Mag-log in昼食を食べ終えた私は、鞄に入れていた社内コンペのデザイン画を探した。だが、クリアファイルに入れたデザイン案は、鞄のどこを探しても見つからなかった。今朝、確かに鞄に入れた。職場に来てから一度も出していない。ということは、デザイン画が失くなる訳ないのだ。 「あれ……?ない……」 私はデスクの引き出しを確認した。もしかしたら、私が無意識のうちに片付けたのかもしれない。だが、引き出しを全部確認してもデザイン画は見つからなかった。 「桜井さん、どうしたの?」 私の異変に気づいた安東が、様子を見に来た。私は安東を近くに呼び寄せ、耳打ちした。 「実は、社内コンペに提出するデザイン画がなくなってしまって。探してもどこにもないんです」 「コンペの締切は今日の15時よ。急いで見つけないと。私も手伝うわ」 「安東先輩、ありがとうございます」 今の時刻は、13時30分。コンペの締切まであと1時間半しかない。私は安東の力も借りて、デザイン画を探した。 「ここにもないわ」 「こちらにもありません」 刻々と締切の時間は近づいていた。私は途方に暮れた。その時、私の頭で一つの可能性が生まれた。それが的中していたら、私は絶望するだろう。私はシュレッダーの前に立った。そして、床に粉々に裁断された紙をぶち撒けた。 私は裁断された紙を、ひとつずつ目を凝らしながら見た。こんなことをする人が、同じデザイン部に居るとは信じたくない。しかし、私の願いは見るも無惨に崩れ去った。紙の端に、私の描いたデザイン画のゴールドのネックレスの一部が見えた。これで確定した。このデザイン部の誰かが、私のデザイン画を盗み、粉々に壊したのだ。私はその場に泣き崩れた。 「誰が……こんな酷いことができるの……?」 「桜井さん……」 「コンペも間に合わない……」 今回の社内コンペは私にとって特別だった。愛する人のために、デザインしたジュエリーだった。私はそれすらも守れなかった。 「私のデザインを返して……悔しいよ……」 安東は何も言わずに、私を優しく抱き締めた。その瞬間、私の中で我慢していた感情が一気に溢れ出した。私はここが会社だということも忘れて、泣き崩れた。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 「やめて、とらないで……いやー」 私は飛び起きた。すると、心配そうな表情で私の顔を覗き込んで
職場復帰の当日、私は桐生の車の助手席に居た。「翼さん、送ってくれてありがとう」「行ってらっしゃい。頑張って」「翼さんも」「仕事が終わったら、必ず連絡して」「はい。約束する」「それから、どんなに忙しくても昼食は食べて」「分かってるわ。大丈夫だから」桐生の過保護が止まらない。私は辺りを見回し、誰も居ないことを確認すると、桐生の頬にキスをした。「行ってくるね」「うん、行ってらっしゃい」私は車から降りると、桐生に手を振った。私は桐生に見守られ、久しぶりに職場へと向かった。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄私はエレベーターで、デザイン部のある4階に降り立った。「おはようございます。この度はご迷惑をおかけしました」 「桜井さん、身体はもう平気なの?」私に声を掛けてきたのは、入社以来、お世話になっている安東だった。「はい。もうすっかり。安東先輩にもご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」「こういう時は、お互い様よ。そのためのチームなんだから」安東は、私が入社した時から、親身になって接してくれていた。私が今、こうして働くことができているのは安東のお陰と言っても過言ではない。「本当にありがとうございます」「可愛い後輩ちゃんですもの。面倒くらいみさせてよ。ところで、桜井さんは社内コンペ提出した?」「今日、提出しようと思っています」「そう」「安東先輩は提出されましたか?」「ええ。私は昨日」「安東先輩のデザインは素敵なんだろうな」「そんなことないわよ」安東は謙遜した。そういう安東は、一昨年の社内コンペで最優秀賞を受賞した実力の持ち主だ。私は休養期間に溜まった仕事を片付けるべく、早速、仕事に取り掛かった。「桜井さん、コーヒー飲む?」「安東先輩、コーヒーなら私が淹れます」「ありがとう」「とんでもないです」私は席を立ち、給湯室へ向かった。給湯室には桐生の家にあるようなコーヒーメーカーはない。私は、カップにインスタントコーヒー入れ、湯を注いだ。私も安東もコーヒーに砂糖とミルクを入れる。私はよくかき混ぜたコーヒーをデスクに運んだ。「安東先輩、お待たせしました」「ありがとう」安東にコーヒーを届けた私は、デスクに戻り仕事を再開した。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄時間が経つのも忘れて仕事をしていた私は
