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第4話

作者: シスイ
私は彼に弄ばれて全身が力が抜けてるのに、彼はまだ終わる気がない。

爪が彼の背中に幾筋もの跡を刻んでいく。

「優斗……」

「紗季、今回は気持ちよかった?」

その一言で顔が一気に熱くなる。

答えを聞くまで放してくれそうにない。

結局、泣きそうになりながら小さく答えた。

「……うん、気持ちよかった……」

気づけば、千尋の誕生日が来た。

紫峰市で私に寄り添ってくれた、ただ一人の友だち。

私はいちばん良い贈り物を選んで送った。

その夜。拓海は千尋の手にあるプレゼントを見つめ、顔色が恐ろしいほど険しい。

「よこせ」

突然の声に千尋がびくっとする。

余計なことは言わず、すぐに手渡した。

拓海は中のペアウォッチを凝視して、何かを思い出したみたいに長く黙り込んだ。

「目障りだ。さっさと片づけろ!」

みんながほっと息をついた瞬間、拓海が立ち上がり、テーブルのボトルを掴んで壁に叩きつけた。

飛び散ったガラス片が掌を裂き、血が手首を伝って床に落ちた。

個室は一瞬で大混乱になった。

「拓海、どうしたんだよ?」

「拓海、手を要らないわけ?」

皆が心配しても、彼は痛みなんて感じないみたいに、拳にガラス片を握り込み、肉に押し込もうとしている。

その背中はどこか寂しげで、美しいその瞳も赤く染まっていた。

「これは、彼女の好みの時計じゃない」

声は沈みきっていた。

千尋は、自分に届いた時計が実は私と優斗が一緒に選んだものだなんて知るはずもなく、困ったように笑って言った。

「拓海、今は紗季、こういうのが好きかもしれないじゃん?」

「まあまあ、拓海、ペアウォッチくらいでさ」

「誕生日のたびに、紗季は必死になってあなたにプレゼント準備してたじゃない?」

「そうそう、みんなも認めてる。紗季がいちばん気にしてるのはあなたなんだから!」

その言葉に、拓海は口元に冷たい嘲りを浮かべた。

「一番大事にしてるのが俺だって?」

その瞬間、場にいた全員がようやく彼の異変に気づいた。

千尋は勇気を振り絞って口にした。

「拓海…紗季に電話してみたらどうですか?」

電話はつながったが、しばらく出なかった。

千尋は拓海の傷ついた手を写真に撮って送り続ける。

拓海も止めはしなかった。

紗季がどう反応するか見たいんだろう。

五分後、ようやく千尋の携帯が鳴った。

拓海の険しい顔が、その瞬間少しだけ和らいだ。

「拓海、言ったでしょ。紗季がいちばん気にしてるのはあなただって。怪我したって聞いて、すぐ電話してきた」

千尋は嬉しそうに携帯を拓海に差し出したが、彼は手を伸ばさなかった。

仕方なく千尋が通話をつなぎ、スピーカーをオンにする。

「千尋、怪我したの?ひどいの?」

スピーカーから響いた紗季の声に、拓海の顔は再び暗く沈んだ。

千尋は慌てて弁解する。

「紗季、怪我したのは私じゃない。拓海だよ。手がすごくひどい怪我で、紗季、早く戻ってきて!紗季、聞いてる?」

「誕生日おめでとう。彼のことは、もう二度と私に知らせないで」

千尋の笑顔が固まり、何か言おうとしたところで通話が切れた。

騒がしいはずのバーなのに、その場は水を打ったように静まり返った。

「話せ!」
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