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第416話
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山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1513話
「はい」由佳はUSBメモリを受け取り、「ありがとう、ケヴィン」と礼を言った。その時、外からノックの音が聞こえ、由佳は立ち上がってドアを開けた。清次が立っていて、中を見ながら言った。「由佳、もう帰ろう」由佳は振り返ってケヴィンに別れを告げた。「他に用がなければ、私はこれで失礼します」「うん、お気をつけて」車に乗ると、清次が尋ねた。「彼は何の用だ？」由佳は手の中のUSBメモリを揺らしながら、ケヴィンの話を伝えた。ケヴィンの話が本当かどうかは、USBの中身を確認すればわかるだろう。ただ、USBにマルウェアが入っているかもしれないので、清次は使っていないノートパソコンを由佳に渡した。由佳はUSBを差し込み、読み込みが終わるのを待って開いた。中には「動画記録」と「観察記録」という2つのフォルダがあった。ここまでで由佳はかなり信じていた。「動画記録」を開くと、いくつかの日付がフォルダ名になったファイルがあった。最初の日時は、ちょうど彼女が事故に遭った日のものだった。由佳は深く息を吸い、マウスを動かしてそのフォルダを開いた。中には動画ファイルが一つだけあった。指先が再生ボタンにかかり、胸の奥で鼓動が高鳴った。清次も息を呑んで寄り添った。ダブルクリック。画面が明るくなり、映像は安定した。まず映ったのは非常に専門的かつ冷徹な環境、手術室だった。無影灯の白い光が金属の器具を鋭く照らし、そばには複雑な監視装置が置かれていた。画面には由佳には馴染みのない生命兆候の波形が表示されていた。空気には消毒液と金属の冷たい匂いが漂っているようだった。カメラがわずかに動き、手術台に横たわる若い女性に焦点を合わせた。それは6年前の由佳だった。彼女の顔は紙のように青白く、目は閉じていて、酸素マスクをつけていた。左腕には点滴の管が通り、冷たい点滴瓶に繋がっていた。映像の中の彼女は腹部がへこんでいた。由佳は、この時ちょうど産後だったのだろうと推測した。周囲からざわめきが聞こえ、一人の声が画面外から響いた。「先生、生命兆候は安定しています。始めてください」その声に由佳は見覚えがあり、一瞬で誰かわかった。ルーカス・ガルシア、つまり心理学の准教授リチャードだった。ならば、彼の先生こそダニエルだった。
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1512話
由佳の疑いのまなざしを受けて、ケヴィンは話を続けた。「この数年、俺は人脈や資源を利用し、ずっと彼らの計画を阻止しようとしてきました。何人かは救い出し、安全な場所に移してKLとのつながりを断ったが、それでも多くの場合、無力でした」ケヴィンの言葉に由佳は半信半疑だった。だがすぐに、ケヴィンの話に由佳は目を見開いた。「およそ6年前」ケヴィンは低くはっきりとした声で語った。「俺の部下がKL内部から、希少血液型の生体臓器提供者に関する緊急転送指令を傍受しました。対象は生まれたばかりの男児で、Kidd陰性血液型。彼は実験体予備とラベル付けされ、KLの秘密実験センターへ直ちに極秘で送るよう指示されていました」由佳はハッとし、真剣に耳を傾けた。「当時、俺の部下は嵐月市にいて、KLの輸送ルートを監視していました」ケヴィンは続けた。「彼らは転送中に事故を装い、その混乱に乗じてその男児を連れ去りました」「KLの追跡を避けるため、そしてその子を守るため、俺は彼をKLの監視範囲から遠く離れた田舎町に送り、そこの夫婦に育てさせました。直接の連絡先は一切残さず、影で護衛をつけることもできませんでした。わずかな動きでもKLの殺し屋を呼び寄せるかもしれないと恐れ、ただただ彼が無事に育ち、KLに見つからないよう祈るしかありませんでした」由佳は思わず拳を強く握った。ケヴィンの目は諦めと無力感に満ちていた。「同時に俺は密かにその子の素性を調査し、実の両親を探そうとしたが、ケイラー病院は記録を全て消していました。昨年になってようやく、その子の正体を確かめられました。彼こそが君の息子、メイソンである」この知らせを聞いた時、ケヴィンは非常に驚いた。時間を逆算すると、メイソンはフェイが嵐月市で勉強中に妊娠し、生まれた子だった。ケヴィンは思い返した。フェイは学期後半に少しふっくらしていたが、その時は病気だという噂が流れていた。ケヴィンはその話を受け入れた。そして大学時代、フェイが賢太郎という同窓生と親しかったこと、メイソンが賢太郎に似ている点もあって、メイソンの情報を賢太郎に伝えた。もちろん由佳にも連絡を取ろうとした。しかし部下の話では、由佳とは全く連絡が取れなかった。彼女の携帯は知らない番号を自動で拒否し、LINEは見知らぬ人を追加せず、メールも返事
