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第7話

逆行の者
「どけ!」

蓮は荒々しく、彼女を突き飛ばした。

沙耶は全身が固まった。この男の前で、こんな扱いを受けたことは、一度もなかった。

「蓮さん、どうしたんですか?」

次の瞬間、沙耶は封筒の中の、その他の資料に目をやった。

そこに一番目立っていたのは、彼女がさまざまな男との写真だった。

さらに、病院の検査報告書と、彼女が協力者と密談していたチャットの履歴もあった。

それらを見て、沙耶は一瞬、頭が真っ白になった。

「沙耶!」

蓮は資料を握りしめ、怒りに震えて沙耶を見た。

「出て行け!

二度と俺の前に姿を現すな!」

目の前のものを見て、この一ヶ月の自分の行いを思い返し、蓮は憤然と自分の頬を張った。

恋人として、婚約者として、彼は私が一番無力だったときに、傍にいて慰めるどころか。

彼自身が、この悲劇のすべての張本人だったのだ。

そんな認識が、蓮の胸を、息もできないほど苦しく締めつけた。

彼は狂ったように、持てる人脈を総動員して、私の行方を探し始めた。

……

ヨーロッパ各地を旅する私は、本当に楽しかった。

仕事の忙しさから解放され、一人で美しい世界を満喫して、私は
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    警察と救急車は、あっという間に到着した。蓮と沙耶は、病院へ運ばれた。二人とも、重傷だった。私と海斗は病院で、蓮の手術が終わるまで待った。命に別状がないと知ると、ようやくホテルへ戻った。F国を離れる前に、海斗が私の代わりに蓮を見舞いに行った。戻ってきたとき、彼は私に指輪を一枚差し出した。「あの男が、これを『別れのプレゼント』だってさ。でも、俺にはどうも目障りで。捨ててもいいか?」その指輪は、かつて私たちの愛の証だった。けれど今、それを見ても、私の心には一片の波も立たなかった。私は自分の手で、その指輪を窓から投げ捨て、それから海斗と一緒にベッドに倒れ込んだ。私は海斗とF国を離れ、帰国した。私はこの数年で訪れた国々の写真を、母の遺影に見せてあげた。あの世でも、母が私たちと一緒に、この喜びを分かち合ってくれますように。私と海斗は、C国に腰を落ち着けた。半年後、娘が生まれた。ちょうどその頃、私は友人からメッセージを受け取った。蓮は、傷が癒えた後、会社を売ってアフリカへ渡ったという。彼の行方を知る者はいなかった。沙耶は実刑判決を受け、残りの半生は、おそらく刑務所で過ごすことになるだろう。沙耶が収監されたちょうどその日、私のスマホに突然、一通のメッセージが届いた。そこには、果てしなく広がる大草原が写っていた。草原を、野牛の群れが駆け抜けていく。荒々しく、自由に。その写真を見た瞬間、私は、きっと蓮から届いたのだろうと察した。F国で彼と再会したあと、私たちはもう二度と会うことはないのだろう。私たちは、それぞれ新しい人生を歩み始めていた。「ママ、だっこ」娘の声が耳元に響いた。その声を聞きながら、私は思った。過去のあれこれはもう私とは何の関わりもなく、今の私には、もはやどうでもいいことなのだ、と。(おわり)

