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第1044話

Author: 山本 星河
沙織は小さな眉をひそめて言った。

「お祖父さまとお祖母さまは私にとてもよくしてくれるよ」

必要なものは何でも揃えてくれた。だけど、まだどこかぎこちない感じがするのは、きっと慣れていないからだろう。

「それならよかった。今日はどこで遊びたい?何をしたい?」

「どこでもいいよ」

おばさんと一緒なら、家でアニメを見るだけでも楽しい。

そう言うので、由佳は幸太に車を出してもらい、近くの町へ向かった。自然の風景を楽しみ、動物園や植物園を見て回ることにした。

植物園を出たところで、由佳と沙織は偶然早紀と鉢合わせた。

今回は彼女一人だった。

早紀も彼女たちを見つけ、足早に近寄ってきて道を塞ぎながら言った。

「娘さん、あなたたちもここに遊びに来ているなんて、本当に偶然ね」

そう言いながら、彼女の視線は止められず、沙織に向けられた。その目は貪欲に観察していた。

これがイリヤの娘だった。

なるほど、賢くて美しいはずだった。

沙織はその視線にぞくりとし、由佳の背中に隠れながら彼女の服を引っ張って言った。

「悪い女!どっか行って!」

「沙織、大丈夫よ。すぐ行くからね」

由佳は早紀に目もくれず、彼女を避けてその場を離れた。

しばらく歩いた後、沙織は振り返り、目を丸くして憤慨した様子で言った。

「あの悪い女、また何か企んでるんだよ!」

小さな彼女は記憶力が良かった。あの悪い女が前回、自分とおばさんを病院に連れ込んで謝罪を強要したことを、しっかり覚えていた。

「気にしなくていいわ」

「あ、そうだ、おばさん。なんであの人、おばさんのことを娘って呼ぶの?」

「沙織、実はあの人はおばさんの実の母親なの」

沙織は驚きの表情を浮かべて言った。

「まだ生きてたんだね?」

ずっとおばさんからおばあさんの話を聞いたことがなかったので、てっきりもう亡くなっていると思っていた。

由佳は笑いをこらえながら言った。

「生きてるよ。でも、私が子どもの頃に彼女は再婚した。それ以来あまり関係が良くないの。だから、いないものだと思っていていいよ」

「ふーん」沙織は小さな頭をコクコクと頷かせたが、ふと何かを思い出したように言った。

「あの人がおばさんにしていることって、あの変な女の人が私にしていることと似てない?」

「だいたいそんな感じね」

「やっぱりね!顔を見ただ
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