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1511話
由佳は気持ちを落ち着け、ウェイターに従って個室を出た。廊下は静かで豪華だった。サービス係は彼女を隣の個室の入り口まで案内し、そっとノックしてからドアを開けた。由佳は一歩踏み出して部屋に入った。個室の中は柔らかな光に包まれ、ほのかな茶の香りが漂っていた。一人の男がドアに背を向け、窓の前に立って、眼下の街の景色を見下ろしていた。背筋が伸び、ダークグレーの仕立ての良いスーツを着ており、まさにエリートの風格を漂わせていた。足音が聞こえると、彼はゆっくりと振り返った。由佳は足を止めた。目の前の男性は二十代半ばほどで、端正な顔立ち、くっきりした輪郭、高い鼻筋。深く澄んだ灰青色の瞳は静かな湖面のようでありながら、人の心を見透かすようだった。「フェイ」ケヴィンは流暢な日本語で話し、低く心地よい声に適度な礼儀と距離感を含ませて、軽くうなずいた。「ご家族とお食事中にお邪魔して申し訳ありません。どうぞお座りください」由佳は椅子を引いて座り、相手をじっと見つめた。「ケヴィンさん、どうして私を呼んだのですか？」「私のこと、覚えていますか？」ケヴィンは尋ねた。「あなたは記憶を失ったと聞きましたが？」「覚えていません。今は治療を受けて回復中です。でも、あなたが私の同級生だということは知っています」由佳は真剣に答えた。「それに、あなたの父親が著名な心理学者で、催眠の専門家アディクスだと知っています」ケヴィンは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んだ。「フェイ、誤解があると思います。確かに私の父は催眠の専門家ですが、あなたの記憶喪失とは関係ありません」「そうですか？」由佳は眉をひそめた。「それはどういう意味ですか？」礼音が調べた情報では、確かに証拠はなく、当時の行動履歴から推測するしかなかった。「人脈の関係で、当時KLグループは最初に俺の父を探しました」ケヴィンは思い出すように言った。「彼らは高い報酬を提示し、俺の父にその専門知識で君の記憶を操作するよう求めました。しかし、父は断りました」彼は言葉を区切り、遠くを見つめるように続けた。「父は生涯を渡り、心理学の研究に捧げました。権力や金の道具となり、人の心を歪め、傷つけることは望んでいませんでした。だからKLの要求を拒否し、彼らからの脅迫や弾圧を受けることになったのです。それが父
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1510話
もちろん、清次は自分が父親だと思っている。沙織もメイソンも両方とも自分の子どもだと。でなければ、清月が沙織を養子に迎え入れ、まるで実の孫のように扱うはずがない。清月は由佳のことがどんなに嫌いでも、自分の子じゃない子を認知するわけがない。しかも、沙織との親子鑑定は確かに本物で、賢太郎はいつもずる賢いから、きっと鑑定書を偽造したのだ！清次は由佳の手のひらをそっと握った。くすぐったい。由佳は喉を鳴らし、出生証明書を清次に渡してしまい込み、訊ねた。「ところで、アトランティック・シティの人を実験室に潜入させたの？」「安心して。もう証拠は手に入れている」ここ数日、KLグループに関することはネットで炎上して、複数の実験室がメディアの注目を浴びている。以前にもこうしたことはあったが、今回はこれほど大きな騒ぎにはなっていなかった。みんなアトランティック・シティの松浦島に注目し、民間の救助団体が島へ人を探しに来ており、関係機関にも通報が入り調査が始まっている。誘拐や人体実験、臓器の不正獲得など、罪が確定すれば研究者も共犯となるため、人々は不安でいっぱいだ。KLがこの危機を乗り越えることを願う者もいれば、すでに新しい道を探し始めている者もいる。一方で、上層部は会長の座を巡って激しく争っており、自分の利益だけを優先し、外部の世論対応には手が回らないし、そのつもりもないという話だ。とにかく、実験室の中は混乱している。潜入するにはこれ以上ないチャンスだ。由佳はほっと息をついた。「よかった。今回は絶対にKLを野放しにしてはいけない」運転手はそのまま鑑定センターへ車を走らせた。三人は中に入り、鑑定の依頼と採血を済ませた。そう時間はかからず、三人は並んで外に出た。昼の陽射しが強くて、由佳は目を細めた。沙織は片手で由佳を引き、もう片方で清次の手を握りながら、跳ねるように階段を降りていった。「鑑定結果はいつ出るの？」「早くて明日になる」清次は落ち着いた声で答えた。「沙織、そんなに喜んでるけど、もし鑑定結果であなたの子どもじゃなかったらどうする？」沙織は口をとがらせた。「パパ、そんなこと言わないでよ」清次は言葉に詰まった。由佳は微笑みながら、優しく沙織を見つめた。なんとなく、沙織は自分の子どもだという予感が
