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1. 私、一千万円で身売りすることになりました。 その2

Author: さぶれ
last update Last Updated: 2025-05-23 06:10:25

「定休日でもないのに、店を閉めているとはどういうことだ。表からは入れなかったぞ」

「今日は臨時休業よ。悪いけど帰って。今はちょっと、それどころじゃないの」

「伊織の事情など、私には関係ない」

 また出た、“一矢ルール”。

「で、私の弁当はどうなった? わざわざ受け取りに来てやったのだが」

 相変わらずの偉そうな態度。だけどその言い草がなぜか癖になる。顔が良すぎるのが彼の罪。

「さっき連絡したでしょ? お弁当、今日は作れなかったの」

「連絡は見た。しかし、一方的に契約を破棄するとは社会人としてどうかと思う。私の弁当は、どうなる?」

「コンビニで我慢してよ! 今、店の存続すら危ういのよ!」

「存続危機? まさか……お前が焼き場を担当するようになって、味が落ちて客が減ったとか?」

 ……は?

「違うわよっ! 失礼なこと言わないで!」

「私に向かって“失礼”とはなんだ。聞き捨てならないな」

「お願いだから今日は帰ってって言ってるでしょ!」

 毎朝一矢は店の“特別弁当”を買いにくる。うちは本来弁当は扱っていないのだけど、「お前が作れ」と理不尽な一矢ルールで始まった習慣も、もう数年。

 毎日の感想メールで彼の好みは完全に把握済み。面倒だけど――それでも、好き。だからやめられない。

 彼の言葉がいちいち胸に刺さる。

 けれど今は、それどころじゃない――

「どうして弁当を作るのが無理なのだ? 理由を説明してくれ」

「それが…お母さんが勝手に連帯保証人になって、借金一千万円を背負うことになったの。返すあてもなくて、さっきお父さんが“店を売るしかない”って言い出したところだったのよ。そこに、一矢が来たってわけよ」

「それは……ずいぶん間の悪いタイミングで来てしまったな」

 さすがの一矢も気まずく思ったのか、短く沈黙した。

「だから今日はごめんなさい。お弁当を作れなかったの」

「それは困る。約束は約束だ」

 私の言葉をさらりと切り捨て、一矢はにこやかに微笑んだ。「私は毎日この弁当を楽しみにしている。日替わりメニューが何かを想像しながら仕事をするのが、私の小さな活力なのだ。それがなくなると、仕事に支障をきたす。中松もきっと同じだ」

 “中松”とは一矢の付き人――運転手兼マネージャー、そして雑用係のような存在。彼の名は中松道弘。幼少期から一矢の身の回りの世話をしていて、忠誠心はまるで忠犬のよう。

 そもそも中松は、一矢がまだ子どもだった頃に体調を崩して倒れていたところを、偶然私たちが助けたのが縁。以来、家族のように仕えている。

 お弁当を心待ちにしているとは思えないけど、一矢に「そうだよな?」と同意を求められたら、きっと「その通りです、一矢様」と答えるだろう。中松は、そういう男だ。

「一矢、聞いてた? 私、今それどころじゃないの。弁当を作る余裕なんてないの」

 本当は途中まで仕込みをしていた。けれど話を中断されて借金問題の話になって、今に至る。

 それにしても……そんなに楽しみにしてたんだ、私の弁当。

「借金問題が片付いたら、日替わり弁当は再開するのか?」

「返済できればね。お店が再開できればお弁当もまた作れる。でも……難しいわ。資金の目処が立たないから、お店を手放す話になってる。そうなったら、もう二度とあなたのお弁当は作れないのよ」

「なんだと?」

 思いがけない展開に、一矢が珍しく動揺を見せた。「それは由々しき事態だ。……よし、伊織。私が助けてやってもいい」

「えっ、本当? お金、貸してくれるの?」

 そうだった。彼の家は名家で、資産家中の資産家。

 性格はアレだけどサラ金に頼るよりずっとマシ。今は背に腹は代えられない。

 もし貸してくれるなら、特製ミートボールを日替わり弁当に毎日追加してあげてもいい。あれ、一矢の大好物だから。

「金を“貸す”のとは少し違うが……まあ、いいだろう。ただし、条件がある」

「……条件?」

 どんな条件だろう。できれば無利子でお願いしたいけど。さすがにミートボール2個はサービス過多かしら。

「伊織。私の“専属”になれ」

「……はい?」

 専属って? どういう意味?

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