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第19話

Author: 藤崎 美咲
美優は星乃に言い返されるとは思っておらず、顔を真っ赤にして怒りを露わにした。「誰があんたと同じ血を引いてるって?」

「そうね」と星乃は軽く頷いた。「確かに違うわ。だって、誰かさんの体に流れているのは、愛人の血なんだから」

「なっ……!? 私のお母さんのことをよくも……星乃、あんた頭おかしいんじゃないの!?」

美優は絶叫すると同時に、手を振り上げて星乃に平手打ちを浴びせようとした。

しかし星乃は素早く彼女の手首を掴んで止めた。

「私、何か間違ったこと言った?あなたの母親が愛人だなんて、一言も言ってないわよ」

「もしかして、自分のことだと心当たりはあるの?」

その言葉に美優は言葉を失った。

隣にいた令嬢も呆然と二人のやりとりを見つめていた。

彼女は美優が篠宮家の娘だということしか知らず、美優の本当の出自については何も知らなかったのだ。

星乃の言葉を聞いてからというもの、美優を見る目にわずかな変化が現れた。そして乾いた笑みを浮かべ、慌てて自分の荷物を美優から受け取った。

「美優……今日はここまでにしましょう。急用を思い出したの」

そう言うと、美優の引き留めにも構わず、足早に立ち去った。

「待って……」

遠ざかる彼女の背中を、美優は呆然と見送った。怒りと悔しさが入り混じり、今にも泣き出しそうな表情だった。

星乃はそんな美優に目もくれず、そのまま踵を返して立ち去った。

「こっ……このっ……星乃!よくも私をいじめたわね!絶対に許さないから! 今すぐお父さんとお母さんに言いつけてやるんだから!」

美優は地団駄を踏みながら叫んだ。

背中を見せて去っていく星乃に対し、羞恥と怒りが募るばかりで、どうすることもできなかった。

帰ろうとしたその時、不意に足が止まる。

ふと目に入ったのは、すぐ近くの建物に掲げられた役所の看板。

――役所?

そういえば、星乃はさっきあそこから出てきたような……

一体何をしに来たんだろう?

……

星乃は駐車場に戻り、車に乗り込んだものの、しばらく茫然としていた。

結衣がまだ別荘にいるのかは分からない。でも今は帰るべきじゃない気がした。

母を亡くしてから、かつての親戚たちとの縁も徐々に薄れていった。

結婚後は友人らしい友人もほとんどいない。

このまま私は、どこへ向かえばいいのだろう。

そんな思いに沈んでい
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