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1509話
最初の一枚は赤ちゃんの仮の出生証明書だった。紙はやや黄ばんでいた。沙織が頭を伸ばして由佳と一緒に覗き込み、名前の欄を指差した。「あっ、これ、私の名前だ！」「うん、これはあなたの仮の出生証明書だよ」由佳はそう答えながら視線を下に移した。両親の情報欄は空白で、名前は何も記載されていなかった。由佳は次に二枚目を取り上げた。それは正式な出生証明書だった。赤ちゃんの名前、生年月日、体重、身長などが記録されており、性別は女。しかし、こちらも両親の欄は空白のままだった。由佳は不思議そうな顔で清次を見た。「これを私に見せてどういう意味？何かおかしいところでもあるの？」清次はすべてを見通したような静かな目で、体を少し前に乗り出しながら、証明書の日付を指差した。「この日付、見覚えがあるだろう」由佳は目を凝らして見た瞬間、瞳孔がぎゅっと縮まった。「これ......私が交通事故に遭った日......？」そんな偶然、あり得るのか......沙織は不思議そうに由佳とパパの顔を見比べながら、「叔母さん、私の誕生日、どうかしたの？ これ、いつもお祝いしてる誕生日と違うよ？パスポートにもこの日じゃないって書いてあるし......」と疑問を口にした。清次は由佳の動揺した様子を見逃さず、続けて言った。「この仮の出生証明書は、病院が発行したものだ。沙織の出生病院は、嵐月市のケイラー病院だ」その言葉を聞き、由佳はすぐに証明書の下のほうを確かめた。確かに、病院名は嵐月市・ケイラー病院と書かれていた。以前、清月とイリアの話では、イリアは当時ニューヨークで学生生活を送っていて、妊娠に戸惑って清月に助けを求め、彼女に説得されて沙織を出産したという話だった。そのため、ウィルソン家はこの事実を知らなかった。ならば、沙織の出生病院がニューヨークならまだしも、ロゼンハイムという可能性もあるが、嵐月市であるはずがない。「これ......どういうこと......」由佳の声は震えていた。頭の中では、ある考えが止められないほど膨らんでいく。同じ日付、同じ病院......清次は、由佳が何を考えているのか分かっていた。自分がこの2枚の証明書を見た時も、まったく同じことを考えたのだから。だから彼は言った。「鑑定をしよう。君と沙織の」「うん......」由佳は静か
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1508話
「ジェームズの肝臓ドナーは違法に入手されたのではないか？その肝臓はどこから来たのか？どの機関が保管・輸送を行ったのか？」と、ある有名人がケイラー病院に対して疑念を投げかけた。同時に、メディアの中には「モレンソン家には、他にもFHLを患っている者がいるのではないか」という報道も現れた。また、KLグループ傘下のいくつかのバイオテクノロジー企業が、財務報告に不正があったのではないかという報道も出始めた。数年前、チャーリーのインタビューが再び注目を集める中、人々は次の事実に気づいた――エマはジェームズと同じ血液型で、ケイラー病院で肝臓がんと診断され、同病院のボランティアプログラムに参加した後、ほどなくして亡くなっていたのだ。そのタイミングで、あるメディアがチャーリーに再び取材を試みた。8年前と比べ、映像に映るチャーリーの姿は明らかに老け込んでいた。彼は当時のことをいくつか話し、さらにこう語った。「エマの息子、エイミーもまた非常に稀な血液型だった。私は年を取り、体も思うように動かなくなってきたので、エイミーを友人の家に預けていた。だが、最近になってその友人一家はすでに引っ越しており、最後に携帯の位置情報が示したのは、アトランティックシティ近くの松浦島だった。どうか、皆さんの力を貸してください。孫を探してほしい」涙をぬぐいながらカメラの前で訴えるチャーリーの姿に、多くの人々が同情と共感を示した。その結果、各地のケイラー病院の前には抗議活動が広がり、医療倫理や安全性についての議論が一気に世間の注目を集めることになった。木曜日、清次は帰国した。空港には、由佳が沙織を連れて出迎えに来ていた。到着ゲートから清次が姿を現すと、沙織は「パパ！」と叫び、両手を高く上げて抱っこをねだった。清次はしゃがんで彼女を抱き上げ、もう一方の手で由佳の手を取った。「向こうの用事は終わったの？」と、由佳が微笑みながら聞いた。「だいたい片付いたよ」清次は由佳に優しい眼差しを向けながら、歩き出した。「パパ、知ってる？実はおばさん、祖父の娘だったんだよ！」と、沙織が嬉しそうに話しかけた。祖父母も優しくしてくれたが、彼女はパパとおばさんのほうがもっと好きだった。自分はもう祖父の孫じゃない。それなら、毎年のように祖父の家で過ごさなくても済むんじゃないか―
