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第1466話

Author: 山本 星河
清次が答える前に、沙織は顔を上げて二人を見つめ、うれしそうに言った。「実験室?私も見学に行きたい!」

彼女の頭の中には、アニメに出てくるようなカラフルな液体が泡を立てたり、「ボンッ」と音を立てて爆発したりする不思議な薬のイメージが浮かんでいた。そんなのは子どもを騙す作り話だとわかっている。自分はもうお姉さんなのだから、騙されない。――でも、本物の実験室ってどんなところか見てみたかった。

清次は笑って、晴人を一瞥し、それから娘の頭を優しく撫でながら言った。「実験室は危ないから、子どもは入っちゃダメだよ」

「本物の研究室には、機械や危険な薬品の瓶があって、ちょっとでも触っちゃいけないものに触れると、やけどみたいに痛かったり、大きな注射針で刺されたみたいにチクッとしたりするんだ。だから、小さい子は絶対入っちゃいけない場所なんだよ」

「私はもう三歳の子供じゃないんだもん」沙織は顔を上げ、大きな目をパチパチさせてごまかそうとした。

「それでもダメだよ」

「パパとおじさんは入っていいのに、どうして私はダメなの?」

沙織は目をまん丸にし、すぐに口をとがらせて不満げな表情をした。

「おじさんはちょっと話しただけだよ。私たちだって入らない」

沙織は晴人の方を振り返り、うるうるした目でじっと見つめながら、しょんぼりとした声で言った。「おじさん」

晴人は目を逸らし、「さっきはちょっと言ってみただけ。実験室は誰でも入れるような場所じゃないんだ」と言った。

「そっか。じゃあ、いいよ」沙織はうつむき、がっかりした表情を見せた。

伏せた目には澄んだ涙が溜まっていて、今にもこぼれ落ちそうな真珠のようだった。

晴人は自分がものすごく悪いことをしたような気持ちになった。

彼は清次に目で合図を送り、「早く娘をなだめてあげて」と促した。

清次は身をかがめ、力強い腕で沙織を抱き上げた。「パパは沙織が探検したいの知ってるよ。でもね、実験室って全然面白くないんだ。だから、おばあちゃんに会いに行かない?ほら、療養院に来たの初めてだろ?景色もきれいだし、後で一緒にお散歩しよう?」

沙織は肩に顔をうずめたまま、元気がない様子だった。

清次は仕方なく聞いた。「言ってごらん。何がしたい?」

沙織の目がぱっと輝き、試すように聞いた。「何言っても、パパは全部聞いてくれるの?」

清次は、や
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