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    蓮はとても執念深い人だった。今回F国で彼に会って、私は驚いたが、それと同時に、彼がまた必ずやって来るだろうことも、心の中ではわかっていた。だから私と海斗は、早めに世界旅行を終えて、C国に移り住むと決めていた。ところが、誰も思いもよらないことに、C国へ戻る前日の夜、私たちはホテルで泥棒に遭い、スマホもパスポートもなくなってしまった。仕方なく、私たちはF国にもう数日滞在するしかなかった。ある日、海斗が眠っていたので、私は一人で、ホテルの周りをぶらぶら散歩しようと外へ出た。ホテルの門を出た途端、蓮に会った。彼は、とても慎重な様子で私を見ていた。手にはチューリップの花束と、お菓子の入った箱を持っていた。「七海、これは君が一番好きな花だ。君に。それから、君が俺の作るブラウニーが一番好きだと言ってただろう。これは俺が作ったんだ。食べてみてくれ」私は花を受け取り、少し困惑しながら言った。「蓮、ここで私を待って、いったい何のつもりですか?お気持ちはありがたいです。でも、私はもう、チューリップは好きではありません」私はお菓子の箱を見て、いっそう困惑した。蓮は、家族に甘やかされて育った。付き合い始めた頃、私がブラウニーが好きだと言うと、彼はわざわざ作り方を覚えて、私のために作ってくれた。けれどその後、一緒にいる時間が長くなるにつれ、彼は二度と台所に立たなくなった。しかし今日、彼はとうに諦めていたことを、再び始めた。私はため息をついてケーキを受け取った。「蓮、そんなことをして、何になるんですか?」私たちの間は、とうに可能性がなくなっている。彼の今のこんな行いは、まったく意味がなく、それどころか私をとても苛立たせた。以前の蓮は、まぎれもなくエリートの男で、仕事こそが一番だった。それが今では、慎重に、私に取り入ろうとしている。その落差には、本当に耐えられない。これは、私の知っている蓮ではなかった。蓮は唇を引き結んで何も言わず、私がプレゼントを受け取ったのを見て、目元いっぱいに笑みを浮かべた。「蓮、私はもう結婚しています。私には私の生活があります。あなたにも、あなたの生活がある。できれば、もう二度と会いたくありません。このまま別れましょう。それが、お互いのためです。プレゼントは素敵です。でも、正

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    私の傍には、もう別の男性がいた。蓮は足を止め、信じられないといった様子で私を見た。彼は声を震わせて、私に尋ねた。「こちらは……?」「僕はこの女性の夫です。あなたは、どなたですか?」私の夫・天野海斗(あまの かいと)は不機嫌そうに蓮を見た。今にも拳を振り上げて殴りかかりそうな構えだった。「君が……結婚しただと?!」蓮は、信じられないといった顔だった。彼の様子を見て、私は構わずにいようと思った。けれど、あの出来事も、時間が経つうちに、とうに過ぎ去った過去のことになっていた。私はうなずいた。「ええ、結婚しました。今は、とても幸せに暮らしています」その言葉を聞いて、彼は気まずそうにうつむいた。「七海、この何年も、俺はずっと君を探していたんだ。直接、謝りたかった。お義母さんのこと……」私は彼の謝罪の言葉を遮った。母が亡くなって、もう5年が経っていた。私はとても苦しく、蓮と沙耶を、そして自分自身を恨んだこともあった。けれど、過ぎたことは過ぎたことだ。恨みながらも、生きている者は、しっかり生きていかなければならない。「蓮、それはもう、過去のことです。亡くなった人は帰りません。生きている者は、前を向いて生きていかなければ。お母さんのことは、あなたを許すことはできません。けれど、恨み続けるつもりもありません。私たちは、もう連絡を取らないほうがいいのでしょう」彼の目の光は、その瞬間に消えた。彼は申し訳なさに満ちた目で私を見た。しばらく沈黙した後、彼の口元が、かすかに弧を描いた。「七海、この何年か、君は幸せにしていたか?」私はうなずいた。「母の希望を胸に、世界を見てきました。とても楽しかったし、本当に愛せる人にも出会えました」私が言い終わるか終わらないかのうちに、彼の目から涙がこぼれ落ちた。すすり泣く彼の姿を見て、私は小さくため息をつき、ティッシュを差し出した。昔の私は、彼が少しでも悲しむのを見ていられなかった。私が彼を愛していたから、同じように悲しくなったのだ。けれど今の私の心は、凪いだ水面のように静かだった。「なあ、よかったらカフェで座って話さない?」海斗は、蓮が大通りで泣いているのを見かねて、彼を道端のカフェへ連れていき、座らせた。海斗は、私が旅の途中で知

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  • 婚約者のために、母は異国で命を落とした   第6話

