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第423話

Author: 三佐咲美
病院に着いたとき、医者は慎一を怒鳴る暇すらなく、すぐに私に安胎注射を打とうとした。

私は医者の手をそっと押さえ、ただ慎一を見つめて、自分の決意を伝えた。

「何をためらっているんですか?あれほど感情を激しくしないようにと言ったのに……もう子どもはいらないんですか?いらないなら、今までの注射は何のためだったんです!

あなた、父親ですよね?奥さんの体がこんなに弱いのに妊娠させて、妊娠しても放ったらかし。毎回一人で来て、静かに注射を打って帰ります。

医者として色んな患者を見てきたけど、こんなに切ない気持ちになるのは珍しいです。あなたが来なかったときは、あの人一人でちゃんと赤ちゃんを守っていたんです。でも、あなたが来た途端に、流産の兆候ですよ!」

医者は怒鳴りながら頭を振った。「とにかく、あと5分だけ時間をあげます。しっかり話してください。それ以上は俺が注射を打ちます」

慎一は私のカルテを手に、顔を暗くしていた。

私が妊娠したと知った瞬間から、前回の悲劇を繰り返さないために、私は迷わず安胎の道を選んだ。

サプリメント、タンパク質、Hcg、黄体ホルモン、免疫抑制剤、アスピリン、ステロイド……医者に薦められるものは何でも受け入れてきた。

最初は一日一回の注射、それから二日に三回、ついには一日二回……私は常に不安と隣り合わせだった。

前回の悲劇が怖くてたまらない。でも、それでも新しい命が生まれることを心から願っていた。心はずっと揺れていた。

病室には慎一が紙をめくる音だけが響く。

「どうして……どうしてこうなってしまうんだ?」

「お前の体が弱いんじゃない、この病院が悪いんだ!すぐに高橋に連絡して専門医を呼ぶ。俺の子どもがこんなに親を悩ませるはずがない!」

慎一は部屋の中で足を踏み鳴らす。「普段は誰がお前の面倒を見てるんだ?あの田中って人が変なもの食べさせたんじゃないのか?どうしてお前の体がこんなにボロボロなんだ!」

……

慎一は、料理を作ってくれている田中さんを疑っても、自分の母親を疑うことはなかった。

「慎一……」

私は力なく布団をめくり、彼を呼んだ。すると彼はすぐに私の横にしゃがみ込んで、手を握りしめた。「布団が重かった?俺がやるから、動かないで。こんな病院、設備も悪いから、少し良くなったらすぐに転院しよう」

私は微笑んで、首を振った。「も
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シマエナガlove
元の元凶はお前と義妹と義母だよ 薬飲まされてただから流産する 佳奈やっと離婚できてよかった 流産は悲しいけど あいつらと離れれば大丈夫だよ
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