絡して」

 玄関へ向かう途中、花音が一度だけ振り返った。

 また真帆と目が合う。

 けれど何も言わず、そのまま拓海に支えられて家を出ていった。

「パパ……?」

 閉まった扉に向かって、小春が小さく呼んだ。

 しばらくすると呼吸は落ち着いた。

 けれど夜になると、今度は身体が熱くなった。

 体温計の表示を見て、真帆は拓海へ電話をかけた。

 出ない。

 もう一度かけても繋がらず、メッセージにも既読がつかなかった。

「ママ……」

「大丈夫。ママいるからね」

 小春の額に触れながら、もう一度かける。

 やはり出ない。

 雅子が来てくれるとは思えなかったが、他に頼れる相手もいない。

 迷った末に電話をかけた。

『こんな時間に何?』

「お義母さん、すみません。小春が熱を出してて、拓海に何度電話しても出ないんです」

『それで?』

「病院に連れていきたいんです。拓海にも連絡がつかなくて……一緒に来てもらえませんか?」

『あなた、母親でしょう? 自分の子ども一人、病院にも連れていけないの?』

「そういう意味じゃありません。小春の状態がいつ変わるか分からないから、もう一人大人がいてくれた方が——」

『そんなことまで私に頼らないでちょうだい。花音だって具合が悪いの。拓海を困らせないで』

 電話が切れた。

 病院へ連絡すると、すぐに連れてくるよう言われた。

「小春、病院行こうね」

 真帆は小春を抱き上げ、タクシーを呼んだ。

 ***

 病院に着いてすぐ、小春は診察を受けた。

 幸い、そのまま大きく状態を崩すことはなかったが、心臓のこともあるため朝まで病院で様子を見ることになったのだ。

 真帆はほとんど眠れないまま、小春のそばで朝を迎えた。熱は無事下がり、今小春は病室のベッドで静かに眠っている。

 そんな真帆の前に、雅子が現れた。

「拓海は?」

「花音についてるわよ」

「こっちには一度も連絡がありません」

「花音の方も大変なのよ。あなたまで拓海を責めないで」

「花音さんが大変なのは分かってます。でも小春だって昨日から——」

「その小春のことで来たの」

 雅子は眠っている小春を見たあと、椅子に座った。

「真帆さん。治療、いつまで続けるつもり?」

「……どういう意味ですか?」

「そのままの意味よ。これ以上、相沢家のお金をこの子に使い続ける必要があるのかしら」

 真帆は雅子を見た。

「これからいくらかかると思ってるの? 次が見つかる保証もないのに、いつまで払い続けるのよ」

「治療をやめろって言ってるんですか?」

「現実を見なさいと言ってるの」

「小春は今も、懸命に生きようとしてるんです」

「だからって、いくらでもお金をかけていいわけじゃないでしょう」

「まだ助かる可能性があるのに、それを諦めろなんて私はできません」

「あなたがそう思うのは勝手よ。でも、相沢家のお金まで好きに使えると思わないでちょうだい」

 真帆は眠っている小春の手を握った。

 この子は今も生きようとしている。そんな小春を、金がかかるからという理由だけで諦められるわけがない。

 何かを言い返そうとした、その時だった。

 スマートフォンが震える。

 画面に表示された名前は、花音だった。

 開くと、メッセージと一枚の写真が届いている。

【昨日から兄さんがずっと付き添ってくれていて、さっきやっと寝たんです。もし手が空いたら、上着を一枚持ってきてもらえませんか? 風邪を引かないか心配なので~】

 添付された写真には、病室のベッド脇の椅子で眠る拓海が写っていた。

 画面の下には、花音に掛けられた紺色の上着が少しだけ写り込んでいる。

 昨日、拓海が着ていたものだった。

 昨日からずっと付き添ってくれていて。

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