    決めていた結婚式の時刻は、とうに過ぎていた。教会の中には、新郎である蓮と、新郎側の招待客しかいなかった。このときの蓮は完全に慌てふためいていた。私に電話をかけても、まったくつながらなかった。「七海は、いったい何をしてるんだ?どうして結婚式に現れないんだ?」結婚式は、ついにただの茶番劇になった。沙耶は、そんな結果を見て、心の中でほくそ笑んでいた。「蓮さん、七海さんは、この結婚式のことなんて、全然気にしてないんだと思いますよ。あんな女、蓮さんのことを愛してるかも怪しいです。あんな女のために怒ることないですよ。外にはあんなに大勢のお客様がいるんです。いっそ私が花嫁をやりましょうか?とりあえず、この式を済ませてしまえばいいんですから」沙耶はそう言って、身代わりの花嫁になろうと、ろくでもない提案をした。「七海に、何かあったんじゃないか?」蓮は理由もなく胸騒ぎがして、沙耶の言葉などまったく聞かず、そのまま教会を飛び出した。あとには、顔を見合わせるばかりの招待客が残された。沙耶は歯を食いしばり、後を追った。家に着くと、屋敷はとうにもぬけの殻だった。私の痕跡は、すべてきれいに片づけられていた。蓮はがらんとした部屋を呆然と見つめた。こんな事態は、彼が一度も想像したことのないものだった。傍らの沙耶は、興奮を隠しきれなかった。彼女は心の歓喜を必死に抑え、悲しげな表情を作って蓮を慰めた。「蓮さん、七海さんのような女は、去るのに一言も残さないんですよ。どうしてまだ、そんな女のことを心に置いておくんです?あの女、蓮さんのことなんて愛してないんですよ」蓮は彼女を無視して、部屋の中をぐるりと回り、私が机の上に置いていった封筒を見つけた。彼は、ほとんど震えながら、その手紙を開いた。中には、かつて彼が私に贈った指輪と、母のF国での死亡報告書が入っていた。母の死亡報告書に記された日付を見て、蓮はたちまち、あの日のことを思い出した。私たちを迎えに行かなかったのも、私の電話をブロックして、助けを求めるすべを奪ったのも、彼だった。「違う、こんなこと、本当のはずがない!」蓮は地面に膝をつき、悔恨と自責の涙を流した。私たちは長年一緒にいた。彼は私のすべてを知っていた。父は、私が幼い頃に亡くなった。私にとって

  • 婚約者のために、母は異国で命を落とした   第5話

    「社長にも、七海さんにも、会社にも申し訳ないって泣いていて……あの演技ときたら、アカデミー賞をあげないのが惜しいくらいですよ」アシスタントの話を聞いて、私はようやく悟った。蓮が出ていったのは、私に時間を無駄にしないと悟ったからではなく、会社に、もっと心を引かれる、慰めるべき存在が待っていたからなのだ。アシスタントとの電話を終えて切ると、私は荷物を手に家を出た。そのとき、アシスタントからまた動画が届いた。動画では、沙耶がカッターナイフを首に当てて泣き叫んでいた。蓮は傍で慌てて顔を真っ赤にし、沙耶にナイフを下ろすよう、必死に懇願していた。痴話喧嘩を繰り広げる二人の様子は、私にはただ見苦しいだけだった。そのとき蓮から電話がかかってきた。つながるや否や、電話の向こうから騒がしい声が聞こえてきた。「七海、すぐ会社に来てくれ。君が沙耶を許して、SNSの声明を削除してくれれば、この件はもう終わりにする」「それは私には関係のないことです」私は嫌悪を込めてそう言った。この二人の行為が、ますます気持ち悪く思えてきた。本当に、去り際まで私を不快にさせるつもりらしい。蓮は私がそんな返事をするとは思っていなかったようで、電話の向こうはしばらく沈黙した。私には、沙耶が泣き叫びながら、死ぬと喚き、命をかけて私に謝ると言っているのが聞こえた。さらに、説明会で私の手柄を横取りしたのは仕方のなかったことだ、自分は新人で、良い実績が必要だったのだと言っていた。けれど、新人の時期を経験しなかった者などいるだろうか。どうして沙耶だけが、人の労働の成果を盗めるのか。蓮と親しいからっていうだけで?そのとき蓮が口を開いた。その声には、決然とした響きがあった。「七海、今日のことを君が解決しなければ、もし沙耶に何かあったら、俺たちはこれで完全に縁を切る」なんと冷徹な言葉だろう。このときの蓮は、5年前の彼を、ぼんやりと思い出させた。あの頃、彼の家族は彼の起業に反対し、私を受け入れることすらしなかった。当時の彼も同じように、家と縁を切ると冷徹に脅し、家族を折れさせたのだった。あの頃、彼が守っていたのは私だった。それが今では、沙耶に変わっていた。私は突然、すべてがひどくつまらなく感じられた。「蓮、声明は削除します。あなたのためでも沙耶の

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