「ちょっと、待って……翼さん/」 「待たない」 「んん……/////」 家に帰るなり、桐生は私を抱きかかえ、寝室のベッドに押し倒した。桐生が服を脱ぎ捨てると、鍛え上げられた上半身が露わになった。 「今日の知英ちゃんは一段と綺麗だ」 「んっ.....//」 「気づいてた?レストランでみんなが知英ちゃんに釘付けだったこと」 「そんな事ない……あっ/」 「知英ちゃんは俺のなのに」 桐生が私の首筋に吸い付いた。甘い痛みに私は耐えた。 「翼さん、私はあなたのものよ」 「知英ちゃん……」 今夜、桐生はいくつの痕を私に残してくれるだろうか。甘いキスと桐生が与えてくれる快感に溺れながら、今夜も私は彼に愛される。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 「翼さん、もしかして、やきもち妬いてたの?」 「だって、知英ちゃんが魅力的過ぎるから」 すると、桐生は私の首筋についた痕にそっと指を這わせた。それだけなのに、痺れるような感覚が身体中に走った。 「それをいうなら、翼さんだっていつも格好よすぎるのよ」 「そうすれば、知英ちゃんが俺だけを見てくれるだろ?」 「そうじゃなくても、翼さんのことは見てる」 「あれ?今日の知英ちゃんは素直だ」 「もう!/」 私は恥ずかしさのあまり、布団を被った。 「知英ちゃん、ごめん。出てきて?」 「いや」 流石に幼稚過ぎるかもしれない。けれど、引っ込みがつかなくなった私は、しばらく、布団で隠れることした。すると、物音が全くしなくなった。桐生の声も聞こえない。私は心配になり、布団からそっと顔を出した。 「おかえり、知英ちゃん」 「翼さん、居た」 「居るよ。ずっと知英ちゃんの傍に」 私は起き上がり、桐生に抱きついた。素肌が触れ合うことにより、いつもより桐生の体温を感じた。やはり、私は桐生の腕の中が一番安心する。 「知英ちゃん、どうしたの?」 「翼さんがどこかに行っちゃったかと思って」 もう一人ぼっちは嫌だ。私は桐生の胸に顔を埋めた。すると、桐生が私を優しく抱き締めた。 「ずっとこうしてたいな」 「翼さん、明日も仕事でしょ?」 「そうだけど」 「私も来週から、職場復帰することになったわ」 「え!?」 桐生は私を抱き締めていた腕を離し、私と向き合った。 「今日、決まったから。話すタイミ
ワインが運ばれてくると、桐生は私のグラスに注いだ。 「翼さんは飲まないの?」 「うん。先日、飲みすぎたからね」 「あのこと、気にしてたの?」 「知英ちゃんに迷惑かけてしまったし。これまで一度も、酒で失敗したことなかったのに。それに、知英ちゃんを家に送り届けるまでがデートだからね」 「でも、私だけ飲んでしまって申し訳ないわ」 「それなら心配しないで」 すると、もう一本ワインがテーブルに運ばれてきた。そのラベルに私は見覚えがあった。 「あ!このワイン、八神さんのお店で頂いたわ。ノンアルコールワインなのに、とっても美味しかった」 「八神さん、気が利くね」 「あの時は私、怖くて震えてて。八神さんがこのワインをくださったの。そのお陰で、気分が少し落ち着いた」 桐生は私の右手に自分の手を添えた。 「あの時は本当にごめん。知英ちゃんを怖い目に遭わせてしまった。もう二度と、あんな思いはさせないから。必ず、俺が知英ちゃんを守るよ」 「ありがとう。だけど、翼さんは悪くない。それに、翼さんは私のためにあの人たちに復讐してくれた。それで十分よ。だから辛そうな顔しないで?」 私は桐生に微笑んだ。桐生は私のためなら、自分の命すらいとわない。傷つくことも恐れずに、相手をとことん追い詰める。私は桐生の狂気に満ちた姿も好きだ。むしろ、桐生の本質に触れた気がして嬉しくなる。桐生は底なし沼だ。彼に捕まったら最後、這い上がることはできない。 「知英ちゃんは、俺と居て幸せ?」 「幸せよ」 だからこそ怖くなる。もう二度と大切な人を失いたくない。桐生と私とでは、身分が不釣り合いなことは分かっている。私のせいで、桐生に迷惑をかけてしまうかもしれない。だけど、私は誰の言葉でもなく、桐生の言葉を信じると決めた。私のためならば、残酷になれる桐生を手放せるわけがない。 「俺も幸せ。あの日、知英ちゃんと出会えてよかった」 私はずっと疑問に思っていたことを桐生に尋ねた。 「どうして、あの日、私に恋人のふりを頼んだの?」 「それは……」 桐生は口ごもった。聞いてはいけないことを聞いてしまったかもしれない。私は慌てた。 「あの……話したくなかったら、話さなくて大丈夫だから」 「ううん、大丈夫。でも、知英ちゃんの気分を害したらと思うと……」 「私なら何を聞いても大丈夫」 私の
