LOGIN私は五体満足だった。ある事がきっかけで『障害者』になった私は……。 自分の欲望の為に『殺人者』に変貌していく。 これは私がまだ『普通』の時の過去の話。 私の性別や、表現は君たちの好きなように想像してもらったよい。 『快楽』の波に君たちを誘おう
View Moreまがい物な私はいつまでも偽物の立場だ。 その状況を変化させる為には逆転の発想が必要だろう。 ホンモノを偽物に落とす事で自分は確実な存在へと昇格する事が出来ると 私は信じている…… 本当の自分の名前を名前の与えられる事のなかった妹に渡す。 そして私が本物の『九条蒼生』に成り代わるのだ。 月は赤く発光しながら、私の心の中を満たしてくれる役割をしている。捨てられる存在の自分を回避する為にはこれしかないと考え、行き着いた結果だった。岬を泳がす事で、自分の願いも手に入れれると感じたのだ。 イシスの原型を作る為に、自分の愛した者の細胞を組み合わせる事で、偽りに近い存在でも死者を生き返らせる事が出来ると岬は考えたのだろう。記憶を持っていない存在だとしても、その上から人為的に上書きすればいいだけなのだから、幾ととなく沢山の時代を生きた彼にとっては簡単な行為。 それは人間としての生き方を捨てた行為かもしれないが、どうしても過去の1ページを変えたくてそのような行動をしているのだろう。色んな女の犠牲者達と関わりながら、沢山のシナリオの中で生きる。 その行動そのものを理解する事は難しいが、私が彼の立場なら同じ選択肢をしていたのかもしれない。 私が『人間の心』と言うものを手に入れる事が出来ればの話だが── 「おねぇちゃん、これからどうするの?」 「レイカ。貴女が知る事はないのよ。ここからは私のやるべき事なのだからね?」 「……うん、|蒼生《・・》おねぇちゃん」 私はやっと手に入れる事が出来た名前を呼ばれて、愉悦を感じてしまう。これは何かしらと考えてみるけど、私がこの体を手に入れるまでの実験の内容に感じた感覚と同じ事を知る。当時
自分で自分の記憶が思い出せなくなっていく。自分が目の前に広がる景色の中で生きてきたはずなのに、いつの間にか全てが入れ替わっている。体はしおりにとられ、精神も侵され自分に残された唯一の希望も失うのだろうかと震えてしまう程。 自分がここまで「弱い」人間だったなんて、全てを失って初めて気づくものなのだと改めて実感する。何も出来ない、したくない。でも……でも。 蒼の身が危ない。 私のふりをして彼に近づいたと言う事は、彼も適合者の可能性が高い。きっとイシスとは違う立場として産まれてきた人間の一人だろう。私が知っている情報以外にも隠されているものがあるとは思っていたが……ここまで確信を得る事が出来なかった。 ──今までは レイカの残り香が私の心を真っ黒に染めていく。自分の愛した人間を元に戻す為にイシスと融合する決意をした純粋な気持ちの私はもういない。死んだのだ。 「新しい名前が欲しい」 ふとそんな言葉が漏れた。自分の感情が麻痺していてどんな心情なのかよく理解出来ていない。それでもこれも私なのだ。 今の私は名前さえも奪われた『ナナシ』だ。自分の生きてきた人生が歪んでいたのも分かっている。それでも唯一の願いの為だけに生きてきた。 「でも、それももう終わり」 夢は所詮夢なのだ。私には荷が重すぎた。そんな答えしか出せない私はレイカの残り香をかき消すような甘い香りに気付く。うずくまっている体を起こし、振り返ると黒い人影がいた。雰囲気と骨格的に男性と言うのか分かる。でもそれ以外に誰かを特定するものはなく、ただただ鼻が焼けそうな位の甘ったるい匂いに眩暈がする。 「ミドリ」 人影はそう言うと私の方に指を向ける。 「え?」
いつの間にか自分自身の話し方やあたしから私になっている事に気付いたのはこの状態になり数時間が経過した頃だった。本当の自分を持っていたはずなのに、別人になりつつある現実に目を向けるしかなかったの。 「あたしは九条蒼生よ、しっかりしなきゃ」 「そう|まだ《・・》ね」 何処からか私の頭の中で声が弾けた。どこから聞こえてくるのか分からないけれど、聞いた事のある声だ。昔自分の声を録音した事があるから分かる。これは私── 「はじめまして。私の名前は九条レイカ」 「誰なの」 「初めて会うわね。本当は妹とも会わしてあげたかったのだけれども、今は難しいわね」 「私の質問に答えて」 ヒステリックになる自分なんて今までなかった。こんな自分、私自身も知らない。いつも余裕で冷静な判断が出来ていたのに、現実とは程遠い、この状況のせいで私はいつも通りの判断が出来なくなっていた。 「ヒステリックになるのも無理はないわ。私は貴女の細胞から出来た人間よ」 「どういう……」 「貴女の母は貴女が裏切るのを察知していたのね。自分の欲望の為にイシスを利用するなんてバチ当たりな事をするからよ。だからダミーとして私が産まれたのよ。その証拠に見た目も声色も、何もかも貴女の生き写しでしょう?」 「気持ち悪い」 ふと漏れた言葉は感情の糸。自分で感情を言葉にするのなんて、それも今知ったこの女の前で。自分の失態に気付いたけれど、もう引き返せなかった。何が起こっているのかも知りたかったのもある。 「貴女のお父様もダメよね。岬をこの研究所に入れたのが運のツキ。彼は貴女達の思い通りになる人間じゃないもの」 「岬……彼が原因なの?」
ヒスがその言葉を呟いた瞬間ミソノの映像が乱れた。少し砂嵐が混じったかのような映像を見つめながら、何故その現象が起きているかを理解しているように余裕の笑みを漏らした。ヒスは表情が明るくなりくすくすと笑っている。 「……邪魔なんだよね。僕はこの先に用事があるんだ。通してくれないかな」 「……映像が乱れたようです。どのような事をしたのか分かりませんが」 映像が安定すると無表情なミソノの顔が再び映りだした。何が起きているのか分かっていないミソノは軽く首を傾げそう言い切った。 「君に分かる訳ないよね。だって君は何も知らない」 「……わたしには…何を……」 徐々に映像が歪んでいく。安定したかと思えば散る花のように乱れていくのだ。そしていつの間にか映像は真っ黒になり、動かなくなる。 「これだからポンコツは」 息を吐きながらも、呆れた様子のヒス。さっきまでの行動とは違って大胆な行動をし始める。ポケットに入っていたタバコを取り出し、口に咥えたのだ。ボシュッと火を灯すと、私の知っているヒスとは別人のような彼がいた。 「Switching」 まるでヒスの言葉に引き寄せられるかのように映像が切り替わる。真っ黒な画面の中に誰かが写りだしたのだ。そこには男のような骨格をしている仮面を被った人物が見え隠れする。 「人が来てやったのに、この待遇はあんまりじゃないか? Kleshas」 「……」 「だんまりかよ。僕は時間を有効活用したいんだ。用事がないのなら呼ばないでほしいね。そこまで暇じゃないからね」 「ambersか」 「僕の事、思い出せた? この扱いはあんまりじゃないかな」