「知英ちゃん、お腹空かない?」「空いたわ」「よし、夕飯食べに行こう。食べたいものある?」「何でもいいの?」「もちろん。行きたいところある?」「翼さんの特別な場所。また、甘口ワインが飲みたいな」「知英ちゃん、気に入ってくれたんだ」「うん。ワインも料理も最高だし、なによりマスターがいい方だもの」桐生にとって大切な場所は、私にとっても大切な場所だ。目的地が決まったところで、桐生は車を発進させた。しばらく車内に沈黙が流れた。それを破ったのは桐生だった。「知英ちゃん、ひとつ聞いてもいい?」「なに?」「知英ちゃんはどうして、ジュエリーデザイナーの道を選んだの?」私は桐生の質問に答えるために、幼少期の記憶を呼び覚ました。そして、私は左手首につけているブレスレットに触れた。「私、親に捨てられたのは自分が悪い子だからだって、子どもの頃思ってたの。それで、ずっと、自分のこと責めてた。生まれてきてごめんなさいって思いながら」「知英ちゃん……ごめん、辛いこと思い出させてしまって」「ううん、今はもう大丈夫だから。それに、翼さんには私の事知って欲しい」暗い過去も知って欲しいと思える相手は、この先もずっと桐生だけだ。「そんな時に、園長先生が誕生日プレゼントにこのブレスレットをくれたの」信号待ちのタイミングで、桐生が私のブレスレットに優しく触れた。「この石はエメラルド?」「そう!5月の誕生日。石言葉は、〝希望・再生〟園長先生がね、これはあなたの誕生石だよって教えてくれたの。あなたはこれから前を向いて、自分のために、希望を持って生きていけるからって」私は当時の事を思い出して、涙が零れた。あの日の園長先生の言葉は、今の私の心の支えとなっている。「その日までは、自分のために生きるなんて考えたことすら無かった。だけど、園長先生の言葉で少しずつ前向きになれた。それから、このブレスレットは私のお守りになったの」「知英ちゃんにとって、このブレスレットはとても大切なものなんだね」「うん。だから私も誰かを勇気づけられるジュエリーを作りたいと思ってこの道を選んだの」私が話し終えたタイミングで信号が青になった。桐生は再びハンドルを握り、アクセルを踏んだ。私は車窓から外の景色を眺めた。夜なのに、街灯ばかりで外は眩しいくらいに明るかった。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「今、何時だろ?」私はスマートフォンで時刻を確認した。時刻は17時を過ぎたところ。桐生からいつ連絡が来てもいいように、私は身支度を始めることにした。部屋着から黒のワンピースに着替え、いつもより入念に化粧をした。ネックレスとピアスを身につけ、髪はヘアアイロンでストレートにした。私は着飾った自分を鏡で見た。仕上げに香水をつけた。準備を終えた私は、リビングのソファーに腰掛けた。しかし、私は久しぶりのデートに緊張して、じっとしていられなかった。そこで、私はハンドバッグに入れていたブレスレットを左手首に付けた。すると、嘘のように私の気分は落ち着いた。私は再びソファーに座った。それからしばらくして、桐生からの着信が鳴った。「もしもし」「もしもし、知英ちゃん。今から会社出るけど、出掛けられる?」「うん。いつでも大丈夫」「15分くらいで着けると思う」「分かった。エントランスで待ってるね」桐生との通話を終えた私は、部屋の戸締りをし、新品の黒のヒールを履いた。玄関を開けると蒸し暑い空気を感じた。汗をかいたら化粧が落ちてしまう。私は足早にエレベーターに乗り、エントランスに向かった。マンションのエントランスに着くと、桐生の車が停まっているのが見えた。私は桐生の元へ急いだ。すると、私に気づいた桐生が車から降りてきた。「知英ちゃん、すごく綺麗だ」「ありがとう/」桐生のエスコートは今夜も完璧だった。桐生は慣れた手つきで助手席のドアを開けた。「どうぞ。足元気をつけて」「ありがとう」「ドア、閉めるね」「うん」車に乗った私はシートベルトを締めた。ちょうどその時、桐生が車に戻ってきた。今夜はどこへ連れて行ってくれるのだろうか。私は胸を弾ませた。「どこ行くの?」「内緒」「え、気になる」「楽しみにしてて」桐生は私に微笑みかけてから、ゆっくりとアクセルを踏んだ。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄「知英ちゃん着いたよ。行こう」「はい」車から降りた私は、桐生に手を引かれ、あるビルの入口に来ていた。しかし、そのビルのドアには〝CLOSE〟の札がかかっていた。それにも関わらず、桐生は何食わぬ顔でドアを開け、中に入っていった。「お待ちしておりました。桐生社長」桐生が私を連れてきた場所は、今、ジュエリー展が開催されているギャラリーだった。貴重なジュエリ